著者
河﨑 信樹
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.221-247, 2009-02-03

本稿の課題は, 近年におけるアメリカの民間部門による対外援助の動向を, 特に財団の活動を中心に分析することである. アメリカにおいては, 民間部門が文化・芸術, 社会保障など様々な分野で大きな役割を果たしている. 対外援助の分野も例外ではない. G・W・ブッシュ政権の下でアメリカの政府開発援助(ODA)は激増したが, 政府部門の分析のみではアメリカによる対外援助の全体像を明らかにすることはできない. 本稿では, 冷戦の終焉や「同時多発テロ」の発生といった国際情勢の変化の中, 財団を含むアメリカの民間部門による対外援助がどのように推移していったのかについて明らかにする. 特に, 対外援助に積極的に取り組んできた代表的な財団であるフォード財団(The Ford Foundation)の1980年代後半以降の活動を, 援助資金が重点的に配分されたプログラム分野の変遷に著目し, 検討していく.
著者
赤川 学
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社会科学研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.81-95, 2006

読売新聞「人生案内」欄を素材として,「資料に向かい合う作法」としてのセクシュアリティの歴史社会学を実践する.第一に,1935~95年に掲載された身上相談を,見田宗介が用いた分類を修正しつつ,10年おきに量的分布の変遷を調べた.恋愛と結婚に関する悩みは漸減する一方,自己の性格や心に関する悩みが増加していた.第二に,性に関する悩み(身下相談)は,どの時期にもみられる「普遍的な悩み」,処女・純潔のように,ある時期以降消失する「可変的な悩み」,親密なパートナーとの関係に発生する「関係性の悩み」,自己の身体や性的欲望に関連する「個体性の悩み」等に分類される.第三に,身下相談では女性投稿者の比率が漸増しており,そこでは,「関係性の悩み」が突出して語られやすい.逆にいえば性を,自己の身体や欲望に関連づけるような語りが,隠蔽される傾向が確認された.
著者
宇野 重規
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社会科学研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.89-108, 2013

本稿は、「リベラル・コミュニタリアン論争」の歴史的再評価を行うものである。サンデルをはじめとするコミュニタリアンは、ロールズに対し「負荷なき自我」の概念をもって批判を加え、これに対しロールズも一定の譲歩を行ったとされる。しかしながら、その後もサンデルは、選択の自由を自己目的化することは、有徳な市民の涵養に対して否定的な効果をもつだけでなく、さらにリベラリズムの精神的基盤そのものを掘り崩すとして、ロールズへの批判を続けた。本稿はこのようなサンデルの批判を分析する一方で、はたしてそのような批判がロールズの『正義論』の本質を捉えたものであるかを再検討する。デモクラシーを自己制御するための原理を、超越的な理念に頼ることなく、あくまで多様な個人を抱えるデモクラシー社会の内的な「均衡」によって導こうとするロールズの理論的意義は、サンデルらの批判によっても否定しえないというのが本稿の結論である。特集 社会科学における「善」と「正義」
著者
齋藤 民徒
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社会科学研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.83-112, 2005

本論文では,国際人権法の近時の研究動向を「文化」という切り口からレビューする.(1)国際法研究において「文化」を語る意義がどこにあるか,(2)国際人権法とりわけ人権条約研究において「文化」を具体的にどのように語りうるか,という2つの課題を軸に近時の諸研究を概観することを通して,国際法学において「文化」概念が持ちうる可能性と問題点とを探究する.具体的には,これまでの国際法学・国際人権法学において,どのように「文化」が捉えられてきたか,従来の研究に批判的検討を加えた上で,「文化としての人権」や「文化としての条約」といった人権条約の重層的構築の様々なレベルに位置づけながら近時の各種研究を整理する.これらの作業を通じて,本論文は,「文化としての国際法」を語りうる方法としての文化概念,すなわち,国際法実践と国際法学を通じた法的世界像の構築を1つの地理的・歴史的な文化的営為として把握しうる再帰的な文化概念を近時の研究動向に見出し,今後の国際法研究に繋げることを試みる.
著者
小林 友彦
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社会科学研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.54, no.5, pp.81-106, 2003-03-31

