著者
芝池 諭人 佐々木 貴教 井田 茂
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2014年大会
巻号頁・発行日
2014-04-07

冥王代すなわち約 40 億年前より以前にできた岩体は世界中のどこにも見つかっていない。しかし近年、冥王代の放射性年代をもつジルコンを含む堆積岩が発見され、冥王代にはすでに大陸地殻があったと考えられるようになった。この大陸地殻は、いったいなぜ消えてしまったのだろうか。消失の原因として冥王代末期の天体衝突の集中「後期重爆撃」による破壊や溶融が挙げられるが、定量的な推定はあまりなされていない。本研究ではこれを解析的に計算する式を導出し、後期重爆撃によって大陸地殻の消失を説明することが困難であることを明らかにした。具体的には、後期重爆撃を Cataclysm, Soft-Cataclysm, Standard の三つのモデルで表し、冥王代の大陸地殻が掘削される量と溶融する量を推定した。推定方法は、 以下の通りである。まずは、月面の巨大衝突盆地(Cataclysmモデル)のデータと、力学的数値シミュレー ション(Soft-Cataclysmモデル)および月面のクレーター数密度(Standardモデル)を定式化したものから、小惑星のサイズ分布を考慮して後期重爆撃の規模を推定した。小惑星のサイズ分布は、実際の観測によって与えられた分布を累乗近似し、ベキ指数をパラメーターとした。このベキ指数によって、結果は大きく変化する。そして最後に、クレーターのスケーリング則を用いて、大陸地殻の破壊と溶融を推定した。推定される量は、総掘削体積、総溶融体積、掘削および溶融領域による地球表面のカバー率、の四つである。結果としては、後期重爆撃のいずれのモデルであっても、いくつかの巨大衝突によって大陸成長曲線と同程度の体積を溶融する可能性はあるが、溶融領域が地球表面を覆うことはできないとわかった。冥王代の大陸地殻は地球表面に点在していたと想像されるため、これら全てが溶融されるとは考えにくい。すなわち、 後期重爆撃によって冥王代の岩体の消失を説明することは困難である。
著者
斎藤裕
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

問題と目的 『内包量』とは「長さ」に代表される『外延量』と対置されるもので,「速さ」などが代表的なものである。前者は性質や「強さ」の量であり,後者は「大きさ・広がり」の量である。操作的な違いとして,外延量は加法性を満たすのに対し,内包量は満たさない点に特徴がある。内包量は2つの外延量の商で生み出されるもので,言わば「割合」である。内包量を理解するとは,1.独立性:全体量や土台量の多少に関係なく“強さ”として一定である,2.関係性:2つの量が既知の時に残りの“量”が求められる,3.操作性質:2つ以上の量を合併することはできない-非加法性,の3点を理解すると言えよう。麻柄は,「独立性」の理解を重視し,内包量教育実践の指標として,1)内包量は「全体量÷土台量」で算出されて初めて存在する量ではなく,初めから存在する量であることを強調すること,2)学習の初期には,土台量や全体量と異なる外延量によって暫定的に内包量を定義すること,の2点を挙げている(1992)。しかし,外延量的理解を促せば,「非加法性」に抵触してしまう。この理解は,単に「足せない」だけではなく,『平均』の理解にも関係する。『速さ』は“相加”平均もできないのである。また,内包量も多岐に渡る。松田らは「日常生活の中で経験豊富だから速さのほうが密度より概念獲得が早い」(2000)と述べているが,日常生活が内包量概念獲得に深く関与しているならば,各々の内包量概念は,どのような経験がなされているのかによって,その獲得状況に大きな差異が出てこよう。本研究では,被験者を大学生とし,内包量として「割合」「速さ」「温度」「濃度」「密度」を選び,それらについて“加法性”“平均”及び“関係性の理解(計算操作)”について調査し,彼らレベルにおいて「内包量」についてどのような理解状態にあるのか確認することを目的としたい。