著者
玉井 義浩
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.5, pp.87-106, 2006-03-30

現実の報酬支払契約の多くは,純然たる「成果連動型報酬」ではなく,低位の成果に関しては固定的な「基本給」を支払う,という形態をとる.このような,固定給と変動給の組み合わせによる報酬契約を従来の標準的なプリンシパル・エージェント問題の次善解として導出するには努力と成果の間の確率的関係に特殊な仮定(尤度比が下方の成果に関して一定となる)が必要である.これに対し本稿は,エージェントが,確率分布そのものがよくわからないという意味での,より高次の不確実性(ナイト流不確実性)に直面し,epsilon-contaminationと呼ばれる複数の確率分布から成る集合についてのMaximinの期待効用の最大化を図る場合には,より一般的な主観確率分布に関して下方に硬直的な報酬契約が次善解として自然に導き出されることを示したものである.エージェントが抱くナイト流不確実性の度合いが強まるほど,固定給の対象となる成果の範囲が広がる一方,変動給部分の賃金増加率は高まる,という結果が得られる.
著者
馬場 健一
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.5-38, 2007-02-20

近年連続的に実施された, 戦後初めての日本の裁判官報酬の減額は, デフレ状況下における国家公務員給与の引き下げに連動した施策であった.憲法は在任中の裁判官の報酬の減額を無条件に禁じており, 憲法違反の可能性があったにもかかわらず, この減額措置はそれほど大きな抵抗を受けることなく実現し, この問題に対する社会的関心も低い.しかし, 明白な禁止規定をもちながら裁判官報酬の引き下げが簡単に認められる, 日本の法律解釈と実務は, 比較法的にみてかなり特異なものである.またこうした現実の背景には, 最高法規として英米法型の憲法を戴きつつ, 現実の司法機構においては憲法の理念とは必ずしも一致しない大陸法型の運用が続いているという統治体制のねじれの問題がある.この事件は, 日本における裁判官制度や司法のかかえる課題や, 法の支配の脆弱さを示す事例であるといえる.しかしそこからは逆に, 改革の時代における可能性の萌芽や長期的展望をも見いだすことができるように思われる.
著者
中里 透
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.55-69, 2005-02-07

本稿では1990年代に財政赤字の拡大が生じた理由について,政治的環境の変化に留意しつつ検討を行なった.本稿の分析によれば,現実の財政赤字の相当程度はこの間に日本経済に生じたショックに対する適切な反応(課税平準化)の結果としてとらえられるが,課税平準化のもとでの「最適な」赤字の水準と比較した場合に現実の財政赤字はなお過大なものとなっており,経済的要因以外の理由によって財政赤字のさらなる拡大が生じた可能性が示唆される.財政赤字と政治的環境の関係を扱った一連の研究によれば,連立政権への移行や政権基盤の脆弱化が財政赤字の拡大につながる可能性があることから,「過大な」財政赤字を政治的要因によって説明する推定を行なったところ,内閣支持率や衆議院における自民党議席率が「過大な」財政赤字と有意な負の相関をもっていることが確認された.この推定結果は90年代に生じた政治的環境の変化(連立政権への移行と政権基盤の脆弱化).と財政赤字の拡大の間に一定の関係があることを示唆するものである.
著者
篠原 敏雄
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.60, no.5/6, pp.45-80, 2009-03-23

本論文は, 我が国の基礎法学における重要な理論的潮流である「市民法学」の観点から, 「市民」像および「市民社会」像に関して, 従来の論点を一層理論的に考察することを目的とする.第一章においては, 「市民法学」における「市民」像を, 個人と共同体との関連に関する三つの類型に即して, 明らかにする. そして, 現代では, 第三番目の類型こそ, 「市民法学」における「市民」像に適合的であるということを論ずる. 第二章においては, 「市民法学」における「市民社会」像を, 第一に, 平田清明市民社会論, 第二に, へーゲル市民社会論, 第三に, 市民法学としての川村泰啓法学, に即して検討し, 市民社会論の持つ法律学的射程の広大な領野の在りようを考察する.
著者
仁田 道夫
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.3-23, 2011
被引用文献数
2

