- 著者
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長尾 謙吉
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.289, 2020 (Released:2020-03-30)
1.研究の背景と目的日本の地域間人口移動は,高度経済成長期には3大都市圏へ職業を問わず幅広い階層の人々が移動したが,1980年代のバブル経済期には高学歴層が移動の中心となり,さらに1990年代後半には高学歴女性の東京圏への移動が顕在化した(中川2005).地域間で移動するのは,高学歴層に偏り,彼ら彼女らは東京圏へ選択的に移動している.こうした人口移動の傾向を「選択的」人口移動と称すことができよう.豊田哲也を代表者とする科学研究費助成研究「地理的多様性と地域格差問題の再定義に関する研究」「所得格差の要因と影響に関する地理学的研究」「所得の地域格差とその要因に関する地理学的研究」の共同研究メンバーであった中川(2005; 2015; 2017)は,こうした人口移動の傾向について許育歴・コーホート別にみた推計を行い,経済格差の再生産は個人間や世帯間だけでなく,東京圏とそれ以外での地域の間でも進行していることを指摘してきた.さらに,発表者ら共同研究メンバーとは,関西の大学卒業生たちの動向をみても就職時だけでなく就職後の転勤などの移動をみても「選択的」人口移動の傾向が一方ではみられ,他方で東京圏以外の地域におけるさらなる活力低下は就業機会の面から再び「選択的」ではなく幅広い人々の移動の誘因となる可能性をあることを意見交換してきた.まことに残念ながら中川は2019年10月に急逝した.中川が持ち続けてきた問題意識をふまえて,「選択的」人口移動と就業機会の地理との関連について考察するのが本発表の目的である.人口移動と地域格差との関係について,どちらが要因でどちらが結果なのかというのは「鶏が先か,卵か先か」系統の古くからの研究課題である.就業機会の地域格差は仕事を求める人々が仕事の多い地域に移動することによって調整メカニズムが働き,地域格差が縮小すると新古典派経済学によるアプローチでは想定されている.日本における経験的事実に目を向ければ,県間移動者は20歳前後から30歳代が多くを占めている(大江2017).さらに,「女性の労働市場,とりわけ有配偶女性については,人口移動によって地域間の労働市場の不均衡が調整されるというメカニズムは働きにくいことが想定される」(坂西2018: 118).それゆえに,人口と就業機会の地域格差について世代差や男女差にも留意した研究が求められよう.2.分析枠組みと論点人口移動の要因と年齢や職業をはじめとする移動者の属性を絡めて考察できるのがベストではあるが,分析の要求を満たすデータを得ることは簡単ではない.本発表では,国勢調査のデータを用いて人口分布を世代別・男女別・職種別に東京圏(東京都,埼玉県,千葉県,神奈川県)とその他の地域というある種「大雑把な」区分を基にして地理的状況を検討し知見を得たい.世代別については,大江(2017)や中川(2015; 2017)で用いられている出生コーホート別に人口分布をみるコーホート・シェアが有用である。高度成長期には若年期において東京圏のシェアがかなり上昇し,1960年代コーホート以降は、東京圏生まれが増加するとともに,20代前半にかけてシェアが増加している(大江2017).本シンポジウムにおける豊田報告や中澤(2019)でも焦点となっている1970年代生まれに着目すると,それまでの世代に比べて25歳以降においても東京圏のシェアが低下しないことが注目される.男女別にみると,東京圏シェアは女性の方が若干低い.仕事の東京圏シェアは,職種別にみると専門的・技術的職業や事務職では高いが,従業上の地位でみると派遣社員の比率が高い.「さまざまな仕事」の偏在(橘木・浦川2012; 長尾印刷中)や仕事の「質」の差異(高見2018)と「選択的」人口移動との関連性は高いと考えられるが,「選択的」人口移動との結びつきだけでは東京圏の労働市場は説明できないであろう.人口集積と就業をうみだす産業活動との関係を論じた加藤(2019)は,「人が住むから働く場所がある」傾向への「風向きの変化」を提起している.豊田(2015)が指摘してきた「水準の地域格差」についてある程度は収斂するなかでの「規模の地域格差」の拡大とともに,就業機会の地理の行方を見定める論点となろう.