著者
河名 俊男 中田 高
出版者
Tokyo Geographical Society
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.103, no.4, pp.352-376, 1994-08-25 (Released:2009-11-12)
参考文献数
47
被引用文献数
37 39

In 1771, according to several trustworthy historical records, a huge tsunami named the Meiwa Tsunami washed the southern part of the Ryukyu Islands killing about 12, 000 people. The tsunami attributed probably to a large earthquake generated by a submarine thrust fault along the Ryukyu Trench. The southern Ryukyu Islands consisting of Miyako, Irabu, Shimoji, Tarama, Ishigaki, Iriomote and other small islands are fringed by coral reefs, and large Holocene coralline boulders possibly transported by past tsunamis, are extensively distributed on land and reef flats. Among these boulders, those composed of aragonite by 100% or nearly 100% are reliably dated by the radiocarbon method, and are good evidence for inundation, run-up heights and timing of tsunamis in the past.In order to infer the timing of past tsunamis, we dated samples carefully collected from the uppermost parts of these Holocene coralline boulders and fragments. Based on 65 dates, we restored a tsunami history in the area during the past several thousand years.Most of the coralline boulders we dated are much older than the age of the Meiwa Tsunami about 200 yr BP. Certain periodical distributions of the ages among the boulders suggest that the area had been attacked by huge tsunamis around 600, 1, 100, 2, 000 and 2, 400 yr BP during the last 3, 000 years. Thus tsunamis which brought tsunami boulders on land occurred repeatedly with intervals of several hundred to one thousand years in the study area.The tsunamis occurred around 1, 100, 2, 000 and 2, 400 yr BP were judged from the distribution of boulders of similar ages, that they were generated along the Ryukyu Trench while that of 600 yr BP along the Okinawa Trough.The tsunami about 2, 000 yr BP is most reliably restored among the past tsunamis in the area and is named the “Okinawa-Sakishima Tsunami”. This tsunami attacked an extensive area from Miyako to Ishigaki islands and transported many huge tsunami boulders such as “Tsunami Oishi” deep on land.
著者
渡辺 満久 鈴木 康弘 中田 高
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-05-19

1. はじめに布田川-日奈久断層の活動により2016年熊本地震が引き起こされ、甚大な被害を生じた。被害がとくに顕著な地域はやや局所的であり、活断層との関係が伺われる。以下、益城町と南阿蘇村の事例を報告し、今後の地震防災に活かすべき教訓として提示したい。2.益城町益城町の市街地では震度7を2度記録したが、4/16の地震時の建物被害が著しかったようである。地震被害が激甚な害域は、南北幅が数100 km程度で、東西に数 km連続する「震災の帯」をなしている。ここでは、耐震性が低くない建物までもが壊滅的な被害を被っていることがある。この「震災の帯」の中には、益城町堂園付近から連続する(布田川断層から分岐する)地震断層が見出さるため、その活動が地震被害の集中に寄与している可能性が非常に高い。木山川南方の布田川断層沿いにおいても地震断層が出現し、その近傍では壊滅的な被害を受けた家屋が集中している。その被害集中範囲も、地震断層沿いの幅およそ1km程度内に限定される。このように、地震断層直上の建物は悉く全壊し、近傍においても建物被害が著ししい。断層運動による地盤のずれとともに、強震動と地盤破壊による影響が強かったと推定される。3.南阿蘇村阿蘇カルデラ内の南阿蘇村(倒壊した阿蘇大橋周辺)においては、複数の地震断層が併走して現われた。地震断層直上およびその近傍では、ほとんどの建物が倒壊しており、多くの犠牲者を出した。ここでも、断層運動による地盤のずれてしまったことと、断層近傍での震動が強かったことが、被害を拡大させたと考えられる。これらの地震断層は、事前に検出することは非常に困難であると思われる。断層による地盤のずれの現われ方に関して、今後の防災においては非常に貴重な事例となるであろう。また、この地域においては、少なくとも5台の自動車が北~北西方向へ横倒しとなっていることも確認した。このような現象は、兵庫県南部地震では確認されていない。横ずれ断層にともなう断層直交方向のS波により転倒したと推定される。それは、南阿蘇村に集中する大規模な斜面崩壊の引き金にもなったと思われる。4.まとめ活断層の位置は、地震防災上きわめて重要活基礎的な情報であることが再確認された。どうようの現象は兵庫県南部地震時に神戸市街地でも確認されていたのであるが、残念ながら活断層の重要性が共有されることはなく、結果的に、兵庫県南部地震の教訓を生かすことにはつながらなかった。今後、活断層の事前認定が防災上極めて重要であることを再認識し、「都市圏活断層図」等を活用することによって、広域的な減災対策を講ずることが必要である。なお、南阿蘇村の事例は、現段階での活断層認定の限界を示すものである。地震防災を考える上では、既知の活断層周辺において何が起こるのか、慎重に検討してゆく必要がある。
著者
中田 高 島崎 邦彦 鈴木 康弘 佃 栄吉
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.107, no.4, pp.512-528, 1998-08-25 (Released:2010-12-22)
参考文献数
28
被引用文献数
15 10

