- 著者
-
岩佐 佳哉
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2020, 2020
<p><b><u>1</u></b><b><u>.はじめに</u></b> 広島県では,平成26年8月豪雨,平成30年7月豪雨(以下,西日本豪雨と呼ぶ)をはじめ,豪雨に伴う土石流の被害が何度も発生してきた。中でも,1945年9月に広島県を直撃した枕崎台風は,明治以降に広島県で発生した土砂災害の中で最多となる2,012人の死者を出した(国立防災科学技術センター,1970)。枕崎台風は第二次世界大戦の終戦から約1ヶ月後の混乱期に襲来したため,被害の詳細は明らかになっていない。土石流分布も一部の地域を除いて不明である。呉市では土石流の分布が示されているが(広島県土木部砂防課,1951),崩壊源の詳細な分布や正確な位置を読み取ることができない。</p><p>枕崎台風の襲来時期は,米軍により空中写真が多数撮影された時期と重なるため,写真判読によって土石流の分布を詳細に把握できる利点がある。この土石流の分布を明らかにした上で,その要因を検討することは,土石流の発生メカニズムや今後の土砂災害に対する防災を考える上でも重要であると考える。</p><p>土石流分布の要因について,西日本豪雨では地質条件の違いよりも降水量の多寡に関連していることが指摘されている(Goto et al., 2019)。枕崎台風時の降水量分布は広島県土木部砂防課(1951)に示されているが,各観測点の降水量を読み取ることができなかった。</p><p>本発表では,広島県南部を対象に,枕崎台風に伴う土石流分布を明らかにし,その分布要因を検討した。その際,各種資料に基づいて降水量分布を復元し,土石流分布と比較することで,土石流分布の要因を検討した。</p><p></p><p><b><u>2</u></b><b><u>.研究方法</u></b> 1947年から1948年にかけて米軍が撮影した空中写真の実体視判読を行った。判読に使用した空中写真の縮尺は約3,000〜30,000分の1である。判読の際には,谷の中に認められる白い筋を土石流が流下した跡であるとみなし,その最上部を崩壊源としてマッピングした。</p><p>土石流分布の要因を検討するために,当時の日降水量データを復元した。具体的には広島気象台編(1984)や中央気象台編(1985),広島県土木部砂防課(1997),気象庁webサイトを参照して,降水量分布を新たに検討した。作成した降水量分布や地質図と土石流分布を比較することで,土石流分布の要因を検討した。</p><p></p><p><b><u>3</u></b><b><u>.土石流分布の特徴</u></b> 対象地域において,枕崎台風に伴う土石流の崩壊源は,少なくとも4,025箇所で認められた。土石流は江田島市・呉市から東広島市にかけて多く分布し,分布密度の高い範囲が,幅20kmにわたり北東−南西の方向に延びる。一方,広島市中心部や竹原市,三原市では土石流の分布は疎らとなる。分布密度の高い範囲は台風の進路の右側にあたる危険半円にあたる。</p><p></p><p><b><u>4.</u></b><b><u>土石流分布と降水量との比較</u></b><b> </b>対象地域では,呉や黒瀬の観測点において200mmを超える日降水量が記録されている。日降水量が160mmを超える範囲では,土石流の分布密度が高くなっており,枕崎台風でも降水量の多寡が土石流の分布に関連している可能性がある。</p><p>発表時には,地質との関係や西日本豪雨の土石流分布との比較についても言及する。</p><p><b>文献</b>:国立防災科学技術センター(1970)日本主要自然災害被害統計; 広島県土木部砂防課編(1951)『昭和20年9月17日における呉市の水害について』; Goto et al. (2019) Distribution and Characteristics of Slope Movements in the Southern Part of Hiroshima Prefecture Caused by the Heavy Rain in Western Japan in July 2018; 広島気象台編(1984)『広島の気象百年誌』; 中央気象台編(1985)『雨量報告7』; 広島県土木部砂防課(1997)『広島県砂防災害史』</p>