著者
小林 弘憲 勝野 泰朗
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.41, no.3, pp.181-187, 2010-05-25 (Released:2016-04-01)
参考文献数
27

「ブルガリアン(オールド)ローズ,リンゴのコンポート」などのニュアンスを持ち,植物,果物などに幅広く存在するβ-ダマセノンは,いくつかの脂肪酸エステルとともにワインのフルーティーさに寄与する物質である.酸素の介在,低pH, 高温処理は,甲州果汁におけるβ-ダマセノン量の増強に有効な因子であった.また,プレス区分の果汁は,フリーラン区分の果汁に比べ,より多くのβ-ダマセノンを含んでいた.甲州ブドウの各器官におけるβ-ダマセノン量は,重量比として果汁 : 果皮=1 : 3であった(種子は検出されず).これらの知見を基に,プレス果汁を用いたスキンコンタクト法を採用した実用化規模のワイン醸造を試みた結果,通常の甲州ワインと比較して最大7倍程度のβ-ダマセノン濃度を含有する甲州ワインが得られた.
著者
岩橋 尊嗣
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, 2008

2006年の日本人の平均寿命は女性85.81歳(22年連続世界一),男性79.00歳(世界第2位,第1位はアイスランド : 79.4歳)であった.厚生労働省では,今後三大疾病の治療効果の向上を見込むと,さらに寿命は延びると予想している.<BR>私達の身体機能は,加齢とともに確実に老化し衰えていく.その一つの現象として,外見上の体力衰退ではなく飲食時の気管への食物の入り込みである.この現象は&ldquo;誤嚥&rdquo;と呼ばれ大きな問題となっている.飲食中に突如,猛烈に咳き込む.このような状況に陥ったり,見たりされた方もおられるでしょう.普通,健常であれば気管に入った異物は咳き込むことで吐き出すことができる.しかし,高齢者・疾病者の場合,咳き込むことが出来ずに,異物が気管に入ったまま放置され続けると,この異物に起因しての発熱,さらには肺炎にまで進行してしまうことがある.<BR>第1編は,海老原氏らに「嗅覚刺激と高齢者摂食嚥下障害」という題目で,上述したような問題点の解決にブラックペッパーによる嗅覚刺激が脳への刺激となり,最終的に誤嚥予防の有益な手段になり得るという研究成果について執筆して頂いた.<BR>第2編は,今西氏に「香りと医療─メディカル・アロマセラピー─」というテーマで執筆して頂いた.本学会誌でも以前に呼気や体表より発散されるガス成分による疾病の診断,予防等への研究が実用化へと向かいつつあることを紹介している(Vol. 36 No. 5, Vol. 37 No. 2).エッセンシャルオイル(精油)を用いてのアロマセラピー(芳香療法)として,私達に最も身近のものはエステティック・アロマセラピーと呼ばれるもので,街なかの美容室やエステサロンなどで行われている行為である.これに対して,標題にあるメディカル・アロマセラピーは医療行為の中で補完的な目的として行われるもので,その効能は科学的エビデンスに裏付けされ,徐々に認められつつある.今後さらなる実施例が増え,病気の予防や症状の軽減への寄与という実用性が期待される分野である.<BR>第3編は,岩崎氏に「都市緑化植物が保有するストレス緩和効果─揮発成分からみた癒しの効果─」というテーマで執筆して頂いた.2006年林野庁より森林セラピー基地の認定箇所が発表され,樹木から発散される揮発性物質の身体におよぼす有効性が確認されている.厚生労働省は&ldquo;治療する医学&rdquo;から&ldquo;予防する医学&rdquo;が重要であると位置付け,主に食生活の改善指導等を積極的に進めるとしている.しかし,&ldquo;食&rdquo;だけではなく嗅覚を活用しての予防医学にも注目すべき点が多い.岩崎氏は都市部の緑化樹木でもセラピー効果が得られることを確認した.たとえば,比較的植樹が多い&ldquo;クスノキ&rdquo;からの抽出精油(主成分はカンファー)について,ヒトへのストレス緩和作用を調べ有効性を確認し,さらに,植物園内にあるラベンダー畑と芝生地においてもストレス緩和性があることを確認している.<BR>第4編は,野田氏らに「五感を刺激する園芸療法」というテーマで執筆して頂いた.&ldquo;園芸療法&rdquo;という言葉自体,読者の方々にとって馴染みの薄い言葉かもしれない.著者らの所属されている千葉大学では,芳香療法,森林療法など植物を媒介としての療法が注目を集めている中,園芸療法科学の確立に向けたプロジェクトをスタートさせている.園芸療法の特徴は,個人が実際に植物の世話をすることで,見たり,触れたり,嗅いだり,食したりすることで五感が活性化されることである.すなわち,自然のリズムの中に身を置くことで,日常の健康増進や生活の質の向上を図ることを目的としている.<BR>以上紹介した4編の研究内容に共通している特徴は,いずれの場合もヒトに対して&ldquo;非浸襲性である&ldquo;ということであろう.高齢,年少,重篤である人達にとって採血・採尿行為などは身体に負荷をかけてしまう.これからはヒトに対して負荷をかけない診断・治療法の確立が極めて重要なことになってくる.執筆して頂いたいずれの研究も,しっかりとしたエビデンスに裏付けされており,今後に大きな期待を抱かせてくれる分野である.これからのますますの発展を願いたい.<BR>最後にご多忙中にも関わらず,本誌への執筆をご快諾いただいた先生方に,本紙面を借り厚く御礼申し上げます.
著者
綾部 早穂
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.44, no.6, pp.345, 2013