方 法 (1)実験の概要:被験者は,2大学保育福祉系学科(A公立大・B私立大)1年生(A;40名・B;60名)。被験者全員に調査問題が配布され,解答が求められる(20分程度)。 (2)調査問題:2種の問題群からなる。1正誤判断問題9問-加法判断3問〔重さ・割合・濃度〕,平均値判断6問〔外延量・平均値・濃度・速さ・密度・温度〕2「外延量の平均」及び「内包量;第1-3用法」に関する計算問題5問;1)外延量-平均2)割合:第1用法3)割合:第3用法 4)速さ:第2用法5)密度:第1用法結果と考察 (1)計算力:2大学で違いが見られた。A大学生は“割合第3用法”でも8割以上の正答率を示した。A大学生は計算力(関係性の理解)は高い。 (2)“加法性”・“平均”の理解:A大学生は「非加法性」3問でも高い正答率を示す。B大学生は全て約50%の正答率でしかない。「重さ」は“水に溶かす”問題であったため,彼らは『非保存的判断』を示した可能性もある。一方,“平均”はややB大学生の方が正答率は低いが,有意な差はなく,両大学生とも特徴的傾向を示している。それは「速さ」「平均の平均」の低い正答率である。これは,「速さ」が生活経験の積み重ねの結果として,特別な『外延量的理解』となっているからではないだろうか。「速さ」は所謂“平均の速さ”である。「平均の平均」も間違うことが象徴的である。「平均」とはいかなる量なのか・内包量としての「平均」値の理解をどう進めるかが,全体して「内包量の理解」の促進の課題であり,その検討を進める必要があると考える。
著者
笈田武範 武藤正人 小林哲生
出版者
日本磁気共鳴医学会
雑誌
第42回日本磁気共鳴医学会大会
巻号頁・発行日
2014-09-11

【背景・目的】近年,他のモダリティとの融合や小型軽量化などの理由から,超低磁場MRIの研究が注目されている.超低磁場MRIを実現するためには,超伝導量子干渉素子(superconducting quantum interference device : SQUID)や光ポンピング原子磁気センサ(optically pumped atomic magnetometer : OPAM)などを用いて,低周波の微弱磁場を検出する必要がある.OPAMはアルカリ金属蒸気を封入したガラスセルにポンプ光・プローブ光2つのレーザを照射し,光ポンピングされたアルカリ金属原子の電子スピン偏極による磁気光学回転により磁場を計測する.OPAMは,SQUIDでは必須の冷媒が不要であり,維持コストなどの面で利点がある.しかしながら,アルカリ金属原子の電子スピン偏極の磁気回転比は,MRIにおいて主に計測対象となるプロトンの約164倍であるため,同一磁場中に試料およびガラスセルを設置すると,共鳴周波数の不一致により計測感度が低下する.この問題に対して,フラックストランスフォーマ(flux transformer : FT)を用いた遠隔計測法が提案されている.先行研究において,単一FTを用いたMR信号計測では,信号対雑音比(signal-to-noise ratio : SNR)が最大となるコイルのパラメータが存在する一方,その感度に限界があることが報告されている.本研究では,直交位相FTを用いることにより,OPAMを用いた遠隔MR信号計測のSNR向上を目指す.【方法】直交位相FTとして,鞍型コイルペアを入出力コイルとするFTをコイルペアの円筒の軸の回りに90°回転した2組のFTを用いた時の間接MR信号計測について,磁場分布の数値解析および擬似MR信号計測を用いてSNRを評価し,OPAMと直交位相FTを用いた間接MR信号計測の有効性を確認した.【結果・結論】数値解析の結果,直交位相FTを用いることにより単一のFTを用いた場合と比較して,約2倍のSNRが得られることが確認された.また,擬似MR信号計測の結果においてもSNRの向上が確認され,直交位相FTを用いることによりOPAMを用いた遠隔MR信号計測のSNR向上が可能である事が示された.
