著者
長嶋 玲
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.45, no.5, pp.372-377, 2014-09-25 (Released:2018-02-13)
参考文献数
5

異臭のご指摘があった場合に,異臭原因物質を同定し,発生原因を明確にした後,再発防止することは必要なことであるが,異臭は目に見えず,人によって感じ方が異なる為,各段階においてにおいを明確に判断することが必要である.異臭原因物質の同定から再発防止までの方法と,それに必要な官能評価パネルの育成について説明する.
著者
小原 一朗 矢崎 一史
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.42, no.4, pp.248-256, 2011

植物の香りは人間生活の中に深く入り込み,様々な場面で暮らしを豊かにしている.植物の芳香成分の中でも,特にモノテルペンと総称される揮発性有機化合物は,ハーブや花の複雑な芳香成分の主要なグループを形成する.我々は,近年発展が著しい植物分子生物学の知見を応用し,ハーブの一種であるシソ由来のリモネン合成酵素遺伝子を,芳香成分を作る樹木であるユーカリに導入した.その結果,ユーカリオイルの芳香成分の蓄積量を最高で約5倍に増加させることに成功した.本稿では,こうした香りのエンジニアリングにおいて基礎研究が極めて重要な役割を果たしたこともあわせて報告する.
著者
岩橋 尊嗣
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.75-75, 2009

本誌では,これまでに光触媒に関する情報についての,企画特集をしている.たとえば,1998年11月号(Vol. 29, No. 6)"21世紀に向けての新しい脱臭装置開発"の中で「最新の光触媒技術開発の動向」「光触媒脱臭ユニットの開発」,2001年5月号(Vol. 32, No. 3)"酸化チタン光触媒の現況",2002年11月号(Vol. 33, No. 6)"可視光型光触媒の動向"などについて掲載している.さらに,1999年第12回臭気学会では酸化チタン光触媒の発見者でもある藤嶋 昭氏(現・(財)神奈川科学技術アカデミー理事長)を迎え,特別講演を催している.<BR>酸化チタンの光活性機能が,1972年"Nature"に掲載されてから,早くも37年の月日が流れた.その間にも超親水性能,抗菌・防カビ性能などの新しい機能性が次々と見出され,関連産業が1兆円市場に成長するのも夢ではないとの予測も様々なシンクタンクから出された.1999年,市場は急激に拡大し,その後も順調な増加傾向を示しているが,ブレークスルーには至っていないのが現状であろう.2006年以降はヨーロッパ,米国市場などを合算して1000億円規模とも言われている.<BR>1990年代,光触媒の用途開発が積極的に行われ,一般消費者を対象にした市場でもTV, 店頭,雑誌などで光触媒の記事を目にし,耳にする機会が確かに多くなった.一方,光触媒の原理を正確に理解せず,ただ商品開発に猪突猛進した一部の企業から,室内での光触媒活性のない商品が市場に出回るなどし,消費者の光触媒製品に対する信頼性を著しく損なってしまったことも事実である.そこで,2002年9月に光触媒標準化委員会が発足し,光触媒材料の評価に関する試験法の標準化が進められることになった.すなわち,市場から"まがい物"を追放しようという意図が読み取れる.<BR>本特集では,まず2002年発足以来の光触媒標準化委員会が中心となり,実務としては分科会が行ってきた様々な業務内容および成果について,竹内氏・松沢氏・佐野氏((独)産業技術総合研究所)らに執筆していただいた.特に,現時点でのJISやISOについての記述が詳細に説明されており,貴重な情報である.<BR>砂田氏(東大先端科学技術研究センター)・橋本氏(東大先端科学技術研究センター・同大大学院工学系研究科)らには,NEDO「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」の受託研究で行っている研究成果について執筆していただいた.切望されている可視光下で活性の強い光触媒の開発が,着実に進行していることがうかがわれる.<BR>阿部氏(北大触媒化学研究センター)には,白金と酸化タングステンの複合型可視光応答型光触媒の研究成果について執筆していただいた.これは,砂田氏・橋本氏らの研究とも共通した酸化タングステンを利用した,極めて活性の高い新規触媒の開発である.酸化タングステンのアルカリに弱いという弱点を,今後どのように解決していくのかが課題でもあるが,楽しみでもある.<BR>村上氏・中田氏((財)神奈川科学技術アカデミー)には,酸化チタン光触媒の応用研究の一つとして,オフセット印刷版の開発に関する研究成果について執筆していただいた.光触媒の原理をしっかり理解することで,多分野への応用展開が可能であることを示唆する貴重な研究の一つである.是非ともヒントを得ていただきたい.<BR>2007年,光触媒に関わる市場の内訳は,タイルやガラスなどの外装材がおよそ60%を占める.これに対し,内装材や生活用品であるインドア分野では,10%前後とかなり低い.この分野を活性化するには,紫外光が極めて少なく,可視光エネルギーしか存在しない状況下で,実用可能な活性を持つ光触媒(可視光応答型光触媒)の上市に掛かっていると言っても過言ではない.日本発の光触媒技術が,地球環境の改善に大きく貢献できる日の到来もそう遠くはない気がしてきた.世界との競争が熾烈になってきた今こそ,オールジャパンとしての正念場かもしれない.<BR>最後に,ご多忙極まる中で,諸先生方には本特集にご賛同いただき,執筆をご快諾いただいたことに対しまして,本紙面を借り深謝申し上げます.
著者
阿部 恒之 高野 ルリ子
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.42, no.5, pp.338-343, 2011
被引用文献数
2