<p>色や形,大きさを表現する言葉,音色や声色や動物の鳴き声を表現する言葉,触り心地や固さを表現する言葉,味を表現する言葉といったように,視覚・聴覚・触覚・味覚にはそれぞれの感覚モダリティを人間が感じた時の刺激対象の表現方法が存在し,それゆえに,その刺激対象の特徴を他者に伝達することができる.しかし,嗅覚に関しては,嗅覚モダリティ特有の表現方法が存在しないことがその特徴とすらなっている.</p><p>しかし,香りは私たちの日常生活で食べるものや使用するものには欠かせない存在であり,食品や香粧品業界では商品の香りを社内で検討する必要があり,またそれを消費者に伝える必要もある.悪臭が発生している場合にも,どのような悪臭が発生しているのか報告する必要性も生じる.調香師には調香師仲間で用いる共通言語があり,ワインのソムリエにもそのような言語体系があるが,調香師やソムリエは自分のオリジナルの言語をこの共通言語に通訳して用いているとも言われている.</p><p>また,あるにおいを「何のにおい」と一旦表現してしまうことで,その「何」に対する一般的な知識や価値からそのにおいに対する好き嫌いや快不快までもが左右されてしまうことがある.反対に,「バラの香り」と言われ,期待して嗅いでみたら,自分のイメージとはまったく異なっていてがっかりするようなこともある.においを言葉で表現することは上述のように必要である一方,様々な問題を生じさせることにもなる.</p><p>少し話題がそれるが,最近,訳書として出版された「アノスミア」(勁草書房)には,感受性豊かで聡明な著者がシェフを目指すべく,有名レストランで修業を積み,様々なにおいを覚えていくが,ある日交通事故に遭い,頭部を強打することで,嗅覚を失ってしまう「物語」が描かれている.完全なノンフィクションであるが,劇的にストーリー(状況)が展開し,興味深い記述が次々と出現する.彼女は頭部外傷により嗅覚神経系がばっさりと切断されてしまったと思われる.通常,このような状態に陥った後に嗅覚を回復することは滅多にないのだが、様々な奇跡が重なり,彼女は次第ににおいの感覚を取り戻していく.しかし,嗅覚を失う前までは,様々なにおいを自分の体験に結び付けて生き生きと記述しながら覚えることができたのに,嗅覚が回復し,「においがする(においが知覚できる)」ようになっても,なかなかそのにおいが何のにおいであるのか表現することができないという状況に陥る.思い余って,フランスのグラースに出かけ2週間の調香教室に通うのだが,ひたすら努力をすることで少しずつにおいを言葉で表現できるようになっていく.においを言葉で表現するということはここまで難しいことなのかと,人間の嗅覚システムの神秘について改めて考えさせられる著者の経験談である.</p><p>今回の特集では,広く様々な観点から「においを表現する言葉」について執筆をお願いした.</p><p>鈴木氏(高砂香料(株))には,経験を積まれた調香師の目線からにおいの言葉に関する様々な問題点を幅広い観点でとらえていただいた.これこそがこの特集の巻頭言と言っても過言ではない.調香師ゆえの,においを表現する言葉へのこだわりが強く伝わり,言葉の重要性を再認識させられる.喜多氏((株)島津製作所)には,におい分析のお立場から,何百種類も存在するにおいを網羅的に表現するのではなく,「相対的」に表現するユニークな発想をご提案いただいた.斉藤氏(斉藤幸子味嗅覚研究所)には,悪臭を表現する言葉について,ご自身の2つの研究をご紹介いただいた.古い研究であるとお断りされているが,このような詳細を積み重ねた研究は時代を経ても色褪せることなく,私たちに貴重な示唆を与えてくれる.「悪臭」であっても,一言では片付けられないほど多様であることは日常的にも経験することではあるが,データとして見せていただけることは興味深い.中野・綾部(筑波大)は,ここ数年取り組んできた,一般の人向けににおいの質を伝える際に,より感覚的な表現であるオノマトペの適用可能性について,その限界とともに紹介した.そして,後藤氏(酒類総合研究所)には,「生き物」であり,さまざまな要因をうけるワインの香りを評価する言葉についてご紹介いただいた.ワインを楽しみながら自分自身で香りを表現するのはかなり難しいことではあるが,ご紹介いただいた「香り」を,次回ワインの香りから探し出してみたいと思う.</p><p>最後に,本特集を企画するにあたり,ご多用の中にもかかわらず執筆をご快諾いただいた著者の方々に,本紙面をお借りして,深く感謝申し上げます.</p>
著者
大久保 直美
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.102-106, 2011-03-25 (Released:2016-04-01)
参考文献数
6

