- 著者
-
藤ノ木 政勝
- 出版者
- 公益社団法人 日本薬学会
- 雑誌
- ファルマシア (ISSN:00148601)
- 巻号頁・発行日
- vol.53, no.5, pp.470-470, 2017 (Released:2017-05-01)
- 参考文献数
- 5
約20年前にDevelopment誌に掲載されたViscontiらによる報告で,精子受精能獲得に伴って様々な精子タンパク質がチロシンリン酸化を受けること,そして受精能獲得とチロシンリン酸化は重炭酸イオン(ある種のアデニル酸シクラーゼを活性化してcAMPを産生させる)およびCa2+による調節を受けることが示された.この報告をきっかけに,チロシンリン酸化は受精能獲得の唯一の生化学マーカーとして広く利用され,受精能獲得の阻害や惹起・促進に応じてリン酸化レベルが変わることから精子受精能獲得のkey eventとされるようになった.受精能獲得(capacitation)とは,狭義にはほ乳類の精子のみに認められる現象で,精液中の精子は卵子とただ共培養しても受精できないが,交尾後に雌性生殖器内より採取した精子は受精可能であるという観察結果をもとに1950年代初頭に提唱された. 重炭酸イオン刺激等により,精子の受精能獲得がin vitroで誘導可能になって以来,その具体的な責任応答が探索され,①精子頭部で起こる先体反応,②尾部で起こる超活性化,③精子細胞膜からのコレステロールの流出と流動性の増加,④精子タンパク質のチロシンリン酸化などが発見されたが,単独因子で十分なのか,全てが必要であるかについては議論がある.チロシンリン酸化は受精能獲得のkey eventであるとされながらも,これを起こす責任酵素はこれまで分かっていなかった.最近,Viscontiのグループは,本現象の責任酵素がFERとよばれる非受容体型チロシンキナーゼの精巣特異的アイソフォーム,FERTであることを発見した.なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.1) Visconti P. E. et al., Development, 121, 1129–1137(1995).2) Visconti P. E. et al., Asian J Androl., 13, 395-405(2011).3) Alvau A. et al., Development, 143, 2325–2333(2016).4) Chung J. J. et al., Cell, 157, 808-822(2014).5) Tateno H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 110, 18543-18548(2013).