著者
羽田野 直道
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.6, pp.408-414, 2017-06-05 (Released:2018-06-05)
参考文献数
32

我々は日々「時の流れ」の中で生きています.命あるものもいつかは死に,形あるものもいつかは壊れます.日々の生活の中でこれは当然のことですが,物理学にとっては古くからの大問題であり,「時間の矢」と呼ばれています.厳密に言うと時間の矢とは,時間が正の向きに進むに従って,ある特定の現象(例えば物が壊れること)の方が,その時間反転の現象(物が形作られること)よりも頻繁に起こることを指します.ビデオを見て,それが順回しか,それとも逆回しかがわかる場合,そのビデオに映っている状況には時間の矢が存在しています.なぜこれが物理学にとって大問題であるかというと,「弱い相互作用」を除く3つの相互作用が時間反転対称性を持っているからです.微視的なレベルで運動を記述する方程式のほとんどは,ニュートンの運動方程式,マクスウェル方程式,シュレーディンガー方程式を含めて時間反転対称な微分方程式です.したがって,それら微分方程式の解も時間反転対称であるのが当然のように思われます.実際に,理想的な調和振動子のビデオ映像は順回しか,それとも逆回しかを答えられないでしょう.しかし現実には時間反転対称性を破る現象があふれています.それを物理学はどのように説明すればよいのでしょうか.本稿では特に微視的な量子力学に話を絞って,時間の矢が現れる仕組みを明らかにします.例えば輻射場中の二準位原子を考えましょう.励起状態にある二準位原子は光子を放出して次第に基底状態へ崩壊すると考えるのが自然ですし,それが実験でも観測されるところです.理論的には通常は「アインシュタイン係数」を使って議論されますが,そこでも基底状態への崩壊が結論されます.しかし,この現象は明らかに時間の矢を持っています.もとの量子電磁力学(QED)は時間反転対称な学問体系なのに,なぜこういうことが起こるのでしょうか.我々はこの問題を2段階に分けて解き明かします.まず第1段階で,無限体積中のシュレーディンガー方程式には,時間反転対称性を破る解が存在することを示します.元の方程式の時間反転対称性を反映して,そのような解は必ず互いに時間反転対称な,「崩壊状態」と「成長状態」のペアで現れます.(歴史的には,これらは「共鳴状態」・「反共鳴状態」と呼ばれてきました.)実は,ここまではこれまでにも多くの議論があります.しかし時間の矢が現れることを説明するためには,なぜ崩壊状態が卓越して選ばれるのかまで示す必要があります.これが,これまでの議論で欠けていた点でした.それに対して我々は,数学的に厳密な議論を経て以下のことを示しました.初期条件問題,つまり「ある状態が初期条件として与えられたときに,その後,何が起こるかを問う問題」の場合には自動的に崩壊状態が選択され,逆に終末条件問題,つまり「ある状態が終末条件として与えられたときに,その前に,何が起こったかを問う問題」の場合には自動的に成長する解が選択されるのです.(これは,遅延グリーン関数と先進グリーン関数を定義するときに付与する微少量の符号を論理的に説明したことになっています.)輻射場中の二準位原子の問題は初期条件問題なので,崩壊状態が卓越して選択されます.ただし,通常の二準位原子の議論では全時刻で純粋な指数関数的減衰しか得られません.それに対して我々の議論では短時間領域で指数関数的減衰ではなく,徐々に成長状態から崩壊状態に切り替わる様子も確認できました.
著者
羽田野 直道
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.53, no.11, pp.826-833, 1998-11-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
18

非Hermiteなハミルトニアンを持つ量子力学の新しい模型が提案され, その興味深い性質が明らかにされつつあります. この解説ではその模型を研究する物理的動機を説明し, 性質の一端を紹介します. この非Hermite系の示すAnderson局在という現象と, 高温超伝導体中の磁束線ピン止めという物理現象が, Feynman経路積分を通してつながっていることを示します. そして, 非Hermite系の複素エネルギー・スペクトルが磁束線のピン止め破壊転移をどのように記述するかを議論します. 非Hermite系は従来「物理的でない」と考えられがちでしたが, 様々な分野で物理現象を有効的に記述する模型として, ここ数年で急速に研究が進み始めました.
著者
羽田野 直道
出版者
物性研究刊行会
雑誌
物性研究 (ISSN:05272997)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.459-493, 1991-08-20

この論文は国立情報学研究所の電子図書館事業により電子化されました。
著者
白崎 良演 中村 浩章 羽田野 直道 町田 友樹 長谷川 靖洋
出版者
横浜国立大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

