著者
仲澤 和馬 吉田 純也 肥山 詠美子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.5, pp.308-313, 2018-05-05 (Released:2019-02-05)
参考文献数
13
被引用文献数
1

ダブル・ハイパー核(DH核)は,ストレンジクォーク(s)を二つ含む原子核の総称である.DH核はsクォークを含むハイペロン(Y)であるΛ(uds)粒子を二つ,またはΞ-(dss)ハイペロンなど一つをバリオン間力(拡張した核力)で内包する.例えばダブル・Λハイパー核(DLH核)やΞハイパー核(Ξ核)がこれにあたる.電荷をもたないΛ粒子間や,Ξと核子間の相互作用は,その質量欠損を通じて知ることができる.通常の原子核の数倍にもなる高密度の中性子星内では,このようなハイペロンの存在が強く示唆されている.DLH核の発見は半世紀前の1963年に遡る.この年,乾板中にとらえられたΞ-粒子静止吸収事象中に1例のΛΛ10 Be,1966年のΛΛ6 He,1991年のΛΛ13 B(KEK-E176実験)である.これらの実験結果から,Λ粒子間の引力の強さ(4–5 MeV)が,Λ-核子(N)間と同程度と広く認められるようになった.ところがこの認識は,2001年1月,KEK-E373実験におけるNAGARA eventと呼ばれるDLH核,ΛΛ6 Heが発見されたことにより覆された.この事象は世界初の不定性のないDLH核の発見であり,この発見からΛ粒子間にはたらく力の強さが~1 MeVという非常に弱い引力であると,実験的に初めて明らかになった.1963年および1991年の事象,E373で発見した他の3例もNAGARA eventに矛盾しない解釈がとられ,NAGARA eventはΛΛ相互作用を議論する「ものさし」となった.NAGARA eventの発見を出発点として理論的に要求されたことは,ΛΛ相互作用の再構築とその他の発見されたDLH核の束縛状態を説明できるかどうかということであった.例えば,DEMACHIYANAGI eventと呼ばれるΛΛ10 Beの束縛状態を,NAGARA eventを説明するΛΛ相互作用で説明できることが分かった.今後は,ΛΛ相互作用のp-波相互作用,ΛΛ⇔Ξ N異粒子変換結合など,さらなる情報を得ることが理論的に重要である.そのためには,より多くの実験データを必要とする.これは,原子核物理学の大きな目的の一つである,YNおよびYY間などハイペロンをも含めたバリオン間相互作用の統一的理解につながるという意味で意義深い.2006年,東海村のJ-PARC建設開始とともにE07実験が採択された.高純度のK-ビームとE373実験の約3倍の乾板を用意して10倍以上のDLH核や確かなΞ核の発見を期待して設計した.特にこれまで行われてきたΞ-粒子生成と関連づけられる事象を選択することをやめて,乾板全面を探査しDLH核やΞ核に特有な崩壊パターンを画像処理により検出する「全面探査法」を導入することにより,さらに10倍(E373実験の100倍)の発見が期待できる.2013年,この「全面探査法」をE373乾板で試験運用して得られた約800万枚の顕微鏡画像中に,二つの分裂片にΛが一つずつ残るツイン・Λハイパー核(TLH核)を発見した.この始状態は,14NにΞ-粒子が原子軌道より深く束縛した原子核(KISO eventと命名)であると確認され,Ξ-粒子と核子間に引力が働くことが初めて明らかになり,日本物理学会の第22回論文賞を昨年受賞した.進行中のE07実験では,100を超えるDH核の発見によりNAGARA eventより重いDH核を系統的に調べることができるとともに,新種のΛΛ5 Hなどの発見によるΛΛ⇔Ξ N結合の情報を得られるのではないかと期待している.
著者
平田 倫啓 鹿野田 一司 松野 元樹 小林 晃人
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.4, pp.214-220, 2018-04-05 (Released:2019-02-05)
参考文献数
28

