著者
幸田 国広
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.50, no.8, pp.20-33, 2001-08-10 (Released:2017-08-01)

本稿は、文学教育における<読み>の問題について、「舞姫」の授業実践を例に考察したものである。今日、一斉授業の行き詰まりから、教師-生徒関係を水平化しようとする情勢の中で、学び手の「個性」が安易に語られる現状が文学の<読み>の問題においてもある。一方、教室では制度的な<読み方>の「文法」が根強く残っている。この双方を射程に入れ、乗り越えるための具体的実践として、「舞姫」という文学作品の内奥に迫るための学習課題を提起し、さらに生徒の<読み>に教師の<読み方>を対峙させていく方法の是非について論じた。
著者
金 榮心
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.46, no.12, pp.12-21, 1997

『源氏物語』において<悪后>とならざるを得なかった弘徽殿女御物語の根源には儒教理念を規範とする<律令秩序体制>がある。その体制は弘徽殿女御の<身体>と<性>を抑圧していくものであった。弘徽殿女御物語の結末も「男」中心の社会秩序に吸収される形になる、しかし、差別・抑圧を経験した弘徽殿女御は呂后のようなエネルギーを持って「男」中心の社会と格闘する。そのような弘徽殿女御物語は光源氏中心ではなく、弘徽殿女御に視点を合わせることによって見えてくるものである。
著者
佐野 正俊
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.59, no.8, pp.57-65, 2010-08-10 (Released:2017-08-01)

本教材の物語としてのおもしろさを読んでいく、という五十嵐淳の教材研究に厚みを加えることを期して、「彼女」の物語を入れ籠とする<語り>が生成する「僕」の物語をあぶりだし、そのことによって「バースデイ・ガール」の教材価値をさらに引き出すことを試みた。これらのことは、登場人物の像の分析と総合を繰り返す「形象よみ」では行えない。なぜなら、登場人物の像を帰納法的に抽出し、登場人物が「象徴するもの」を読む「形象よみ」では、登場人物の出来事を読むことはできるが、小説の<語り>が生成する「僕」の物語を読むことはできないからである。小説の教材研究は、<語り>の仕組みに沿って行われるべきであると考える。
著者
堤 邦彦
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.54, no.10, pp.2-12, 2005

女人蛇体といった説話・伝承のモチーフの変遷を、古代アニミズムの伝承や中世の仏教唱導を出発点に追尾しながら、近世文芸のなかに、そうした題材が固定化するまでの展開史を明らかにしたもの。とりわけ中世唱導文芸を苗床とする『法華経』竜女成仏説話型の蛇身譚が、女性の嫉妬や心の奥底の邪念を戒める説話に援用され、さらに江戸の倫理啓蒙思想、女訓文芸とからみながら怪異談の素材に姿を変えるさまを考察する。
著者
岩原 真代
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.46-55, 2011

<p>京極邸再興の意義を住環境の表現から検証する。仲忠は通常、為政者達の政治的バランスを保つ仲媒者として働き、他者のために「しつらふ」ことで整備調整を図る。これは、京極邸再興の賛意を取り付ける社会的環境や土壌を築くために不可欠であり、秘琴伝授が持つ公共性をも浮き彫りにする。また、宮邸としての京極邸の住環境整備は、いぬ宮の系譜を皇統との接点まで遡及・回帰させた上で、現皇統との融和を祈念するという、俊蔭一族の志向性を示している。</p>
著者
中村 三春
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.33-42, 1992-02-10 (Released:2017-08-01)

<書くこと>について書くことを一貫して課題としてきた金井美恵子の言説は、文芸の根幹をなす虚構についての原則論的な追求を核心としている。発条を失った私小説的風土にあって、虚構についての究極の洞察を示す金井の文芸様式は、虚構を論ずる際に決して避けて通ることができない。本稿は、初期の短編「兎」(一九七二・六)の<額縁構造>を焦点とし、虚構を<読むこと>へとシフトしつつ、金井文芸を論じたものである。
著者
畑 恵里子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.62-71, 2010