我々は、2次元電子系がメゾスケールの大きさである場合、強磁場下で系のネルンスト係数に量子振動が見られる(量子ネルンスト効果)ことを平成17年度から平成18年度にかけて線形応答理論を用いた理論計算で示していた。平成18年度にフランスのグループ(Bhenia, et. al. ESPCI, Paris)から、ビスマス(Bi)単結晶のネルンスト係数およびエッチングスハウゼン係数の測定結果が発表され、ネルンスト係数の量子振動が現実の系で示された。我々はこの実験結果の検討を行い、試料の3次元性の効果を取り入れた理論拡張を行った。我々は磁場中の3次元バリスティック系を考え、運動の自由度を磁場に垂直な2次元面内の自由度と磁場に平行な自由度に分け、2次元面内の運動成分は有限サイズのバリスティックなものと見なしてネルンスト係数を考察した。その結果、3次元系でもネルンスト係数の量子的な振動が現れ、ネルンスト係数のピークは弱磁場側に尾を引く左右非対称の形を持つことが分かった。この形はBiの実験結果と一致する。このように、量子ネルンスト効果が3次元系において理論・実験両面から確認された。一方、Biのネルンスト係数のピークは実験値が理論値に比べ非常に大きい。この原因の理論的解明は今後の課題として残っている。我々は量子ホール系における輸送係数の基本関係に関しても考察を行った。従来、電気伝導度テンソルの非対角成分の磁場微分と対角成分との間では線形な関係式が提案され、研究が進められていた。我々は線形応答理論を用いて量子ホール系の輸送係数を理論・解析的に導出し、成分間の関係が非対角成分の磁場微分と対角成分の二乗が比例する非線形な関係であることを示した。この理論では、電子の不純物散乱により、ランダウ準位近傍の電子状態密度がローレンツ型になると仮定している。我々はGaAsによる実験結果を用いて、数テスラ程度の磁場のもとでこの関係が良く成立していることを確かめた。
著者
鈴木 増雄 野々村 禎彦 羽田野 直道
出版者
東京大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1996

我々は「量子解析」と呼ばれる新しい数学を導入した。これは演算子の演算子による微積分学である。まず、Banach空間で演算子を引数とする関数を演算子で微分することから出発する。量子解析によると、Banach空間の演算子Aについてdf(A)=(df(A))/(dA)・dA (1)としたとき、この演算子微分は(df(A))/(da′)=∫^1_0f^<(1)>(A-tδ_A)dt (2)の形で表わされる。ここで、f^<(n)2>(x)は通常の意味での関数のn階微分、またδ_Aは内部微分で、次式で定義される:δ_AQ=[A,Q]=QA-QA.強調したいのは、式(1)においてdf(A)/dAは単に演算子dAを変形する超演算子ではなく、括りだされた形でコンパクトに式(2)のように表わされている点である。演算子微分を導入する方法は何通りかある。シフト演算子S_A(B):f(A)→f(A+B)を導入すると、代数学的に定式化することができる。この方法により、演算子の関数のLaurent級数を定義することができる。他にも、補助演算子{H_j}を導入する定式化もある。これを用いると、多演算子関数f({A_j})の微分も容易に定義できる。ここで、補助場演算子は以下の3条件を満足するように定める:(i)[H_j,H_k]=0,(ii)j≠kに対して[H_j,A_k]=0,(iii)[H_j,[H_k,A_k]]=0.我々はこの量子解析を、演算子の積公式を導くのに用いた。これにはlog(e^<zA>e^<xB>…)を自由Lie代数の要素(つまり交換関係)で展開するのが必要である。量子解析からこの展開係数があらわに計算できる。また、Dynkin-Specht-Weverの定理の拡張を与えた。この定理は上のような展開係数を求めるのに従来使われてきたが、その方法と我々の新たな方法との関係を明らかにした。このような議論は時間依存するハミルトニアンの時間発展演算子にも適用することができる。更に、量子解析をBanach空間だけでなく上に有界でない演算子についても定式化した。これを用いて、久保の線形応答理論やZubarevの非平衡統計力学の理論を新たな視点から再定式化した。非平衡散逸系のエントロピー演算子を自由Lie代数の要素で表わすことに成功した。
著者
羽田野 直道 中村 統太 西野 晃徳 PETROKSY Tomio ORDONEZ Gonzalo
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

量子ドットの電流電圧特性を測定する実験は広く行われています。しかし、それに対応する理論には決定的なものがありません。本研究では従来の手法と独立で相補的な手法を開発しました。我々の方法は、電子間相互作用のない場合に決定的な手法であるランダウアー公式を、相互作用がある場合に自然に拡張した理論になっています。その手法を用いて、簡単な模型において厳密に電流電圧特性を求めたところ、電位差を増やすほど電流が流れにくくなる領域があることを見いだし、その原因を明らかにしました。電子間相互作用のために2つの電子が互いに束縛し合う状態ができますが、その状態が量子ドットを通過できないために起こります。