著者
上田 善弘
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.41, no.3, pp.157-163, 2010-05-25 (Released:2016-04-01)
参考文献数
13

バラと人の付き合いは花の香りを利用することから始まった.それは古くは古代ペルシャにさかのぼり,その後,ローマ人はバラを多用し,小アジアやエジプトから輸入した.香料用に利用されていたバラは,その花のはなやかさにより観賞用植物として大発展することになる.ところが,これまでのバラ育種では,バラ本来の重要な形質である香りよりも花の色や形に視点がおかれていた.最近では,香りが再認識され,新たな香りバラの育種が世界各国で行われるようになってきた.
著者
内藤 茂三
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.226-239, 2010-07-25 (Released:2016-04-01)
参考文献数
21

乳酸菌と酵母はわが国の食品変敗の主原因菌である.これはこれらの微生物は保存料に抵抗性があるためである.これらの微生物により引き起こされる典型的な食品の変敗は膨張,異臭(エタノール臭,シンナー臭,バナナ臭,石油臭,酸臭,こげおよびカラメル臭),ロープ現象,スライムである.これらの微生物の汚染源は食品製造工場からの二次汚染である.乳酸菌による食品変敗の特徴は,食品のpHが4.0〜9.0に渡っていることであり,酵母による食品の変敗の特徴は,嫌気的条件下で多く生成することである.
著者
荘司 博行
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.46, no.6, pp.390-397, 2015-11-25 (Released:2019-02-20)
参考文献数
14
被引用文献数
2

入浴剤は日本独特の商品である.お風呂文化も日本独特であり,これほど生活に密着したものはない.入浴剤の原型「浴剤中将湯」が世の中に出て,110年以上が経過する.入浴剤の初期は,香りより入浴効果を重視した.昭和5年には,「芳香浴剤 バスクリン」が発売され,入浴剤の主役は,効果から次第に香りに移行する.そして,時代とともに入浴剤の形態も多様化した.発売当初から現在までの,多様化する入浴剤の変遷を追いながら,入浴剤の主役ともいえる香りの変遷について,香りを創る調香師の目線で考察する.
著者
今西 二郎
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.221-230, 2008
被引用文献数
1

香りの効果を積極的に利用して,病気の予防・治療や症状の軽減を図ろうとするのが,メディカル・アロマセラピーである.すなわち,メディカル・アロマセラピーは,エッセンシャルオイルを用いて,疾患の治療や症状の緩和を図る治療法の一つである.エッセンシャルオイルは蒸気蒸留法や圧搾法などで抽出し,多くの成分を含んでいる.エッセンシャルオイルには,抗菌作用,抗ウイルス作用,抗炎症作用,鎮痛作用,抗不安作用,抗うつ作用,リラクセーション誘導作用などさまざまな薬理作用があるので,メディカル・アロマセラピーは産婦人科疾患,皮膚疾患,上気道感染症,心身症,疼痛管理,ストレス管理などにおいて,有用である.アロマセラピーの方法としては,吸入,内服,アロマバス,マッサージ塗布などがある.このうち,アロママッサージは,もっとも効果が高い.アロママッサージにより,効率よくレラクセーションを誘導することができる.しかし,メディカル・アロマセラピーは,あくまでも補完的であり,他の療法と組み合わせることで,理想的な医療の実現に貢献できる.
著者
上茶谷 若 齊藤 満 井上 嘉則 加藤 敏文 塚本 友康 多田 隼也 亀田 貴之 早川 和一
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.42, no.5, pp.371-376, 2011
被引用文献数
1