著者
郡司菜津美 岡部大介# 大内里紗 松嶋秀明 有元典文
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第58回総会
巻号頁・発行日
2016-09-22

企画趣旨 本シンポジウムでは,学校インターンシップに着目し,状況論から見える2つの「思い込み」について議論してみたい。 学校インターンシップとは,「教員養成系の学部や学科を中心に,教職課程の学生に,学校現場において教育活動や校務,部活動などに関する支援や補助業務(文部科学省,2015)」のことであり,教員免許取得に必須である「教育実習」とは異なる位置付けで導入されはじめている。文部科学省は,この学校インターンシップの導入により,「理論と実践の往還による実践的指導力の基礎の育成」が達成されることを期待しているが,その学びを確実なものとするためには,十分な環境整備が必要であることも強調している。実際に,学生を受け入れる学校の確保,学生への事前・事後指導,学校側のニーズを把握する情報提供機会の確保といった環境整備のためには,教育委員会と学校,及び大学が十分に連携する必要があるだろう。 しかし,実態として,学生・現場教員・大学教員が連携するためのシステムは未だ十分に構築されているとは言い難く,学生が「理論と実践を往還する」ための十分な取り組みがなされていない現状がある(麻生,2016)。本シンポジウムでは,こうした現状を打開する一つの手立てとして,2つの「思い込み」に着目してみたい。2つの「思い込み」とは⑴学校インターンシップは「インターン個人が学習する機会」であり,⑵指導者が「その場で指導するもの」であるといったものである。これらの学校インターンシップに関する思い込みは,学校インターンシップという「インターンの学習のための制度」が前提となったカメラワークによって現前してしまうものであり,状況的学習論は個人から状況へとカメラをズームアウトすることにその特徴がある。本シンポジウムでは,2人の話題提供者から,それぞれの「思い込み」についての知見を提供していただき,今後の学校インターンシップのあり方について再考していきたい。本シンポジウムでは話題提供・指定討論の後,参加型のワークショップ形式でフロアとの対話を深めていきたいと考えている。話題提供学校インターンシップは「インターン個人が学習する機会」なのか?大内里紗(横浜国立大学大学院) 横浜国立大学大学院のカリキュラムには,「教育インターン」という必修科目が設けられている。今回は筆者の「教育インターン」における実践について紹介することで,学校インターンシップでは誰が・どのように・学習するのか,ということについて議論していきたい。 本実践は,非行・いじめ・校内暴力・学級崩壊などの問題を持つ課題集中校である公立中学校で行った。生徒指導上の問題を持つ男子生徒2名(P, Q)に対し,中学校教員と大学チームが連携して支援を行った。実践では,P, Qにとって必要な教材や人材といった支援・指導は何かを,かれら当事者2名と教員,大学の支援チームが共に話し合うオープン・ダイアログ形式(Seikkula and Olson, 2003)を採用した。この支援実践は「中・大連携学習環境デザイン研究」と名付けられ,中学校と大学チームの共同研究いう形式でP, Qも研究者の一員として始められた。2016年5月までに6回の実践を行い,うち3回が面接を,3回が学習支援を中心とした実践であった。 本シンポジウムでは第6回の実践における支援とその後の中学校教員と大学チームの対応を事例として,学校インターンシップが誰にとっての,どのような学習の場であるのか,を検討する。第6回はP, Qが中学3年生になって初めての,面接を中心とした実践であった。実践ではP, Qにまず学習,生活面それぞれにおいて「今困っていること」について尋ねた。志望高校についての意思表明とそのために必要な勉強への言及があったその後,「部活のルールが納得できないでいる」という話題が始まった。昨年,彼らが2年生の時に顧問によって作られた10のルールが,今年に入ってから25に増えたという。そのルールには挨拶や荷物の整理整頓といったかれらにとっても了解可能な内容のほかに,部活を続ける条件としての成績,関心意欲に対する評価の下限が設定されているのだという。他の生徒に比べて学力が低いという認識のある彼らには,これは「自分たちの力でどうにもならないルール」だと思え,納得できないと主張した。「筋が通らないことだ」,と彼らは大学チームにその憤りを伝えた。大学チームはかれらの前で意見交換をした。いわく,二人の不満は理にかなっているように思える。これを教員に伝えた方が良いだろうか。