This paper proposes a method to identify the directivity of rupture propagation based on the branching features of active fault traces.Direction of ruptre propagation is closely related to strong ground motions and resulting earthquake damage. Therefore, predicting rupture directivity is crucial in predicting strong motions to mitigate earthquake damage. However, the directions of fault ruptures were ascertained only after earthquakes from the observed seismological records and not before the earthquakes.We found an interdependent correlation between the branching direction of the surface ruptures and the direction of their propagation as shown in Fig. 1, from an investigation of recent earthquake fault ruptures such as the 1995 Northern Sakhalin earthquake, the 1995 Hyogoken-nambu earthquake, the 1992 Landers earthquake, the 1990 Luzon earthequake, the 1979 Imperial Valley earthequake, and the 1930 Kita-Izu earthequake. The branching of faults during rupture propagation is regarded as an effective energy dissipation process and could result in final rupture termination.Because patterns of surface traces of active faults are the results of repeated earthquake faulting, the branching of active faults leads us to suggest that the direction of rupture propagation is also predictable before the active faults generate earthquakes in the future.Several active faults with well-defined branching such as the active faults of the strike -sliptype in the Kobe-Osaka area, those in California, and the active fault sysytem in the northern Luzon, Philippines are examined. Branching of the reverse faults in the foot -hills of Darjeeling Himalaya is also shown as an example of active faults of the dip -slip type. This test clearly shows that the direction of rupture propagation, and in some cases the epicenter location, can be deduced from the branching features on the basis of our proposed method.
著者
鈴木 康弘 渡辺 満久 中田 高
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-05-17