日本における非正規雇用問題は複雑だが, その現状を適切に把握するには, 非正規雇用・就業の多様性に着目し, それら雇用・就業形態相互の関係を明らかにすることが必要である. すなわち, 1)自営業セクターが縮小し, 非正規雇用が拡大したというこの間の変化は, 雇用・就業における格差の拡大というよりは, 格差の形態変化と見るべき部分が少なくないこと, 2)2001年前後における統計上の非正規雇用急増の一部は, 調査票の変更による過大評価であること, 3)パート・アルバイトなど短時間就業中心型の非正規雇用と異なるフルタイム型非正規雇用として契約社員・派遣社員の割合が高まっていることなどを指摘する. そして, 政策上喫緊の課題となっているのは後者の契約社員・派遣社員グループであり, その処遇をいかに改善していくかが重要である. そのために, 最低賃金制度を活用する可能性を示唆する.This paper deals with non-regular employment in contemporary Japan. It is critical to understand complex structures of employment categories in the labor market and properly grasp the relationships among those categories. It reveals: 1) Increase of non-regular employees is in large part the results of declining self-employed sector. 2) Sudden rise of the share of non-regular employees in 2001 is partly due to a change of questionnaire in key employment statisitics, 3) The share of fulltime-type non-regular employees such as 'limited-term contract workers'or agency temporary workers is increasing compared to the parttime-type non-regular employees such as 'Paato'or 'Arubaito'. The policy focus should be on the former type. The paper suggests that one option to improve the conditions of those new type of non-regular workers could be revision of minimum wage system.
著者
鶴 光太郎
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3/4, pp.99-123, 2011-03-15

所得格差拡大の要因については, 高齢化の進展, 単身世帯の増加など世帯の「見かけ」の動きを強調する議論もあるが, 若年層での格差拡大は目立ってきており, 非正規雇用, 特に有期雇用の拡大と関連している. 有期雇用労働者が直面する格差には賃金, 教育訓練などの「処遇の格差」, 「雇用安定の格差」, 「セイフティネットの格差」があるが, こうした格差の縮小のためには, 契約終了手当・金銭解決導入等の雇用不安定への補償や「期間比例の原則」への配慮によって, 雇用安定と処遇の格差の一体的な解決を目指すべきである. また, 有期雇用, 無期雇用, 両サイドで多様な雇用形態を創出し, 連続的に繋がるような仕組みを構築することが重要だ. さらに, 格差問題への政府の積極的な関与も期待されているが, 「必要な人に必要なサポート」を原則に, 最低賃金の引上げなどよりも低所得者の・社会保険料等の負担軽減を目的とした給付付き税額控除で対応するべきである.
著者
仁田 道夫
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3/4, pp.3-23, 2011-03-15

日本における非正規雇用問題は複雑だが, その現状を適切に把握するには, 非正規雇用・就業の多様性に着目し, それら雇用・就業形態相互の関係を明らかにすることが必要である. すなわち, 1)自営業セクターが縮小し, 非正規雇用が拡大したというこの間の変化は, 雇用・就業における格差の拡大というよりは, 格差の形態変化と見るべき部分が少なくないこと, 2)2001年前後における統計上の非正規雇用急増の一部は, 調査票の変更による過大評価であること, 3)パート・アルバイトなど短時間就業中心型の非正規雇用と異なるフルタイム型非正規雇用として契約社員・派遣社員の割合が高まっていることなどを指摘する. そして, 政策上喫緊の課題となっているのは後者の契約社員・派遣社員グループであり, その処遇をいかに改善していくかが重要である. そのために, 最低賃金制度を活用する可能性を示唆する.
著者
河合 正弘 島崎 麻子
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.145-169, 2003-01-30
被引用文献数
1

近年,日本おいて地域通貨制度(community currency systems)が急増しており,かつ多数の非営利組織(NPO)がこの制度の導入を検討している.日本の地域通貨制度の多くは,経済的,経済外的なメリットの追求をめざして導入されてきた.その歴史がまだ浅いことから,地域通貨が参加者や参加コミュニティーに与えてきた経済的なyリットを測定することは現時点では困難だが,この制度は地域社会における互恵的な,市場では取引されにくい財・サービスの取引を通じて,人的交流や相互扶助の精神を深め,ボランティア活動・環境保護活動の促進など経済外的なメリットをもたらしてきたといってよい.地域通貨制度は,コミュニティー・レベルでの結束,連帯,ネットワーク強化など地域的な「社会資本」を作り出す上で有用な道具となる可能性を持っている.公共政策的な観点からは,地域通貨制度は国民経済全体に対して,少なくとも初期の段階においては重大な影響を与えるものではない.地域通貨制度は現状の規模を極めて大きく上回らない限り,一国の経済運営にとって脅威となることはなく,中央・地方政府は支援することはあっても,それに歯止めをかける目的で干渉すべきではない.
著者
宮島 良明
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.147-163, 2008-03