「国際法と国内法の関係」に関する学説の長期的な展開過程を追跡し,その蓄積と今日的意義を明らかにする.なお,国別・法系別に論じる必要がありうることに配慮し,特に国際法と日本法の関係に焦点を当てる.I.では,実行を概観する.一貫性を維持しつつ現代的法現象にも対応するために,基礎概念の再検討が必要となることが確認される.II.では,いくつかの基礎概念に関する日本の学説展開の軌跡と蓄積とを跡付ける.その結果, (1)体系間関係, (2)国内的効力, (3)国内的序列, (4)直接適用可能性に関する理論の発展には連続性があり,それらの総合的に把握し再構成させうることが示される.III.では,包摂的理論枠組みの試論として「部分連結する多重サイクル」モデルを提示する.合わせて,(1)「多元的構成」の再考,(2)国内的効力概念の再定位,(3)国家責任論との関係の再検討,という今後の研究課題を提示する.This article traces the doctrinal developments on the relationship between international law and Japanese law back to the 19th century, and then clarifies its contemporary significance. Part I of the article identifies current practical difficulties surrounding the topic, arising from the accelerating globalization and transnationalization, and stresses the urgent need to review some of the traditional key concepts for solving these difficulties. Part II gives a long-term process analysis of the developments in Japan of doctrines on the relationship between international law and domestic law. The analysis confirms substantial issue linkage in continual flow of debates as well as plenitude of theoretical achievements during inter-war period. Part III attempts to show a comprehensive framework for the organic integration of related concepts. Finally, three specific solutions are proposed in response to practical demands.
著者
塩川 伸明
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.25-49, 2016-02-25

特集 ケインズとその時代を読むⅡ
著者
塚谷 文武
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.59, no.5, pp.141-161, 2008-03

雇用税額控除(Work Opportunity Tax Credit)は,アメリカ連邦政府が定める「経済的困窮者」(economically disadvantaged person)や,「障害者」(disabled person)を雇用する雇用主に対して,支払った賃金の一部について企業の税額から税額控除を認める制度である.WOTCは,1990年代アメリカの福祉再編過程において,就労を促進することで自立を促す福祉改革の一環として導入された.1996年福祉改革において拡充された勤労所得税額控除(EITC)が福祉受給者の就労を促進する一方で,WOTCは雇用主に対して福祉受給者を雇用するインセンティブを与えていた.税制を通じた雇用促進へのインセンティブ策は,小売業,ホテル・モーテル業などの労働集約型産業への就労を促進する効果をもっていた.WOTCが機能するうえでは,Goodwill Industriesのような地域サービスプロバイダーが,雇用主,福祉受給者を労働市場において結びつける重要な役割を果たしていた.今後,これら3者の関係の全体像を提示することで,アメリカ的な福祉改革のより具体的な姿が明らかにされるであろう.
著者
花田 真一
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.111-137, 2011

本論文は銭湯産業を事例として産業サイクルに応じた政策の必要性を論じたものである. 特に本論文では銭湯産業の距離規制を取り上げ, 政策が残ることによる産業に対する影響を考察している. 推定手法としては, 個々の銭湯を中心とした市場を設定し, ロジット推定を用いて閉鎖確率に対してさまざまな要素が与える影響を分析した. その結果, 確かに競争店舗数が増加することは他の条件を一定とすれば閉鎖確率を上昇させるが, 銭湯産業においては需要の高い地域に立地することによって閉鎖確率が下がり, 両方の効果を併せると需要の高い地域に立地することによる閉鎖確率低下の効果のほうが高いため, 距離規制は需要を取り込むことを制限する弊害のほうが高い可能性が示唆された.This paper argues that the government should synchronize its policy with the industry life cycle. To support this argument, I focus on the Public Bath industry (Sento in Japanese) data to evaluate the impact of distance regulation at the decline stage of industry life cycle. I use the Logit model to calculate how the number of competitors and area demand affect the exit probability. From estimation results, I find that the effect of competitors is smaller than that of area demand. These results suggest that in the Sento industry, distance regulation may inhibit the concentration of firms in high demand area and decrease industry size.
著者
加瀬 和俊
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.141-184, 2005-02-07

本稿は中高等教育修了者の就職状況が著しく悪化し,すでに就職していた官公庁・民間企業の職員層の解雇も増加した状況の下で,1929年度から開始された小額給料生活者失業救済事業について,その立案過程・実施過程の特徴を実証的に検討したものである.本稿の分析の結果,失業職員層を対象としたこの事業は,日雇失業者を対象とした失業救済事業とはその内容・性格が大きく異ならざるをえなかったことが明らかになり,失業対策を労働者の階層性,労働市場の分断性を考慮せずに論じることはできないことが確認できた.また,結果的に見れば,失業問題打開のために中高等教育修了者数を減少させよとする財界の主張が実現せず,日中戦争前後の景気回復の中で職員層失業問題がなし崩し的に解消されたのであるから,この事業は客観的には,職員層の失業問題の深刻化を部分的に抑えつつ,景気回復までの時間稼ぎの意味を持ったと位置付けることができる.
著者
武内 進一
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.55, no.5, pp.101-129, 2004-03-19

独立直前の「社会革命」と1990年代の内戦というルワンダにおける2つの紛争を比較し,後者がジェノサイドヘと至ったメカニズムを考察する.2つの紛争はいずれも国家権力闘争に発する内戦であり,それがエスニックな紛争へと転化した点で似ているが,犠牲者の数は圧倒的に異なる.ジェノサイドが可能になったのは,権力喪失の危機感を抱いた急進派が特定のエスニック集団の殺戮を正当化するイデオロギーを流布し,かつ地方行政機構をはじめとする国家機構を動員して民間人の殺戮を実践したからであった.こうした国家機構を通じた動員は,独立後冷戦下に存立した国家のあり方に由来する.国際環境の変化がこうした国家を脆弱化させて紛争を引き起こす一方,従来の体制下で成立した動員システムを急進派が利用し,組織的な暴力が行使されたためにジェノサイドに至ったといえる.
著者
水町 勇一郎
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.125-152, 2011

