著者
永松 敦
出版者
宮崎公立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

従来の狩猟研究は東北地方のマタギや九州地方の山間部の狩猟習俗を研究対象としてきた。総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「日本列島における自然-自然相互関係の歴史的・文化的検討」2007~2011(研究代表者、湯本貴和氏)に参加する機会を得て、阿蘇地方を調査することができたのが、私の研究の大きな転換点であった。阿蘇と同様の視点で諏訪・富士山麓にも足を運んだ。現実的には、生物の個体数維持が大きな要因であることを理解するようになった。
著者
永松 敦 Atsushi NAGAMATSU 宮崎公立大学人文学部 Miyazaki Municipal University Faculty of Humanities
雑誌
宮崎公立大学人文学部紀要 = Bulletin of Miyazaki Municipal University Faculty of Humanities (ISSN:13403613)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.221-265, 2021-03-10

コロナ禍による大学の遠隔授業は、現在、社会問題化している。教員と学生、そして、学生同士が対面することがないまま2020 年度の前期授業は終了した。後期となり、やや対面授業の兆しが見えたものの、まだ全面的な解禁にはほど遠い状況である。こうした状況下で、オンラインによる教育・研究効果は得られないものか、を探るために、日本・中国・韓国と結びオンライン・シンポジウムを実施した。この発想はゼミ生による韓国、蔚山大学校の学生との交流から生まれたものだった。そこに、日中韓の研究者が集まり、壮大な「十五夜シンポジウム」へと発展していった。コロナ禍がなければ、到底、誕生しえないシンポジウムであり、将来の国際間の共同研究への道も開拓された。 現在、文部科学省が、対面授業が5 割未満の大学を公表する方針を打ち出していることが話題となっている。果たして、遠隔授業は、対面授業よりも効果は低いのだろうか。遠隔授業には対面授業にはない可能性を秘めているのではないのか、こうした視点から研究ノートとして実践例を書きとどめておくことにした。
著者
永松 敦 足立 泰二 陳 蘭庄 篠原 久枝 宮崎公立大学民俗学演習 Atsushi NAGAMATSU Taiji ADACHI Lanzhuan CHEN Hisae SHINOHARA SEMINAR-MMU FOLKLORE 宮崎公立大学人文学部 宮崎大学 南九州大学 宮崎大学 宮崎公立大学人文学部 Miyazaki Municipal University Faculty of Humanities Miyazaki University Minami Kyushu University Miyazaki University Miyazaki Municipal University Faculty of Humanities
雑誌
宮崎公立大学人文学部紀要 = Bulletin of Miyazaki Municipal University Faculty of Humanities (ISSN:13403613)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.121-200, 2020-03-06

現在、伝統野菜・在来野菜のブームが地域創生との関連で湧き上がっている。特定の地域に根差した食材としての野菜を地域づくりに活用する試みが、全国各地で展開している。ただ、伝統野菜・在来野菜の定義が曖昧なまま広範囲に利用だけが促進されると、逆に、地域文化の改変、及び、損失につながりかねない状況も起こりうる危険性も孕んでいる。本稿では、従来の見解を一度、整理しなおし、宮崎、鹿児島(種子島)の事例を中心に、理想的な伝統野菜・在来野菜利用のあるべき姿を探ってみたい。 末尾に、在来野菜に関する助成事業の報告書3種を添付する。
著者
永松 敦
出版者
宮崎公立大学
雑誌
宮崎公立大学人文学部紀要 (ISSN:13403613)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.205-220, 2005-03-22

山の神信仰は日本民俗学にとって長い間、解決できない大きな問題である。柳田国男以後、山の神は祖霊信仰の中核をなす存在として語られ、死後の霊が山に登り山の神となり、それが、盆や正月、或いは、地域の人々の要求に応じて山と里とを往来するものと考えられてきた。しかし、九州山間部の狩猟民俗から山の神を仔細に見ていくと、山の神という言葉そのものは18世紀以後の狩猟作法書中に頻出するようになることが認められ、さらに、これらの作法書は、修験祈祷書として作成されたものであるが、村人の手習い本として数多く書写されるようになり、必ずしも全てが修験文書であるとは言えないことが分かってきた。本稿は、実際の狩猟の解体作法から、山の神がどのように関わり、且つ信仰されているかを観察することにより、山間部の民衆に根付く山の神観というものを浮き彫りにし、そこから山の神信仰の系譜を読み解こうと試みる小研究ノートである。
著者
中村 生雄 岡部 隆志 佐藤 宏之 原田 信男 三浦 佑之 六車 由実 田口 洋美 松井 章 永松 敦
出版者
学習院大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

本研究では、日本および隣接東アジア地域の狩猟民俗と動物供犠の幅広い事例収集を通じて、西洋近代率会において形成された「供犠」概念の相対化と批判的克服を行ない、東アジアにおける人と自然の対抗・親和の諸関係を明らかにすることを目的とした。言うまでもなく、狩猟と供犠は人が自然にたいして行なう暴力的な介入とその儀礼的な代償行為として人類史に普遍的であるが、その発現形態は環境・生業・宗教の相違にしたがって各様であり、今回はその課題を、北海道の擦文・オホーツク・アイヌ各文化における自然利用の考察、飛騨地方の熊猟の事例研究、沖縄におけるシマクサラシやハマエーグトゥといった動物供犠儀礼の実地調査などのほか、東アジアでの関連諸事例として、台湾・プユマ(卑南)族のハラアバカイ行事(邪気を払う行事)と猿刺し祭、中国雲南省弥勒県イ族の火祭の調査をとおして追求した。その結果明らかになったことは、日本本土においては古代の「供犠の文化」が急速に抑圧されて「供養の文化」に置き換わっていったのにたいして、沖縄および東アジアの諸地域においては一連の祭祀や儀礼のなかに「供犠の文化」の要素と「供養の文化」の要素とが並存したり融合して存在する事例が一般的であることであった。そして後者の理由としては、東アジアにおけるdomesticationのプロセスが西南アジアのそれに比して不徹底であったという事実に加え、成立宗教である仏教・儒教の死者祭祀儀礼や祖先観念が東アジアでは地域ごとに一様でない影響を及ぼし、そのため自己完結的な霊魂観や死後イメージが形成されにくかった点が明らかになった。またく狩猟民俗と動物供犠とに共通する「殺し」と「血」の倫理学的・象徴論的な解明、さらには、人間と自然とが出会うとき不可避的に出現する「暴力」の多面的な検証が不可欠であることが改めて確認された。