両性イオン型高分子をレーヨンに混合紡糸した臭気物質のための新規な繊維状吸着材を試作し,水溶性臭気物質に対する吸着・除去特性を調べた.アンモニアに対する吸着特性を調べたところ,本繊維状吸着材は,繊維母材であるレーヨンと比較して明らかに大きい吸着量と吸着速度を示した.また,消臭加工繊維製品認証試験に従った減少率評価試験を行ったところ,本繊維状吸着材は酸やアミンに対して高い減少率を示したが,アルデヒドや硫化水素に対しては低い値であった.これらの結果から,本繊維状吸着材の吸着機構は,吸着材表面に形成される水和層への分配と両性イオン型官能基への静電的相互作用であることが示唆された.さらに,本繊維状吸着材の再利用の可能性について調べたところ,酢酸に対しては水洗浄により再生可能であることが判った.本検討の結果,本繊維状吸着材は水溶性でかつイオン性を有する臭気物質の吸着・除去に適用可能であると考えられた.
著者
長嶋 玲
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.45, no.5, pp.372-377, 2014-09-25 (Released:2018-02-13)
参考文献数
5

異臭のご指摘があった場合に,異臭原因物質を同定し,発生原因を明確にした後,再発防止することは必要なことであるが,異臭は目に見えず,人によって感じ方が異なる為,各段階においてにおいを明確に判断することが必要である.異臭原因物質の同定から再発防止までの方法と,それに必要な官能評価パネルの育成について説明する.
著者
小原 一朗 矢崎 一史
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.42, no.4, pp.248-256, 2011

植物の香りは人間生活の中に深く入り込み,様々な場面で暮らしを豊かにしている.植物の芳香成分の中でも,特にモノテルペンと総称される揮発性有機化合物は,ハーブや花の複雑な芳香成分の主要なグループを形成する.我々は,近年発展が著しい植物分子生物学の知見を応用し,ハーブの一種であるシソ由来のリモネン合成酵素遺伝子を,芳香成分を作る樹木であるユーカリに導入した.その結果,ユーカリオイルの芳香成分の蓄積量を最高で約5倍に増加させることに成功した.本稿では,こうした香りのエンジニアリングにおいて基礎研究が極めて重要な役割を果たしたこともあわせて報告する.
著者
岩橋 尊嗣
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.75-75, 2009

本誌では,これまでに光触媒に関する情報についての,企画特集をしている.たとえば,1998年11月号(Vol. 29, No. 6)"21世紀に向けての新しい脱臭装置開発"の中で「最新の光触媒技術開発の動向」「光触媒脱臭ユニットの開発」,2001年5月号(Vol. 32, No. 3)"酸化チタン光触媒の現況",2002年11月号(Vol. 33, No. 6)"可視光型光触媒の動向"などについて掲載している.さらに,1999年第12回臭気学会では酸化チタン光触媒の発見者でもある藤嶋 昭氏(現・(財)神奈川科学技術アカデミー理事長)を迎え,特別講演を催している.<BR>酸化チタンの光活性機能が,1972年"Nature"に掲載されてから,早くも37年の月日が流れた.