著者
小笹 勝巳 住友 理浩 川田 悦子 角 明子 中塚 えりか 高井 浩志 古武 陽子 金本 巨万 林 道治
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.34-38, 2014 (Released:2014-07-01)
参考文献数
8

緒言: A 群溶連菌(Group A Streptococcus; GAS)による重症感染症が1980年代より報告されるようになってきた.一般には咽頭や皮膚からの感染が多いとされているが,感染経路が不明なことも多い.今回我々は子宮内膜細胞診後に発症した重症GAS 感染症を2例経験したので報告する.症例1: 46歳女性.帯下異常及び外陰掻痒感を主訴として当科初診.腟分泌物細菌培養及び子宮内膜細胞診を施行した.翌日に突然の腹痛をきたし,翌々日,当科再診した.来院時ショック状態であり,骨盤内炎症性疾患(pelvic inflammatory disease; PID)の所見を認めたため,抗生剤投与及び抗ショック療法を開始した.初診時の腟培養及び入院時血液培養からGASが検出されたため,toxic shock-like syndrome (TSLS)を疑い免疫グロブリン投与,エンドトキシン吸着療法も施行.血圧安定後,腹腔鏡下に腹腔内洗浄ドレナージを施行.集学的治療で全身状態は改善し軽快退院となった.症例2: 52歳女性.子宮癌検診として子宮内膜細胞診が施行され,当日夕方より嘔吐,下腹部痛,悪寒,戦慄が出現した.翌日,当院救急外来受診.受診時38℃台の発熱とショックを認めた.内診で子宮の可動痛著明であり,子宮内膜細胞診を契機とした敗血症性ショックと診断した.初診時の血液培養,腟培養からGASが検出されTSLS の診断基準は満たさないものの,それに準じた病態と考え,抗生剤,昇圧薬,免疫グロブリン投与を施行し軽快退院となった.結語: 子宮内膜細胞診後に発症した侵襲性GAS 感染症を2 例経験した.子宮内膜細胞診は日常診療でしばしば用いられる手技であるが,重篤な合併症の報告はまれである.子宮内膜細胞診の合併症として侵襲性GAS感染症が発症しうるということを念頭に置いた対応が必要と考えられた.
著者
大林 準
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.71-79, 2016-12-25 (Released:2016-12-25)
参考文献数
24
被引用文献数
10 8

医学統計において,多変量解析で用いられる統計手法の一つにロジスティック回帰分析がある.ロジスティック回帰分析は,目的変数が,「生存・死亡」や「陽性・陰性」といった名義変数の場合に用い,治療( 介入) の効果について,目的変数に関わる因子(共変量)が回帰式にどの程度関与しているかを解析するものである.ロジスティック回帰モデルでは,その結果に対する確率をP とし,共変量をx1,x2 ... とした場合, log ( P /(1-P )) =b0 + b1 x1 + b2 x2 ... といった式で表せる.無作為化されていない後ろ向き研究においては,交絡因子とされるものが,解析結果に対して影響を及ぼすことがたびたび見られる.交絡因子の調整方法として,近年,傾向スコア(propensity score) 解析が提唱され,この傾向スコアには,ロジスティック回帰分析で求めた予測確率を用いる.傾向スコア解析とは,潜在的な交絡要因となる様々な共変量を,傾向スコアという一つの合成変数に縮約( 一次元化) し,その傾向スコアを基準として,交絡因子の影響を除去するためにマッチングや層別化等を行うものである.
著者
山本 浩孝 児嶋 剛 岡上 雄介 大槻 周也 長谷部 孝毅 柚木 稜平 堀 龍介
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.37-43, 2021-12-25 (Released:2021-07-01)
参考文献数
26