強い芳香を持つユリは,狭い空間に置くとにおいが充満するため,不快に感じられることがある.強い香りを持つ花の利用を広げるため,ユリ「カサブランカ」を用いて花の香りの抑制方法を検討した.「カサブランカ」の香気成分を分析した結果,不快臭を有する成分は芳香族化合物と考えられたことから,香気成分生成抑制剤としてフェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL : phenylalanine ammonia-lyase)阻害剤を選択した. PAL阻害剤処理区において,香気成分量はコントロールの10〜20%程度となった.官能的にも,PAL阻害剤処理を行ったユリの香りは,無処理区に比べ弱まった.以上のことからPAL阻害剤は,「カサブランカ」の香りの抑制に利用できると考えられる.
著者
赤壁 善彦
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.44, no.5, pp.323-328, 2013-09-25 (Released:2017-10-11)
参考文献数
16

鮎は,“香魚,キュウリ魚”ともいわれ,体表面から発せられる独特のにおい成分により,「キュウリ様」,「スイカ様」と評価される一方で,海魚と比べ川魚特有の生臭さがあると言われている.そこで,この生臭さのイメージを解消し,より嗜好性の高い鮎の開発を目指し,柑橘果皮残渣を利用して養殖を行ったところ,誰もが柑橘の風味を知覚することのできる鮎の開発に成功し,「柑味鮎(かんみあゆ)」と命名した.また,「柑味鮎」と天然や通常の養殖鮎の試食のアンケート結果とにおい識別装置により,においに関する正の相関が確認でき,各鮎のにおいの質を明確に区別できることが分かった.この開発した「柑味鮎」はブランド化され,地元で食材として提供されているのみならず,全国展開され,贈答用商品も流通している.
著者
小林 正佳
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.45, no.4, pp.246-251, 2014-07-25 (Released:2018-02-13)
参考文献数
26
被引用文献数
4 3