その間にも超親水性能,抗菌・防カビ性能などの新しい機能性が次々と見出され,関連産業が1兆円市場に成長するのも夢ではないとの予測も様々なシンクタンクから出された.1999年,市場は急激に拡大し,その後も順調な増加傾向を示しているが,ブレークスルーには至っていないのが現状であろう.2006年以降はヨーロッパ,米国市場などを合算して1000億円規模とも言われている.<BR>1990年代,光触媒の用途開発が積極的に行われ,一般消費者を対象にした市場でもTV, 店頭,雑誌などで光触媒の記事を目にし,耳にする機会が確かに多くなった.一方,光触媒の原理を正確に理解せず,ただ商品開発に猪突猛進した一部の企業から,室内での光触媒活性のない商品が市場に出回るなどし,消費者の光触媒製品に対する信頼性を著しく損なってしまったことも事実である.そこで,2002年9月に光触媒標準化委員会が発足し,光触媒材料の評価に関する試験法の標準化が進められることになった.すなわち,市場から"まがい物"を追放しようという意図が読み取れる.<BR>本特集では,まず2002年発足以来の光触媒標準化委員会が中心となり,実務としては分科会が行ってきた様々な業務内容および成果について,竹内氏・松沢氏・佐野氏((独)産業技術総合研究所)らに執筆していただいた.特に,現時点でのJISやISOについての記述が詳細に説明されており,貴重な情報である.<BR>砂田氏(東大先端科学技術研究センター)・橋本氏(東大先端科学技術研究センター・同大大学院工学系研究科)らには,NEDO「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」の受託研究で行っている研究成果について執筆していただいた.切望されている可視光下で活性の強い光触媒の開発が,着実に進行していることがうかがわれる.<BR>阿部氏(北大触媒化学研究センター)には,白金と酸化タングステンの複合型可視光応答型光触媒の研究成果について執筆していただいた.これは,砂田氏・橋本氏らの研究とも共通した酸化タングステンを利用した,極めて活性の高い新規触媒の開発である.酸化タングステンのアルカリに弱いという弱点を,今後どのように解決していくのかが課題でもあるが,楽しみでもある.<BR>村上氏・中田氏((財)神奈川科学技術アカデミー)には,酸化チタン光触媒の応用研究の一つとして,オフセット印刷版の開発に関する研究成果について執筆していただいた.光触媒の原理をしっかり理解することで,多分野への応用展開が可能であることを示唆する貴重な研究の一つである.是非ともヒントを得ていただきたい.<BR>2007年,光触媒に関わる市場の内訳は,タイルやガラスなどの外装材がおよそ60%を占める.これに対し,内装材や生活用品であるインドア分野では,10%前後とかなり低い.この分野を活性化するには,紫外光が極めて少なく,可視光エネルギーしか存在しない状況下で,実用可能な活性を持つ光触媒(可視光応答型光触媒)の上市に掛かっていると言っても過言ではない.日本発の光触媒技術が,地球環境の改善に大きく貢献できる日の到来もそう遠くはない気がしてきた.世界との競争が熾烈になってきた今こそ,オールジャパンとしての正念場かもしれない.<BR>最後に,ご多忙極まる中で,諸先生方には本特集にご賛同いただき,執筆をご快諾いただいたことに対しまして,本紙面を借り深謝申し上げます.
著者
阿部 恒之 高野 ルリ子
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.42, no.5, pp.338-343, 2011
被引用文献数
2