化粧に関する心理学的研究は,1980年代から盛んになってきた.化粧は慈しむ化粧(スキンケア)と飾る化粧(メーキャップ・フレグランス)に大別されるが,感情に及ぼす影響に関する研究は,そのいずれもが高揚と鎮静をめぐるものであった. 喩えるなら,メーキャップによって心を固く結んで「公」の顔をつくって社会に飛び出し,帰宅後にはメーキャップを落とし,スキンケアをすることで心の結び目を解いて「私」の顔に戻るのである.すなわち,化粧は日常生活に組み込まれた感情調節装置である.
著者
榎本 長蔵
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.1, 2014

<p>環境中に存在する「におい」は,いったいどの程度のにおいなのか.ヒトの嗅覚を客観的な尺度として捉え,あらゆる議論に乗せていくためには,少なくともにおいを数値化する必要がある.</p><p>においを数値化するためには大きく分けて2つの手法がある.1つは実際に人の鼻を使ってにおいの強さ,嗜好性,広播性等を測る嗅覚測定法,もう1つは機器を用いて物質の濃度を測る機器分析法である.</p><p>臭気物質の機器分析方法は,公定法として定められている悪臭防止法の特定悪臭物質の測定方法を始めとして,測定対象とする臭気物質の種類や測定目的に応じて様々な方法が用いられてきた.従来より臭気物質の分析法として主に採用されているクラマトグラフィーを原理とした分析手法は,イオンクラマトグラフィーや検出器としての質量分析計の発展により,ますます重要な手法となっている.</p><p>また,ガスクロマトグラフィーの成分分離機能と質量分析計の同定機能,さらに嗅覚による臭質および臭気の強さの評価を組み合わせて複合臭を詳細に分析する,におい嗅ぎガスクロマトグラフ質量分析計や,機器分析法でありながら嗅覚に近いにおい評価を目指した,複数の半導体センサを用いて測定を行う分析機器も実用化されるなど,においの機器分析技術は,日々更なる進化を遂げている.</p><p>本特集では,臭気物質の機器分析に関する知見を有する4名の専門家に表題で示した学会での講演内容を柱として,機器分析を中心とした臭気の測定技術について詳細にご執筆頂いた.</p><p>先ず,高野氏(株式会社島津テクノリサーチ)には「悪臭の測定とにおい分野への測定技術の応用」と題して,悪臭防止法に基づく特定悪臭物質測定や臭気指数測定の概要と留意事項および,におい分野への測定技術の応用について執筆頂いた.豊富な現場経験から得られた臭気測定における重要なポイントを交えて記述されており,実際に悪臭測定を行ううえで非常に参考になる内容となっている.また,複合臭であるにおいを機器分析で評価するにあたっての課題を提示されるとともに,近年,においの評価に積極的に取り入れられるようになった機器分析と官能評価を組み合わせた測定法,機器分析でありながらにおいの質や強さを表現する測定法について紹介されている.</p><p>次に,守安氏,嵯峨根氏,田辺氏(株式会社東レリサーチセンター)には「イオンクロマトグラフィーによる硫黄化合物臭気の高感度分析」と題して,繊維製品の消臭性試験に適用するためのイオンクロマトグラフを用いた硫化水素およびメチルメルカプタンの高感度分析法の開発結果について執筆頂いた.捕集の難しい硫化水素およびメチルメルカプタンガスを,いかにイオンクラマトグラフィーで分析するための試料として効率的に捕集するかの検討を軸とし,併せて,精度良く定量分析するためのイオンクロマトグラフ分析条件を提示されている.稿末では,同手法を更に高感度化し,環境試料の分析へ適用するための検討事項が挙げられている.今後の更なる検討にも非常に期待される所である.</p><p>下村氏(住江織物株式会社)には「金属酸化物半導体センサを用いた繊維製品の消臭性能評価方法」と題して,複数種の金属酸化物半導体センサを搭載した測定機器(におい識別装置)を用いた模擬不快混合臭の評価方法の開発結果について執筆頂いた.実際の臭気は多成分からなる複合臭である.におい識別装置で測定することにより,構成する臭気成分個別の評価ではなく,複合臭としての情報を得て評価を行うことが可能となる.今後,においを客観的に捉えるための測定手法としてますますの発展が見込める技術である.</p><p>最後に,榎本(著者)が「排ガス・室内環境・作業環境等における悪臭物質の測定技術」と題して,悪臭防止法以外の分野で特定悪臭物質に該当する物質の測定方法として採用されている方法について公定法を中心に紹介し,特定悪臭物質測定技術としての適用の可否を考察した.特定悪臭物質の機器分析法として最新の測定技術の適用が検討されるきっかけとなり,また,読者が多様な臭気物質の評価を検討する際の一助になれば幸いである.</p><p>最後になりましたが,本特集の企画にあたりご多忙中にも関わらず執筆に御協力頂きました著者の方々に,本紙面を借り深く感謝申し上げます.</p>
著者
谷田貝 光克
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.38, no.6, pp.428-434, 2007-11-25 (Released:2008-09-19)
参考文献数
22
被引用文献数
4 4