背景:バセドウ病に対する甲状腺亜全摘出術は,バセドウ病の再発のリスクはあるものの,甲状腺機能の正常化が期待でき,その場合は術後抗甲状腺製剤,LT4製剤などの薬物の内服なしで寛解を持続させることができる.近年,再発を確実に回避することを意図して甲状腺全摘出術や甲状腺準全摘出術が推奨されているが,全摘出術は術後甲状腺機能低下が必発であり,LT4製剤を内服しなければならない.当科でのバセドウ病に対する甲状腺亜全摘出術は,2002年よりその術式を甲状腺両葉の亜全摘出術(以下両側亜全摘術)から甲状腺片葉切除と他葉の亜全摘出術であるHartley-Dunhill法 (以下Dunhill法) に変更した.Dunhill法では甲状腺片葉しか残っていないため, バセドウ病が再発し再手術が必要となった場合でも,片側のみの手術のため両側反回神経麻痺などの合併症リスクを低減することが可能である.今回,当科で施行した甲状腺亜全摘術の成績を報告する.方法:1997年から2019年までの22年間に甲状腺亜全摘出術を行い,術後6か月以上経過観察が可能であった128例について術後甲状腺機能を評価した.結果:51例に両側亜全摘術,77例にDunhill法を施行した.Dunhill法は両側亜全摘術よりも手術時間が短く,出血量が少なかった.両手術間で合併症や再発率に有意差は認めなかった.術後,最終観察時の甲状腺機能は,機能亢進17例,寛解27例,機能低下84例であった.甲状腺の残置量で再発率に有意差は認めなかった.再発した17例のうち3例に再手術を行ったが,術後に有意な合併症なく,現時点まで再々発なく経過している.結論:当科の過去22年間の甲状腺亜全摘出術の成績を報告した.甲状腺亜全摘出術は甲状腺機能を寛解できる可能性があるものの再発を完全に防止することは難しい.バセドウ病の手術としては甲状腺全摘出術が第一選択であるが,患者背景を鑑みて寛解を目指す甲状腺亜全摘出術を行うこともあり,その場合,初回手術をDunhill法とすることで,再発した際でも再手術を安全に行うことが可能である.
著者
木下 真紀
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.88-95, 2020

<p>異常ヘモグロビンは,ヘモグロビンを構成するグロビン鎖にアミノ酸置換が生じたものである.高速液体クロマトグラフィー(high-performance liquid chromatography; HPLC) を用いたヘモグロビンA1c (Hb A1c) 測定においては,異常ヘモグロビンは荷電状態が変化しているため,正確なHb A1c 値を得ることができない.当検査部では, 2015 年5 月にアークレイ社製Hb A1c 分析装置HA-8180V を導入した.本分析装置の測定原理はHPLC 法である が,従来の測定モード(Fast モード)に加え,一部の異常ヘモグロビンを検出するモード(Variant モード)を搭載している.本分析装置で得られたクロマトグラムのパターンから異常へモグロビンを疑い,遺伝子検査でヘモグロビン異常症と診断した症例は, Hb Q-Iran(α2 グロビンのcodon 75 GAC [Asp] がCAC [His] に置換)が2 例, Hb St. Luke's(α2 グロビンのcodon 95 CCG [Pro] がCGG [Arg] に置換)が1 例,Hb Toranomon(βグロビンのcodon 112 TGT [Cys] がTGG [Trp] に置換)が1 例であった.東南アジア国籍の4 人ではHb E に合致するクロマ トグラムパターンを認めた.それぞれのHb A1c 値は,Hb Q-Iran とHb St. Luke's 症例ではVariant モードが正値, Hb Toranomon 症例ではいずれのモードも偽低値,Hb E 症例ではHA-8180V による補正値が正値であると考えら れた.我々臨床検査技師は,異常ヘモグロビンを疑う検査結果を得た場合には,異常ヘモグロビンによるHb A1c 値への影響と,Hb A1c 以外の検査項目を用いた血糖コントロールの必要性を医師に報告し,すべての患者が正しい診断と治療を受けられる体制を構築する必要がある.</p>
著者
大野 仁嗣
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.97-109, 2014-12-25 (Released:2014-12-25)
参考文献数
33
被引用文献数
1

