著者
北 博正
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.50, no.6, pp.372, 1986-06-15

産業革命以降,人間が室内に長時間滞在する機会が多くなった.事務所,学校,劇場,交通機関等々.寒い季節には窓や扉が閉ざされ,密閉環境に長時間滞在する機会はさらに多くなった. このような場合,気分が悪くなり,頭痛,吐き気などの症状があらわれ,当時は群集中毒(crowd poisoning)と称し,この空間中の空気に毒物が存在するのではないかと考えた.ひどい口臭や腋臭などは,思わず呼吸が止まってしまうほどであるから,このように考えるのも無理はない.フランスの有名な生理学者ブラウン・セカール(Brown Séquard 1817〜1894)はこれに着眼し,大量の呼気を集め,化学操作を加え,ついに微量の物質を抽出し,これを動物に注射したところ死んでしまったというので,この物質を人毒(Anthropotoxin)と命名し,人々は大いに恐れたが,追試の結果だれも人毒を取り出すことができなかった.筆者の高校時代(大正末から昭和のひとけた時代),結核の大家として有名だった某大先輩の著書にはまだ人毒が登場し,その対策として換気をよくするよう教えていたのを思い出す.
著者
北 博正
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.729, 1987-10-15

静岡県浜松市の中学校(旧制)の運動会は娯楽の少なかった当時,年間最大の催しごとの一つで,市民は多数見物にでかけた.この際,在校生及び父兄,多数の来賓等にお土産として大福餅が配られるのが恒例となっていた.ある年,運動会が滞りなく終了し,くだんの大福餅は現場で食べた人もあれば,家に持ちかえって家族一同で食べた人も多かった.ところが夜半すぎから,下痢,嘔吐,腹痛,熱発を主症状とする患者があちこちに多発し,医師で発病する人もあり,パニック状態になり,他地区から救護班が派遣されたほどであった. まもなくこの疾病は,サルモネラ属のゲルトネル菌による集団的な細菌性食中毒であることが判明し,適切な対策により一件落着した.
著者
唄 孝一
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.10-14, 1973-01-15

健康権という概念を,独立の熟したことばとしては耳にしたことは必ずしも多くない.そして今,健康権を唱導することに私はたしかにある意欲と使命感とを感じている.しかし,それとともに,この新しいターミノロジーのもとにまた「××権」を一つ加えることに,ある種のシュプレヒコールにあるあの空しさ,とまではいわぬにしても,こういう問題のとり上げ方の必要性に多少の懐疑心をすてきれないこともまた事実である.この二つの,少なくとも外見的には矛盾する自己反応を,ともかくもじっとふりかえりみつめてみよう,そしてさらにこの心象風景を生み出す客観的条件の考究に着手してみよう,これが本稿の趣旨である. 端的にいって,健康権というとき,憲法25条を思い出さない人は少ないであろう.すなわちそれは「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ことを明記しているからである.これは生存権的基本権として注目され,単に法学界だけでなく法律実務上でも,いや国民生活一般の上でかなり論議されまたそれなりに機能してきた規定である.
著者
片山 和子
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.51, no.4, pp.239-245, 1987-04-15

いつの時代にも子どもたちは年ごろになると内から名状し難く沸き上がってくるエネルギーにつき動かされ,たじろいできました.思春期です.性の目覚めが生命感となって外にあふれ,同時に心の奥底まで目を向けようとする内向性も育っていく時期.異性に対して,強い関心と羞恥心が同居し,大人と子どもの狭間で自分をもて余しながら,試行錯誤していく時期でもあります.今までの自分の物差しでは計れない初めての経験に,時に深く傷つくこともありますが,それも純粋さゆえ,といやされて来ました. ところが,この思春期を自分のものとできない子どもたちがいます.彼らは様々な大人の事情の犠牲となったり,"本人のための受験戦争"という名目のために,思春期に表面化するものは管理され,目をつぶらされ,封じ込めようとまでされ,思いっきり大人になるチャンスをつかめないまま時を過ごしていきます.
著者
奥村 彪生
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.76, no.1, pp.6-10, 2012-01-15

世界の中で魚を好んで食べている日本人 日本列島はユーラシア大陸の東端,太平洋北西部に位置する弧状列島で,気候は北は亜寒帯から南は亜熱帯にまで属する.この列島は暖流の黒潮とその分岐流である対馬海流,ならびに寒流の千島海流とリマン海流に囲まれている.そのために地域により気候風土が異なる.したがって地方により獲れる魚介の種類も異なり,豊富である. これらの魚介をいさり(漁(いさ)る:「磯刈る」の約転.または「あさる」の転.魚介をとる.あさる),すなどって(漁(すなど)って)食べ始めたのは,1万年ほど前のことだと言う.
著者
倉恒 弘彦
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.77, no.8, pp.666-670, 2013-08-15

