著者
久保 健一郎
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.4-9, 2020 (Released:2020-06-25)
参考文献数
17

【要旨】環境要因が神経発達症のリスクを高めるメカニズムとして、母体の免疫活性化が注目されている。最近、動物モデルを用いた研究で、母体の免疫活性化の結果、サイトカインの一種であるIL-17a が上昇してマウスの大脳皮質に構造変化を生じる知見が報告されて注目を集めた。さらに、ごく最近、成体の動物モデルの脳へのIL-17a の直接投与が自閉スペクトラム症様行動への治療効果を持つという知見が発表されて反響を呼んでいる。一方で、臨床的に神経発達症のリスクを高める環境要因として筆者らが注目しているのは、在胎28週未満の超早産での出生である。超早産児において神経発達症のリスクが高まる要因として、虚血性の脳障害が想定されている。虚血性の脳障害が発達段階の脳に与える影響を明らかにするため、筆者らは、マウスにおける胎児期虚血モデルマウスを作成して脳への影響を解析した。すると、胎児期虚血によって、神経細胞の移動が遅れ、大脳皮質の白質にとどまる神経細胞が増加した。このモデルマウスには、成体になった後に認知機能障害が生じたが、その認知機能障害は前頭葉の機能低下によって生じること、また前頭葉の表層に存在する神経細胞の活性化によって認知機能障害が改善する可能性があることが示された。これらの動物モデルを用いた研究において得られた新たな知見が、いずれ人における神経発達症等の病態理解や新規治療法の開発に結びつくことが期待される。
著者
吉永 怜史 久保 健一郎 仲嶋 一範
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.120-125, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
45

ヒトがなぜ精神疾患にかかるのかを解明するためには,精神疾患の発生学的理解が重要である。大脳皮質だけとっても,ヒトは多くの領野が細胞構築的にも機能的にも分化しており,疾患脳において異なる病的意義を有している。脳発生にも領域差がありうる。しかし,脳発生の領域差についての知見は乏しい。脳全体が多様な細胞からどのようにできてくるかを徹底的に理解して初めて,脳に内包されている脆弱性を見極めることが可能になると考えられる。この脆弱性と疾患脳との因果関係を議論することにより,病態形成の理解につながると期待される。正常発生の深い理解から,精神疾患の病因研究を進化させることを提案する。
著者
久保 健一郎
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.98-102, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
16

近年,自閉スペクトラム症をはじめとする神経発達障害の発症リスクを高める要因として,遺伝要因のみならず環境要因が注目されている。例えば,在胎28週未満の超早産が自閉スペクトラム症の発症リスクを高めることが知られている。環境要因のなかでも,母体への感染とそれに対する母体の免疫反応は,自閉スペクトラム症のみならず統合失調症をはじめとするさまざまな精神・神経疾患の発症にかかわるメカニズムとして注目されている。最近,マウスモデルを用いた研究から,母体の免疫活性化によって,大脳皮質の組織構造に局所的な変化が生じることが報告された。この局所的な変化は,ヒトの自閉スペクトラム症の死後脳で観察された,大脳皮質の「cortical patches」と呼ばれる組織構造の変化に類似しているとされる。我々の作成した神経発達障害のマウスモデルにおいても,組織構造の局所的な変化が大脳皮質の一部に生じることで,離れた脳部位への影響が生じ,これが動物行動の変化に結びつく可能性が示唆された。ただし,大脳皮質の組織構造の局所的な変化がどのように神経発達障害の発症にかかわるのか,そのメカニズムについてはまだ不明な点が多く残っている。
著者
久保 健一郎
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.108-113, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
26

統合失調症や自閉スペクトラム症などの神経発達障害が関与することが想定される精神・神経疾患において,疾患横断的に観察される脳の組織的な変化として,大脳新皮質における白質神経細胞の増加が報告されている。その要因として,発生段階における神経細胞の移動障害やサブプレートの細胞の遺残が想定されているが,まだ結論は出ていない。一方で,白質神経細胞の増加は,発生・発達期で脳への障害が生じたことを示唆する痕跡であるとともに,それ自体が病態に関与することも予想される。我々がマウスにおいて人為的に白質内の神経細胞を増やしてその影響を調べたところ,大脳新皮質における線維連絡の変化と前頭葉機能の低下が生じた。今後の研究では,動物モデルを用いた解析をさらに推進するとともに,動物モデルで得られた所見を参照しながら,実際のヒト死後脳組織を用いた解析を行っていく必要がある。
著者
久保 健一郎
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

まず後北条氏関係文書約4500通の目録データベースを作成した。これには年月日・差出・充所等のほかにキーワードとして後北条氏における公儀を示す文言といわれる「大途」「公方」「公儀」を載せ、これらの使用者・使用対象・使用時期・使用方法等を検索できるようにした。「大途」文言の事例はおよそ120件、「公方」文言の事例はおよそ70件、「公儀」文言の事例はおよそ25件であった。これを基礎とした後北条氏関係文書の分析により、後北条氏における公儀の構造と機能を追究した。その結果、構造については当主ないし宗家のみが主体となる「大途」が支城主クラスの一族も主体となることができる「公方」「公儀」には見られない人格性・文書の発給主体・軍事的諸機能等の特徴を有していることを明らかにした。したがって「大途」は「公方」「公儀」に対して相対的に優位であり、「大途」を頂点とする公儀の構造を明らかにすることができた。特に「大途」の人格性は後北条氏における公儀の確立や維持に重要な規定を与えており、幕藩制国家における公儀に比して後北条氏の公儀の独自性を示していると考えた。この点は従来ほとんど追究されていないことであり、これを仮に公儀の人格的・イエ的構造と呼ぶことにした。機能については一般にいわれる訴訟→裁許や公共機能も再確認できたが、役賦課の正当性を示す機能や、上にも述べたように「大途」において見られる文書発給機能や軍事的諸機能をも見出すことができた。そしてこれらの必ずしも公共的でない機能が後北条氏の公儀においては重要な比重を占めていることを確認できた。なお毛利氏関係史料の調査・収集を行ったが、戦国期段階では公儀に類する文言はほとんど見出せなかった。後北条氏との大きな差異として留意し、今後追究したい。
著者
久保 健一郎
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

本研究では、日本中世の兵糧に関わる史料を収集して、存在形態、地域的特徴、時期的変遷等を多角的に検討した。その結果、ほぼ日本列島全域において、兵糧には、実際に食糧として消費される「モノとしての兵糧」の側面と、交換手段・利殖手段として用いられる「カネとしての兵糧」の側面があること、兵糧はこれらを示しながら、時代が下るにつれ、いよいよ戦争の中で重みを増していき、戦国社会においては、いわば戦争経済の中心となることを明らかにした。これらは戦争論・社会経済史の発展に寄与する成果と考える。