著者
藤高 和輝 フジタカ カズキ Fujitaka Kazuki
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.103-117, 2015-03-31

本稿は、J・バトラーの一九八〇年代における身体論を考察する。バトラーの代名詞といえる『ジェンダー・トラブル』における理論的観点は一挙に形成されたわけではない。それは八〇年代における思索を通じて、ゆっくりと形成されたのである。八〇年代のバトラーにとって、第一義的な問題は身体であり、ジェンダーもそのような思索の延長にある。身体とは何か、身体の問題にいかにアプローチすべきかという問題は、八〇年代のバトラーを悩ませた大きな問題であった。この問題へのアプローチは八〇年代を通じて、「現象学からフーコーへ」の移行として描くことができる。逆にいえば、現象学との対決は『ジェンダー・トラブル』におけるバトラーの理論を生み出すうえでひじょうに重要な契機だった。本稿では、私たちはバトラーの思索において現象学が果たした役割を明らかにし、それがいかにフーコーの系譜学へと移行するかを示したい。
著者
佐藤 伸郎 サトウ ノブロウ Sato Noburo
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.69-87, 2015-03-31

宮澤賢治が提起した第四次を考察する。かつて龍樹は空を考察し、その実践方法として結跏趺坐を提起した。また、石津照璽は、第三領域を考察し、その実践方法として絶体絶命の生命的危機を提起した。宮澤賢治は、第四次を考察し、その実践方法として農業従事を提起した。第四次芸術とは、農業従事を基にして現出するものである。この第四次の洞察なくして、彼の諸作品の正確な理解は不可能と思える。空、第三領域、第四次に共通するものは、縁起である。ものは、相互依存によってある外はない。この論考において、賢治の第四次を理解するために、龍樹の空、石津照璽の第三領域を要約的に了解し、その了解によって、賢治の第四次の的確な理解を試みる。We consider the concept of the "fourth dimension" created by Kenji Miyazawa. Once, Ryu - ju(Nagarjuna) considered the concept of ku-(emptiness), and presented the way of sitting which could lead people to experience kū. Teruji Ishizu considered the third range, and presented the condition of the fatal crisis of life which could lead to experiencing the third range. Kenji Miyazawa considered the fourth dimension, and presented agricultural labor as a means to attaining it. The fourth dimension art is based upon the agricultural labor which allows for deep connections with nature. Only a proper consideration of the fourth dimension can lead people to a clear understanding of Kenji Miyazawa's works. Engi, interdependent existence, is a key word, and is connected with ku-, the third range and the fourth dimension. In this thesis, the ku- of Ryu - ju, the third range of Teruji Ishizu are properly digested in order to understand the fourth dimension of Kenji Miyazawa. These stages will communicate a proper understanding.
著者
藤高 和輝 フジタカ カズキ Fujitaka Kazuki
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.163-180, 2013-03-31

ジュディス・バトラーがスピノザの熱心な読者であるということはあまり知られていない。しかし、スピノザは彼女にとってきわめて重要な思想家である。実際、彼女は『ジェンダーをほどく』(2004)で「スピノザのコナトゥス概念は私の作品の核心でありつづけている(198 頁)」と述べている。本論はこの言葉の意味を明らかにしようとするものである。バトラーがスピノザの『エチカ』に最初に出会ったのは思春期に遡る。その後、彼女はイェール大学の博士課程でヘーゲルを通して間接的にスピノザと再会する。この二番目の出会いは、彼女の学位論文『欲望の主体』(1987)を生み出すことになる。最後に、このスピノザからヘーゲルへの移行によって、彼女は「社会存在論」を確立することができた。バトラーの著作におけるスピノザのコナトゥス概念に着目することで、私はこれらの運動を明らかにするだろう。そして、このような考察を通して、バトラーの思想においてコナトゥス概念が持つ意味も明らかになるだろう。
著者
乾 順子 イヌイ ジュンコ Inui Junko
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.39-54, 2013-03-31

本稿の目的は、既婚女性の人生満足度に着目し、過去における性別分業意識と働き方が、既婚女性の中高年期の人生満足度にどのような影響を与えるかを明らかにすることである。一時点における生活満足度と従業上の地位・性別役割分業意識との関連については、意識と働き方が一致しているもの、つまり分業賛成と無職、分業反対とフルタイムであるものの生活満足度が高いという分析結果がある。しかし、パートという分業意識と一致しているかどうかが不明確な就業形態については、その関連が明らかにされてはいなかった。また、人生後期の人生を振り返っての満足感と、変更不可能な過去の意識と働き方の関連についての分析もこれまでなされてこなかった。これらは、日本における既婚女性のパート就業率の高さやその多様さを鑑みても、今後の女性就業や雇用政策、家族政策などを考える上でも重要な課題であると考えられる。そこで本稿では、1982 年と 2006 年の2 時点で実施されたパネル調査データを使用し、過去の分業意識と働き方がその後の中高年期の人生満足度に対して影響を与えるかについての分析を行った。その結果、過去の分業意識をコントロールしても、「パート型」のものの人生満足度が最も低かった。さらに、分業意識と職業経歴の交互作用を検討したところ、平等志向の強い「パート型」のものにおいてさらに人生満足度が低くなることが明らかとなった。
著者
狭間 諒多朗 Hazama Ryotaro ハザマ リョウタロウ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.34, pp.1-22, 2013