疲労感,倦怠感とは 疲労感や倦怠感は,人間にとって痛みや発熱などと同じように体の異常や変調を自覚するための重要なアラーム信号の1つであり,健康な人でも,激しい運動や長時間の労作を行った場合,また過度のストレス状況に置かれた場合などに,「だるい」,「しんどい」という感覚でそれを自覚し,体を休めるきっかけとなっている. 激しい運動や長時間の作業をしていると,体の細胞レベルではたんぱく質や遺伝子に傷が増えてくる.限界以上に増えると細胞は破壊されるので,傷を修復する必要がある.しかし,活動を続けたままでは細胞内のエネルギーをタンパク質や遺伝子の修復をするために利用できない.そこで,ヒトは疲労感の助けによって休息を取り,体を元の健康な状態に戻しているのである.
著者
伊波 茂雄
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.265, 1977-04-15

11月24日那覇市内で,琉大保健学部宮城一郎教授を学会長とする第29回日木寄生虫学会南日本支部大会で,沖縄県公害・衛生研究所の安里龍二氏は,アフリカマイマイやナメクジなどに宿る広東住血線虫の感染経路等について発表した. その発表によると,昭和45年以降,これまでに見つかった広東住血線虫症患者は11人で,内訳は,経口感染6例,経皮感染1例,不明4例となっている.経口感染した6例はいずれも「ナメクジを食べたら喘息が治る」「アフリカマイマイは腎臓病に効く」などの言い伝えを信じて,生で食べたケースであり,このうちアシヒダナメクジを食べたのが3人,アフリカマイマイ1人,カエルを食べたのが2人いた.感染ルート不明4例があるのに注目し,従来の感染ルート以外のルートについて研究したところ,アフリカマイマイの場合,それ自身を傷つけない限り広東住血線虫がわき出すにとはないが,ナメクジでは死後数時間以内に同虫がわき始め,24時間後には感染幼虫の半数以上がわき出すことがわかった.このことから,野菜に付着したままナメクジが死ぬと,わき出した同虫が生野菜に付着し,それを生で食べることによって,人間に感染する可能性があると考えられる.また,広東住血線虫は水中でも9日間は生存し,生水を飲んでも感染することがありうると発表した.
著者
楠 隆
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.82, no.8, pp.606-610, 2018-08-15

はじめに アレルギー疾患の小児は,病気を抱えながらも,普段の日常生活を病院ではなく,家庭,学校,幼稚園,保育所など病院の外で過ごす.そこには,診察室の短時間の診療では見えてこないさまざまな悩みや問題点がある.これからの小児医療スタッフ,とりわけ小児アレルギーに関わる者には,病院でアレルギー児が受診するのを待っているだけではなく,病院を飛び出して日常生活の中にいる小児を捉え,問題点を抽出し,そこへ介入していく姿勢が必要である.そのためには,医師の診察のみでは不十分である.看護師,薬剤師,管理栄養士,さらには保健師,学校・園・保育所関係者,行政関係者などを幅広く巻き込んだ多職種連携が必要である. 幸い,わが国には,小児アレルギー疾患の専門知識と患者指導のスキルを習得する専門資格である小児アレルギーエデュケーター(pediatric allergy educator:PAE)制度があり,本資格を獲得した医療スタッフが全国で活躍している.本稿では,PAEの活動を軸にして,多職種による小児のアレルギーケアの実態と課題を考察する.
著者
調 恒明
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.82, no.3, pp.238-243, 2018-03-15

はじめに 地方衛生研究所(以下,地衛研)は第二次世界大戦後,GHQ(General Headquarters)の占領下において,わが国における公衆衛生の向上を目的として自治体に設置されたことに始まる.保健所については1937年に最初の保健所法が制定されていたが,日本国憲法下において新たな保健所法が1947年に制定されたものの,地衛研については法制化されていなかった.1948年4月に最初の「地方衛生研究所設置要綱」が国によって発出され,その後,約10年で全ての都道府県に設置された.現在,地衛研は全国の都道府県,政令市に設置されており,一部の特別区,中核市の検査施設も地方衛生研究所全国協議会(以下,地全協)に加盟しているため,地全協の登録機関は83となっている. 直近では,厚生省(当時)は1997年3月14日に厚生省発健政第26号「地方衛生研究所の機能強化について」1)(事務次官通知)によって設置要綱を規定しており,地衛研は「地域保健対策を効果的に推進し,公衆衛生の向上及び増進を図るため,都道府県又は指定都市における科学的かつ技術的中核として,関係行政部局,保健所等と緊密な連携の下に,調査研究,試験検査,研修指導及び公衆衛生情報等の収集・解析・提供を行う」としている.その主な業務は,①調査研究,②試験検査,③研修指導,④公衆衛生情報などの収集・解析・提供である.地衛研の骨格をなす業務は多くの自治体において共通である一方,法律による位置付けがないことから,予算,人員,研究の位置付け,組織体系はさまざまである.地衛研の法的基盤,役割などの詳細については,すでに地域保健法成立20年を記念して本誌において企画された2016年の特集に述べた2). 近年,公衆衛生行政においては科学的根拠が強く求められており,地衛研が提出する科学的データの重要性はますます高まっている.地衛研は地域保健法などの法律で位置付けられることなく今日まで続いているが,「感染症法に基づく検査を都道府県知事が行う」とした2016年4月の感染症法の一部改正は事実上,地衛研の感染症検査業務を法制化したものであり,地衛研の機能強化が図られている. 本稿では,近年,急速に進歩しつつある病原体の遺伝子解析を取り入れた地衛研の新たな役割などについて述べ,また,今後のあり方などについて考察する.
著者
川上 武 上林 茂暢
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.48-49, 1973-01-15