原発性中枢神経リンパ腫(PCNSL)は,病変が中枢神経に発生・限局し,他の臓器には病変を認めないものと定義されるであろう.大半の症例はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の病理形態を示す.巣症状,精神神経症状,脳圧亢進症状,痙攣などで発症し,病変は脳室周囲に生じることが多い.MRI画像では,T1強調画像で等~低信号,T2強調画像で等~軽度高信号,造影によって強い増強効果を示す.PCNSLの初期治療は高用量メソトレキセート(HD-MTX)を含む化学療法である.化学療法に引き続いて40ないし45グレイの全脳照射を追加する.これらの化学・放射線治療による完全奏効率は30ないし87%,5年生存率は22ないし70%であるが,最も重篤な毒性は遅延性の神経毒性である.特に高齢者では認知機能が進行性に低下する.当院では直近の3年間に10例のPCNSL症例を診療した.HD-MTXを含む強力な化学療法,Ommayaリザーバーによる抗腫瘍剤の脳室内投与,自家造血幹細胞移植を併用した高用量化学療法,および全脳照射などの治療を行ったが,2年以上の長期生存者は1例に過ぎない.一方,悪性リンパ腫は,神経系のあらゆるレベルに浸潤・再発する.中枢神経再発のなかでは髄膜播種の頻度が最も高く,脳神経麻痺で発症することが多い.悪性リンパ腫の中枢神経再発にはPCNSLと類似の治療戦略を必要とするが,全身播種に対する治療も必要である.中枢神経再発後の生存期間中央値は2ないし5か月に過ぎないので,中枢神経再発リスクの高い症例には,初期治療に中枢神経再発予防を組み入れる必要がある.
著者
橋本 和典
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.118-122, 2021-12-25 (Released:2021-12-24)
参考文献数
14

高齢者における睡眠障害の影響として,心血管系リスクの上昇,高血圧の発症,耐糖能の低下,抑うつ症状の惹起に関連するとの報告があるが,認知機能低下や認知症発症への影響はどうだろうか.Tsapanouらの報告では睡眠不足と認知症発症との関連が示されており,その機序として,睡眠障害により脳脊髄液中のアミロイドβ(Aβ)のクリアランスが低下することによりAβの増加や沈着が生じ,アルツハイマー型認知症のリスクが高まると考えられている. また,ベンゾジアゼピン系薬剤が認知機能に与える影響についての研究も多数報告されている.Billioti de Gageらのベンゾジアゼピン系薬剤の服用と認知症リスクの関連についての10報の研究をレビューした報告では,ベンゾジアゼピン系薬剤の服用により認知症のリスクが1.5–2倍程度高まるという結果であった.しかし,Grayらの報告では,ベンゾジアゼピン系薬剤の使用量が低用量,中等量の時は認知症発現リスクの上昇が見られたが,高用量では上昇しないことが示された.また,Imfeldらの報告では,ベンゾジアゼピン系薬剤が認知症発症の前駆期使用されたとき,そのリスクが上昇する傾向が示され,認知症発症の前駆期に出現する睡眠障害に対して,睡眠薬を使用していることが,認知症発症に睡眠薬が関連しているように捉えられる可能性が考えられた.この様にベンゾジアゼピン系薬剤の使用による認知症リスクの上昇については明確な結論は出ていない. 睡眠障害の治療にはベンゾジアゼピン系,非ベンゾジアゼピン系睡眠薬,メラトニン受容体作動薬,オレキシン受容体拮抗薬などの薬物治療と睡眠習慣の見直しなどの非薬物的なアプローチがある.睡眠障害と認知症の関連を考慮すると、それぞれをバランスよく組み合わせた不眠治療が必要である.
著者
田中 寛大 松尾 理代 久須美 房子 月田 和人 末長 敏彦
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.88-96, 2017-12-25 (Released:2017-12-25)
参考文献数
29
被引用文献数
1