本稿は, パートタイム労働者, 有期契約労働者, 派遣労働者等の非正規労働者と正規労働者の間の待遇格差をめぐる法的取扱いについて, 比較法的な観点から分析を行い, 日本の立法論・解釈論に対する示唆を得ることを目的としたものである. 特にここでは, 正規労働者と非正規労働者の平等取扱いについて先進的に規制を行ってきたフランスと, 判例・学説による議論の蓄積が豊富なドイツを分析対象とし, そのなかでも鍵を握る概念である, 非正規労働者の不利益取扱いを正当化する「客観的な理由(合理的な理由)」に焦点をあてて考察を深めた. そこからは, ①パートタイム労働者, 有期契約労働者, 派遣労働者などの非正規労働者をめぐる問題を一体として捉え, 総合的・連続的に対策を講じることが重要である, ②「合理的な理由のない不利益取扱い(差別的取扱い)の禁止」という法原則を導入し, 「合理的な理由」の判断において実態の多様性を取り込んだ柔軟な判断をすることが適当である, ③日本的な特徴といわれているキャリアや勤続年数の違いなどはフランスやドイツにおいてもこの法原則のなかで考慮に入れられており, この法原則を日本に導入することを困難とする特殊な事情とはいえない, ④この法原則(「合理的な理由」の判断)のなかに労使合意の重要性を取り込むときにはその危険性や正統性についての考慮が必要である, といった示唆が得られた.The purpose of this article is to analyze the legal principles on the equal treatment between regular workers and non-regular workers (for example, part-time workers, fixed-term contract workers and temporary workers) and to have some lessons to Japan from the viewpoint of comparative study of law. Especially, it focuses on the contents of the objective grounds to justify different treatments between regular workers and non-regular workers in French Law and German Law. Through this work, we can observe the flexibility of the application of the legal principles on the equal treatment between regular and non-regular workers to adapt them to various situations of these workers. These analyses give some important lessons to the political and/or theoretical discussions on the revisions of the Part-Time Work Act, the Worker Dispatching Act and the formulation of a Fixed-Term Labor Contract Act in Japan.
著者
中里 透
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.55-69, 2005-02-07

本稿では1990年代に財政赤字の拡大が生じた理由について,政治的環境の変化に留意しつつ検討を行なった.本稿の分析によれば,現実の財政赤字の相当程度はこの間に日本経済に生じたショックに対する適切な反応(課税平準化)の結果としてとらえられるが,課税平準化のもとでの「最適な」赤字の水準と比較した場合に現実の財政赤字はなお過大なものとなっており,経済的要因以外の理由によって財政赤字のさらなる拡大が生じた可能性が示唆される.財政赤字と政治的環境の関係を扱った一連の研究によれば,連立政権への移行や政権基盤の脆弱化が財政赤字の拡大につながる可能性があることから,「過大な」財政赤字を政治的要因によって説明する推定を行なったところ,内閣支持率や衆議院における自民党議席率が「過大な」財政赤字と有意な負の相関をもっていることが確認された.この推定結果は90年代に生じた政治的環境の変化(連立政権への移行と政権基盤の脆弱化).と財政赤字の拡大の間に一定の関係があることを示唆するものである.
著者
飯田 高
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.23-48, 2016-03-31

特集 社会規範と世論の形成
著者
河合 正弘 島崎 麻子
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.145-169, 2003-01-30

近年,日本おいて地域通貨制度(community currency systems)が急増しており,かつ多数の非営利組織(NPO)がこの制度の導入を検討している.日本の地域通貨制度の多くは,経済的,経済外的なメリットの追求をめざして導入されてきた.その歴史がまだ浅いことから,地域通貨が参加者や参加コミュニティーに与えてきた経済的なyリットを測定することは現時点では困難だが,この制度は地域社会における互恵的な,市場では取引されにくい財・サービスの取引を通じて,人的交流や相互扶助の精神を深め,ボランティア活動・環境保護活動の促進など経済外的なメリットをもたらしてきたといってよい.地域通貨制度は,コミュニティー・レベルでの結束,連帯,ネットワーク強化など地域的な「社会資本」を作り出す上で有用な道具となる可能性を持っている.公共政策的な観点からは,地域通貨制度は国民経済全体に対して,少なくとも初期の段階においては重大な影響を与えるものではない.地域通貨制度は現状の規模を極めて大きく上回らない限り,一国の経済運営にとって脅威となることはなく,中央・地方政府は支援することはあっても,それに歯止めをかける目的で干渉すべきではない.