物質中の電子は,物質の結晶構造や対称性,元素組成などによって決まるさまざまな大きさの見かけ上の質量,有効質量をもつ.近年,特定の条件がそろったときに,固体中の電子が質量ゼロの相対論的な粒子のように振る舞うことが見出され,大きく注目されている.このように質量がゼロの奇妙な電子状態のことを「ゼロ質量ディラック電子」と呼び,グラファイトを単層剥離し作製するグラフェン中で10年ほど前に確認された.それ以降,ゼロ質量のディラック電子は,表面のみ金属的な伝導特性を示すトポロジカル絶縁体,その類縁物質であるトポロジカル半金属,さらには有機物質中などでも見つかり,「ディラック物質」の科学として新たな広がりを見せている.ゼロ質量ディラック電子の運動は,ディラックコーンと呼ばれる線形なエネルギー・運動量の分散関係で記述される.このコーン型分散をもつことの帰結として,コーンの交点近傍では,キャリア数が極端に少なくなり,通常の金属や半導体で見られるクーロン相互作用の(遍歴電子による)遮蔽効果が消失する.このため,普通は隠れているクーロンポテンシャルの長距離成分(∝1/r)が復活し,従来とは全く異なる電子相関効果が期待される.実際,グラフェンにおいては,電子相関が(通常とは逆に)電子の速度の特異な増大を引き起こし,その結果,コーンが内向きに変形する現象が確認されている.しかし,グラフェンでは電子相関の大きさ自体が小さく,また乱れなどの影響で,交点まわりでの電子の励起を詳細に検証することが難しい.このため,ディラックコーン系における電子相関効果の全貌は,実験的に十分には解明されていない.そんな中,筆者らのグループは最近,強い電子相関と高い結晶性を合わせもつ,有機物質α-(BEDT-TTF)2I3のゼロ質量ディラック電子系に着目し,低エネルギー励起と相関効果の検証に有効な核磁気共鳴(NMR)測定を行った.理論モデルの数値解析を併用し精査することで,ディラックコーン系の電子相関効果に,従来物質とは著しく異なる階層性が存在することを明らかにした.α-(BEDT-TTF)2I3における13C NMR測定によって,局所電子スピン帯磁率の温度依存性が導出される.コーン交点に位置するフェルミ準位のまわりでの熱励起特性を調べることで,三つの電子相関効果が異なる温度(エネルギー)スケールで現れることが示される.すなわち,(A)室温から100 K程度までの温度領域では,従来の強相関電子系と同様に,短距離相互作用によるバンド幅(運動エネルギー)の抑制が生じる.(B)~100 K以下になると,クーロンポテンシャルの長距離成分によって電子速度が増大し,ディラックコーンの顕著な変形(右下図)が見られる.さらに,(C)60 K以下の温度領域になると,オンサイトのクーロン斥力によって磁場誘起のフェリ磁性分極が発現する.ディラックコーン系の電子相関効果に,このように多彩な階層構造が見出されたことは,ディラック物質全般における多体効果を解明し理解していく上での第一歩である.
著者
若林 克法 草部 浩一
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.63, no.5, pp.344-352, 2008-05-05
参考文献数
57

サッカーボール状分子C_<60>,炭素ナノチューブの発見は,その興味深い形状と多彩な電子状態から,物理,化学,工学の各分野から強い関心を巻き起こし,ナノスケールにある炭素物質は,今やナノサイエンス/ナノテクノロジー研究における代表的な物質としての地位を占めている.最近では,グラファイトから一原子層のグラファイトシート(グラフェン)を引き剥がして得たサンプルにおいて,従来の2次元電子系とは異なった電子輸送特性が測定されたことを契機に,グラフェンの特異な電子状態を利用した電子デバイスの研究が精力的に行なわれている.本稿では,グラフェンにおけるメゾスコピック効果に着目し,ナノスケールにあるグラフェン,つまりナノグラフェンには端の形状によって特異な電子物性が現われることを概説する.
著者
羽田野 直道
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.53, no.11, pp.826-833, 1998-11-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
18

非Hermiteなハミルトニアンを持つ量子力学の新しい模型が提案され, その興味深い性質が明らかにされつつあります. この解説ではその模型を研究する物理的動機を説明し, 性質の一端を紹介します. この非Hermite系の示すAnderson局在という現象と, 高温超伝導体中の磁束線ピン止めという物理現象が, Feynman経路積分を通してつながっていることを示します. そして, 非Hermite系の複素エネルギー・スペクトルが磁束線のピン止め破壊転移をどのように記述するかを議論します. 非Hermite系は従来「物理的でない」と考えられがちでしたが, 様々な分野で物理現象を有効的に記述する模型として, ここ数年で急速に研究が進み始めました.
著者
駒宮 幸男
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.65, no.8, pp.614-620, 2010-08-05 (Released:2020-01-18)
参考文献数
7

