- 著者
-
松尾 秀哉
- 出版者
- 龍谷大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 2018-04-01
本年度はベルギーの現地において、本研究の中心的な問いである「テロの巣窟化および発生」と「連邦制度」の関係について有識者のインタビューにより仮説を補完することが大きな課題であった。8月にベルギーを訪問して、ルーヴェン大学のDimitri Vanoverbeke氏や元首相のスピーチライターであり、中東研究者であるKoert Debuf氏へのインタビューを進めることができた。両者とも単純に連邦制導入(やしばしば言われる経済格差と貧困)で巣窟化を論じることには反論する立場であった。特にテロ研究について詳しい後者は、貧困ではなく、またベルギーの政治制度に問題があるわけではなく、テロリストになる側の心理学的要因に注目していた。彼によれば、中東からの移民(2世、3世)は、西欧の暮らしにおいてなんらかのアイデンティティクライシスに陥り、心理的退行が生じる。そのアンカリングとして、ムスリムの場合、イスラームに固着していくと言う。この議論自体非常に興味深いもので、彼がそれを論じた書物を翻訳して日本に紹介することとなった(現在翻訳中。コロナによって生じた行動制限によって進行が遅れているが、この夏には入稿したい)が、本研究においては、論破すべき先行研究となった。彼らとの議論において有益だったのは、特に後者のクルト氏がスピーチライターを務めていた首相ヒー・ヴェルホフスタット時代の新自由主義的改革(国家公務員などの人員の整理、合理化)によって中央が行政能力を著しく落としている可能性があるという点である。ちょうどその時期は、9/11後の時期、つまりベルギーに国際テロ組織の拠点ができていった時期と重なる。この点に注目することで、より実証的な「制度(改革)とテロ対策」の関係について論じることができると思われた。