背景: 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis; ALS)患者の呼吸困難緩和に対して非侵襲的陽圧換気や 気管切開下陽圧換気が有効であるが,モルヒネが必要になることもある.ALSの苦痛緩和に対して以前からモルヒネが推奨されているが,客観的データの報告は乏しい.本研究の目的はALS患者の呼吸困難緩和におけるモルヒネの有用性を検討することである.方法: 呼吸困難緩和のためにモルヒネを導入したALS患者連続10名を後方視的に調査した.モルヒネの導入と 使用にあたっては,神経内科医師・看護師と,多専門職種から成る疼痛等緩和ケア対策チームが協働して対応し, 十分なインフォームドコンセントを行なった.呼吸困難緩和は,ALS Functional Rating Scale-Revised の呼吸困難サブスケールの上昇が1ポイント以上と定義した.モルヒネの有害事象を調査した.結果: 年齢中央値74.5歳(54–79歳),罹病期間中央値647日(113–1308日),Palliative Performance Scale 中央値40(10–50),体重中央値49.0 kg(35.0–55.4 kg)であった.全例で導入時製剤は塩酸モルヒネであり,内服での用量中央値は10 mg/日(6–20 mg/日),1 回量中央値は2.5 mg(2–5 mg)であった.持続皮下注射での初日用量中央値は4.8 mg/日(2.4–12 mg/日)であった.呼吸困難緩和は9名(90%)で得られた.1日最大用量中央値は内服で21.5 mg(8–35 mg),持続皮下注射で4.75 mg(2.4–24 mg)であった.有害事象としての呼吸抑制,嘔気,傾眠はなかった.便秘を全例で認めたが薬物治療で対応可能であった.せん妄を3名で認めた.結論: モルヒネはALSの呼吸困難緩和に有用と考えられるが,多専門職種での対応と十分なインフォームドコン セントが重要である.
著者
鈴木 悠 三木 通保 大須賀 拓真 山中 冴 松村 直子 松原 慕慶 金本 巨万 藤原 潔 佐川 典正
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.44-50, 2017-12-25 (Released:2017-07-01)
参考文献数
18

妊婦に対して腹腔鏡手術を行う機会は近年増加しており,開腹手術と比して妊娠予後に差がないことが示唆されている.報告の多くは妊娠12週から16週までの間に手術が行われており,16週以降では少ない.今回我々は妊娠16週から18週の4症例に対して腹腔鏡下卵巣腫瘍核出術を施行したので,文献的考察を加えて報告する.腫瘍径は7.5から9 cm 大で,3例は成熟嚢胞奇形腫,1例は漿液性嚢胞腺腫と成熟嚢胞奇形腫であった.手術時間は157分から232分であり,週数の進行とともに手術時間の延長を認めたが,術後の妊娠経過には異常を認めなかった.手術を行うに際しては,増大した妊娠子宮が障害にならないよう,トロッカーの位置は臍より頭側で,腫瘍患側におくことなどの工夫が必要であった.妊娠16週以降でも画像診断により術前に腫瘍の位置を確認し,トロッカーの配置などを工夫すれば,腹腔鏡下手術は安全に施行できると考えられた.
著者
長谷部 孝毅 堀 龍介 児嶋 剛 岡上 雄介 藤村 真太郎 鹿子島 大貴 田口 敦士 庄司 和彦
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.50-51, 2020-12-25 (Released:2020-07-17)