そして二人に先生たちに伝えても良いかを問うた。「むしろそうしてほしい」と二人は支援を求め,大学チームは彼らの意見を中学校教員に伝えた。その結果,中学教員と大学チームからなる支援委員会で,今後このことを切り口に,指導・支援の質について検討していくことになった。 以上のエピソードから,「教育インターン」をただ単に,インターンが現場の実践を体験的に学ぶ場としてだけ観察することはできない。大学チームと生徒と中学校教員も,一方通行的に影響を与える関係ではない。「オープンに対話する」という意思疎通の回路を開いておくことで,互いに互いが影響しあい,知り合い,そのことで学習し合うような,弁証法的で集合的な学習の場を組織していると観察することもできるだろう。有元(2016)は学校インターンシップを「社会的な相互行為と,そのことに起因する人と組織と制度の発達のきっかけ」と表現している。立場によってさまざまに観察可能な変化が同時に生起し,進行し続ける多面的な現実の中で,大学院生個人の学習としての「教育インターン」はそのとらえのほんの一部であり,「教育インターン」から始まる支援者・生徒・学校の相互作用そのものを,大きな集合体の発達と捉えてみることに意味があるのではないだろうか。なぜなら,このような相互作用において,誰が作用の主体というのでもなく,どこにも正解はなく,ただ今より未来の自分たち,という「より良さ」に向けた参与者の共同的な相互作用があるだけなのだから。指導者は「その場で指導可能」なのか?郡司菜津美(国士舘大学) 教員養成課程の大学教員として,学生を教育現場に送り出す際の不安は非常に大きい。「きちんと教師として振る舞えるのか」「児童生徒に対して適切な指導ができるのか」「現場教員と上手くコミュニケーションが取れるのか」といったようなことは,考え出したらきりがない。大学教員は,教育実習や学校インターンシップの際に「事前・事後指導」,研究授業等で「教育実習生の指導」をすることが求められるが,それらの指導は,あくまでも「教師としての学び方」の指導でしかない。児童生徒とのやりとりは決まった形式があるわけではなく,その指導方法が1対1対応ではないため,教師として自律的に振る舞うことができるような「学び方を学ばせる」ことしかできない。これは学校インターン・教育実習を受け入れる先の指導教員にも言えることだろう。非常にもどかしいが,その指導は間接的で,しかも遠い未来に教員になった時を想定したものでしかない。それはまるで,現場教員が児童生徒を指導する際のもどかしさと似ているだろう。学校を卒業した後,自律的な人間として振る舞えるようになることを期待はしているが,その未来に,教員がそばで付き添っていることはできないし,ましてやその場に居合わせて指導することはできない。小学校・中学校・高等学校・特別支援学校の教員も,学校インターンシップや教育実習に学生を送り出す大学教員も,こうした同じようなもどかしさを感じながら,指導者として,指導をせざるをえないのが現実だ。 本シンポジウムでは,こうした指導者のもどかしさを皆で共有し,指導者が「その場で指導するもの」といった思い込みを捉え直してみたい。具体的には,事前・事後指導のあり方,インターンや実習生を送り出す・受け入れる側のあり方,発展的に,教師は「その場で指導可能なのか」といった問いに皆で答えてみたい。
著者
上田紋佳 猪原敬介 塩谷京子# 平山祐一郎 小山内秀和 足立幸子# 服部環
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第58回総会
巻号頁・発行日
2016-09-22

企画趣旨 「現在の世代は読書をしているか」。このことについては,教育関係者のみならず,社会全体から強い関心が寄せられてきた。例えば,2012年のPISA調査では,「趣味としての読書をどのくらいしますか。」の項目に対して,「趣味で読書をすることはない」と回答した割合が日本は約44%であり,17か国中の2番目に高いという結果が報告されている(国立教育政策研究所,2010)。一方で,全国学校図書館協議会による児童生徒の読書状況についての調査では,小学生・中学生の読書量は増加傾向,不読率も減少傾向が報告されている(毎日新聞社, 2016)。これら読書についての実態調査から,私たちは「今の若者は本を読まない」「いや,不読率は下がってきている」などと議論するが,その内容は実態調査の結果の解釈に終始してしまい,現場における「読書と教育」の在り方に影響を及ぼすことは少なかったように思われる。実態調査から一歩踏み込み,現場のニーズに答える心理学的研究が,ぜひとも必要である。 