かつて,日本選手権7連覇の栄光に輝いた新日鐵釜石ラグビー部は,2001年4月,地域密着型をめざしたグラブチーム「釜石シーウェイブスRFC」として生まれ変わった.クラブ運営上の課題を抱えつつも,「行政」「地元企業」「市民」によるサポートの小さな「芽」は萌え,その環が少しずつ広がりつつある.釜石にとって,今も昔も「ラグビー」は地域の「希望」であることに違いはないようだ.「新日鐵釜石」時代には,ある種の「あこがれ」や「誇り」が「希望」の源泉であったが,クラブ化後も,釜石シーウェイブスRFCが,より現実的な「実感」に基づいた「希望」を地域にもたらすようになったからである.
著者
堀内 勇作 名取 良太
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.5, pp.21-32, 2007-03

1994年に衆議院議員選挙(以下,衆院選)制度改革が実施された当時,小選挙区制の導入によって二大政党制(少なくとも選挙区レベルでは2人の有力候補者が議席を争う状況)の実現が,将来的に期待された.しかし4回の選挙を経験した現在においても,小選挙区における有効候補者数は必ずしも2へと収束していない.先行研究においては,その要因を解明する上で,新しく導入された選挙制度が比例代表制を並立させた制度であることの戦略的帰結に焦点を当ててきた.これに対して本論文では,地方レベルにおける選挙制度の効果に焦点を当てる.都道府県議会議員選挙(以下,県議選)では,定数1〜18の単記非移譲型選挙制度が採用されている.このため,地域によっては衆院選の選挙区と県議選の選挙区の定数の間に不均一が生じることになる.衆議院議員と都道府県議会議員の戦略的相互関係を仮定する限り,この不均一は,衆院選の小選挙区における政党間(候補者間)競争に影響を及ぼすであろう.具体的には,県議選の選挙区定数が多いほど県議選の有効候補者数が多くなり,その結果,衆院選の有効候補者数も増加すると考えられる.本論文では,同仮説を演繹的に導出した上で,衆院選の選挙区別集計データを用いて同仮説の妥当性を検証する.
著者
安部 圭介
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.49-80, 2005-03-30

同時多発テロ後のアメリカにおいてはさまざまな面で市民的自由が切り詰めら札「法の支配」が根本から掘り崩される事態が生じている.諸々の手続や処分が秘密裡に進められる傾向が強まり,外国人に対する差別的な取扱いも横行しつつある.「法の下の平等」というアメリカ的価値の基盤にも罅が入りはじめている.このような中,2004年の合衆国最高裁判決Rasul v. Bushは,アフガニスタンなどで身柄を拘束された後,キューバ国内の米軍基地に移送され,弁護士の援助も裁判所へのアクセスも認められなしまま施設に収容されていた「敵性戦闘員」らに人身保護請求を提起する権利を認めた.権力に対する法的歯止めの必要性を否定するかのようなブッシュ政権の対応に警告を発したものであった.他方,他の分野や下級審の動きに目を転じれば,外国人の取扱いをめぐって裁判所や裁判官の間に意見の対立があることもまた見て取れる.アメリカにおける「法の支配」は今後,同時多発テロの衝撃から緩やかに立ち直り,裁判官らの紡ぎ出すさまざまな判決に彩られながら,長い時間をかけて織り成され続けてゆくものと思われる.
著者
小杉 礼子 堀 有喜衣
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.5-28, 2004-01-31
被引用文献数
1

これまで様々な論者によって研究が進められてきた「フリーター」は,主として「残業のない正社員なみ」に働いている若者が多く含まれていた.こうした若者を本稿では「中核的」なフリーターと位置づけ,「あまり働いていない」者を「周辺的」フリーターとし,さらに「働いていない」者を「無業」として,その現状と問題を明らかにした.政府統計を用いた分析によれば,(1)「周辺的フリーター」はおよそ35万人,無業者はおよそ80万人と推計される(2)90年代後半以降,非在学・非家事の「無業」が増加している,という傾向が見られた.また都道府県別に失業と無業の関係をみたところ,若年男性では雇用情勢の厳しい都道府県で無業化していたが,女性については家事従事者が増加するためはっきりした相関が見られなかった.こうした「周辺的フリーター」の増加に対して,すでに就業支援を行っている機関に対してインタビューを行い,若者に対する認識と,その認識に基づく支援の論理の構築を探った.インタビューによれば,これらの諸機関の活動はそれぞれの範囲では十分機能しているものの,しばしば限定的な支援を正当化する論理へと帰結しているという問題が見出された.今後は,これまで十分に注目されてこなかった「周辺的フリーター」の現状把握と,若者から信頼される支援のさらなる構築が求められる.