樹木はそれぞれに特有な香り成分を放出する.その香りの正体はイソプレン,揮発性テルペン類,青葉アルデヒドなどのC6化合物などである.香り成分の濃縮された液体である精油は50~100種類の成分を含み,樹種によってその個々の構成成分含量は大きく異なる.本稿では,木の香り成分の持つ抗菌作用,消臭・VOC除去作用,害虫防除作用,快適性増進作用などの多様な生物活性について具体例を挙げながらご紹介する.
著者
岸本 徹 尾崎 一隆 鰐川 彰
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.38, no.5, pp.361-367, 2007-09-25 (Released:2008-09-19)
参考文献数
21
被引用文献数
2 1

わが国で統一化されたビール官能評価方法について解説した.北米およびヨーロッパで統一化された国際評価方法をもとに,日本と欧米との言葉や文化の違いを視野に入れ,それらの香味用語が意図する意味を十分に考慮し作成されたものである.また,ビール独自の官能評価方法に関して述べ,官能評価と成分を対応させる試みについて,ホップ香気や酸化臭について具体例を挙げ解説した.
著者
氏田 勝三
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌
巻号頁・発行日
vol.45, no.2, pp.99-99, 2014

<p>香辛料・香草は,香りをはじめとして,刺激,彩り,保存性向上などの面から食生活を豊かにしている.歴史的には生産地の争奪により戦争が引き起こされる程に渇望され,今日的には様々な香辛料・香草が多様な料理に用いられ,それらの香りとともに食事を楽しむことができ,加えてその生理的な作用について利用の可能性が期待される.本特集では,香辛料・香草とその香りについて,歴史的・文化的な側面,植物学上の特徴,官能評価からの香りの理解,香気成分の生成・合成・分析等の化学的側面,さらにその生理的作用の利用などについて多面的に取上げ,香辛料・香草を巡る今日的な知見について各分野の専門の方々にご執筆いただいた.</p><p>高橋氏(元全日本スパイス協会技術委員会 委員長)には,「香辛料の歴史・文化的役割について」という題目で執筆していただいた.香辛料の魅力は,香料の中で最も人間の根源的,生理的な欲求を満たす物であるという.それは食べ物に対する欲求であり,人の歴史や文化を左右させるほどの大きな影響力を持っていたという.このような香辛料は,食事に際し口腔内から鼻腔へ抜け,味覚と同時に風味としてその香りを楽しませるもので,「体の内から快感を誘う香料」であると特徴づける.世界における香辛料の歴史について,古代エジプトから大航海時代,スパイス戦争に至る各時代の使用用途の違いや特徴を踏まえ,それらの時代を伝える絵画や著者自筆の植物イラストも交えながら,その全体像を俯瞰できるように述べられている.</p><p>佐川氏(エスビー食品(株))は,「シソ科ハーブの香りについて考える」という題目での執筆である.