【目的】顔面神経麻痺疾患において,予後予測,治療効果判定のために正確な評価が必要である.誘発筋電図(electroneurography; ENoG)などの電気生理学的評価方法の他に,柳原法などに代表される顔面各部位の動きを評価し,その合計で麻痺程度を評価する主観的評価方法が簡便であり広く使われている.しかしながら,顔面表情の動きを見た目で評価する方法は複数あるものの,いずれにも共通する欠点として,あくまで主観的評価のため検者間で差異が生じる可能性がある他,各部位は3 段階評価のため,わずかな改善などを点数では評価しきれないという点が挙げられる.それらを解決する方法として,画像解析による評価方法はいくつか報告されているが,解析の手間や装置の問題などから広くは使われていない.一方で,近年米Apple 社の販売するスマートフォン(iPhone X 以降) は,その認証方式として顔認証を用いており,顔面運動を正確に捉えることが可能である.そこで我々は,顔面神経麻痺に対する客観的かつ簡便な評価方法を確立することを試みた. 【方法】iPhone XS を用いて検証した.各顔面の部位の動きを係数化し最大値を取得し,左右の比較を行うことで顔面神経麻痺を評価するアプリを作成した.それを用いて外来受診した顔面神経麻痺患者の評価を行い,主観的評価法との比較,及びENoG,積分筋電図との比較を行った. 【結果】アプリでの評価は既存の主観的評価方法と相関しており,特に頬,鼻翼,口角では強い相関が見られた.また,ENoG では相関関係が見られなかったものの,積分筋電図でも相関が見られた. 【結論】デバイスは一般に普及しているため,臨床応用に向けての素地は整っており,目的としていた客観的かつ簡便な評価アプリは開発出来た.顔面の動きの捉え方は,病態生理に基づきさらなる検証およびアップデートが必要ではあるが,非耳鼻科医,さらに言えば患者本人でも現状評価を行うことができるようになることが期待される.
著者
鴨田 吉正 中井 敦史 宇山 紘史 大野 仁嗣
出版者
Tenri Foundation, Tenri Institute of Medical Research
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.34-39, 2012-12-25 (Released:2013-03-08)
参考文献数
13

症例: 19歳男性.労作時息切れ,全身倦怠感,発熱などを自覚し近医受診,血液検査で白血球増多が認められたため,急性白血病を疑われて紹介入院となった.表在性リンパ節腫脹なし,肝脾腫なし.検査結果: 白血球27,700/μl,白血病細胞89.5 %,ヘモグロビン8.3 g/dl,血小板4.9×104/μl(前医で赤血球・血小板輸血後),LDH 1,300 IU/l. 骨髄は過形成で芽球から顆粒の豊富な前骨髄球レベルに分化した白血病細胞を65.7%認めた.ペルオキシダーゼ染色陽性,Auer小体陽性で,FAB分類ではM2に該当した.フローサイトメトリー検査では,CD13+,CD33+,CD34+,HLA-DR-/+で,リンパ球系のマーカーは陰性.染色体検査は46,XY,t(9;22)(q34;q11) [17] /46,XY [3],間期核FISHではBCR/ABL 融合シグナル22.5%陽性(minor BCRパターン),キメラmRNAはminor BCR/ABL 1×105copies/μg RNAであった.治療経過: イダマイシン+シタラビンによる寛解導入療法を行ったが白血病細胞が残存した.上記結果が判明した後, イマチニブの投与を開始したところ骨髄中の白血病細胞は増加傾向を示した.次いで,ダサチニブに変更したが白血病細胞はさらに増加した.チロシンキナーゼ阻害薬による治療は断念し,高用量シタラビンに変更したが治療に反応せず入院後4か月で死亡した.考案: 間期核FISHでt(9;22)/Ph陽性細胞は白血病細胞の一部を占めるに過ぎなかったことから,この染色体転座は二次的な異常であった可能性が高い.本例において,t(9;22)/Phとp190 BCR/ABL蛋白の発現が,AMLの発症・進行に果たした役割は限定的であったと考えられた.
著者
前谷 俊三 大林 準 西川 俊邦 小野寺 久
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.90-96, 2014-12-25 (Released:2014-12-25)
参考文献数
21

