著者
中本 敦 佐藤 亜希子 金城 和三 伊澤 雅子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.45-53, 2011-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
28
被引用文献数
2

沖縄島におけるオリイオオコウモリPteropus dasymallus inopinatusの個体数の長期モニタリング(2000年から実施)において、近年個体数の増加傾向が見られた。調査はルートセンサス法を用いて、沖縄島の都市部と森林部の2ヶ所で行った。都市部では2001年9月から2009年8月に、森林部では2004年と2008年の2年間調査を行った。両調査地ともにここ4〜8年間の間で個体数がおよそ3倍に増えていた。またこの目撃個体数の増加は全ての季節で見られた。これらの結果は、オリイオオコウモリの目撃数の増加が空間的な偏りの変化ではなく、沖縄島個体群自体の増大を意味するものであることを示す。沖縄島に接近した台風の数は2005年以降減少しているが、これは個体群の成長率の上昇のタイミングと一致していた。以上のことから沖縄島のオリイオオコウモリの個体群サイズは台風による攪乱頻度によって調節されている可能性があることが示唆された。今後、地球温暖化により台風の攪乱が不規則になると、本亜種の個体数変動が不安定になり、個体数増加による農業被害の拡大とともに地域個体群の絶滅が起こる可能性が高まることに注意する必要がある。
著者
中西 希 伊澤 雅子 寺西 あゆみ 土肥 昭夫
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.39-46, 2010-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
29
被引用文献数
1

1997年から2008年に交通事故に遭遇したツシマヤマネコ42個体(オス21個体、メス21個体)について、歯の萌出・交換状態と体サイズ及びセメント質年輪を用いて年齢査定を行い、交通事故と年齢の関係について分析した。また、栄養状態についても検討を試みた。交通事故遭遇個体の年齢は0歳から9歳であった。全体の70%以上が0歳で、2〜4歳の個体は確認されず、残り30%近くは5〜9歳の個体であった。交通事故の遭遇時期は、5〜9歳のオスでは2〜6月と9月であったのに対し、0歳のオスでは9月から1月に集中していた。0歳メスは11月に集中していた。0歳個体の事故が秋季から冬季に集中していたことから、春に生まれた仔が分散する時期に、新たな生息環境への習熟や経験が浅く、車への警戒が薄いため、事故に遭遇しやすいこと、また、分散の長距離移動の際に道路を横断する機会が増えることが要因と考えられた。栄養状態に問題のない亜成獣や定住個体が交通事故で死亡することは、個体群維持に負の影響を及ぼすと考えられた。
著者
小野 勇一 伊澤 雅子 岩本 俊孝 土肥 昭夫 NEWSOME Alan KIKKAWA Jiro
出版者
九州大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1988

代表者らのグル-プは,森林に起源を持つといわれている食肉目の社会進化を明らかにするために、これまでネコ科、特に小型種について研究を進めてきた。特に小型ネコ科の社会形態とその維持機構を、様々な環境で野生化したイエネコの研究によって明らかにしてきた。すなわち、小型ネコ科の社会の適応性は生息環境の資源量と強い関連性を持つことが示唆された。この適応性についての試論は国内では野生種の小型ネコ、イリオモテヤマネコとツシマヤマネコの調査によって、すでに検討を始めている。ネコ科の社会進化を論ずる上で、イエネコの人間社会と完全に隔離された自然状態での社会形態と、その起源種である野生種の小型ネコの社会形態と比較することは重要なポイントとなる。しかしながら、わが国において野生化したイエネコの生息域とその中の資源量は、ほとんどの地域で人間生活との関連が深く、完全に自然状態で野生化したイエネコの生息域はない。本研究では、オ-ストラリア大陸内部に人間社会の影響がほとんどない地域で野生化したイエネコを対象にして、その社会生態と環境資源利用の調査を実施した。オ-ストラリアには西洋人の入植以来200年間にイエネコが野生化し、現在では大陸のほとんどの地域に分布している。人間生活の影響をまったく受けない森林地帯・半乾燥地帯・砂漠などに生息している野生化したイエネコは、その始原種であるヤマネコと同様に、ハンティング(狩り)によって生活をしている。一方、この野生化したイエネコは、オ-ストラリア固有の貴重な動物相に重要な影響を及ぼしている。これらの固有種の保護のために、野生化したイエネコの生態学的調査も本研究の重要な課題のひとつである。調査は、ニュ-サウスウェルズ州のヤソン自然保護区で行った。この保護区内に調査地を設け、1988年と1989年の2年間に約12ヶ月間滞在して資料を収集した。調査地内のネコの大部分を補獲し、発信機あるいは耳環を装着して個体識別し、テレメトリ-法と直接観察によって行動が追跡された。この地域の野生化したイエネコは、年中ほとんどの餌を野生化したアナウサギに依存していることが明らかになった。このことから、2年目にはアナウサギの生態学的調査も行った。調査の結果は、完全な自然条件のもとで野生化したイエネコの社会形態の基本型は、小型ネコの野生種とほとんど変わらないこと、また生息地の資源量がその基本型の変異に強い影響を持つことが明らかとなり、研究グル-プの試論が証明される大きな成果が得られた。2年間に渡る継続した資料が得られたことから、調査地内のネコの定住性と分散過程の資料が得られ、哺乳類に頻繁に見られる「雄に偏よった分散」を実証でき、またその分散の要因が、定住雄の繁殖活動によることが観察によって明らかにされた。さらに分散が確められた個体の分散過程の資料も得られた。これらの結果は、ネコ科の社会形態の維持機構解明に重要な手がかりを与えるものである。次にこの地域の野生化したイエネコは年間の餌の大部分をアナウサギに依存していることから、単純な食う=食われる関係のもとに成り立っていた。このことからネコのホ-ムレンジの大きさは、餌資源の季節的な変化に対応して決定されること、またネコの繁殖も餌の利用しやすい時期と同調していることを用いて、食う=食われる関係のシュミレ-ションモデルが導かれた。また、保護区の鳥類相の調査も平行して行い、ネコによる被食の程度は、主な餌であるアナウサギの個体数が最も少なくなる厳冬季にはかなりの程度補食されていることが明かとなった。このことから、小型哺乳類の生息が少ない地域や季節には、野生化したネコのオ-ストラリア固有動相への影響は大きいことが示唆された。本研究で得られた研究結果は各分担者ごとにサブテ-マごとに論文として公表され、また全体的には報告書の形でまとめられた。この研究成果は、特にオ-ストラリアでこれまで大きな問題となっていた野生化したイエネコについて多くの新しい知見を与えるもので野生動物保護管理のうえで貢献するものと期待される。
著者
戸部 有紗 中西 希 佐藤 行人 和智 仲是 伊澤 雅子
出版者
公益財団法人 自然保護助成基金
雑誌
自然保護助成基金助成成果報告書 (ISSN:24320943)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.238-248, 2020