今日,もっとも親しみやすいハーブとなっているシソ科のハーブについて,ローズマリーとスィートバジルという代表的な2種を取り上げ,官能評価と関連付けて香りの評価を行うアプローチ方法や考え方を紹介されている.香りに限らず,美味しさに関する品質とは,官能評価の結果以外の何物でもないという.そして,ローズマリーの楯状腺毛はその存在箇所により蓄積する精油中の香気成分バランスが違うという植物学上の特徴や,スィートバジルの葉の乾燥工程で発生する2次的香気成分と香気特徴への乾燥方法の影響について,官能評価結果やGC/MSによるデータ,X線CT画像等を用いてわかりやすく紹介されている.</p><p>増田氏(小川香料(株))は,「ヒトの鼓膜温および体表温に及ぼすウィンターセイボリーの効果」という題目での執筆である.かおりを楽しむハーブ・スパイス類は,かおりや香味を利用するにとどまらず,着色,食品保存などの機能,そしてそれら以外の種々の生理活性を有しており,様々な伝承的効能も知られている.そのなかで,ヤマキダチハッカとも呼ばれるウィンターセイボリーは,これまでに細菌,真菌に対する抗菌活性や抗ウィルス活性が報告されているが,著者らのこの間の研究により体表温低下抑制をもたらすことが明らかにされたという.冷え症に対する温感効果において有用な食材となるといい,ハーブ・スパイス類の今後の可能性について示唆に富む内容である.</p><p>飯島氏(神奈川工科大学)は,「香辛料・ハーブとその香り~香気生成メカニズムとその蓄積」という題目での執筆である.植物にとって香りなどの揮発性成分はケミカルコミュニケーションの手段であり,香辛料・ハーブの多くはこうした香気成分の生成に特化した植物として捉えられるという.そして,香辛植物において多くの香気成分は特定部位に局在することが多く,それら多様な代謝物の生合成について,遺伝子解析技術の発展により,生成に関わる酵素遺伝子,その転写因子の解明,外部環境との関連性などの分子メカニズムを明らかにすることが可能になったという.香辛料・ハーブの素材となる香辛植物の香気成分と生合成メカニズム,その蓄積と香りの放出,および応用に関する最近の知見について総括的に解説され,この分野における研究の今後を展望されている.</p><p>これらの論稿からは,香気成分の分析技術やその発生・放出のコントロール技術の進歩,香辛料・香草による様々な生理作用の解明とともに,食生活においてそれらがより豊かに利用され,文化として発展することが期待される.そして,上述の佐川氏が述べているように「香りは感じるもの」であり「香りを知ろうとするのであれば分析を行う前に,香りを楽しむ必要がある」という視点は今後より大切になってくると思われる.最後に,本特集を企画するにあたり,ご多忙中にも関わらず執筆をご快諾いただいた著者の方々に,厚く御礼申し上げます.</p>
著者
倉橋 隆
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.81-81, 2010-03-25 (Released:2016-04-01)

