- 著者
-
松本 達郎
- 出版者
- 日本古生物学会
- 雑誌
- 日本古生物学會報告・紀事 新編 (ISSN:00310204)
- 巻号頁・発行日
- no.153, pp.12-24, 1989-04-30
- 被引用文献数
-
6
Inoceramus pictus Sowerby, 1829は古く設立され, 白亜系セノマニアン階(おもに上部, 時に中部)に世界的分布を示す重要種である。しかし本邦からはまだ記載されていなかった。本種は変異が著しいと言われ, Dietze (1959)以来, かなりの数の亜種が設けられている。日本産のは既知のとは別な亜種であるため気付かれていなかったのでは? という着想を得て, 古い採集品を含めて調べてみた所, 北海道天塩川中流域の2地点産の複数の標本(T. M. Coll.)と小平蘂川の1転石(Yabe Coll.)がそれに該当することが判明した。また古丹別や幾春別にもI. cf. pictusと言えるものがある。産地の多くはセノマニアン上部で1地点(type loc.)は中部とみなされる。日本産のものを記載するに当たり, I. pictusの既設の諸亜種を文献と一部は標本に基づいて再検討した。各亜種の概念が研究者により異なり, 同一標本が著者により異なる亜種に同定されたり, 同一地理区の同一化石帯に複数の亜種が報ぜられたりで, 混乱や疑問がかなりある。しかしholotypeとそれに似る典型的なもののほか, どのような形質の変異形(人によっては亜種扱い)があるのかをある程度知ることができた。典型的なものは種名の示す通り, 成長輪と条線が明確で粗く, 中〜後年に現われる主助もかなり強く粗い。殻はかなり膨らみがある。北海道産のものは細肋・条線が微弱で, 強い主肋がなく, 弱いが頻繁な副肋か緩い起伏がある。殻の膨らみもやや弱い。北米産のI. pictus gracilistriatus K. & P.に成長輪の微弱な点が似るが, 彼等の亜種には粗大な主肋がある。殻の膨らみの弱い点ではI. pictus neocaledonicus Jeannet(実はこの亜種名には疑問あり)と称せられるものに似るが, 彼では成長輪・条線は明確で粗い。カムチャッカ産のこの名のはむしろ北海道のに似る。新亜種I. pictus minusを設立した。たぶん北西太平洋区の地理的亜種であろう。