化粧に関する心理学的研究は,1980年代から盛んになってきた.化粧は慈しむ化粧(スキンケア)と飾る化粧(メーキャップ・フレグランス)に大別されるが,感情に及ぼす影響に関する研究は,そのいずれもが高揚と鎮静をめぐるものであった. 喩えるなら,メーキャップによって心を固く結んで「公」の顔をつくって社会に飛び出し,帰宅後にはメーキャップを落とし,スキンケアをすることで心の結び目を解いて「私」の顔に戻るのである.すなわち,化粧は日常生活に組み込まれた感情調節装置である.
著者
榎本 長蔵
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.1, 2014

<p>環境中に存在する「におい」は,いったいどの程度のにおいなのか.ヒトの嗅覚を客観的な尺度として捉え,あらゆる議論に乗せていくためには,少なくともにおいを数値化する必要がある.</p><p>においを数値化するためには大きく分けて2つの手法がある.1つは実際に人の鼻を使ってにおいの強さ,嗜好性,広播性等を測る嗅覚測定法,もう1つは機器を用いて物質の濃度を測る機器分析法である.</p><p>臭気物質の機器分析方法は,公定法として定められている悪臭防止法の特定悪臭物質の測定方法を始めとして,測定対象とする臭気物質の種類や測定目的に応じて様々な方法が用いられてきた.従来より臭気物質の分析法として主に採用されているクラマトグラフィーを原理とした分析手法は,イオンクラマトグラフィーや検出器としての質量分析計の発展により,ますます重要な手法となっている.</p><p>また,ガスクロマトグラフィーの成分分離機能と質量分析計の同定機能,さらに嗅覚による臭質および臭気の強さの評価を組み合わせて複合臭を詳細に分析する,におい嗅ぎガスクロマトグラフ質量分析計や,機器分析法でありながら嗅覚に近いにおい評価を目指した,複数の半導体センサを用いて測定を行う分析機器も実用化されるなど,においの機器分析技術は,日々更なる進化を遂げている.</p><p>本特集では,臭気物質の機器分析に関する知見を有する4名の専門家に表題で示した学会での講演内容を柱として,機器分析を中心とした臭気の測定技術について詳細にご執筆頂いた.</p><p>先ず,高野氏(株式会社島津テクノリサーチ)には「悪臭の測定とにおい分野への測定技術の応用」と題して,悪臭防止法に基づく特定悪臭物質測定や臭気指数測定の概要と留意事項および,におい分野への測定技術の応用について執筆頂いた.豊富な現場経験から得られた臭気測定における重要なポイントを交えて記述されており,実際に悪臭測定を行ううえで非常に参考になる内容となっている.また,複合臭であるにおいを機器分析で評価するにあたっての課題を提示されるとともに,近年,においの評価に積極的に取り入れられるようになった機器分析と官能評価を組み合わせた測定法,機器分析でありながらにおいの質や強さを表現する測定法について紹介されている.</p><p>次に,守安氏,嵯峨根氏,田辺氏(株式会社東レリサーチセンター)には「イオンクロマトグラフィーによる硫黄化合物臭気の高感度分析」と題して,繊維製品の消臭性試験に適用するためのイオンクロマトグラフを用いた硫化水素およびメチルメルカプタンの高感度分析法の開発結果について執筆頂いた.捕集の難しい硫化水素およびメチルメルカプタンガスを,いかにイオンクラマトグラフィーで分析するための試料として効率的に捕集するかの検討を軸とし,併せて,精度良く定量分析するためのイオンクロマトグラフ分析条件を提示されている.稿末では,同手法を更に高感度化し,環境試料の分析へ適用するための検討事項が挙げられている.今後の更なる検討にも非常に期待される所である.</p><p>下村氏(住江織物株式会社)には「金属酸化物半導体センサを用いた繊維製品の消臭性能評価方法」と題して,複数種の金属酸化物半導体センサを搭載した測定機器(におい識別装置)を用いた模擬不快混合臭の評価方法の開発結果について執筆頂いた.実際の臭気は多成分からなる複合臭である.におい識別装置で測定することにより,構成する臭気成分個別の評価ではなく,複合臭としての情報を得て評価を行うことが可能となる.今後,においを客観的に捉えるための測定手法としてますますの発展が見込める技術である.</p><p>最後に,榎本(著者)が「排ガス・室内環境・作業環境等における悪臭物質の測定技術」と題して,悪臭防止法以外の分野で特定悪臭物質に該当する物質の測定方法として採用されている方法について公定法を中心に紹介し,特定悪臭物質測定技術としての適用の可否を考察した.特定悪臭物質の機器分析法として最新の測定技術の適用が検討されるきっかけとなり,また,読者が多様な臭気物質の評価を検討する際の一助になれば幸いである.</p><p>最後になりましたが,本特集の企画にあたりご多忙中にも関わらず執筆に御協力頂きました著者の方々に,本紙面を借り深く感謝申し上げます.</p>
著者
谷田貝 光克
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.38, no.6, pp.428-434, 2007-11-25 (Released:2008-09-19)
参考文献数
22
被引用文献数
4 4

樹木はそれぞれに特有な香り成分を放出する.その香りの正体はイソプレン,揮発性テルペン類,青葉アルデヒドなどのC6化合物などである.香り成分の濃縮された液体である精油は50~100種類の成分を含み,樹種によってその個々の構成成分含量は大きく異なる.本稿では,木の香り成分の持つ抗菌作用,消臭・VOC除去作用,害虫防除作用,快適性増進作用などの多様な生物活性について具体例を挙げながらご紹介する.
著者
岸本 徹 尾崎 一隆 鰐川 彰
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.38, no.5, pp.361-367, 2007-09-25 (Released:2008-09-19)
参考文献数
21
被引用文献数
2 1

わが国で統一化されたビール官能評価方法について解説した.北米およびヨーロッパで統一化された国際評価方法をもとに,日本と欧米との言葉や文化の違いを視野に入れ,それらの香味用語が意図する意味を十分に考慮し作成されたものである.また,ビール独自の官能評価方法に関して述べ,官能評価と成分を対応させる試みについて,ホップ香気や酸化臭について具体例を挙げ解説した.
著者
氏田 勝三
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌
巻号頁・発行日
vol.45, no.2, pp.99-99, 2014