1980年代頃からの嗅覚関連分野の研究成果の発展には目覚ましいものがある.生理学・生化学,分子生物学の研究から嗅覚受容器細胞での情報変換機構が次々と解明され,嗅覚の受容システムは視覚の機構や生体内のホルモン受容や神経伝達と類似していることが明らかとなった.それらを基盤として1991年にBuck & Axelが「嗅覚受容体」を発見し,その業績に対して2004年にノーベル生理学・医学賞が授与された.この時期には世界中の多くの研究者が嗅覚に対して多角的なアプローチを行い,受容体の機構のみではなく,「不明瞭であった嗅覚の実体」を総合的に解き明かしたかたちになろう.「香りの創生」と言うと,それ以前にはややもすると芸術的・文学的な意味合いが強い分野であったが,この期間に科学のメスが入ったとも解釈でき,時代の大きなうねりの中で,基礎研究はもちろんのこと,香りにかかわる医学・産業・応用の分野にも少なからぬ影響があったことが多くの事例として挙げられる.例えば,今や医学研究ではヒトの細胞を利用して嗅覚・におい分子評価を行う試みがなされている(小林氏の項を参照されたい).また,創香の産業分野(福井氏の項を参照されたい)でも生体分子への効果からにおい分子のパラメータ(例えば悪臭を消すためのマスキング能など,坂井氏の項,竹内・倉橋の項を参照されたい)を推定できるほどになっているほどである.ところで,ノーベル賞に絡む意味で嗅覚の生体システムを分子的に眺めてみると,実はBuck & Axelらの仕事は一例である.嗅覚の情報変換に関与するG蛋白やcAMPは,生体の様々な臓器に共通するが,それぞれを発見したギルマン,ロッドベル(1994),サザーランド(1971)はノーベル賞の受賞に輝いている.分子の発見のみならず,昨今,嗅細胞でも盛んに利用される研究手法として強力な武器になるパッチクランプ法を開発したネーアー,サックマンは1991年の受賞,Ca感受性色素やケージド化合物を開発したツェンは2008年に受賞と,ノーベル賞クラスの研究にからむ事例が満載のシステムであるともいえよう.不斉合成に野依良治博士のテクニックが利用されていることは多くの人の知るところでもある(福井氏).また1987年に利根川進博士が免疫システムの解明に対してノーベル賞を受賞された際,「多様性」の意味で「免疫の次は嗅覚」に興味があると言われたことも思い出される.嗅覚は,複雑性ゆえに取り扱いが困難な一方で偉大な業績に絡む典型的な一例といえ,基礎研究でも魅力的な対象であるといえよう.今回の企画ではBuck & Axelの受賞5周年をきっかけに,「香りにまつわる様々な分野の一線の方たち」から,「嗅覚分野のノーベル賞受賞・科学的隆盛から刺激され発展していること」を執筆していただくことができた.関連する分野として,1.嗅覚の細胞分子生物学,2.嗅覚の心理物理学・生体計測,3.嗅覚研究の臨床医学応用,4.嗅覚研究の産業応用の4分野と広きにわたり,それぞれの専門家,第一人者の先生方からの御執筆を賜るだけでなく,全体を通して相関し,まとまりある内容としての集約性がみられた.基礎科学的内容では,決して嗅覚というトピックスにとどまることなく各分野の時代の最先端を垣間見ることができる.また,嗅覚に関連する医学・産業分野では分野の盛り上がりとともに基礎的知見を応用する可能性が無限に広がる様子が強く伝わってくる.執筆してくださった先生方に厚く感謝するとともに,読者の方々に嗅覚研究や応用の可能性の糸口がつかめるようであればと期待する.
著者
岡城 孝雄
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.39, no.5, pp.321-329, 2008-09-25 (Released:2010-10-13)
参考文献数
7

自然環境の厳しい山岳地域のトイレにおけるし尿の処理,処分は不十分であり,その実態の把握が十分ではなかった.これに対し,富士山などを例とした実態調査結果を明らかにした.現在,自然環境の保全,利用者の快適性のため,様々な技術が導入され,実証されており,その実証の過程で得られた知見を基に,山岳トイレ技術を分類した.また,山岳トイレに必要な諸条件を整理し,山小屋,利用者が処理技術に求めるもの,それを評価する制度の必要性を提言した.これらの技術が多くの自然環境エリアに適用されることが期待されている.
著者
中台 忠信
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.21-27, 2013-01-15 (Released:2017-10-11)
参考文献数
36

醤油はかおりが命の醸造食品であるので,異臭は大きな欠点となる.醤油の異臭の代表であるn-酪酸は醤油麹の製麹中にBacillus属細菌により生成されるので,この菌の汚染を防止することにより,n-酪酸の生成を低減できる.そのためには,盛込みライン,製麹装置の洗浄・殺菌・乾燥により,盛込み時の初発汚染芽胞細菌数を低減することが重要である.次に,仕込み,開栓中の産膜性酵母の生育により,イソ酪酸,イソ吉草酸の異臭が生成される.産膜性酵母の仕込み中の生育抑制のためには,諸味中のアルコール発酵を旺盛化することである.開栓中の産膜性酵母の生育抑制のためには,詰め前殺菌することである.
著者
深谷 渉
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.188-194, 2011
被引用文献数
1 1