1. はじめに2016年熊本地震は、既知の活断層の活動により引き起こされた、1995年兵庫県南部地震に匹敵するM7.3の直下地震(活断層地震)である。地震本部による活断層評価により、その地震発生は長期予測されていたと言えないことはないが、①地震発生そのもの、②局所的な被害集中、③地震断層の出現において、予測通りであったとは言いがたい点が多い。局所的かつ甚大な被害は改めて活断層地震の脅威を再認識させるものであり、従来の予測の問題点や限界を確認し、今後の地震防災に活かすべき教訓は非常に多い。2. 活断層評価の問題今回の地震の震源となった活断層は、地震本部により2002年と2013年の二度にわたって長期評価されている。2002年の評価では阿蘇から八代海にかけて伸びる延長100kmの断層を一連の活断層ととらえ、布田川・日奈久断層と呼んだ。これに対し、2013年の評価では、熊本平野内の地下探査結果を重視して、布田川断層は阿蘇から宇土半島の方向へ伸びるとし、一方、益城町砥川付近から八代海までを日奈久断層と改称した。一方、国土地理院の都市圏活断層図では、布田川断層の変位地形は砥川より南方へスムーズにつながることから、布田川断層の範囲を南阿蘇村付近から甲佐町白旗付近までとした(すなわち2013年評価において「高野-白旗区間」としたものの帰属をめぐり複数の見解が示されていた)。活断層評価における断層名は長期評価の一環であることから、地震発生によりどれが適切であったかが検証されるべきである。2016年熊本地震は、2002年の評価に基づけば、4/14、4/16ともに布田川・日奈久断層の「北東部」(地震本部,2002)が連続的に活動して起こしたものということになる。一方、2013年の評価によれば、4/14に日奈久断層の最北部の一部(高野-白旗区間)が、4/16に布田川断層の一部(布田川区間)が活動したという言い方になる。別々の断層の2区間が不規則に連動したという見方よりも、ひとつの断層が一連の地震活動を起こしたとする方が理解しやすい。4/14の地震では地震断層が出現していないことから、高野-白旗区間の固有地震と見ることは困難である。なぜなら固有地震はそもそも地表の断層痕跡により認定されるものであるから。また、4/14の地震を「ひとまわり小さな地震」と認識すれば、固有地震が起こる可能性をより多くの研究者が指摘できたかもしれない。3. 断層分岐形状と震源位置の不一致地震断層のトレースの分岐は、益城町最北部(杉堂付近)より西では西へ、東では東へ向かう傾向がある。そのため、震源が益城町より西にあるとする気象庁の結果とは整合しない。とくに後述する益城町堂園から益城町市街地へ伸びる分岐断層は主断層のトレースから西の方向へ向かって分岐しており、これより西に震源があると布田川断層の地震断層トレースの出現を説明できない。断層に沿う破壊伝播が震源から連続的に進行したわけではなかった可能性を考慮する必要がある。4. 強震動の問題震度7を二度記録した益城町では、4/16の地震時の建物被害が著しい。激甚被害域は東西に伸び、南北幅1km程度の「震災の帯」を呈している。耐震性が乏しくない建物までもが壊滅的な被害を被っていることがあり、「震災の帯」の中に後述の地震断層が見出され、その活動が被害拡大に寄与している可能性が高い。布田川断層沿いはいずれも壊滅的な被害を受け、その範囲も断層沿いの幅およそ1km程度に限定される。活断層直上の建物は悉く全壊し、近傍においても強震動と地盤破壊による建物被害が著しい。阿蘇カルデラ内の南阿蘇村においては地震断層が複数併走し、地震断層直上および近傍ではほとんどの建物が倒壊して多くの犠牲者を出した。また少なくとも5台の自動車が北~北西方向へ横倒しとなった。この現象は阪神淡路大震災でも確認されなかったことであり、横ずれ断層に伴う断層直交方向のS波により転倒したと推定される。南阿蘇村に集中する大規模な斜面崩壊の引き金にもなったと思われる。5. 分岐断層(副断層)の問題布田川・日奈久断層の位置は「都市圏活断層図」(国土地理院)に詳細に示され、大半の地震断層は活断層線上に現れた。しかし、地図上に示されていない副次的な断層が現れた箇所も多い。とくに益城町堂園から益城町宮園へ総延長4kmの地震断層が現れ、益城町市街地に甚大な被害を与えた。大半が沖積地内にあるため変動地形学的手法が適用しづらかったためもあるが、台地を切る部分においても変位地形は明瞭ではない。そのことから、副次的な断層の活動性が低かった可能性がある。なお「新編日本の活断層」にはほぼこの位置に確実度Ⅱの木山断層が示されている。これとの関連も検討する必要がある。これ以外にも、副次的な断層が複雑な分布を呈した。主断層は右ずれであったが、共役の左横ずれ断層も出現した。こうした複雑さは事前に考慮できていなかった。6. 防災上の教訓活断層評価において、断層のセグメンテーションとグルーピングを再検討する必要がある。変位地形が連続する活断層を便宜的に細分することは適切ではない。強震動予測においては、震度7の分布を再現できるかを検討する必要がある。果たして「浅部は強震動を出さない」とする従来の強震動シミュレーションモデルで説明可能であろうか? 浅部が強震動を発生させたと考えるべき事例は2014年神城断層地震にもある。こうした検討のためにも、震度7の分布が公式に示される必要がある。震度7の地域では特別な地震対策が求められるため、今後の防災においては震度7になり得る地域を指定する必要がある。「強い地震はどこでも起きる」と安易に言うことはミスリードになりかねない。分岐断層が事前に評価できなかった原因を検証することも重要である。活断層の事前認定は防災上重要であり、「都市圏活断層図」等、広域的な一般防災のレベルにおける状況と改善策を明らかにする必要がある。一方、原発安全審査における活断層評価は、さらに厳密さが求められる。原発建設時の地質学的手法により敷地内および周辺に見出される断層について、今回の分岐断層のようなものを「将来活動する可能性のある断層」として判定できたか否か検証することが求められる。現在の規制基準が、活動性を明確に判断できない曖昧さを持っている場合にはこれを改訂することも検討すべきであろう。
著者
田中 圭 中田 高 松浦 律子 田力 正好 松田 時彦
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.127, no.3, pp.305-323, 2018-06-25 (Released:2018-08-02)
参考文献数
49
被引用文献数
1

