著者
脇山 真治
出版者
一般社団法人 芸術工学会
雑誌
芸術工学会誌 (ISSN:13423061)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.27-34, 2014 (Released:2018-12-03)

スプリット・スクリーンとはひとつの画面を任意に分割して、複数の映像を組み込んだもので、映画表現の様式のひとつとして考案された。これはマルチ映像の一種でありながらマルチ映像史の中での位置づけは明確でない。本研究は一般的には映画表現のひとつとして認知されているスプリット・スクリーンがどのような系譜をたどってきたか明らかにすることを目的とした。これをとおしてマルチ映像史の一端を整理することができると考える。 このテーマに関する先行研究や調査資料はほとんど存在せず、スプリット・スクリーンを使った作品リストもない。したがって現在入手可能な映画作品を視聴することをとおして史的整理を行った。 スプリット・スクリーンの原初的形態は特撮映画の嚆矢とされるメリエス映画に見ることができる。合成技術も未熟な時期にすでに複数の映像を1画面に焼き込む表現が試みられている。その後はトーキーが登場するまではサイレント映画の表現の試行と拡張としてつかわれてきた。『ナポレオン』(1927)はサイレント末期の「トリプル・エクラン=3面マルチスクリーン」映画として知られるが、ここにもスプリット・スクリーンは使われている。 第二次世界大戦後に開催された万国博覧会は映像展示が主流となる。この状況は劇場映画にも影響を与えた。1960年から1980年代の映画は万国博覧会のマルチ映像の隆盛と呼応するようにスプリット・スクリーンが活用される。『華麗なる賭け』(1968)、『絞殺魔』(1968)などは代表例である。この時期のブライアン・デ・パルマ監督作品の多くにスプリット・スクリーンが挿入される。 1990年代には映画のデジタル化がはじまる。この時期から再びスプリット・スクリーンをつかった映画が増える。画面の分割と複数の素材の取り込みなどの作業はデジタル化によって容易にかつ映像の精度を落とすことなく可能になった。2000年代に入ってからのスプリット・スクリーンはこのデジタル技術が大きく影響していると思われる。この表現を取り入れた作品数も映画発明からの100年間を上回る勢いである。 本研究では、スプリット・スクリーンはサイレント期、万博の映像展示併走期、デジタル期と大きくは3つの時代区分ができることを示した。
著者
安田 光男 木村 博昭
出版者
一般社団法人 芸術工学会
雑誌
芸術工学会誌 (ISSN:13423061)
巻号頁・発行日
vol.77, pp.126-133, 2018 (Released:2019-02-01)

古代ローマ住宅はペリスタイルと呼ばれる中庭が紀元前2世紀ごろから富裕層を中心とする住宅の平面計画に導入され始め、ドムス住宅が形成された。ポンペイのメナンドロスの家もそういったドムス住宅の一つであるが、ペリスタイルを構成する列柱は等ピッチで整然と並ぶイメージとは異なり、一見ランダムに配置されているように見える。本論考では、メナンドロスの家をケーススタディとして、R.リングらの復元図から3Dモデルを作成し、検証・考察を通して、ペリスタイルの柱配置によって、どのような視覚的効果を用いて空間演出を行おうとしていたかを明らかにすることを目的とする。古代ローマ住宅には二つの軸線が存在することが、一般的に知られている。ファウセス(玄関)からペリスタイルへの視覚軸、もう一つはトリクリニウムからペリスタイルへの視覚軸である。メナンドロスの家においても、この二つの軸線に対応するペリスタイルの柱間の間隔は他の柱間より広げられており、軸線が強調されている。ファウセス(玄関)からペリスタイルを見る視覚軸はペリスタイル列柱の柱芯間隔について手前を広く、奥を狭くすることで、初源的な遠近法の効果で実際の距離よりも長く見えるように設えられていると考えられる。その視覚軸の終点に位置するオエクス前の列柱の中心と視覚軸にはズレが生じており、そのズレの要因は対称性と列柱の連続性の双方を維持するということを意図したためと考えられる。また、トリクリニウムからペリスタイルへの視覚軸について、ペリスタイルの東側から西側に向けて柱芯間隔を徐々に減じさせて、初源的な遠近法の効果で庭をより大きくみせるような空間演出を行っていると推測できる。ペリスタイル列柱の配置は主に北側及び東側に存在する饗宴用の部屋から庭へ向かう視線のためのウィンドーフレームとしての機能が色濃く、ペリスタイル西側及び南側の列柱に、その視線の先にある背景としての役割を担わせることで、劇場の舞台装置のような空間演出を行っていたと考えることができる。メナンドロスの家のペリスタイルの列柱は構造的な機能を超えて、柱芯間隔の巧みな操作や初源的な遠近法を用いた視覚操作を通して、空間演出に利用されていたことがわかった。
著者
清野 則正
出版者
一般社団法人 芸術工学会
雑誌
芸術工学会誌 (ISSN:13423061)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.117-124, 2011