医療制度のゆきづまりを打開するものとして地域保健が叫ばれるようになってきたが,その内容となるとあいまいである.治療,予防,リハビリなどの分野をいかなる原則で結合させるのかは明らかではない. そのなかの予防をとってみると,治療偏重のなかでたえず軽視されてきた.とりあげられる場合にも戦前は軍事的要請が先行したために,予防は住民の関心をひくことなくおわった.しかし,終局的には体制運動の一環をになわせられたにせよ,困難な状況のなかで住民の側にたとうとする保健関係者の努力がうまれてきていたことも事実である.ここではその一人として,小宮山新一の生涯をとりあげてみよう.
著者
嶋村 清志
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.72, no.7, pp.590, 2008-07-15

甲賀市甲南町竜法師には今も現存する「忍者屋敷」があり,私も研修医と訪れることがあります.忍術の極意書「万川集海(ばんせんしゅうかい)」には忍者が薬草を育て,加工し,様々な生薬を創っていたと記されています.地元の山伏や修験者,のちに忍びと言われる者は,町人や商人になって常備薬や護身薬を創り,旅先での生計にあてていました.また,忍薬として飢渇丸,水渇丸,敵を眠らせる薬,眠気をさます薬などの他,様々な救急薬も創られていました. その後,県内各地で「和中散」,「赤玉神教丸」,「万病感応丸」などの薬も創られ,大勢の近江商人たちが道中薬として持ち歩き,その効能が話題を呼び,全国に広まりました.現在も滋賀の家庭薬工業は富山,奈良,佐賀と並んで4大配置用家庭薬生産県として有名です.昭和になって薬業界や配置薬業の発展と製薬技術の発展を目的に,滋賀県薬事指導所(現:薬業技術振興センター)が甲賀市に設置されました.甲賀保健所の研修医には,こういった薬業の歴史を知ってほしいし,薬の安全性を監視している薬業技術振興センターの役割を学ぶというねらいから,薬事研修を積極的にメニューに取り入れています.そしてこの研修の一環として,当保健所管内の製薬会社工場を訪問し,その製造過程を見学することにより,徹底した品質管理の現状を学んでもらっています.臨床の現場で何気なく処方している薬の一錠一錠が,厳格な検査を経て製造されていることを知ってほしいのです.

1 0 0 0 自傷行為

著者
松本 俊彦
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.77, no.6, pp.430-433, 2013-06-15

はじめに リストカットに代表される自傷行為は,今や学校保健における主要な課題の1つとなっている.今日,刃物で故意に自らの体を傷つけるタイプの自傷行為に限っても,中学生・高校生の約1割(男子7.5%,女子12.1%)に自傷経験がある1).そして,中学校に勤務する養護教諭の96.3%,高校に勤務する養護教諭の99.0%が,自傷する生徒に対応した経験があり,そうした経験を持つ養護教諭の大半が,「どう対応してよいか分からない」と感じている1). 本稿では,若者における自傷行為が持つ意味や自殺との関係,そして,予防のあり方について私見を述べさせていただきたい.
著者
上畑 鉄之丞
出版者
医学書院
雑誌
公衆衛生 (ISSN:03685187)
巻号頁・発行日
vol.71, no.4, pp.282-287, 2007-04-15

過労死防止を目的に開設した筆者らのホームページ(http://karoushi.jp/)の相談コーナーには,最近しばしば深刻な現状報告が寄せられる. 事例 1) 29歳男性.9月に転職.現在大手メーカーの工場で経理の仕事をしています.午前9時に出勤.仕事量が多過ぎて処理できないため,帰る時間はほとんど午前1~2時で,毎日の勤務は15時間以上です.平日だけでは仕事が処理できないため,土・日も連続して休日出勤を行っています.11月の文化の日以降は休みなしで働き続けています.1年前に入社した先輩も,1人で処理できない仕事量を与えられ,私同様に残業をし続けています.