<p>香辛料・香草は,香りをはじめとして,刺激,彩り,保存性向上などの面から食生活を豊かにしている.歴史的には生産地の争奪により戦争が引き起こされる程に渇望され,今日的には様々な香辛料・香草が多様な料理に用いられ,それらの香りとともに食事を楽しむことができ,加えてその生理的な作用について利用の可能性が期待される.本特集では,香辛料・香草とその香りについて,歴史的・文化的な側面,植物学上の特徴,官能評価からの香りの理解,香気成分の生成・合成・分析等の化学的側面,さらにその生理的作用の利用などについて多面的に取上げ,香辛料・香草を巡る今日的な知見について各分野の専門の方々にご執筆いただいた.</p><p>高橋氏(元全日本スパイス協会技術委員会 委員長)には,「香辛料の歴史・文化的役割について」という題目で執筆していただいた.香辛料の魅力は,香料の中で最も人間の根源的,生理的な欲求を満たす物であるという.それは食べ物に対する欲求であり,人の歴史や文化を左右させるほどの大きな影響力を持っていたという.このような香辛料は,食事に際し口腔内から鼻腔へ抜け,味覚と同時に風味としてその香りを楽しませるもので,「体の内から快感を誘う香料」であると特徴づける.世界における香辛料の歴史について,古代エジプトから大航海時代,スパイス戦争に至る各時代の使用用途の違いや特徴を踏まえ,それらの時代を伝える絵画や著者自筆の植物イラストも交えながら,その全体像を俯瞰できるように述べられている.</p><p>佐川氏(エスビー食品(株))は,「シソ科ハーブの香りについて考える」という題目での執筆である.今日,もっとも親しみやすいハーブとなっているシソ科のハーブについて,ローズマリーとスィートバジルという代表的な2種を取り上げ,官能評価と関連付けて香りの評価を行うアプローチ方法や考え方を紹介されている.香りに限らず,美味しさに関する品質とは,官能評価の結果以外の何物でもないという.そして,ローズマリーの楯状腺毛はその存在箇所により蓄積する精油中の香気成分バランスが違うという植物学上の特徴や,スィートバジルの葉の乾燥工程で発生する2次的香気成分と香気特徴への乾燥方法の影響について,官能評価結果やGC/MSによるデータ,X線CT画像等を用いてわかりやすく紹介されている.</p><p>増田氏(小川香料(株))は,「ヒトの鼓膜温および体表温に及ぼすウィンターセイボリーの効果」という題目での執筆である.かおりを楽しむハーブ・スパイス類は,かおりや香味を利用するにとどまらず,着色,食品保存などの機能,そしてそれら以外の種々の生理活性を有しており,様々な伝承的効能も知られている.そのなかで,ヤマキダチハッカとも呼ばれるウィンターセイボリーは,これまでに細菌,真菌に対する抗菌活性や抗ウィルス活性が報告されているが,著者らのこの間の研究により体表温低下抑制をもたらすことが明らかにされたという.冷え症に対する温感効果において有用な食材となるといい,ハーブ・スパイス類の今後の可能性について示唆に富む内容である.</p><p>飯島氏(神奈川工科大学)は,「香辛料・ハーブとその香り~香気生成メカニズムとその蓄積」という題目での執筆である.植物にとって香りなどの揮発性成分はケミカルコミュニケーションの手段であり,香辛料・ハーブの多くはこうした香気成分の生成に特化した植物として捉えられるという.そして,香辛植物において多くの香気成分は特定部位に局在することが多く,それら多様な代謝物の生合成について,遺伝子解析技術の発展により,生成に関わる酵素遺伝子,その転写因子の解明,外部環境との関連性などの分子メカニズムを明らかにすることが可能になったという.香辛料・ハーブの素材となる香辛植物の香気成分と生合成メカニズム,その蓄積と香りの放出,および応用に関する最近の知見について総括的に解説され,この分野における研究の今後を展望されている.</p><p>これらの論稿からは,香気成分の分析技術やその発生・放出のコントロール技術の進歩,香辛料・香草による様々な生理作用の解明とともに,食生活においてそれらがより豊かに利用され,文化として発展することが期待される.そして,上述の佐川氏が述べているように「香りは感じるもの」であり「香りを知ろうとするのであれば分析を行う前に,香りを楽しむ必要がある」という視点は今後より大切になってくると思われる.最後に,本特集を企画するにあたり,ご多忙中にも関わらず執筆をご快諾いただいた著者の方々に,厚く御礼申し上げます.</p>
著者
倉橋 隆
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.81-81, 2010-03-25 (Released:2016-04-01)