Kambara Jishinyama (earthquake-mound) located on the west bank of lower reach of the Fujikawa river, is widely believed to be a mound that was tectonically formed at the time of the 1854 Ansei Tokai earthquake. Using old maps and aerial photogtaphs, geomorphological changes around Kambara Jishinyama before and after the earthquake are examined. The Fujikawa river frequently flooded and the course on its west bank changed especially after construction of the Karigane-zutsumi (big bank) in order to protect farmland on its east bank. The area around the lower reach of the river was surveyed in 1803 for the Dai Nihon Enkai Yochizu large-scale map, which is the so-called Ino-Daizu. On that map, the river was at almost the same location as its present course. The historical road map (Kaido-Ezu) of Tokaido, which was the trunk road connecting Edo and Kyoto, illustrated in the same period as Ino-Daizu, shows that the Fujikawa river shifted its course close to the foot of river terraces at the west bank. Due to lateral erosion of the river, part of the Tokaido between the towns of Iwabuchi and Kambara collapsed several times. Subsequently, the road was diverted to the new route via Shinzaka as shown on the 1:20,000 scale topographic map published in 1890. A micro-landform classification map of the alluvial lowland of the west bank of the Fujikawa river based on interpretations of aerial photographs taken in 1952 and 1953 reveals that Kambara Jishinyama was located on one of the former mid-channel bars in the braided channels of the river before the 1854 Ansei Tokai earthquake. The earthquake caused a large landslide that dammed the Fujikawa river for a short period at the foot of Shiratori-yama to the north of Iwabuchi. The discharged flood water changed the river course close to the present stream. Geomorphic evidence for tectonic uplift does not exist around Kambara Jishinyama. The Koike river, a small stream flowing in the former main stream of the Fujikawa river, abandoned at the time of the Ansei Tokai earthquake, concordantly flows into the present main stream of the Fujikawa river showing that co-seismic uplift did not take place at the west bank. We conclude that Kambara Jishinyama was not tectonically formed by the earthquake, but is a product of the river course change.
著者
松多 信尚 杉戸 信彦 後藤 秀昭 石黒 聡士 中田 高 渡辺 満久 宇根 寛 田村 賢哉 熊原 康博 堀 和明 廣内 大助 海津 正倫 碓井 照子 鈴木 康弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.214-224, 2012-12-31 (Released:2013-01-31)
参考文献数
26
被引用文献数
2 4

広域災害のマッピングは災害直後の日本地理学会の貢献のあり方のひとつとして重要である.日本地理学会災害対応本部は2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震直後に空中写真の詳細な実体視判読を行い,救援活動や復興計画の策定に資する津波被災マップを迅速に作成・公開した.このマップは実体視判読による津波の空間的挙動を考慮した精査,浸水範囲だけでなく激甚被災地域を特記,シームレスなweb公開を早期に実現した点に特徴があり,産学官民のさまざまな分野で利用された.作成を通じ得られた教訓は,(1)津波被災確認においては,地面が乾く前の被災直後の空中写真撮影の重要性と (2)クロスチェック可能な写真判読体制のほか,データ管理者・GIS数値情報化担当者・web掲載作業者間の役割分担の体制構築,地図情報の法的利用等,保証できる精度の範囲を超えた誤った情報利用が行われないようにするための対応体制の重要性である.
著者
堤 浩之 平原 和朗 中田 高 杉戸 信彦 DELA CRUZ Laarni. S. RAMOS Noelynna T. PEREZ Jeffrey S.
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

フィリピン断層の地形・歴史地震・古地震調査に基づき,この断層から発生する地震の規模や頻度が走向方向に大きく変化することを明らかにした.フィリピン断層のほぼ全域の縮尺5万分の1の活断層分布図を作成し,フィリピン火山地震研究所のホームページで公開した.完新世隆起サンゴ礁段丘の調査により,海岸部を数m隆起させるような巨大地震がフィリピン海溝やマニラ海溝で繰り返し発生してきたことをはじめて実証的に明らか
著者
中田 高 渡辺 満久 水本 匡起 後藤 秀昭 松田 時彦 松浦 律子 田力 正好
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

