- 著者
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岩下 剛
- 出版者
- 社団法人 におい・かおり環境協会
- 雑誌
- におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
- 巻号頁・発行日
- vol.42, no.6, pp.391, 2011
自動車に乗る際,車室内の空気質を気にする時は,どんな時だろうか?昔は新車のにおいが顕著で,それを好ましく感じる人もいれば不快に感じる人もいた.空気質を考慮した自動車内装材の選定により,新車のにおいは以前に比べ顕著ではなくなった.排気ガスのにおいとともに小さい頃自動車に乗った記憶を甦らす人もいるだろう.喫煙者の所有する自動車の内装材およびエアコンのにおいに閉口した経験がある人も多そうだ.しかし,普段,運転をしていない方にとっては,車室内のにおいや空気質に対し,現実的なイメージをお持ちでない場合が多いと思われる.<BR>日常的に自動車を運転する方にとっては,もっと現実的な考えをお持ちだろう. 「幹線道路を運転する時は,大型車からの排気ガスが車室内に侵入するのを嫌い,外気を取り入れない換気モードを選択する」という行動を取られる方は少なくないだろう.夏季に冷房の効率を上げるために,外気を取り入れないという行動もあるだろう.そして,不快な外気を取り入れないため,室内空気(内気)を循環させる換気のモードを選択すると,換気量が減り,車室内発生の汚染物質の濃度が上昇することを知覚することは少ない.それは自動車に乗っている間に嗅覚疲労,嗅覚順応が生じてしまっているからかもしれない.<BR>建築の室内空気質については,シックビル・シックハウス・シックスクール問題が顕著になって以降,多くの研究がなされてきた.一方,居室と同等の居住性が要求されるようになってきている自動車車室内のにおい・空気質に関する研究例は少ない.そこで,今回の特集では「自動車車室内のにおい・空気質」と題し,様々な立場から,最近の動向を記述いただくことにした.<BR>株式会社ヴァレオジャパンの原氏には,自動車の車外,車内からのにおい発生源について解説いただき,その対策技術についても記述いただいた.<BR>日産自動車株式会社の吉浪氏には,自動車用の香り発生装置を組み込んだ車室内空調システムについて解説いただき,その目的,性能,運転方法などを記述いただいた.<BR>株式会社いすゞ中央研究所の達氏には,自動車部品から放散する VOCs(揮発性有機化合物)の評価方法について詳細に解説いただいた.<BR>最後に,筆者(東京都市大学・岩下)が車室内空気質の実測例を報告した.これら様々な視点から捉えた自動車車室内のにおい・空気質の現状が読者の方々にご理解いただければ幸いである.<BR>建築では室内環境が作業効率・知的生産性に及ぼす影響が注目されている.不快な環境による作業効率の低下が,企業生産性や安全性の低下につながるとしたら,それは由々しき問題である.2003年に建築基準法が改正される以前は居住空間に換気設備設置の義務はなく,住宅,学校などでは換気が不十分な箇所が少なくなかった.ビル衛生管理法では室内 CO<sub>2</sub>濃度は 1000ppm以下,学校環境衛生基準では教室内 CO<sub>2</sub>濃度は 1500ppm以下にすることが定められているが,換気量の少ない教室では 1500ppmを上回る測定例がしばしば見受けられた.60m<sup>2</sup>程の面積の教室に 40名もの生徒が一日中在室している在室密度の高さが高 CO<sub>2</sub>濃度の主要因となっている.在室密度の高さから言えば,普通乗用車も例外ではない.3〜10m<sup>3</sup>の車室内に 1〜8名の乗員がいるのである.コンパクトカーに4名の成人が乗車していれば換気が少なければ車室内 CO<sub>2</sub>濃度はかなり高くなるであろう.人体由来のVOCsはもちろん,人体由来以外のVOCsも内気循環の換気モードでは濃度が高くなる.換気状態の悪化が運転者の運転パフォーマンスに影響を及ぼすことがあってはいけない.安全性の視点からも車室内のにおい・空気質について考えてみたい.