- 著者
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福田 育夫
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.72, no.11, pp.793-799, 2017-11-05 (Released:2018-08-06)
- 参考文献数
- 27
- 被引用文献数
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分子シミュレーション法は,原子間の力をできるだけ正確にモデル化することで,原子からなる多体系(生体分子や材料など)の性質をミクロな立場から調べることのできる重要な計算手法である.ただし,この分子シミュレーション法で最も厄介なのが長距離相互作用の扱いである.というのも,古典系では基本的に自由度数の二乗に比例する計算コストがかかり,また境界条件についても悩ましい問題があるからである.さらに,クーロン静電相互作用は,長距離相互作用の中でも取り扱いが自明ではない.距離の関数としてのクーロン関数の減衰が遅いため,最も簡単な計算スキームである単純カットオフ(ある所まで距離が離れたら力をゼロとする)が許されないからである.但し,クーロン相互作用は,重力(万有引力)と同様な関数形を持ちながらも,正負の符号がある点が異なり,これが物理現象の本質を捉える上でも,また効率的な計算スキームを考える上でも非常に重要になる.我々は,この正負の符号によって生じる相互作用のキャンセルという物理的アイデアを,数学的に定式化することで,「零多重極子和法」(Zero-Multipole summation Method; ZMM)という静電相互作用計算法を作った.この計算法では,クーロン関数の原子ペア毎の和の代わりに,クーロン関数を変形して得られたある関数の原子ペア毎のカットオフ形式での和を採用する.この変形は,静電相互作用がキャンセルされるという「中性条件」を満たした配置からの寄与を効果的に取り入れるために導入される.カットオフ形式での原子ペア毎の和で相互作用エネルギーが定義されるため,大規模系では系のスケールに比例する計算コストで済む.また,周期境界条件は必須では無くなるため,本来非周期的な系への周期境界条件の適用による不自然な問題は生じない.さらに,波数空間部分の計算も不要なため,高速フーリエ変換を用いた際の通信等の問題も回避でき,並列計算時等における大幅な計算時間短縮につながる.これらの点は,従来のエバルト法に基づいた方法と異なる.また,運動方程式を考えた時のエネルギー及び全運動量の保存則を壊すことも無い.ZMMを完全な対称性を持つイオン結晶系,及びその対称性が熱揺らぎにより崩れた液体イオン系に適用して高精度なエネルギーを得た.その際に得られた精度の,ZMMの持つパラメタへの依存性は理論的に説明できるものであった.さらに,ZMMを水分子系に適用し,エネルギー及び諸物理量を測定して,高精度な結果を得た.個々の水分子は永久双極子のため双極子中性条件を満たさないにも拘らず,良好な結果が得られた解釈として,常温・常圧の水分子系ではランダムに永久双極子が配向して,相互作用のキャンセルが起こるためだと考えることができる.しかし,そのようなことが起こらないはずの強誘電性結晶に適用しても良い結果が得られた.その完全な理解には到達していないが,相互作用の相殺以外の概念から導かれた静電相互作用計算手法とZMMとの関連を考察することが有効であろう.