そこで本シンポジウムでは,日本における読書研究の増加と質的発展を促すための視点を模索したい。具体的には,読書量の測定方法やその精度の問題,また読書の効果に関するプロセス,読書や読書教育の環境などの観点から掘り下げていく。話題提供の先生方には,学校教育における子どもの読書に関する現状を,実態把握調査や個々の研究データをもとに明らかにし,克服すべき課題を示していただく。指定討論では,足立幸子氏からは国語科教育・読書指導の観点から,服部環氏から教育心理測定の観点からコメントをいただき,建設的な議論のきっかけとしたい。本シンポジウムを通じて,研究者および現場の教員・司書などの教育関係者の間の議論が活発となり,学校教育における読書の在り方について考察を深めたい。話題提供国語科に位置付けられた読書活動の現状-文部科学省の調査から-塩谷京子(関西大学) 現行の小中高等学校の学習指導要領において,国語科は,「A話すこと・聞くこと」,「B書くこと」,「C読むこと」及び〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕の3領域1事項から内容が構成されている。読書は,このうちの 「C読むこと」に位置付けられている。 「C読むこと」の指導では,読む能力を育成するとともに,読書の幅を広げ,読書の習慣を養うことへの配慮の記述がある。例えば平成21年に告示された高等学校学習指導要領の解説国語編では,国語科改訂の要点の一つに「読書活動の充実」があげられている。学校図書館や地域の図書館などと連携し,読書の幅を広げ,読書の習慣を養うなど生涯にわたって読書に親しむ態度を育成することや,情報を使いこなす能力を育成することを重視して改善が図られた。 このように,読書は学校教育において児童生徒に身につけさせる態度や能力の側面から,国語科という教科の中で系統的に扱われている指導事項の一つである。 しかしながら,我が国で50年以上続いている読書に関する調査では,1ヶ月に1冊も本を読んでいない不読者の割合が問題になってきた。小中学校においては,朝読書が取り入れられてきた時期から不読者は徐々に減少傾向にあるものの,高等学校においては,その割合がおよそ50%に及び,長い間大きな変化はない。 読書が学校教育に位置付けられているにも関わらず,不読者があるという現状について,多方面から調査・分析が行われたり,対策が提案されたりしている。 本発表では,毎年実施されている全国学力調査と読書の関係や2016年度に行われた高校生への読書に関する意識調査結果をもとに,学校現場の現状を紹介しながら,今後どのような研究が必要とされているのかを提案し,読書教育推進に貢献したいと考えている。話題提供「読書量」という指標をどう扱うか-大学生の読書状況調査から考えたこと-平山祐一郎(東京家政大学) 大学生が学習を行う上で,不可欠なスキルのひとつとして,「読書」を位置づけることができる。そこで,大学生がどれだけ読書をしているのかを把握しようと試みたところ,読書離れが大きく進行している事実が見出された。しかしながら,読書離れを裏付けるための「読書量」という指標そのものが,多くの検討の余地を残していることが判明した。多くの読書調査では,月当たり,週当たり,一日当たりと時間を区切って,読書時間や読書日数,読書冊数を尋ねている。しかし,あくまでも自己申告(内省報告)であるので,社会的望ましさの影響も含めて,誤差の大きい回答になっていると思われる。そのため,読書に関する行動や読書時間帯,読書動機などの変数と関連付けると,解釈がかなり困難になることが多い。 読者に読書記録をつけてもらい(日誌法),読書量を推定する方法は,読書内容も含めて検討できるため,読書量に関して精度の高い推定ができることが予想されるが,そのコストはかなり大きくなるだろう。「読書量」そのものを検討するならば,そのコストは甘受しなければならないが,多くの調査や研究は「読書量」を利用した研究となっているため,「読書量」把握だけに力を注ぐことはできない。 では,ある程度の誤差を含み込んだ「読書量指標」をどのように扱えばよいのだろうか。また,「ほんの一工夫」することにより,少しでも読書量把握の精度を上げることができるか否かを考えてみる。話題提供データに基づいた知見の必要性-読書が言語力に及ぼす影響についての研究から-猪原敬介(電気通信大学・日本学術振興会) 「読書は児童の言語力を伸ばす」ことは,我が国における多くの教育実践者によって直観的,体験的に信じられている。心理学における科学的方法論に基づいた研究もこのことを概ね支持していることから,結果として,上記の主張と科学的エビデンスとは矛盾していない。