<p>本研究は,琉球諸島南西部西表島の生態系全体の維持,保全を効率的に行うことを目指して,西表島の頂点捕食者でありアンブレラ種である,絶滅危惧種イリオモテヤマネコとカンムリワシの餌資源の観点から2種の生息環境の保全を効果的に行うための基礎資料を蓄積することを目的とした.近年開発され,野外動物に適用され始めた食性解析法であるDNAバーコーディングを用いることで,両種の食性を詳細に解析した.冬季,夏季に2種の糞を採集し,糞中のDNA解析によって餌動物種を同定した.その結果,それぞれの食性についての先行研究に比べ,多数の餌動物を種まで特定することができ,本手法の有効性が確認された.両種とも多種多様な餌動物を利用し,特にカエル類,トカゲ属,クマネズミ,鳥類,ベンケイガニ,トビズムカデの重要度が高いことが分かった.今後,2種の保全を目指し,これらの餌動物の多様性や生息個体数,生物量を維持していく必要がある.</p>
著者
安里 瞳 伊澤 雅子
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.191-210, 2020

<p>沖縄島において,外来食肉目による在来種への捕食圧が野生生物保全の上で深刻な問題となっているが,食性分析において,捕食されているトガリネズミ科動物(以下,トガリネズミ類)およびネズミ科動物(以下,ネズミ類)の種同定は,同定検索情報の不足などにより現状では困難であった.そこで,沖縄島での外来食肉目の食性分析への応用を想定し,沖縄島に生息するトガリネズミ類とネズミ類の毛の形態による種判別法の確立を試みた.沖縄島に生息するトガリネズミ科2種(ワタセジネズミ<i>Crocidura watasei</i>,ジャコウネズミ<i>Suncus murinus</i>),ネズミ科4種(オキナワハツカネズミ<i>Mus caroli</i>,ケナガネズミ<i>Diplothrix legata</i>,オキナワトゲネズミ<i>Tokudaia muenninki</i>,クマネズミ<i>Rattus rattus</i>)の保護毛と下毛を対象に,毛長や最大幅,髄質幅の計測と外部形態や鱗片,髄質の観察を行った.さらに,捕食種の毛の混入も想定し,イヌ<i>Canis lupus familiaris</i>とイエネコ<i>Felis catus</i>の毛も同様の方法で観察を行った.</p><p>その結果,保護毛は,トガリネズミ類とオキナワハツカネズミでは直毛の1種類のみ,その他の3種では直毛に加えさらに1種類の毛が確認された.下毛は,調査した6種の小型哺乳類について1種類の毛のみから成り,種間で形態に違いはみられなかった.6種に共通した直毛の保護毛では,毛長が種ごと,個体ごとの平均値10 mmを境に2分できた.また,鱗片と髄質の構造からも類別が可能であった.ネズミ科3種でのみ確認された1種類の保護毛は,毛長では3種間で,最大幅ではオキナワトゲネズミのみ他種間との値に重なりがなく類別可能であった.さらにケナガネズミとオキナワトゲネズミでは,先端付近で髄質が分岐することでクマネズミから類別され,毛根部から毛幹部への移行部の形態の違いからこの2種も類別が可能であった.これらの特性からトガリネズミ科とネズミ科の6種について毛の形態による検索表を作成した.イヌとイエネコの毛については,鱗片と髄質の構造がトガリネズミ類やネズミ類とは異なる形態を有していたため,グルーミング等で捕食種の毛が糞に混入していても類別が可能であると考えられる.</p><p>本研究の対象種については保護毛で種間に明瞭な違いがみられたことから,食性分析において正確に種判別を行うためには保護毛を用いる必要がある.また,複数の毛を用いることで判別の精度が上がる.今回の保護毛の計測結果や鱗片と髄質の観察結果のうちどれか一つだけを用いて種の識別を行うことは困難であったが,これらを総合的に評価すれば科あるいは種までの同定が可能である.</p>