嗅覚はにおいを感じる化学感覚で,これに異常が生じた状態を嗅覚障害という.嗅覚障害は量的障害と質的障害に分類され,量的障害には低下と脱失があり,質的障害には異嗅症,嗅盲,嗅覚過敏,その他(悪臭症,自己臭症,幻臭,鉤回発作)がある.嗅覚障害は障害発生部位に基づいて呼吸性,嗅粘膜性,混合性,末梢神経性,中枢性の5つに分類される.嗅覚障害の原因疾患は慢性副鼻腔炎,感冒,頭部外傷の順に多く,これらを嗅覚障害の三大原因という.嗅覚障害の有病率は米国で人口の1〜3%であるが,日本ではまだ調査報告がなく,不明なので今後の疫学調査が望まれる.
著者
松脇 由典
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.45, no.4, pp.282-286, 2014-07-25 (Released:2018-02-13)
参考文献数
23

アレルギー性鼻炎を有する患者の54~67%が嗅覚低下(嗅覚脱失,嗅覚低下)を自覚し,21~45%で嗅覚検査の有意な閾値上昇を認める.嗅覚障害の原因疾患別には鼻副鼻腔炎,感冒罹患後,頭部顔面外傷後の次に頻度が多い.アレルギー性鼻炎の嗅覚障害は,鼻粘膜の肥厚や鼻汁過多に伴う鼻閉によるいわゆる呼吸性嗅覚障害がメインで,既存のガイドラインでの治療法の選択は,少なくとも中等症以上の鼻閉型または鼻閉を主とする完全型が適応となる.比較的予後良好とされ,適切な治療により改善しうる病態と考えられている.
著者
中野 詩織 綾部 早穂
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.44, no.6, pp.380-389, 2013-11-25 (Released:2017-10-11)
参考文献数
22

本論文では,においの質を言語化する際に生じる問題点について概観し,形容詞を用いてにおいの印象評価を試みた先行研究の知見を踏まえた上で,オノマトペの感覚形容語としての利用性を検討した研究内容について報告した.オノマトペを用いてにおいの質を評価したところ,先行研究と同様に「角がある-丸みがある」という図形的次元と,「ポジティブ-ネガティブ」という情動的次元が抽出された.においの知覚経験とオノマトペの連合学習は成立する可能性が見られたが,その学習内容は未学習のにおいに対しても般化される傾向は示されず,学習直後は逆に干渉を受ける可能性も示された.また,二者での会話によるにおいの情報伝達を行う場合には,送り手から発話された情報を基に,受け手が知覚経験を合わせていくような,役割分担型のコミュニケーション方略が有効であることも示された.
著者
岩下 剛
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.42, no.6, pp.413-419, 2011-11-25 (Released:2016-04-01)
参考文献数
6
被引用文献数
1

自動車の走行状態および停車状態で車室内のオゾン,粉塵,超微粒子の濃度を,全外気導入モード,再循環換気モードの 2つの条件で測定した.登坂中のトラックの後方を走行中,車室内粉塵濃度は大きく上昇した.全外気運転中のオゾン濃度I/O比は再循環運転中のI/O比よりも高かった.乗員4名の状態で,車室内CO2濃度を計測したところ,全外気運転では CO2濃度は 600〜800ppmであった.その後,再循環運転を開始すると,CO2濃度は15分で3800ppmに達した.室内空気質の悪化が運転パフォーマンスへ及ぼす影響を検討する必要がある.
著者
坂井 信之
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.42, no.5, pp.321-321, 2011

