- 著者
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高橋 龍一
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.71, no.9, pp.598-606, 2016-09-05 (Released:2017-01-09)
- 参考文献数
- 40
- 被引用文献数
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宇宙には星や惑星,銀河や銀河団といった多種多様な構造が存在している.これらの構造はいつどのように形成されたのだろう? 宇宙では遠くを見ることにより,過去を知ることができる.そのため,望遠鏡を使い宇宙の構造がどのように進化してきたか,時代をさかのぼって調べることができる.近年の観測技術の向上により,宇宙の太古の時代(ビッグバンから約40万年後)から現在(ビッグバンから約138億年後)まで,進化の歴史を詳細に知ることができるようになってきた.それに伴い構造形成にひとつの問題が浮かび上がってきた.太古から現在まで,構造形成が(理論的に予想されるより)あまり進んでいないように見えるのである.宇宙は138億年前のビッグバンにより始まり,現在も膨張を続けていることが観測から確認されている.現代宇宙論は一般相対性理論を用いて,宇宙の膨張史や構造形成史を調べる.一般相対論が宇宙のサイズ(≈1027 cm)でも成り立っていると仮定するため,宇宙論は大スケールでの物理法則をチェックする舞台にもなっている.様々な観測から宇宙の成分の約7割が暗黒エネルギー,約3割が物質(暗黒物質と元素)から成ることが示唆されている.暗黒エネルギーにより現在の宇宙膨張が促進されていると考えられている.暗黒物質は光と相互作用しない未知の物質で,構造形成は暗黒物質の重力が主に働いて進むと考えられている.このように一般相対論に基づいて,暗黒エネルギーと暗黒物質を主成分とする宇宙モデルは,現代宇宙論の“標準モデル”と呼ばれている.初期宇宙の物質分布は完全に一様ではなく,非常に小さな密度揺らぎがあったことが宇宙背景輻射の観測から示唆されている.そのため周囲に比べ密度の高い領域は,重力も強いため物質が集まりやすく,その場所で構造が形成されたと考えられている.暗黒物質が重力で集まって暗黒ハローと呼ばれる自己重力構造物を作り,その重力場内で元素(水素,ヘリウムなど)が収縮して,星や銀河を形成したと考えられている.宇宙の密度揺らぎは,太古の時代は宇宙背景輻射の観測から,また現在付近は大規模銀河サーベイから非常に詳細に測られている.近年の観測技術の向上や理論模型の高精度化により,密度揺らぎの振幅は数パーセント以下の精度で決定されている.観測誤差が小さくなってきたことにより,太古と現在の揺らぎの振幅に系統的なずれがあることが知られるようになってきた.理論的な“標準モデル”の予言に比べ,太古から現在まで密度揺らぎがあまり成長していないように見える.宇宙背景輻射により測られた太古の密度揺らぎの振幅が相対的に高く,銀河サーベイ等で観測された現在の振幅が相対的に低い値を示している.また現在の揺らぎの振幅が低いために,銀河団もあまりできていない.この問題は,観測的な系統誤差の可能性も残っているが,“標準モデル”の枠組みで多少モデルを変更しただけでは解決できそうに見えない.本記事ではこの問題の現状を紹介し,解決するために提案されているいくつかのアイデアを紹介する.この密度揺らぎの振幅の不一致問題は,暗黒物質による構造形成モデルの修正や,新しい物理法則の発見に繋がるテーマかも知れない.