1980年代頃からの嗅覚関連分野の研究成果の発展には目覚ましいものがある.生理学・生化学,分子生物学の研究から嗅覚受容器細胞での情報変換機構が次々と解明され,嗅覚の受容システムは視覚の機構や生体内のホルモン受容や神経伝達と類似していることが明らかとなった.それらを基盤として1991年にBuck & Axelが「嗅覚受容体」を発見し,その業績に対して2004年にノーベル生理学・医学賞が授与された.この時期には世界中の多くの研究者が嗅覚に対して多角的なアプローチを行い,受容体の機構のみではなく,「不明瞭であった嗅覚の実体」を総合的に解き明かしたかたちになろう.「香りの創生」と言うと,それ以前にはややもすると芸術的・文学的な意味合いが強い分野であったが,この期間に科学のメスが入ったとも解釈でき,時代の大きなうねりの中で,基礎研究はもちろんのこと,香りにかかわる医学・産業・応用の分野にも少なからぬ影響があったことが多くの事例として挙げられる.例えば,今や医学研究ではヒトの細胞を利用して嗅覚・におい分子評価を行う試みがなされている(小林氏の項を参照されたい).また,創香の産業分野(福井氏の項を参照されたい)でも生体分子への効果からにおい分子のパラメータ(例えば悪臭を消すためのマスキング能など,坂井氏の項,竹内・倉橋の項を参照されたい)を推定できるほどになっているほどである.ところで,ノーベル賞に絡む意味で嗅覚の生体システムを分子的に眺めてみると,実はBuck & Axelらの仕事は一例である.嗅覚の情報変換に関与するG蛋白やcAMPは,生体の様々な臓器に共通するが,それぞれを発見したギルマン,ロッドベル(1994),サザーランド(1971)はノーベル賞の受賞に輝いている.分子の発見のみならず,昨今,嗅細胞でも盛んに利用される研究手法として強力な武器になるパッチクランプ法を開発したネーアー,サックマンは1991年の受賞,Ca感受性色素やケージド化合物を開発したツェンは2008年に受賞と,ノーベル賞クラスの研究にからむ事例が満載のシステムであるともいえよう.不斉合成に野依良治博士のテクニックが利用されていることは多くの人の知るところでもある(福井氏).また1987年に利根川進博士が免疫システムの解明に対してノーベル賞を受賞された際,「多様性」の意味で「免疫の次は嗅覚」に興味があると言われたことも思い出される.嗅覚は,複雑性ゆえに取り扱いが困難な一方で偉大な業績に絡む典型的な一例といえ,基礎研究でも魅力的な対象であるといえよう.今回の企画ではBuck & Axelの受賞5周年をきっかけに,「香りにまつわる様々な分野の一線の方たち」から,「嗅覚分野のノーベル賞受賞・科学的隆盛から刺激され発展していること」を執筆していただくことができた.関連する分野として,1.嗅覚の細胞分子生物学,2.嗅覚の心理物理学・生体計測,3.嗅覚研究の臨床医学応用,4.嗅覚研究の産業応用の4分野と広きにわたり,それぞれの専門家,第一人者の先生方からの御執筆を賜るだけでなく,全体を通して相関し,まとまりある内容としての集約性がみられた.基礎科学的内容では,決して嗅覚というトピックスにとどまることなく各分野の時代の最先端を垣間見ることができる.また,嗅覚に関連する医学・産業分野では分野の盛り上がりとともに基礎的知見を応用する可能性が無限に広がる様子が強く伝わってくる.執筆してくださった先生方に厚く感謝するとともに,読者の方々に嗅覚研究や応用の可能性の糸口がつかめるようであればと期待する.
著者
岡城 孝雄
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.39, no.5, pp.321-329, 2008-09-25 (Released:2010-10-13)
参考文献数
7