癌治療の進歩に伴い,その有効性や有益性を評価する尺度の妥当性を検証する必要性が高まっている.評価尺度としては,古くは5年生存率があり,最近では米国食品医薬品局(FDA)の推奨するエンドポイントがある.本稿ではそれぞれの評価尺度を簡単にレビューし,主として患者の立場から何が望ましい尺度かを再検討する.  対象とした尺度は,5年生存率,全治率(Boagモデル),生存期間の中央値と平均,log-rank統計量,ハザード比,FDAのエンドポイントである.各尺度を比較した結果; 1)5年生存率は患者や非専門家にとってわかりやすい尺度であるが,癌の全治率を過大視する傾向がある; 2)全治例は延命例に比べて一般に生存期間が長く,かつその間のQOLも優れている.更に全治例が増加している現今,全治の可能性がある患者集団が解析の対象であれば,評価尺度として延命期間よりも全治率を優先すべきである; 3)もし患者の延命期間が長ければQOLが逆に低下し,患者の希望に反する結果となる恐れもある.結論として,今後,癌治療の評価尺度は更に改善の余地がある.癌の性質や,治療法および患者の希望に応じて最適の癌治療を選択する必要がある.
著者
下村 大樹
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.81-89, 2016-12-25 (Released:2016-12-25)
参考文献数
40

我々は,直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant; DOACs)が投与される患者のために,腎機能を簡便に評価するシステム,および抗凝固作用の評価として,PT およびaPTTの検査値に服用後経過時間を併記するシステムを構築した.DOACsは腎排泄率が高い薬剤であるため,重度腎機能障害の患者へ投与が禁忌とされている.DOACs投与時の腎機能評価は,Cockcroft-Gault計算式によるクレアチニンクリアランス(creatinine clearance; CCr)が採用されている.国内で頻用されている糸球体濾過量推算式(estimated glomerular filtration rate; eGFR)と比較すると,日本人に多い小柄な高齢者はCCrよりeGFRが高くなる傾向があり,eGFRでは代用できない.そのため,当院ではCCrを検査システムに取り入れ,禁忌症例の判断,処方前および定期的な腎機能評価に活用している.DOACsは固定用量の投与で,抗凝固作用評価(モニタリング)が不要とされているが,出血リスクの高い患者にはモニタリングすることが推奨されている.DOACsは半減期が短く血中濃度の変動が大きいため,服用からの経過時間により検査値が大きく異なる.当院では,検査技師が採血時に患者から聴取したDOACsの服用時間を検査結果に併記し,服用後経過時間を考慮してPTあるいはaPTTを評価することにより,DOACsのリスク管理を行っている.
著者
林野 泰明 福原 俊一 野口 善令 松井 邦彦 John W Peabody 岡村 真太郎 島田 利彦 宮下 淳 小崎 真規子 有村 保次 福本 陽平 早野 順一郎 井野 晶夫 石丸 裕康 福井 博 相馬 正義 竹内 靖博 渋谷 克彦
出版者
公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
雑誌
天理医学紀要 (ISSN:13441817)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.25-33, 2012-12-25 (Released:2013-02-26)
参考文献数
14

本研究の目的は,2004年の卒後医学教育改革前後の医療の質を比較することである.日本の8つの臨床研修指定病院において研修中の医師が本研究に参加した.参加した医師は,外来において頻度の高い疾患(糖尿病, 慢性閉塞性肺疾患,心血管疾患,うつ病)についての臨床シナリオに回答した.回答をエビデンスに基づいた診療の質の基準に照らしあわせて採点し,正答率スコアを算出した.ローテート研修が導入された前後でスコアの変化が生じたかを検証するために,2003年の参加者のスコアと,2008年の参加者のスコアを比較した.2003年では,141名(70.1%)が,2008 年には237名(72.3%)が参加に同意した.交絡因子を調整後も,両年の間にスコアの違いを認めなかった(2003 年からのスコアの変化 = 1.9%. 95% CI -1.8 to 5.8%).教育改革前の研修プログラムがストレート研修の施設ではスコアが 3.1% 改善しており,改革前にローテート研修を採用していた施設の改善度1.4% と比較して有意に高値であった.全般的には,2004 年の医学教育改革前後において,研修医の医療の質は変化していなかった.