王朝物語に見られる「さとし」とは、単なる利発さをいう言葉ではない。それは、物語世界を牽引することとなる主人公格に相当する成人前の人物が、生来有している比類なき霊的資質を指しているのであり、その聖性のもとに溢れ出す成長の可能性を内包している。通常の人間をはるかに超えた霊的資質からは、物語世界を左右する特異能力の萌芽さえ予感される。『うつほ物語』の俊蔭一族の秘琴伝授や『落窪物語』の落窪の女君の縫製能力を中心に、『源氏物語』の光源氏と紫の上も含めて、王朝物語における「さとし」のはらむ聖性を探り、王朝物語の主人公像の一端を検証した。
著者
中村 三春
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.1-16, 1997-04-10 (Released:2017-08-01)

『定義』は冒頭に百科事典からの引用文を置きながらも、指示の不可測性、表意体(シニフィアン)の戯れ、反復表現による意味内容の無化などの領域に読者を引き込み、<定義>を不可能にしてしまうパロディである。しかし、それは単なるニヒリズムではない。『魂のいちばんおいしいところ』などを補助線とすれば、そこには言葉がメッセージ伝達の機能ではなく、コンタクト(接触)の回路を敷設することによって、人と人との間の繋がりを築くことの信念が読みとられる。
著者
小二田 誠二
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.50, no.12, pp.31-39, 2001

近世に写本で流通した実録は、近代以降、「歴史ではなく文学・小説」とされてきた。しかし、個人の責任において固定されたテクストを他者として読む読本などの小説と、共同体が出来事を解釈してテクストを流動させる実録とでは質的に大きな隔たりがある。実録の、本文の流動性と固定化、作者の不在、という特徴を手がかりに、印刷文化の普及した時代に写本で流通した事実の位相を考察した。
著者
島内 景二
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.61, no.5, pp.22-32, 2012-05-10 (Released:2017-11-02)

平安時代に書かれた『源氏物語』の文体と世界観は、長く日本文化の規範とされた。ただし、新しい日本文化を創造するためには、『源氏物語』の限界を乗り越えねばならない。本居宣長の「もののあはれ」や、三島由紀夫のヤマトタケル讃歌は、『源氏物語』に欠けている荒々しい側面を「古代」としてイメージしたものである。彼らの古代に対するイメージは、『源氏物語』から作られ、『源氏物語』を守り、補強するためのものだった。
著者
菊地 庸介
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.41-51, 2002

本稿では、近世から明治初期にかけての講釈を見る直接的な資料として講釈の台本(そのうち点取り本)に注目した。点取り本は演者が講釈の要所要所を記し、符号を多用することが大きな特徴である。さらに、点取り本『義士銘々伝』の種となった実録を特定し、実録から講釈へという、変化を分析した。これらのことを通じ、文字によって表現されていたメディアが声によるメディアへと変換される一例の様相を考察した。
著者
白戸 満喜子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.46, no.10, pp.42-50, 1997

二代目松林伯円が口演した講談『安政三組盃』に登場する津の国屋お染は、漂流という偶然によってではあるが、日本開国以前の安政六年に女性で初めてハワイの地を踏んだとされ、このことは事実として語られている。しかし、お染が描かれたとされる浮世絵の版行年と伯円講述の『安政三組盃』の粗筋を照合すると、お染漂流の事実には矛盾が生じる。お染という女性は明治の寄席芸が創り上げた架空の存在であると推定されるのである。
著者
本宮 洋幸
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.11-20, 2008

『うつほ物語』の長篇性を根幹で支えるのは俊蔭の遺言である。遺言を含め予言は物語の長篇的構造の骨格となるが、『うつほ物語』の遺言は物語の長篇化に伴って立ち現れてくる論理により、遺言それ自体にズレを生じさせるという特徴をもっている。本論は、俊蔭の遺言で示された特殊な二琴のうちの一つ「南風」が、物語の終焉を前に「細緒風」に改変される問題を取り上げ、物語全体からそのすりかえの論理を明らかにしようとするものである。