この記事は日本物理学会のレビューセッションにおいて話した内容である.「実験的な話」というのは話自体が実験的であるということに他ならない.素粒子物理学は,極言すれば宇宙の森羅万象の基礎になっている法則をつきとめるという野心的な学問である.但し,時空や基本粒子の法則だけを知っていれば,物性や生命現象,株価の変動が理解できるとは思ってもいない.P.W.Andersonは,行き過ぎた要素還元主義に対する警句として,数的な増加によって異なる構造や現象が現れることを「More is different」と表現しておられるが,素粒子物理の真髄は徹底した要素還元主義なので,不遜にも「Less is essential」という常用句を持って対抗したい.冒頭から暴走気味なので,これ以降はヒッグス粒子と超対称性の説明にあたり,現在の素粒子の標準理論について必要最小限の説明をして冷静になることにする.
著者
塩見 雄毅
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.8, pp.594-595, 2018-08-05 (Released:2019-03-12)
参考文献数
1

新著紹介チョコレートはなぜ美味しいのか
著者
山中 卓
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.8, pp.582-585, 2017-08-05 (Released:2018-07-25)

話題物理学会,どうせやるなら…―第72回年次大会(2017年)の裏側―

3 0 0 0 OA 超多時間理論

著者
木庭 二郎
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.4, no.5-6, pp.201-219, 1949-03-30 (Released:2008-04-14)
参考文献数
57
著者
宮原 将平
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.160-167, 1972-03-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
18

本稿はもともと日本物理学会の北海道年会(1971年)において綜合講演として話したことにもとづきそれに若干補筆したものである. ところで, 十年ばかり前にやはり物理学会のシンポジウムで似たような話をした記憶がある. それにもとづいて雑誌「金属物理」1960年第1号に「磁性体研究の歴史」: 将来の展望のために : という一文を書いた. 歴史については別として展望について何をいったか反省してみることは, 十年を経た今日において興味あることである. そこで私は三つの提案をしていた. 第1は性急に全般的な理論をたてることをいそぐことより"物質"の役割を強調したこと, 第2には"典型的物質"というものを提案したこと, 第3には物質を極端な条件下におくことを第2の典型性との関係で考えてみたことである. 以上のような提案がじっさいの研究の発展の上でどれだけ意味をもっていたかは, さらに歴史の批判にまたなければならないだろう. しかし, 私の考えでは, それは物質の典型性との関係ではじめて意味をもちうるものと思うのであるが. 昔話はそのくらいにしておいて, 本題に入らなければならない. ここでは歴史を, 十年前にしたのとは少しちがった角度から述べようと思う.
著者
藤井 賢一 大苗 敦
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.239-246, 2002-04-05 (Released:2011-02-09)
参考文献数
26
被引用文献数
3

基礎物理定数が1999年末に十数年ぶりに大幅改訂され公表された. 実験と理論の進歩により多くの基礎物理定数が高精度化された. 得られたデータの比較・検討から, 我々は自然現象を理解するための手段として頼りにしているモデルの妥当性を検証することができる. 最近では, より高精度化された基礎物理定数が, 質量の単位キログラムの再定義を実現するための鍵として注目されている. 本稿ではミクロな世界とマクロな世界を結びつけるアボガドロ定数と, ミクロな世界を記述するプランク定数の測定方法について紹介し, これらの定数を使ったキログラム再定義の実現可能性について述べる.
著者
後藤 亨 二瓶 武史
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.54, no.12, pp.979-983, 1999-12-05

スーパーカミオカンデ実験の結果を用いて, 最も簡単な超対称SU(5)大統一模型における陽子崩壊を再解析した. 今回の解析の結果, これまでは寄与が小さいと思われてきた右巻き粒子が関与する有効相互作用 (RRRR型) が, 大きな寄与を与えることが示された. かつての解析では, 主要な項の間の干渉効果によって陽子崩壊の振幅を十分に小さくできると思われてきたが, RRRR型相互作用の効果でそれが不可能となり, 現在の制限からスクォーク(クォークと超対称多重項を組む粒子)の質量が2TeV以下のパラメータ領域が排除されてしまうなど, 陽子崩壊実験からのこの模型への制限は非常に厳しくなった.
著者
津田 俊輔 横谷 尚睦 木須 孝幸 辛 埴
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.258-262, 2002-04-05

光電子分光のエネルギー分解能はここ20年で2桁向上し,最近では1meVに迫る分解能も得られるようになった.その結果,光電子分光測定からも固体物性を支配するフェルミ準位極近傍の数meVという微細なエネルギースケールを持った電子構造を直接的に観測できるようになった.本稿では超高分解能化および測定試料温度の低温化により拓かれた微細な電子構造に関する光電子分光研究を,最近発見されたMgB_2超伝導体を例に紹介する.