- 著者
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谷口 守
- 出版者
- 一般財団法人 運輸総合研究所
- 雑誌
- 運輸政策研究 (ISSN:13443348)
- 巻号頁・発行日
- pp.TPSR_25B_05, (Released:2023-01-31)
本書の原題はWALKABLE CITY: How Downtown Can Save America, One Step at a Timeで,原著は2012年に米国で出版されている.著者のジェフ・スペック氏は全米の都市デザイン市長協会を主宰してきたコンサルタント会社のトップで,ジェイン・ジェイコブスらも受賞した「シーサイド賞」を受賞している.全体がわかりやすい日本語に翻訳され,サブタイトルの通り10ステップに整理されているため,興味のあるところだけを飛ばし読みできる構造になっている.ただ,この中身のアンコもさることながら,それを包む前後のガワが秀逸だ.お勧めの読み方は,まず巻末の監訳者の松浦氏らによる解説を読むことだ.ここだけで直近の日本国内の政策やコロナ禍での対応に関する俯瞰も含め,本書を取り巻く現状と課題の短時間でのアップデートが可能となる.そして,次に読むべきが,最初のPARTⅠ「ウォーカビリティがなぜ重要か」だ.都市構造や人口動態の変化,価値感の転換など,ウォーカビリティの重要性を具体の数値データから見事に解きほぐしている.これらのガワだけで実は本書の元が取れてしまうのである.一方,アンコに相当する10ステップ全部の紹介はネタバレになりそうなので,試しに4つだけ抜き出すと,1)車を適切に迎え入れよう,2)用途を混在させよう,4)公共交通を機能させよう,9)親しみやすくユニークな表情を作ろう,といったことが整理されている.ステップ全体を通じて納得できることばかりだが,読んでいて何かが心に引っかかる.記憶をたどると,これらはすべて昭和の日本の都市が実現していたことではなかったか.粗っぽい表現をお許しいただければ,本書は昭和の日本の都市空間をお手本として目指せと言っているように私には読めてしまう.先住民を隅に追いやり,広い国土で自動車前提のまちづくりを進めてきた米国は,ようやく自動車前提ではないまちづくりの重要性に今「論理的に」気付いたのだ.このため,著者は現在まで自動車道整備を進めてきた交通エンジニアに対し痛烈な批判を展開している.一方,日本ではかつて身近に溢れていたウォーカビリティを市民自らが積極的に放棄してきた.ちなみに,わが国では大型ショッピングセンターのある自治体の居住者の方がそうでない者より居住満足度が高いことが有意に示されている.日本人が求めているのは,実際の都市空間ではなく,車が無いと行けないショッピングセンターでのウォーカビリティなのだ.その意味で本書のアンコから受ける示唆は,マグドナルドやスタバが席捲するわが国において,接する機会の減った和食のすばらしさを海外から指摘される感覚に近い.ウォーカビリティの重視は何も米国だけの話ではなく,たとえばフランスのベルアペゼ(穏やかな空間づくり)など,今や世界の潮流である.そこでは単に道路や交通手段に着目するだけでなく,本書の問いと同じくまちづくり全体を見直す動きと連動している.車前提の大型ショッピングセンターの中の方が歩きやすくてそれでいいやと思っている限り,わが国のウォーカビリティ整備の多くは空を切るだろう.その意味で「本書は交通の専門家にお勧め」,などという生ぬるいコメントではなく,日本人として今まで我々が何を自ら進んで放棄してきたのか,一人でも多くの国民が本書に触れることで厳しく自省すべきである.余談だが,個人的には地域選別の概念を示す「アーバン・トリアージ」という用語が本書で提案されていて驚いた.実は評者も全くの同用語を地域の破綻を事前回避するための概念として2006年に学会発表したが,集中批判を浴びて大炎上した経験を持つ.その後,分析対象であった夕張市が実際に破綻したために結果的に溜飲を下げることにはなった.本書より,無理筋の総花的成長を追うのではなく,適切な選別・撤退を行うことに,ようやく社会的な認知が得られるようになってきた空気の流れを感じる.そしてそれは素直に喜ばしいことである.