ビルピット排水は,ピットの構造や維持管理等の問題により,高濃度の硫化水素を含む場合がある.硫化水素は,下水道施設排出後,空気中に放散され悪臭の元となり,生活環境悪化や都市イメージ低下,下水道施設の劣化を引き起こすため,下水道管理上の大きな問題となっている.ここでは,下水道管理担当者が効率的かつ効果的に悪臭対策を実施するための手法として,下水道施設である汚水桝に硫化水素計を設置し悪臭防止法による規制基準値超過を判定するとともにビル管理者に指導する手法と,ビルピットからのポンプ排水時に汚水桝内の気圧および湿度が急激に変化する現象を活用し悪臭発生源を特定する手法を紹介する.
著者
岩橋 尊嗣
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 = Journal of Japan Association on Odor Environment (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.41, no.3, 2010-05-25

巻頭に掲載したさまざまなバラの写真,印象はいかがですか? 印刷インクにバラの香りのマイクロカプセルを使用すれば,臨場感は増したのですが,それは次の機会に取っておきます.<BR>2009年11月,「青いバラ」が満を持して市場に出され,クリスマス商戦に花を添えた.開発に着手してから,およそ20年の歳月が流れたという.2004年,青いバラが出来たというプレス発表を記憶されている方も多いのではないでしょうか.同年4月から10月に静岡県浜松市で開催された"浜名湖花博"に,この青いバラは展示された.私事で恐縮であるが「百聞は一見に如かず」生来の野次馬根性も手伝って,さっそく花博会場を訪れた.「青いバラ」はガラス製のケースに収められており,風で揺らぐこともなく,勿論香りは全く伝わってこない.言葉は悪いが,一瞬目の前に造花が現れたように感じたことを記憶している.青いバラの開発については,開発中のさまざまな苦労話も含めて,中村氏ら(サントリーホールディング(株)他)に執筆していただいた.研究開発は粘り強く,そして継続性が大切であることを思い知らされる.<BR>"花の女王(香りの女王)"とも呼ばれるバラ,古代エジプトの女王クレオパトラは,バラを浮かべた湯船につかっていたとか.当時もバラは最高級の花の一つであったに違いない.日本の有史以前,ギリシャ,エジプト,ローマ時代に,すでにバラは珍重されていたのである.上田氏(岐阜県立国際園芸アカデミー)には人類とバラとのかかわりを歴史的な背景を織り交ぜて執筆していただいた.<BR>紀元前の時代から親しまれてきたバラは,品種も膨大で,系譜図もかなり複雑である.バラの香りは花弁から発散される.しかし,バラの長い歴史の中で,香りは勿論であるが,それよりも視覚にうったえる品種の開発が優先されてきた経緯がある.蓬田氏ら((株)蓬田バラの香り研究所)は,バラの香りを詳細に解析し,香気特徴を9つのノートに分類することを試みている.執筆内容から並々ならぬ努力の結実であることがうかがえる.そして今,より芳香の優れたバラの開発に傾注されている.<BR>バラの香りの主成分として重要なフェニルエチルアルコールは,嗅覚検査に使用されるT & Tオルファクトメーターのにおい物質の一つである.臭気分野に携わっている者にとって,ある意味最も身近な香りの一つであるかもしれない.それともう一つ,バラの香りで重要な成分がダマセノンである.現在最高級の精油といわれる "ブルガリアローズ油",その主成分の一つがダマセノンで,バラ様の強い芳香を有している.小林氏ら(メルシャン(株)他)は,このバラ様香気であるダマセノン成分量を促進させた甲州ワインの醸造法を確立した.本論では,醸造の実用化に至る研究過程の詳細について執筆していただいた.<BR>前述したとおり,バラの花は香りよりも視覚にうったえる華やかさが優先されてきた.事実,市場に出回るバラの内,香りの良いバラは2割程度に過ぎないという.理由は,長時間の流通に耐え,花持ち・花色が良いこと,生産性が良いことなどを必須条件に,数多くの品種が作り出された結果であるといわれる.花き業界で活躍されている宍戸氏((株)大田花き)は,バラを含めて花の香りの重要性を主張されている.本論では,それらの活動の一端を紹介していただいた.<BR>以上,5編の組み立てで"バラの香り"を特集した.是非,本論をご熟読願いたい.ご多忙中にもかかわらず,ご執筆を快諾していただいた著者の方々には,本紙面を借りて厚く御礼申し上げる次第です.最後に一提案です.次の休日に一度バラ園(植物園)などに足を運んでみてはいかがでしょうか.にわか知識になるかもしれませんが,本誌からの若干のバラ情報を詰め込み,華やかさを観るだけではなく,鼻を近づけて香りのするバラ,しないバラ,そしてさまざまなバラの香りと歴史にふれてみて下さい.
著者
小田切 敬子 片平 彩香 安江 健 鈴木 綾子
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.28-32, 2010-11-25 (Released:2016-04-01)
参考文献数
14

