著者
作道 直幸 酒井 崇匡
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.8, pp.535-540, 2022-08-05 (Released:2022-08-05)
参考文献数
29
被引用文献数
1

ゼラチン液が固まりゼリーになる,豆乳が固まり豆腐になる,牛乳が固まりヨーグルトになる.これらの現象は,ゲル化と呼ばれる.ゲル化は,溶媒中に分散する高分子がつながり,大量の溶媒を保持する巨大な高分子網目構造からなる固形物である「高分子ゲル」を形成することで起こる.高分子ゲルは,やわらかくウェットで,生体軟組織に近い性質を持つ.そのため,食品だけでなく,ソフトコンタクトレンズ・紙オムツの吸水剤・止血剤・癒着防止剤など,生体に接触して用いられる医用材料としても幅広く利用される.高分子ゲルを食品や医療に応用する際,保水力や吸水力を決める浸透圧が重要となる.例えば,ヨーグルトを作ると,ホエー(乳清)と呼ばれる水分が染み出る.この現象は,ゲル化の進行によって系の浸透圧が低下したために起こる.ゲル表面からの水の染み出し(離水)は,食品の食感に大きく影響するだけではなく,摂食・嚥下障害者(口の中のものを上手く飲み込めない障害)用の嚥下食において,食べ物の誤嚥により細菌が気管支や肺に入ることで発症する致命的な誤嚥性肺炎の要因になる.そのため,ゲルの浸透圧の理解・制御は,応用上も大きな需要がある重要な問題である.ところが,意外なことに「ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下を決める物理法則は何か?」という基本的な問題について,実験結果を定量的に予測できるほどの理解はされていなかった.そもそも,ゲルの物性について定量的に理解されていることは驚くほど少ない.その理由は,通常のゲルは,作製プロセスに依存して決まる不均一な高分子網目構造を持つために実験の再現性が低く,網目構造の制御も不均一性の影響の評価も困難なためである.我々は極めて均一で制御可能な網目構造を持つ高分子ゲル(テトラゲル)を用いることで,この不均一性の問題を克服した.また,動的なゲル化の進行過程を模倣した「静的なレプリカ」を系統的に作製することで,ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下を高い精度で測定することに成功した.我々は得られた大量の精密な測定データを元に「ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下を説明する物理法則はなにか?」という問題に取り組んだ.この問題を解く鍵は,直鎖(つまり,枝分かれの無い)高分子溶液の浸透圧における状態方程式の普遍性(ユニバーサリティ)であった.浸透圧の普遍性は,1970年代から80年代にかけて,多くの実験および理論研究により確立された.その発端となったのは,磁性体の磁気相転移を想定したIsing模型(n=1)・XY模型(n=2)・ハイゼンベルグ模型(n=3)などのO(n)対称なスピン格子模型において,n→0の極限は,高分子鎖の格子モデル(自己回避ウォーク)に対応するという事実であった.ドゥジェンヌ博士はこの高分子・磁性体対応を用いて,溶媒中の高分子鎖の臨界指数をくりこみ理論で解析した.その後,臨界指数のみならず,直鎖高分子溶液の浸透圧についても普遍的状態方程式で説明できることが理論と実験で示された.我々は,高分子ゲルが「大量の溶媒に高分子網目が溶けたもの」であることから,高分子溶液の普遍的状態方程式は,ゲル化の進行過程でも成り立つと着想した.そして,ゲルの浸透圧の測定データに基づいて,ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下を,普遍的状態方程式で説明することに成功した.極めて均一で制御可能な網目構造を持つテトラゲルを用いて,浸透圧のみならず,弾性,膨潤ダイナミクス,破壊などの様々な高分子ゲルの物理が解明されつつある.高分子ゲルの基礎物理の全貌が明らかになる日も近いと期待される.
著者
大木 基裕 中野 正樹 酒井 崇之 関 雅樹
出版者
The Japanese Geotechnical Society
雑誌
地盤工学ジャーナル (ISSN:18806341)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.59-70, 2014

鉄道構造物の中でも既設盛土の耐震補強化は喫緊の課題であり,大規模崩壊の恐れのある盛土の耐震補強が行われている。本稿では,現行の鉄道技術基準に基づく盛土の耐震性能の考え方とこれまでの耐震補強の概要を示す。次に,3つの粘土地盤上の盛土を対象に,動的遠心模型実験,有限要素解析を実施し,地震時における盛土の破壊形態を確認し,ニューマーク法による変形予測の精度を検証する。実験や解析の結果,同一の支持地盤の強度であれば盛土が高くなるほど,また,同一の盛土高さであれば支持地盤の強度が小さくなるほど,破壊形態は,盛土主体から地盤も含む破壊形態へと移行し,変形レベルも大きくなる。また,盛土を主体とする円弧すべり状の破壊形態が生じたケースに対しニューマーク法を用いた結果,求められた沈下量は模型実験結果とほぼ等しくなった。簡便な耐震性能評価手法であるニューマーク法は,盛土の破壊形態を適切に考慮することにより沈下量の精度は高まり,設計において有用となることが示唆された。
著者
内野 博司 本多 勇介 中島 健太 佐々木 功二 小林 明 田中 江里 久米 信夫 酒井 崇 嶋崎 豊 石川 巌 岡野 信雄 京極 英雄 船越 昭治 北田 嘉一 淵之上 康元 田中 萬吉
出版者
日本茶業学会
雑誌
茶業研究報告 (ISSN:03666190)
巻号頁・発行日
vol.2009, no.107, pp.107_19-107_30, 2009-06-30 (Released:2011-12-09)
参考文献数
5
被引用文献数
1 1