富士川河口断層帯は,平均変位速度が7m/1,000年を上回る活断層によって構成され,駿河トラフのプレート境界断層の陸域延長にあたると考えられてきた(山崎,1979:地震調査委員会,1998など).一方,活動度が高く1回の変位量が大きい逆断層であるとされながら,多くの地点で実施されたトレンチ掘削や群列ボーリング調査によっても,断層運動を示す明確かつ決定的な証拠は発見されず(下川ほか,1996:静岡県,1996: 丸山・斎藤,2007,Lin et al. 2013など),大きな疑問となっていた. 富士川河口断層帯を構成する活断層のうち,東側の断層列は津屋(1940)が最初に指摘したもので,羽鮒丘陵の東縁を限る安居山断層とその南の星山丘陵の北東縁と南東縁をそれぞれ限る大宮断層と入山瀬断層からなり,富士山を中心として円弧を描く急斜面の崖下に北西側を低下させる断層が存在すると推定されている.西側の断層列は羽鮒丘陵の西の芝川に沿った芝川断層と蒲原丘陵の西縁を限る入山断層から構成される.羽鮒丘陵と星山丘陵は北西−南東方向に延びる背斜状の細長い高まり地形をなす.丘陵を開析する谷には小規模な河岸段丘や新規の富士溶岩流(大宮溶岩流(津屋,1940))が分布し,丘陵の長軸に直交する胴切り的な正断層によって上下変位を受けている.古富士泥流堆積面からなる丘陵の北縁に沿って丸みを帯びた急斜面が発達し,その下位の段丘面も富士山側に向かって撓んでいるが,古い面ほど急傾斜となり累積的な変形が継続していることが読み取れる.最近,筆者らはフィリピン・ルソン島中部のタール火山のカルデラ湖を囲む外輪山に,重力性の変形により形成されたと考えられる高まり地形を発見した(中田他,2016).この地形は羽鮒丘陵・星山丘陵と酷似しており,両者の成因が共通する可能性が高い. 駿河トラフの海底には,ほぼ南北に延びる急峻で直線的な東向きの海溝斜面が南海トラフの東端部のから連なり,その基部に活断層が発達する.活断層は,海溝斜面を開析するガリーが形成する小扇状地や谷底を変位させ比高数10mの低断層崖を発達させており,活発な断層変位が繰り返していることを示唆している.この急斜面は湾奥では北北西に走向を変え,由比川河口に達する(中田他,2009).大陸棚斜面上には,海底活断層が富士川河口に向かって分岐することを示す変動崖も存在しない。また,星山丘陵の南東縁を限る入山瀬断層は逆断層とされており,1854年安政東海地震の際に蒲原地震山・松岡地震山がこの断層に沿って出現したとされてきたが,その根拠は必ずしも明確ではない. 近年,詳細な空中写真判読から,富士川沿いの地域で南北性の活断層が次々と発見・確認されている.水本他(2013a,2013b)は,松田(1961)が西傾斜の逆断層と認定した身延断層に沿って,富士川の河岸段丘面の西上がりの変位や支谷の左屈曲を発見した.このうち,山梨県南部町原戸付近の支谷の系統的な左屈曲や,同町井出における河岸段丘面を西上がりに変位させる直線的な低断層崖は,身延断層が左横ずれ変位が卓越する活断層であることを示す確実な証拠である.また,渡辺他(2016)は富士川の東岸,身延駅南の角打〜樋之下に系統的な谷屈曲をもとに新たに南北性の左横ずれ断層を認定し,段丘礫層を変位させる断層露頭を確認した. さらに, 糸魚川−静岡構造線と富士川河口断層帯との間に発達する西傾斜の逆断層(松田,1961)のうち,根熊断層と田代峠断層に沿って河谷の左屈曲が複数発達することを新たに見出した.これらの断層は,「日本の活断層」(活断層研究会,1980)では確実度III(活断層の疑いのあるリニアメント)として記載されているものにほぼ一致する.このうち田代峠断層では,興津川上流の大平付近で認められる支谷の左屈曲が極めて明瞭である.伊藤他(2013)は地下構造探査の結果から,田代峠断層は逆断層成分を有する西傾斜の高角左横ずれ断層とした.また,野崎他(2013)は,田代峠断層の北方延長に当たる音下断層(松田,1960)の断層岩を解析し,この断層が高角西傾斜の横ずれ断層である可能性を指摘した.以上の結果から,南部フォッサマグナでは、糸魚川−静岡構造線と富士川との間の横ずれ変形帯が,駿河トラフにおけるフィリピン海プレート境界沿いの変動帯の陸域延長部にあたると考えることができる. 上述の新知見を考慮すれば,富士川河口断層帯、特にその東列をフィリピン海プレート北縁における陸域プレートの境界をとする考えには再検討が必要である.由比川沿いでは富士川河口断層帯の西列に当たる入山断層が活断層として認められてきた(活断層研究会,2001).しかし,由比川の支谷に左屈曲が複数認められるものの,活断層を連続的に認定するにたる明確な地形的な証拠は得られていない.また,入山断層の北方延長とされる芝川断層についても活断層であることを示す確実な証拠は得られておらず,さらに入念なフィールドワークと詳細な分析が不可欠である.
著者
渡辺 満久 鈴木 康弘 熊原 康博 後藤 秀昭 中田 高
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