しかし,矛盾がなければそれで良いだろうか。 本話題提供では,科学的エビデンスに基づかない「読書は児童の言語力を伸ばす」という主張の限界について議論し,データに基づく読書研究の必要性について考えてみたい。 具体的には,直観的・体験的な信念は,現象の過度な単純化を産み出し,効果的な読書教育につながらないのではないかと問題提起する。例えば,「読書は児童の言語力を伸ばす」というだけの単純なモデル(ある人の頭の中にある読書についての捉え方)では,児童の個人差(言語力や好み)や,その個人差が生み出す読書活動の変化 (読む本の難易度やジャンル)を考慮しないため,「どの児童にどの本を読ませても効果は同じだから,児童がどんな本を読んでいるかには注意を払わない」というような読書教育上の単純化を生み出し,読書教育の効果を小さくしてしまう。 一方で,過度なモデルの複雑化は,そのモデルの利用価値を下げてしまうことも事実である。本話題提供では,研究の背後に「適度な複雑さで,有用なモデル」を仮定する海外の研究について紹介し,まだまだ研究そのものが少ない我が国での研究の指針として提案したい。また,国内の研究事例として,話題提供者らが行った研究についても紹介し,我が国における優れた読書研究の推進に寄与したい。話題提供読書は社会性の向上に寄与するか?-物語読書量とマインドリーディングとの関連の検討-小山内秀和(浜松学院大学) 子どもの読書が推奨される根拠として,言語能力の向上とともに取り上げられることの多いのが,「読書は思いやりといった社会性の発達を促す効果を持つ」という主張である。巷間,そして教育現場などで,こうした指摘を聞くことは多い。しかしながら,読書と社会性との関連について実証データに基づいた議論がされることはあまり多くなく,実践現場の実感として語られることが多いという印象がある。 従来,読書と社会性との関連については,子どもや成人を対象に読書の活動調査を行うなかで,思いやりや積極性などとの関連を見るというかたちで検討されてきた。しかしながら近年,1) 読書のなかでも物語の読書に焦点を当て,2) 社会性のなかでも「他者の心的状態の理解」への効果に注目した研究が行われ,より実証的なデータが報告されるようになっている。こうした研究が可能となったのは,読書活動と社会性のそれぞれを客観的に測定する手法が少しずつ洗練されてきていることが大きい。読書活動についていえばさまざまな読書量推定指標が,社会性については他者の心的状態を推測する能力の個人間差を測定できる課題が,大きく貢献しているといってよいだろう。 本発表では,物語の読書と他者の心的状態を理解する能力である「マインドリーディング」との関連を扱った研究について,海外の研究成果を紹介しつつ,発表者が大学生と小学生を対象に行った研究についても報告する。それによって,読書の効果という教育上きわめて重要なテーマに対して,基礎研究がどのように貢献できるのかを考える一助としたい。引用文献国立教育政策研究所(2010).生きるための知識と技能4−OECD生徒の学習到達度調査(PISA)2009年調査国際結果報告書 明石書店毎日新聞社(2016).読書世論調査 毎日新聞社
著者
町田好男
出版者
日本磁気共鳴医学会
雑誌
第42回日本磁気共鳴医学会大会
巻号頁・発行日
2014-09-11

圧縮センシング(Compressed Sensing: 以下CS)とは、「観測対象データがある表現空間では「スパース(疎)」であると仮定して、少数の観測データから対象を復元する手法」である。近年、ランダムな成分を持つ観測マトリクスの場合に復元可能であることが情報理論分野において示され、さらに、観測データをランダムサンプリングできるMRIはCSのよい適用となっていることが示された(Lustig, 2007)。図は、CS-MRIにおける再構成の概要を示したものである。再構成したい画像(対象データ)をmとしよう。CS-MRIでは、「(1)表現空間データΨmが疎であること」と「(2)アンダーサンプルしたフーリエ変換像Fumが観測(収集)データyに近いこと」を条件としてmを求める。(適当なモデルのもとで解を求められることがCS理論の教えるところである。) 通常のMR断面像ではΨとしてWavelet変換などが用いられる。CS-MRIにおいては、観測データ、対象データ、疎表現データの3つを切り分けて考えること、あるいはそれらをうまく割り当てることが重要であるが、この時の自由度が高く従って応用範囲が広いのがMRIの特長となっている。本講演では、原理説明に続きいくつかのアプリケーションを紹介する。また現在我々が検討しているCS画質の評価検討について一部紹介したい。