自然環境の厳しい山岳地域のトイレにおけるし尿の処理,処分は不十分であり,その実態の把握が十分ではなかった.これに対し,富士山などを例とした実態調査結果を明らかにした.現在,自然環境の保全,利用者の快適性のため,様々な技術が導入され,実証されており,その実証の過程で得られた知見を基に,山岳トイレ技術を分類した.また,山岳トイレに必要な諸条件を整理し,山小屋,利用者が処理技術に求めるもの,それを評価する制度の必要性を提言した.これらの技術が多くの自然環境エリアに適用されることが期待されている.
著者
村上 栄造 河野 仁志 加藤 真示 水野 成治 野口 正弘 堀 雅宏
出版者
Japan Association on Odor Environment
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.146-150, 2004
被引用文献数
1

厨房排気臭は、都市部での代表的な悪臭として認識が高まりつつある。そこで、その対策として光触媒技術の適用を検討した。光触媒フィルターには、3次元網目構造をもつセラミックス多孔体にTiO<SUB>2</SUB>微粒子をコーティングし、さらに、その表面には、化学的に安定したナノサイズの銀を担持して用いた。対象とした臭気は、中華料理店からの厨房排気臭とし、その排気臭に寄与している硫化水素の脱臭性能を確認する基礎的な試験を行い、得られた知見から光触媒脱臭装置を作成した。その結果、中華料理店の厨房排気臭に対してナノサイズの銀を担持した光触媒技術が利用できることが明らかになった。
著者
中台 忠信
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.21-27, 2013-01-15 (Released:2017-10-11)
参考文献数
36

醤油はかおりが命の醸造食品であるので,異臭は大きな欠点となる.醤油の異臭の代表であるn-酪酸は醤油麹の製麹中にBacillus属細菌により生成されるので,この菌の汚染を防止することにより,n-酪酸の生成を低減できる.そのためには,盛込みライン,製麹装置の洗浄・殺菌・乾燥により,盛込み時の初発汚染芽胞細菌数を低減することが重要である.次に,仕込み,開栓中の産膜性酵母の生育により,イソ酪酸,イソ吉草酸の異臭が生成される.産膜性酵母の仕込み中の生育抑制のためには,諸味中のアルコール発酵を旺盛化することである.開栓中の産膜性酵母の生育抑制のためには,詰め前殺菌することである.
著者
東原 和成
出版者
Japan Association on Odor Environment
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.123-125, 2005