三点比較式臭袋法を用いたイヌの体臭測定について検討した.シャンプー後経過日数19日から105日までの5匹のイヌの匂いサンプルを用いて臭気指数,臭気強度および快・不快度について測定した.その結果,シャンプー後の経過日数と臭気指数の間に強い正の相関関係が認められた(r=0.89,p<0.05)が,臭気指数と臭気強度の間には統計学的に有意な相関関係(r=0.39,NS)は認められなかった.一方,臭気指数が高くなると快・不快度は低くなる傾向がみられたが,両者間には,有意な負の相関関係は認められなかった(r=−0.06,NS).以上より,三点比較式臭袋法を用いてイヌのにおいを測定および評価できることがわかった.
著者
服部 麻友子
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.94-101, 2008-03-25 (Released:2010-10-13)
参考文献数
4
被引用文献数
1 1

水道により供給される水が備えるべき要件は,水道法に基づく水質基準として規定されており,このほか,水質管理目標設定項目等を定め,各項目の検査を実施することにより適切な状態を確保している.水道水の水質基準等への適合状況は総体的には極めて良好であるが,鉛,臭素酸等において基準に適合しない場合もあり,改善のための施策が講じられている.カビ臭の原因物質であるジェオスミン,2-メチルイソボルネオールは,快適性についても十分な考慮が払われるべきという考えから,平成15年改正により水質基準項目に追加された.湖沼の富栄養化等の水道水源状況の悪化により,水道原水がカビ臭等による異臭味被害を受けた場合には,水道事業者が応急的な対応を行っているが,依然として,給水栓まで異臭味の被害を受ける事例がみられる.異臭味被害人口は平成2年度のピーク時に2000万人台まで増加したが,近年は300万人前後で推移している.水道事業者によっては活性炭やオゾンを活用した高度浄水処理の導入が進められている.
著者
細見 正明
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.36, no.6, pp.323-330, 2005 (Released:2005-12-29)
参考文献数
5
被引用文献数
2 2

八王子市の小学校で起こったPCB含有蛍光灯安定器の破裂事故を契機にPCBの「におい」を認識した.実際に30年程度使用されてきた蛍光灯安定器から,PCBのにおいを感じた.そこで,劣化したPCB含有安定器からPCBが揮発する可能性を明らかにするため,PCB含有安定器を使用している室内と使用していない室内に含まれるPCBを測定し,比較するとともに,PCB含有安定器をチャンバーに入れて通気し,PCB揮発の有無を確かめた.その結果,PCB含有安定器を使用していない室内の空気ではPCBは検出されなかったのに対し,PCB含有安定器を使用している室内では26~110ng/m3のPCBが検出された.これより,PCB含有安定器からのPCBの漏洩の可能性が確認された.一方,チャンバー実験からは,PCB含有安定器からのPCBの揮発が認められ,さらに検出されたPCBの組成は安定器を使用していた室内のPCBの組成と類似していた.これより,PCB含有安定器が室内PCB汚染の原因の1つである事が推定された.
著者
硲 哲崇
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.37, no.6, pp.417-423, 2006 (Released:2007-09-06)
参考文献数
22
被引用文献数
1

摂食行動は,化学感覚である嗅覚・味覚の他に,食物の温度や硬さ,さらにはテクスチャーといった物理的な刺激を受容する体性感覚が存在しなければ円滑に行われることができない.本論文では,摂食行動に関与する口腔体性感覚の役割を概説し,さらにこれら体性感覚と化学感覚に優先性をもたせて動物が摂食行動を調節している様子について,筆者らの研究知見も踏まえて概説する.
著者
藤倉 まなみ
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.43, no.6, pp.408-414, 2012

環境政策の進展に必要な要素にはa)社会の要請,b)他法令で未対応,c)原因と被害の因果関係の科学的な解明,d)対策の技術的・経済的実行可能性がある.悪臭防止法施行40年をふり返り,悪臭ではこれらの要素に関連してどのような判断や対応がとられてきたかを示した.