2016.04.14に熊本地震の前震(M6.5)が、04.16には本震(M7.3)が発生した。これらの地震を引き起こした活断層への評価(地震本部、2013)には、指摘すべき大きな問題がある。また、地震断層近傍では、「震災の帯」と呼ぶべき被害の集中域が認められる。このような現象は1995年兵庫県南部地震後にも指摘されていたが、その教訓が生かされたとは思えない。 本震発生時、既知の布田川・日奈久断層に沿って総延長31kmの地表地震断層が現れた。ところが、前震は日奈久断層帯が、本震は(主に)布田川断層帯が起こしたものである(前震と本震は別々の活断層によって引き起こされた)との見解がある。それは、地震本部が布田川・日奈久断層という1つの活断層を、布田川断層帯と日奈久断層帯という別々の活断層として評価しているためである。 明瞭な地震断層が全域で現れたのは本震の時であり、前震の震源域は本震のそれに包括されている。また、都市圏活断層図に示されているように、布田川・日奈久断層は完全に連続した活断層である。これらのことから、別々の断層が連動したという理解は誤っている。かつて地震本部は、連続した布田川・日奈久断層として正しく評価されており、今回の震源域ではM7.2の地震が発生すると予測されていた。ところがその後、変動地形学的な証拠が軽視され、1つの活断層が2つの活断層(帯)に分割されてしまった。それによって想定地震が過小評価され、M7クラスの本震発生への警鐘に結びつかなかった可能性がある。 益城町の市街地では震度7を2度記録したが、本震時の建物被害が著しかった。被害激甚な地域は、南北幅が数100km以内、東西に数km連続する「震災の帯」をなしている。ここでは、新耐震基準に適合している建物までもが壊滅的な被害を被っている。「震災の帯」の中には、益城町堂園付近から連続する(布田川断層から分岐する)地震断層が見出されるため、その活動が地震被害集中に寄与している可能性が高い。ただし、地震断層直上でなくても、近傍における建物物の被害も著しい。 南阿蘇村においては、複数の地震断層が併走して現われた。地震断層直上およびその近傍では、ほとんどの建物が倒壊した。この地域においては、少なくとも5台の自動車が北~北西方向へ横倒しとなっていることも確認した。強いS波が自動車を転倒させ、南阿蘇村における大規模な斜面災害の引き金にもなったと考えられる。 このように、地震断層近傍では、土地のずれに加えて、強震動による被害が集中したと考えられる。堂園付近では、布田川断層の存在は知っていたという声が少なくなかった。しかし、そこに被害が集中する可能性があるとは理解されていなかった可能性が高い。活断層情報の活用の仕方について、再検討すべきであろう。 熊本地震によって、活断層の位置情報が地震防災上極めて重要な情報であることが再確認された。変動地形学的な物的証拠を重視していない地震本部による活断層評価には、非常に大きな問題がある。また、兵庫県南部地震時の教訓を十分に生かすことができなかったのは、活断層情報の活かし方に問題があったと考えられる。防災・減災に向けて、地形学からさらに積極的な提言を続けることが必要であろう。なお、熊本地震の地震断層は既知の活断層の範囲以外にも出現している。「見逃された」理由を検証し、今後の活断層調査に関して解決すべき問題を見極めなければならない。全国の都市圏活断層図の改訂など、熊本地震を貴重な事例として、明確となった問題を解決してゆく必要がある。
著者
平野 信一 中田 高 今泉 俊文
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.17-30, 1979-05-31 (Released:2009-08-21)
参考文献数
38
被引用文献数
3 7
著者
山崎 晴雄 佃 栄吉 奥村 晃史 衣笠 善博 岡田 篤正 中田 高 堤 浩之 長谷川 修一
出版者
日本地質学会
雑誌
地質学論集 (ISSN:03858545)
巻号頁・発行日
no.40, pp.129-142, 1992-12-15
被引用文献数
6

中央構造線(MTL)は西南口本を南北に二分する主要な地質構造線である。この断層は第四紀における日本で最大級の右横ずれ活断層でもある。その活発な活動度にも拘らず, MTLに沿っては歴史地震の発生は知られていない。長期的な地震予知や災害アセスメントに有効な最近の地質時代における断層の運動史を知るため, 1988年の夏中央構造線活断層系の一部である西条市近傍の岡村断層でトレンチ発掘調査を行なった。5つの小トレンチとそれらを繋ぐ細長い溝で構成される調査トレンチでは, 更新世末から歴史時代までの5つの地層ユニットと, それらの顕著な断層変位が認められた。各ユニットの堆積時期は地層中に含まれる有機物試料の^<14>C年代と土器片の考古学的編年によって決定された。断層は2000年前〜4世紀に堆積したIIIb層を切り, 7世紀以降に堆積したIIIc層に覆われるので最終活動時期は4〜7世紀と推定された。この値は1984年に行なわれた同じ断層の発掘調査結果と一致する。また, これ以外の断層活動時期も地層の不整合や変形構造に基づいて識別された。
著者
中田 高 渡辺 満久 鈴木 康弘 後藤 秀昭 徳山 英一 佐竹 健治 隈元 崇
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