茶新品種‘ゆめわかば’が埼玉県農林総合研究センター茶業特産研究所で育成された。‘ゆめわかば’は1968年に‘やぶきた’ב埼玉9号’の交配により得られた個体群より選抜され,1994年から2003年に県単試験を含む栄養系適応性試験,裂傷型凍害抵抗性及びもち病抵抗性検定試験を実施し,更に2004年,2005年には香気の更なる発揚を目的に試験を行った。この結果,優秀と認められ,2006年10月17日に茶農林53号‘ゆめわかば’として命名登録,2008年10月16日に品種登録された。‘ゆめわかば’は摘採期が‘やぶきた’より1日から2日遅い中生品種である。生育,収量とも‘やぶきた’並である。耐寒性は赤枯れ抵抗性が「強」,青枯れ抵抗性が「やや強」,裂傷型凍害抵抗性が「強」でいずれも‘やぶきた’より強い。また,病虫害抵抗性は,炭疽病に「やや強」である。製茶品質は外観が優れ,内質も‘やぶきた’並に優れる。また,摘採葉を重量減15%から20%に軽く萎凋させることによって,香気及び滋味が向上する。耐寒性が強いために,関東やそれに類似した冷涼な茶産地に適する。
著者
木村 努 佐藤 健 酒井 崇 本田 宗央 高見澤 一裕 岡田 邦宏 小島 淳一
出版者
公益社団法人 地盤工学会
雑誌
地盤工学研究発表会 発表講演集 第38回地盤工学研究発表会
巻号頁・発行日
pp.2319-2320, 2003-03-05 (Released:2005-06-15)

土壌汚染対策法の施行により、土木建設を行うためには土壌汚染対策は重要である。重金属による汚染土壌の対策として、浄化や封じ込めが行われてきた。浄化は、二次汚染物の発生や浄化のための費用が高くなるなどの問題点がある。さらに、土壌汚染対策を市民と合意し行うためには、それらの問題の解決が重要である。そこで、本研究では、環境への負荷が少なく、比較的コストのかからない植物を利用した浄化(Phyoremediation)に注目し、鉛汚染土壌への適応を目的とする。本論文では、植物による鉛汚染土壌の浄化機能についてのラボ実験の結果および射撃場跡地の鉛汚染土壌の分析より植物による浄化の現地適応の可能性について報告する。
著者
酒井 崇匡
出版者
日本マーケティング学会
雑誌
マーケティングジャーナル (ISSN:03897265)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.22-41, 2017-06-30 (Released:2020-03-10)
参考文献数
20

近年,急速な技術革新や超高齢化などの人口動態的課題の顕在化に伴い,日本の未来予測に注目が集まっている。一方,そのようなマクロ環境の変化の下で,生活者の価値観は今後,どのように変化し,それが具体的にどのようなライフスタイルや街の風景を生むのだろうか。本研究では,特にBtoCビジネスを展開する企業の中長期的なマーケティング戦略立案への活用を目的として,2025年から2030年前後の生活者の価値観変化およびそれに基づく街のシナリオと具体的な生活風景の導出を行った。シナリオ・プランニングの手法に基づきつつ,未来の分岐軸として生活者の価値観変化を設定する試みを行い,あける(≒解放する),しめる(≒集約する)という相反する方向を持った,街の中の「生活空間」と「人間空間」という2つの軸を導出した。また,それらを掛け合わせた未来の街のシナリオとして,「鍵のないまち」,「住所のないまち」,「壁のないまち」,「窓のないまち」の4つの街の姿と,そこに生まれる100の具体的なライフスタイル・風景を導出した。
著者
野田 利弘 浅岡 顕 中野 正樹 中井 健太郎 澤田 義博 大塚 悟 小高 猛司 高稲 敏浩 山田 正太郎 白石 岳 竹内 秀克 河井 正 田代 むつみ 酒井 崇之 河村 精一 福武 毅芳 濁川 直寛 野中 俊宏
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2009-05-11

日本の重要な社会資本は,沖積平野や海上埋立人工地盤といった地震被害が懸念される軟弱地盤上に多く蓄積されている.本研究では,特に沿岸域に立地する社会基盤施設を対象に,長周期成分を含み継続時間が数分にも及ぶ海溝型巨大地震が発生した際の耐震性再評価と耐震強化技術の再検討を実施した.既往の被害予測手法は地震時安定性評価に主眼が置かれ,地震後の長期継続する地盤変状を予測することはできない.「地盤に何が起こるかを教えてくれる」本解析技術による評価を既往手法と並行して実施することで,予測精度の向上とともに,被害の見落としを防ぐ役割を果たすことを示した.