- 著者
-
田村 淳
- 出版者
- 一般社団法人 日本治山治水協会
- 雑誌
- 水利科学 (ISSN:00394858)
- 巻号頁・発行日
- vol.63, no.2, pp.134-146, 2019-06-01 (Released:2020-08-05)
- 参考文献数
- 34
自然植生の回復のためにシカ柵(以下,柵)を設置したとしても,必ずしも以前の植生に戻るわけではないこと,また,柵を設置したら数十年スケールで維持する必要があることを,丹沢のブナ林とモミ林の研究事例から紹介した。ブナ林の事例では,同一斜面上の設置年の異なる2基の柵において,柵内各1群と柵外から1群の計3群の土壌を採取して,撒きだし試験により埋土種子の組成を調べた。シカの採食に弱い多年草の個体数は3群ともにほとんど無かったことから,シカの採食に弱い多年草の回復は埋土種子に頼ることはできず,地上部に植物体があるうちに柵を設置する必要があると考えられた。モミ林の事例では,林冠ギャップ下と閉鎖林冠下に柵を10年間設置してモミなど10種の稚樹の樹高成長を調べたところ,すべての樹種はギャップ下の柵内で樹高が高くなっていたが,モミの樹高は最大で37cm であった。林冠下の柵内では樹高は当初と変わらず20cm 未満であった。モミ林ではギャップが形成されてから柵を設置する方がよく,それでも柵を数十年維持する必要がある。以上のように,柵による植生回復には限界があり時間がかかるものの,衰退した自然植生や脆弱な生態系では優先して柵を設置することが望まれる。