最近,香りの心理効果が注目されている.一つの側面は心理効果の学術的な観点である.香りの効能に関する逸話的な報告はかなり多く,その特異的な側面が強調されてきた.例えば,良い例が嗅覚の記憶にみられる「プルースト効果」と呼ばれるものである.マルセル・プルーストによる『失われた時を求めて』の中に,紅茶に浸したマドレーヌを食べていると,ふと幼い頃の記憶が鮮明によみがえってきたという内容の記述があることから名付けられた.この現象にみられるように,香りから想起されるエピソード記憶のビビット感や時間的距離感の近さなどの特徴は嗅覚に特異的であるとされている.しかしながら,この件に関する学術的な研究は,長い間少数のグループが比較的古い手法で確かめる程度に留まっていた.さらに,嗅覚に関する個人差やあいまいさ(記憶の不確かさ)は顕著であることも加わり,嗅覚の心理効果に関する学術研究は,視覚や聴覚に比べて長い間放置された感があった.<BR>しかし, 2004年にリンダ・バックとリチャード・アクセルが,嗅覚レセプターの遺伝子解析の研究でノーベル賞を授与される前後から,嗅覚に関する学術的知見が飛躍的に蓄積されるようになってきた.ほぼ同時に,ヒトの脳を非侵襲的に計測する技術が進歩し,ヒト独自の嗅覚の情報処理機構についても,学術研究が行われるようになってきた.ここで触れたいくつかのトピックスについては,すでに本学会誌でも特集号の論文として紹介されているので,今回の特集では,嗅覚と視覚とのイメージの統合に関する現象論についてまとめていただいた.<BR>綾部氏は香りと形のイメージの一致,三浦氏と齋藤氏は香りと色の調和について,それぞれご自身の研究を中心にまとめていただいた.いずれの論文も非常に読み応えのある最新知見を紹介されており,これらの論文を読むことにより,ヒトは香りからどのようなイメージを思い浮かべるのかということについて理解が深まり,これからの香りの応用のシーズ (種)となる知見である.<BR>もう一つの観点は,嗅覚の心理効果をビジネスとして展開するというものである.これまでもアロマテラピーや消臭というビジネスがあった.しかしながら,最近注目されている香りのビジネスとは,香りの心理効果を積極的に応用するというものである.阿部氏と高野氏による論文は,香りや化粧がヒトの感情に及ぼす効果について概説したものである.一ノ瀬氏の論文は,シャンプーや男性用デオドラント製品,衣料用柔軟剤などの香りの実例を豊富に挙げながら,香りがヒトの感覚や感性にどのように作用するのかということについてまとめたものである.國枝氏の論文は,香りを積極的に使うことによって,行動障害の子どもや,認知症の高齢者などの症状の改善ができることをご自身の研究に基づいて,まとめていただいたものである.これらの論文は,いずれもすでにビジネス展開されているか,これからビジネス展開されていくものであり,香りビジネスに直結する,いや,これからの日本の香り社会を予想すると言ってもよいほどの基盤技術といえる.<BR>読者の皆様におかれては,今回の特集の学術的なシーズから新しい技術のヒントを得ていただいたり,実際の香りビジネスの実例に触れることで,これからの日本の香り社会のニーズに思いを巡らせていただきたい.これは本特集に執筆していただいた方々の共通の思いである.
著者
奈賀 俊人
出版者
公益社団法人におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.240-245, 2010-07-25 (Released:2016-04-01)
参考文献数
21
被引用文献数
2 2