近い将来M8クラスの巨大地震が発生すると予測される南海トラフ沿いの海域を対象に、高い分解能の立体視画像を用いて地形解析を行ない、地震発生源となる活断層の位置・形状、連続性を詳細に解明した。これをもとに活断層と歴史地震との対応関係を検討し、これまで連動型・非連動型として概念的に把握されていたプレート境界型巨大地震像に対して、発生場所や地震規模の予測精度向上に資する基本的な資料を整備した。
著者
高田 圭太 中田 高 野原 壯 原口 強 池田 安隆 伊藤 潔 今泉 俊文 大槻 憲四郎 鷺谷 威 堤 浩之
出版者
一般社団法人 日本活断層学会
雑誌
活断層研究 (ISSN:09181024)
巻号頁・発行日
vol.2003, no.23, pp.77-91, 2003-06-30 (Released:2012-11-13)
参考文献数
28

Large inland earthquakes bigger than Mj 7.2 during the historical past on Japanese islands have mostly been generated from active faults (Matsuda,1998). The 2000 Tottoriken-seibu earthquake of Mj 7.3 (Mw 6.6), however, occurred in the area where distinctive active faults were not mapped before the earthquake, and the surface ruptures associated with the earthquake were small and sparse. Active faults are hardly recognized even by detailed interpretation of aerial photographs after the earthquake but sharp lineaments. In Chugoku district in southwest Japan is characterized by less densely-distributed active faults with lower activities than other areas in Japan, and the 1943 Tottori earthquake of M 7 occurred by reactivation of the Shikano fault with rather obscure fault traces.Taking this condition, in mind, we carried out detailed mapping of active faults and lineaments, and compared with their topographical, geological, seismological and tectonic settings, in order to develop a new technique to find potential seismogenic faults.The results obtained are as follows;1) Active faults and lineaments were not evenly distributed, and the dense zone is recognized along the Japan Sea while the sparse zone in the central part of the district. The active faults known before are mainly located in the dense zone (Fig.1).2) The lineaments mapped are mostly less than 10km long, and half of them strike to NE-SW or ENE-WSW and 30 per cent to NW-SE or WNW-ESE (Fig.2). NE-SW lineaments prevail in the western part of the district, and NW-SW lineaments are systematically distributed only in the western-most and eastern-most area of the district probably reflecting their tectonic setting under the present stress condition.3) Lineaments with poor topographical manifest were not commonly recognized by individual geologist, and were generally short, scattered, isolated, random in strike, and independent from geological structures. These lineaments will not be considered as potential seismogenic faults.4) Epicenters of the small earthquakes are characteristically distributed to the north of the backbone range probably coincided with the past volcanic front. On the contrary, the area to the south of the backbone range the seismicity is sparse, except for several swarms. These seismic condition well matches with the distribution of active faults and well-defined lineaments (Fig.3).5) Most of the active faults and lineaments follow the pre-existed geological faults that had moved opposite direction to the active faulting, indicating their inversion movements under the present stress field.6) Surface ruptures reported as earthquake faults associated with the 2000 Tottoriken-seibu earthquake are considered as results of subsidiary shallow-sheeted faulting spontaneously caused by stain release around the seismogenic faulting in depth, because many of them appeared spontaneously, and not always along rather well-defined lineaments. They are small in extent and displacement. Therefore, it is rather difficult for evaluate such minor surface fault ruptures, but such ruptures may not displace the surface in large extent.
著者
渡辺 満久 中田 高 後藤 秀昭 鈴木 康弘 西澤 あずさ 堀内 大嗣 木戸 ゆかり
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2013, 2013

