- 著者
-
秋山 英治
- 出版者
- 日本語学会
- 雑誌
- 國語學 (ISSN:04913337)
- 巻号頁・発行日
- vol.52, no.1, pp.79-80, 2001-03-31
四国北部諸方言アクセントの成立については,金田一春彦氏に代表される従来の研究では,『類聚名義抄』の体系を祖体系とし,そこから諸方言が成立したと考えられてきた。この従来の説に対して,上野善道氏は,第1類が有核型の方言の変化をうまく説明することができないことなどの問題点を指摘し,従来高平調といわれてきた高起系列の〈式〉を〈下降式〉と置きかえるという祖体系案を立てた。これらの説とは別に,ダウンステップという現象を導入し,『類聚名義抄』より一段階前の祖体系を再構したのが松森晶子氏である。しかし,松森晶子氏の説には,祖体系として一つの型に山が二つある型を認めていること,接触によって変化が起きたと考えられる方言が取りあげられていることなどの問題点がある。そこで,これらの問題点を解決するために,四国北部において〈式〉を有する代表的な地点の調査を行った結果と従来の報告をあわせてみたところ,類別体系としては4タイプに分けられる四国北部諸方言が〈式〉としては五つのタイプに分けられること,従来観音寺型といわれていた地域に向かって丸亀型が西に広がってきていること,松森晶子氏が指摘しているように「讃岐式」諸方言で3拍名詞第5類が二つの型に分かれていることなどが明らかになった。そして,これらの特徴をふまえ,『類聚名義抄』で「平平」「平平平」と注記された音調型を〈下降式〉無核型とし,そこに〈平進式/下降式/上昇式〉の三つの〈式〉を想定するという祖体系私案を立て,諸方言の成立過程を述べた。三つの〈式〉を想定することによって種々のタイプの〈式〉の変化を,また「讃岐式」諸方言の3拍名詞第5類の二つの型について高松市方言の状況をふまえることによって,語音環境の違いによって分かれたと考えられる。さらに,従来「低平調」と推定されてきた音調型を〈下降式〉と想定することによって,中世京都方言で起きた変化を説明することができると考えられる。このことは,この祖体系私案が,四国北部諸方言のみならず近畿諸方言,そして日本語諸方言の祖体系となる可能性を秘めていることを示唆する。