透明容器詰柑橘果汁のクロロフィル類による光増感劣化オフフレーバーについてまとめた.蛍光灯照射によりテルペン類が酸化して柑橘特徴香が失われると共に,金属様臭または油臭い特徴を有する種々脂肪族カルボニル化合物が生成した.最も寄与度が高いと考えられた成分として1-オクテン-3-オンを同定した.異臭は蛍光灯照射1日で急激に進行した.クロロフィル類はオフフレーバーの前駆体である脂質の光劣化を促進し,その促進作用はpHが低いほど強くなった.ビタミンCの添加や酸素バリア性ボトルの使用など,酸化対策がオフフレーバーの抑制には有効であった.
著者
小川 緑 綾部 早穂
出版者
公益社団法人におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.292-295, 2019-07-25 (Released:2021-11-14)
参考文献数
4

本研究では実験参加者自身の吸気に合わせて,同一のニオイを40回提示し,知覚強度変化を検討した.先行研究において,快(不快)とされたニオイ各1種類ずつを選定し,快不快の影響も合わせて検討したが,知覚強度変化の報告頻度に違いはみられなかった.また,内観報告に基づくと,多くの実験参加者が快,不快なニオイともに提示終了までニオイを感じており,知覚強度変化の様相もニオイ間で大きな違いはみられなかった.
著者
野下 浩二
出版者
公益社団法人におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.52, no.5, pp.267-274, 2021-09-25 (Released:2021-11-14)
参考文献数
35

昆虫は様々な化学物質を駆使して,身を守ったり,仲間とコミュニケーションを取る.臭いにおいを発することで知られるカメムシの防御物質やフェロモンについて,著者らの研究を中心にまとめた.また,昆虫は外界からの化学シグナルを感知し,最適な餌資源や産卵場所を探す.カメムシの餌探索行動に関わる植物由来のにおい成分について,植食性カメムシと肉食性カメムシを例に,近年,著者らが取り組んできた研究も紹介する.
著者
柏谷 英樹
出版者
公益社団法人におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.112-117, 2021-03-25 (Released:2021-11-14)
参考文献数
13

古来より植物の芳香が抗不安効果を持つことは経験的に広く知られてきた.今日でもその作用は民間療法として取り入れられている.しかしながら「香気が抗不安効果を生み出すメカニズム」については未だ不明である.本稿ではリナロール(ラベンダー精油の主要香気成分の一つ)の香気が持つ抗不安作用,その作用の嗅覚依存性,そしてベンゾジアゼピン感受性GABAA受容体の関与を中心に,その基盤となる脳内メカニズムについて最新の知見をもとに解説する.
著者
小川 藍
出版者
公益社団法人におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.9-17, 2017-01-25 (Released:2021-04-24)
参考文献数
31

加熱中のサツマイモ香気の変化,および,加熱中最も嗜好性が高まる時間帯の香気について調査した.加熱温度を200℃とした場合,最も焼き芋らしく好ましいと評価されたのは,加熱開始から75~90分の間の香気だった.この香気のAEDAより,16成分が香気寄与成分として示された.これらはいずれも加熱反応による生成物であるが,加熱中の増加の仕方は一様ではなく,アミノ-カルボニル反応,ストレッカー分解,カロテノイドやフェルラ酸の熱分解といった生成経路ごとに異なる増加パターンを示した.
著者
三輪 高喜
出版者
公益社団法人におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.49, no.6, pp.363-369, 2018-11-25 (Released:2021-08-13)
参考文献数
22
被引用文献数
1 1

パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患では,早期に嗅覚障害が出現することが知られている.したがって,嗅覚検査は,これらの疾患の早期発見のためのバイオマーカーとなりうる.本項では国内外で行われている嗅覚検査について,その方法と特徴について解説した.神経変性疾患による嗅覚障害では,嗅覚同定能の低下が特徴的である.わが国で行われている嗅覚検査の中で,T&Tオルファクトメーターを用いる基準嗅力検査における検知域値と認知域値との解離の増大は,同定能力の低下を示し,神経変性疾患による嗅覚障害の検出に有用である.また,新たに開発された嗅覚同定能検査もこれらの発見に有用とされている.