平成13年, 環境省は, 全国のなかから「かおり風景100選」を選定した. 豊かなかおりとその源となる自然や文化・生活を一体として, 将来に残し伝えていくためであるという. 興味深いことに, 特に「かおり」についての選定基準はなく, 自然的, 歴史的, 文化的な景観のなかにかおりの存在が浮かび上がるような風景であるということが選定のポイントとなっている.<br> 感性の歴史家アラン・コルバンは著書「風景と人間」 (小倉考誠訳, 藤原書店) でいう. 「風景の保護はある風景解釈を選択することである」. 自然環境・景観保護運動のありかたに対する問題提起のなかに, 周辺環境との調和のなかで地域が育んできた文脈を読み解くために, 人間が親しめる無意識下の記憶, すなわち, 嗅覚を含めた五感を重視する姿勢に共感できる. <br> かおりの風景とは, そこに住む人間達が創り出す表徴であり, 人間の存在意義にもつながる風景である. 畑の肥溜めも, 焼き魚も, 古本も, 社寺も, すべて, 人間の人間たるゆえんの風景であり, その存在を否定しては, 人間自体を否定することになる. ランドスケープとともに最近少しずつ注目されてきているスメルスケープといわれる景観は, 人間が「住める空間」なのである.<br> 人間以外の生物にとってもにおいの風景は生存に関わる必須なものだ. 多くの哺乳動物は, 自分のにおいと他人のにおいを正確に識別し, 自分達の生活空間・個体空間の大きさを作り出すだけでなく, 交尾時期を的確に把握して種の保存に努めている. 植物は動けないからこそ, 独自なにおい空間を設計し, 生存に必要な情報交換をしている (細川聡子の項参照) . もちろん陸棲生物だけでない. 魚は自分の生まれた川にもどるためにも嗅覚は必須であり, また, 放精誘起なども水溶性の「におい」物質によって引き起こされる (佐藤幸治の項参照). そこに居住する人間達が, 自然的, 歴史的, 文化的な「かおりの風景」を創成しているように, それぞれの生物のまわりには, 我々が見えない, 本能的, 進化的, 生態的なにおいの風景が構築されているのである.<br> におい物質とは, 分子量30~300の低分子揮発性物質である. ただし, 揮発性であれば必ずしもにおうというわけではない. 例えば, 二酸化炭素や一酸化窒素はわれわれ人間には感知できない. では, 二酸化炭素は「におい」ではないかというと, ショウジョウバエや蚊などの昆虫にとっては, 二酸化炭素も立派なにおいなのである. そういう意味では, 広義でいう「におい」とは, 「揮発性の分子で, 空間を飛んできて, 生物によって受容される物質」と定義できるかもしれない. 最近問題になっているVOCもその部類に入るかもしれない. 中世においては「にほひ」という言葉を光の意味でつかっている. 空間からの情報という共通の意味があったのだろう.<br> におい分子は嗅覚受容体によって認識される. 信号は脳に伝わるとともに, しばらくするとそのにおいに対しては順応して信号はオフになる. 近年, 分子レベルでのにおい認識とその後の受容体の脱感作・順応のメカニズムはかなり明らかになっている (堅田明子, 加藤綾の項参照). 一方, 受容体による認識という立体構造説に対峙するものとして, 「匂いの帝王」 (早川書房) で有名になったルカ・テューリンが主張する分子振動説がある. 分子振動説によると, 普通のにおい分子と重水素化されたにおい分子とでは同じ物質でもにおいの質が異なることになる. 最近, ヒトの官能試験では「No」という結果になった一方で, 犬は区別できると主張する研究者もいるのでまだ決着はみていない. 私個人的には, どっちかだけですべてを説明できるとは思わない.<br> 嗅覚における分子認識は, ある意味, 究極の識別センサーかもしれない. 複雑な混合臭は, 特有のにおいを呈し, その複雑さが, 芸術ともいえる香水の存在を可能にしている. 混合臭が織りなすにおいの創成メカニズムもそのベールがはがれつつある (岡勇輝の項参照). また, 嗅覚受容体は, 鼻のなかでにおいセンサーとして機能しているが, 鼻以外の組織でも機能していることが明らかになってきている (福田七穂の項参照). 広義でいえば, 嗅覚受容体は, 一般的な化学物質センサーと考えてもよいだろう. 将来, 嗅覚受容体の化学センサーとしての機能をいかして, バイオセンサーの開発も夢ではない. 特に, 昆虫の性フェロモン受容体の解析で明らかになった, 高感度・高選択性をうみだすメカニズムは, 応用面に期待がかかる知見である (仲川喬雄の項参照).<br>(以降全文はPDFをご覧ください)
著者
深谷 渉
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.188-194, 2011
被引用文献数
1 1

ビルピット排水は,ピットの構造や維持管理等の問題により,高濃度の硫化水素を含む場合がある.硫化水素は,下水道施設排出後,空気中に放散され悪臭の元となり,生活環境悪化や都市イメージ低下,下水道施設の劣化を引き起こすため,下水道管理上の大きな問題となっている.ここでは,下水道管理担当者が効率的かつ効果的に悪臭対策を実施するための手法として,下水道施設である汚水桝に硫化水素計を設置し悪臭防止法による規制基準値超過を判定するとともにビル管理者に指導する手法と,ビルピットからのポンプ排水時に汚水桝内の気圧および湿度が急激に変化する現象を活用し悪臭発生源を特定する手法を紹介する.