現代の舞台芸術では、様々なジャンル、多様な芸術表現が存在しており、その公演実施環境や舞台制作についての研究は、アートマネジメント等の分野で進められている。本研究では、舞台芸術の制作を「コトのデザイン」である「アートプロデュース」という観点から論を進める。アートプロデュースを検討するファクターとして、第1に文化政策、第2に文化施設、第3にそれらによって制作される作品としての公演を取り上げた。時代と場所の考察射程については、社会と舞台芸術の間にアートマネジメントという概念が浸透した1つの到達点として1990年代を、象徴的劇場組織として92年に開館した愛知芸術文化センターを取り上げた。文化政策については全国的な舞台芸術関連のキー概念に沿って、戦後から90年代までの変遷を追った。これを受け、愛知芸術文化センター(以下「芸文」)と愛知県の文化政策の関係を考察した。「芸文」は愛知県民の芸術文化の必要性に応える県の中枢的文化拠点であり、新たな複合性を有している。文化施設としての「芸文」は、本格的なオペラを上演できる大ホールから、フォーラムと呼ばれるオープンスペースまでの空間特性を有している。「芸文」は「複合性」を特徴とする。「芸文」の複合性は、事業と施設を有機的に結合させるため、自主制作の機能を有する制作組織としての愛知県文化情報センター(以下「文情」)によって実現された。ここで単一構造の芸術文化施設には困難な新しい形の総合的な芸術文化活動が展開されている。「芸文」は新しい運営システムとして、「文情」と愛知県文化振興事業団(以下「事業団」)の二面性を持つ。各々のオープニング企画・公演を、本論ではアートプロデュースの観点から考察した。その結果、「文情」の制作プロセスは、シンポジウムと公演をつなぐ統一テーマに基づくアートプロデュースを特徴とし、「事業団」の制作プロセスは、芸術文化拠点として、古典的芸術ジャンルに準ずる公演を地域に浸透させるアートプロデュースを特徴とする。これらの「芸文」のアートプロデュースの二面性は、多様な芸術を社会に位置づけ、新しい文化環境を地域に創出したといえる。
著者
宇佐美 毅
出版者
芸術工学会
雑誌
芸術工学会誌 (ISSN:13423061)
巻号頁・発行日
no.51, pp.119-125, 2009-11-01

本研究はコマ撮り(ストップモーション)アニメーションにおける「メタモルフォシス」(形態変化)表現の可能性を、立体の「奥行き」を「時間」におきかえる技法の分析、実験及び作品制作を通じて検討することを目的としている。本稿では「立体断面の連続写真を撮影していく、コマ撮りアニメーションの制作技法」として「ストラタ・カット(Strata-cut)」を定義した。その制作の原理とメタモルフォシスの表現は対象を動かしながらコマ撮りする他の技法と明確に異なり、「滑らかさ」と「偶然性」をアニメーションに反映する点で特に優れている。しかしながら、ストラタ・カットの動きの制御は非常に難しく、他の制御の容易なアニメーション技法の発展の影に埋もれてしまい、顧みられることはほとんどなかった。本研究では、従来使われてこなかった素材と技法の実験、その成果として作品制作を行い、技法としての「汎用性」と「動きの制御のしやすさ」を改善することで、ストラタ・カットを発展させることを目的としている。第一段階としてアニメーションの動きを制御しやすい素材を探求する実験を行い、さらにその成果としてホットメルト接着剤とパラフィン(ろう)を用いた作品『Gluebe』を制作した。制作を通じて、ストラタ・カットの独特の表現の魅力を再発見でき、造形時にモチーフのトレース、カッターや彫刻刀を用いた細部の表現が可能になった。逆に人が歩くなど一般的なモチーフの動きの表現は尚も不向きだった。第二段階としてストラタ・カットを他技法に融合させることで一般的なモチーフの動きの表現を試みた。習作『かたち連想』では、前作の欠点を改善するため一旦断面アニメーション技法で生成したアニメーションにコンピュータ上で手書きアニメーションを重ねた。結果、具象的なモチーフの動きの表現、それに伴うストーリーの展開が可能になった反面、質感の違いによる両技法の長所が薄れてしまうことが問題として残った。そこでストラタ・カットによって得られたアニメーションをプリントアウトし切り抜き、カットアウト(切り絵)アニメーションの中に配置する試みを行い、その成果として作品『さよなら△またきて□』を制作した。結果、さらに自由なストーリーの表現が可能になり、強い没入感を与えることができたが、その反面素材本来の質感と立体感が薄れ、また労力の面で汎用性に欠ける問題が残った。
著者
大串 誠寿
出版者
一般社団法人 芸術工学会
雑誌
芸術工学会誌 (ISSN:13423061)
巻号頁・発行日
vol.63, pp.99-106, 2013