本稿の目的は地域における文化活動の担い手を探ることである。かつての行政主導であった地域文化の時代は住民主導の新たな地域文化の時代へと変貌を遂げた。この新たな地域文化の時代において、地域文化活動は地域活性化の切り札として期待されている。地域文化活動の担い手を把握することはひいてはその活性化につながると考えられる。これまでの研究から、I ターンやU ターンと呼ばれる地域移動を行った人々やパーソナルネットワークサイズの大きい人が地域文化活動の担い手であるという仮説を立て、分析を行った。その結果、I ターン者が興味を持って活動に参加し、また参加頻度が高く、活動での役割も重要であるという傾向がみられた。U ターン者が活動に参加しているという結果はあまりみられなかったが、U ターン者かつ居住年数の長い人が活動を立ち上げるというI ターン者とは違った傾向がみられた。パーソナルネットワークについては多くの結果がみられ、パーソナルネットワークサイズの大きい人ほど積極的に地域文化活動の担い手となっていることがわかった。
著者
金 明秀
出版者
大阪大学人間科学部社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.16, pp.39-56, 1995

本研究は、在日朝鮮人を対象にしたものとしては、初の全国規模のサンプリング調査である「一九九三年在日韓国人青年意識調査」から、本人および父親の教育と職業をとりあげ、その基礎的な分布を紹介する。また、同種の日本人データと簡単な比較をおこない、エスニック・ストラティフィケーションの存在を検討する。結果によると、(1) 在日韓国人の教育達成は、単純集計レベルでは日本人との差異が見られない : (2) しかし上層出身と下層出身とで非一貫的な圧力が示唆される : (3) 親世代の職業構成は圧倒的な比率で自営業に追いやられているのにたいして : (4) 回答者本人の職業構成からは、明確な労働市場の障壁は確認されない。本調査が社会階層の究明を目的としたものではなかったこと、また、純粋に比較可能なデータが存在しなかったことなどのため、以上は今のところ原始的な発見にとどまっている。しかしながら、在日朝鮮人を対象とした実証研究に、はじめて社会階層という概念を導入したことにより、今後の研究の展望を示すとともに、より詳細な調査の必要性を提起できている。
著者
大瀧 友織 Otaki Tomoori オオタキ トモオリ
出版者
大阪大学人間科学部社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.359-379, 2002

現在、離婚の増加や晩婚化・非婚化現象の進行、夫婦別姓を求める声の高まりなど、さまざまな変化が生じており、夫婦関係は分析対象としての重要性を増している。本稿の目的は、身の上相談を資料として、夫婦の日常生活上の問題を歴史的に検討し、夫婦関係の変容をより詳細に捉え直すことである。従来の身の上相談をもちいた研究では、相談内容のみを対象としたものが比較的多いが、本稿では相談・回答をあわせて利用する。相談者が自身の状況のみから悩みを訴えるのに対して、回答者は多数の読者の存在を考慮に入れている。この立場の違いから、悩みごとの捉え方もおのずから異なってくる。そのために、相談者が悩んでいるにもかかわらず、回答者がそれを悩みとして認めないという、「認識のズレ」が生ずる。この「認識のズレ」に着目することによって、相談内容のみを対象としていたのでは検討することができない、夫婦問題に関する認識の微妙な変化を捉えることができる。なぜなら「認識のズレ」の拡大は、それまで見られなかった事象が問題視され始めたことを示しており、逆に縮小は問題に対する新たな認識が浸透してきたことを示していると考えられるからである。本稿では、この「認識のズレ」の変動と、相談内容別のカテゴリーとを合わせて分析することによって、戦後の日本において夫婦関係がどのように捉えられてきたのかを明らかにする。Now various changes occur in man and wife relation, and marital relationship becomes important as an analysis target. A purpose of this report examines problems on daily life of man and wife historically. I use an advice column as a document. In the precedence study used an advice column, there are comparatively many studies that handled only consultation contents. But I utilize both consultation and an answer. A consultation person appeals for a trouble only from the position of oneself. On the other hand, a respondent takes existence of a lot of readers into account. From a difference of a position of a consultation person and a respondent, there is a difference on recognition of a trouble. Therefore "a gap of recognition" occurs. "A gap of recognition" is that a consultation person is troubled, but respondent does not recognize it as a trouble. By paying my attention to this "gap of recognition," I can examine a few changes about man and wife problem. I cannot examine it, if I utilize only consultation contents. I regard expansion of "a gap of recognition" as it became consider to be a problem that it was not a problem till then. On the other hand, I regard reduction of "a gap of recognition" as new recognition for a problem spread. I analyze both change of this "gap of recognition" and category according to consultation contents. And I make clear how man and wife relation has been caught in Japan of after the war.