海底活断層の位置・形状は、巨大地震の発生域や地震規模を推定する上で欠くことのできない基礎的資料である。本報告では、地震と津波が繰り返し発生している日本海東縁部において、海底地形の解析を行った。海底DEMデータと陸上地形(いずれも250 mグリッド)とを重ね合わせ、立体視可能なアナグリフ画像を作成し、陸上における地形解析と同世の作業を行った。 日本海東縁は新生のプレート境界として注目され、これまでにも海底地形や地質構造の特徴をもとに活断層が多数認定されてきた。また、歴史地震の震源モデルなどについても、いくつかの詳しい検討が報告されている。本研究によって、これまでの活断層トレースと比較して、その位置・形状や連続性に対する精度・信頼性が高い結果が得られたと考えられる。 松前海台の南西部(松前半島の西約100 km)~男鹿半島北部付近を境に、活断層の密度が異なる。北部では、活断層の数はやや少なく、南北あるいは北北西-南南東走向の活断層が多い。奥尻島の東西にある活断層をはじめとして、長大な活断層が目立つ。1993年北海道南西沖地震(M7.8)の震源断層モデルとして、奥尻島の西方で西傾斜の逆断層が想定されているが、海底にはこれに対応する活断層は認定できない。この地震の震源断層に関しては、詳細な海底活断層の分布との関係で再検討が必要であろう。後志トラフの西縁は、奥尻島東縁から連続する活断層に限られている。その東方には北北西-南南東走向の複数の活断層があり、積丹半島の西方沖には半島を隆起させる活断層が確認できる。 松前海台の南端から南方へ、約120 km連続する活断層トレースが認められる。これは、余震分布などと調和的であることから、1983年日本海中部地震(M7.7)の震源断層に相当すると考えられる。久六島西方では活断層のトレースが一旦途切れるようにも見えるが、これは、データの精度の問題かもしれない。これより南部では、北北東-南南西走向の活断層が密に分布している。粟島の北方の深海平坦面を、南から北へ延びる最上海底谷は、深海平坦面を変位させる(北北西側が隆起)の活断層を横切って、先行性の流路を形成している。このような変動地形は、極めて活動的な活断層が存在することを示している。なお、1964年新潟地震の起震断層に関しては、浅部の解像度が悪いため、十分には検討できない。 アナグリフ画像を用いて海底地形の立体視解析を行うことにより、日本海東縁部の海底活断層の位置・形状を精度よく示すことができた。その結果、歴史地震の震源域との比較が可能となった。また、海底活断層の位置・形状に加えて、周辺の変動地形の特徴を明らかにすることによって、地震発生域や津波の発生源の特定や減災になどに関して、より具体的な検証や提案が可能になると考えられる。今後は、歴史地震と海底活断層との関係をさらに詳細に検討してゆく予定である。
著者
中田 高 堤 浩之 PUNONGBAYAN Raymundo S. RIMANDO Rolly E DALIGDIG Jessie DAAG Arturo
出版者
Tokyo Geographical Society
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.99, no.5, pp.515-532, 1990
被引用文献数
5 9

The Philippine Earthquake (Ms=7.8) broke out in July 16, 1990 along the Philippine Fault in Central Luzon. The Philippine Fault is seismically very active and large earthquakes of M 7 class have occurred during this century along this fault. However large earthquakes have not taken place along the active traces of the fault in the Central Luzon during this century, while two large historical earthquakes occurred along its southern trace in 1645 and its northern trace in 1796. Therefore it is considered that the 1990 earthquake was caused by the surface faulting in the seismic (aseismic) gap along the Philippine Fault.<BR>The total length of the surface fault is over 120 km and the fault is divided into two segments by the major bend near Rizal. The surface fault is rather straight and linear and general orientation of the northern segment is N 25 W and the southern segment N40W. Left-lateral displacement is dominant along most of the fault traces and the maximum horizontal displacement is about 6 m in the 60-km-long northern segment and the maximum vertical displacement is 2.0 min the 50-km-long southern section. Sense of vertical displacement changes in places and is consistent with the sense of the displacement along the pre-existing active fault traces. Average displacement along the northern segment is 5-6 m, while 2-3 m along the southern segment.<BR>Along most of the surface fault, ruptures appear exactly along the pre-existing active fault traces. Offsets of roads, foot-pass, streams are common earthquake-induced features. Local extensional and compressional jog forms related to slight change in fault strike creates characteristic features such as depressions, trenches, mole tracks, bulges etc.<BR>The rupture propagated bilaterally northward and southward from hypocenter east of Bongabon near the major bend. The source process of the earthquake deduced from the slip distribution along the surface fault from the epicenter well coincides with that deduced seismologically from the source time function.
著者
渡辺 満久 中田 高 水本 匡起
出版者
一般社団法人 日本活断層学会
雑誌
活断層研究 (ISSN:09181024)
巻号頁・発行日
vol.2017, no.46, pp.9-15, 2017-03-31 (Released:2018-03-29)
参考文献数
17

We found several faulted landforms and an active fault outcrop around the Minobu fault, Yamanashi Pref., central Japan. The Neguma fault may be a reverse fault dislocating a fan surface (not dated) ca. 13 m vertically. Fluvial terrace surfaces at Wada are classified into W1 to W5 surfaces in descending order. It is probable that the W3 surface was formed in the period of MIS 5 to MIS 4. The Wada fault cuts the Neogene and the overlying gravel distributed in almost the same height with the W3 surface. The dip and strike of the fault plane are N5゜E and 50-60゜W, respectively. The striations are plunging to the south at an angle of ca. 20 degree and blow. The relative vertical component is upthrown on the east side. These structures are indicative of left-lateral movement. The maximum accumulated left-lateral slip since MIS 5 to MIS 4 is 100 m at least.