新聞グラフィックスの外観を成立させる要因を理解する上で、その発達過程を知ることは有益である。本論では明治初期の和装新聞である『筑紫新聞』の検証を行う。同紙は九州地方ブロック紙『西日本新聞』の始祖であり、新聞グラフィックスの原初的形態の一典型と捉え得る。『筑紫新聞』は西南戦争に伴う報道新聞として、1877(明治10)年3月から9月までの間に総計31500部が発行され、福岡を中心に東京、京都、大坂でも販売された。しかし、その制作手法を記した資料はなく、版式は明確でない。筆者はこれを明らかにすることを目的として文献調査を行い、さらに芸術工学会誌・第61号掲載論文「明治初期・和装新聞に於ける版式判定」に於いて示した判定法を実施した。研究は以下の順序で行った。(1)文献調査による『筑紫新聞』第壱號の周辺概況確認、(2)同紙の精査・分析。出現文字の集計とサンプル文字選定、(3)写真撮影による同紙の紙面サンプル採取、(4)サンプル文字に対する輪郭線照合による版式判定実施 その結果、(1)で発行地・福岡の近郊都市・久留米に於いて1873(明治6)年に活版印刷が実施されたことを示した。また福岡は全国11位の人口規模を持つ地方中核都市であったが、各都市の新聞発行開始年の早さを比べると全国26大都市中22位となり、福岡の『筑紫新聞』は比較的後発であったことを示した。さらに記述内容と発行日の関係から、編集・制作・印刷の工程を1~2日で行い得る速報性に対応していたことを確認した。その結果、『筑紫新聞』は鋳造活字版で印刷された蓋然性が高いと判断された。(2)で同紙を精査し、総文字数3009個を確認した。同じ字形の繰り返し出現数を文字体系別に比較すると、平仮名・変体仮名が平均12.77個と最多であり、字形照合を行う対象として適することを確認した。同文字体系の中で最多出現文字である「変体仮名・能(の)」をサンプルに選定し、(3)で画像データとして取得した。(4)で版式判定を実施した。第2丁の「能(の)」24個のうち4個を印刷不良のため除外し、残る20個をサンプルとした。これらは字形の異なる「A・多数型グループ」と「B・大型グループ」に大別された。「B・大型グループ」2個をサンプル数不足から判断保留とし、「A・多数型グループ」内の類型のひとつである「a4・起筆部変形型」1個を、原因不明の変形から判断保留とした。残る「A・多数型グループ」の17個について字形の相違は見出されず、従ってこれらは全て鋳造活字と判断された。これに(1)の結果を勘案すると、『筑紫新聞』第壱號・第2丁に出現する「変体仮名・能(の)」が鋳造活字で印刷されたことは確実であると結論された。
著者
吉田 博則 脇山 真治
出版者
芸術工学会
雑誌
芸術工学会誌 (ISSN:13423061)
巻号頁・発行日
no.54, pp.129-136, 2010-11-10

TV-CMを構成するショットは、大きく2つに分けられる。ストーリー要素と商品関連要素である。ストーリー要素には、状況設定、ドラマ展開、登場人物、シナリオ、会話、ナレーション、音楽などがある。商品関連要素には、商品の外観、商品ラベル部分、商品の中身、商品機能イメージ、商品の使用場面、商品効果表現、商品ディスプレイショット、商品名台詞ナレーション、商品名音楽などがある。本研究の目的は、TV-CMのストーリー要素が、商品好感度に与える影響を検証することにある。本研究において、ストーリー要素を構成するショットを、ストーリー関連ショットと呼ぶ。本研究の実験では既存のTV-CMコンテンツは使わず、ストーリー関連ショットと商品外観映像をつないだ短い実験映像を制作して用いた。(1)人物から商品へ。(2)食事から商品へ。(3)動物から商品へ。いずれも商品には、無意味なカタカナ2文字の商品名が記されている。ストーリー関連ショット(0.5秒)と商品外観映像(1秒)がオーバーラップ(1秒)によってつながっている。オーバーラップ(略称O.L)とは、前者から後者へ画面が全体で変化していく場面転換のことである。[figure]前者の人物群(現場監督、ビジネスマン、ジョガー)、食事群(カレー、ハンバーガー、サラダ)、動物群(犬、猫、アヒル)は、いずれもTV-CMに登場する機会が多い構成要素である。これらの材料をもとに、認知心理学に基づく嗜好テストを実施した。このようなストーリー関連ショットに対する印象が、後続する商品外観映像の商品好感度に影響するのであろうか。そもそもこの両者に因果関係があるのだろうか。商品好感度を高める要因について、実験する目的や比較する要素を限定て一定のし指針をだすことができればと考えた。