著者
新井 一寛
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.12, pp.37-63, 2006-06-03

従来のイスラーム研究における単線的な「イスラーム近代化論」、あるいはモダニストやイスラーム主義者による知性を重視した宗教の合理化論を研究するだけでは、現代イスラームにおける宗教的価値の見直しの潮流の重層性を包括的に捉えるのは不十分である。ジャーズーリーヤ教団は、多くの「モダニスト」によって構成されており、近代志向の強い教団である。しかし、モダニストやイスラーム主義者、近代志向の教団が、呪術的諸行為を批判するのと同様に、トランス状態を含む情動的諸行為を嫌悪・批判するなかで、法的イスラームに代表される静的宗教に対して、神秘主義であるスーフィズムがその起源から本来的に持っていた動的宗教としての役割を、本教団は再評価・実践している。本稿では、近代以降、スーフィー教団同様に、イスラーム主義者やモダニストから、非正統的イスラーム、前近代の遺物として批判の矢面に立たされているマウリドにおいて、ジャーズーリーヤ教団がどのように活動を行っているのかを考察している。
著者
岡本 亮輔
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.15, pp.3-22, 2009-06-06

テゼは超教派の修道会として1940年代にロジェ・シュッツによって始められたが、現在では、宗教に無関心とされる世代を多く集める巡礼地として知られている。本稿ではテゼの「若者の聖地」としての側面に注目し、そのダイナミズムについて考察する。テゼの巡礼地としての聖性は、聖人の出現譚や奇跡の泉といった既成の宗教資源に依存しない。むしろ、テゼには宗教的・歴史的慣性を捨象する傾向が見出せ、テゼは「聖地の零度」を構成している。いかなる教派的レトリックにも服さないことで、テゼはあらゆる巡礼者が出入り可能な聖地空間を構成しているのである。本稿では、従来の聖地巡礼が超越的な出来事や人物を重視する垂直方向への交感を強調するのに対して、テゼを各巡礼者の参加と相互作用という水平方向への交感を重視するものとして位置づける。テゼは、多様な巡礼者たちの相互作用の中で、その都度立ち現れる不安定な聖地なのである。
著者
髙田 彩
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.81-95, 2019-06-08 (Released:2021-06-05)
参考文献数
13

本稿の目的は、武州御嶽山の女性が関与する社会組織の機能と役割を明らかにすることである。その際、女性が関与する社会組織が、(1)御嶽山の中でどのような役割を果たしているのか、(2)当事者である御師家の妻にとってどのような意義を持つのかという二点に注目して考察を行う。具体的には、構成原理の異なる三つの社会組織、各家の「なかばあさん」と呼ばれる30~50代の働き盛りの女性が所属する(A)「婦人部」と、各家同士の互助組織でありながら地縁的性格が強い(B)「組合」、血縁的性格が強い(C)「付き合い」を事例に、その機能と役割を検討する。これらの比較を通して、女性が山内の社会組織に組み込まれていく過程と、どのような場で生活慣習などの教育を受けながら、御嶽山の一員になっていくのかという問題を明らかにする。本稿は、先行研究で十分な議論がなされてこなかった御嶽山の社会組織と、そこでの御師家の妻の役割を照射するという点でも意義がある。
著者
中島 岳志
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.59-77, 2002-06-29 (Released:2017-07-18)
被引用文献数
1

本稿においては、現代インドにおけるヒンドゥー・ナショナリズム運動を牽引する最大の団体であるRSS(民族奉仕団)の理念とその末端活動であるシャーカーを分析する。RSSのイデオローグは現代インドにおいて「ダルマ」の重要性を説き、個々人がそれぞれの役割を果すことによって宇宙全体が機能するとする有機体論的社会観を提示するが、そこで提示される「ダルマ」は、あるべき「国民規範」に読み替えられているために、国民が国家に対して奉仕することこそが義務であるとするイデオロギーに回収されてしまっている。また、RSSが活動の中心と位置付けるシャーカーにおいては、メンバーの身体を均質で規律化された動員可能な「国民としてふさわしい身体」へと転換していくことが意図されている。現代インドにおける民衆の宗教復興的心性は、このようなRSSの活動によって巧みにヒンドゥー・ナショナリズムへと回収されている。
著者
鈴木 健太郎
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.5-28, 1995-06-10 (Released:2017-07-18)

今日の日本における占い人気の高さは世人の広く認めるところであるが、現代日本の占いを扱った学術的な研究は未だほとんどなされていないのが現状である。そこで、本稿ではまず、今後行われるべき占い研究の足がかりを得るために、複雑多様な様相を見せている諸々の占いを幾つかの類型に分類・整理することを試みる。類型化にあたっては、個々の占いを成り立たせている究極的根拠(占考原理)の種別と、運勢を好転させるための対処策の性格に見られる差異を分類の指標とし、研究の資料には一般読者向けに書かれた「占い本」を用いることにする。さらに後半では、分類作業によって得られた3つの類型のそれぞれが持つ固有の特質を、人間の運勢を左右する基因が人間とどのような関係にあると捉えられているかといった把捉様式のレベルに求めていく。そこには日本の宗教的な思惟・意識の構造を解明するための糸口の一つが潜んでいると考えられるからである。
著者
大谷 栄一
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.24-45, 1996-06-15 (Released:2017-07-18)

近代日本の法華・日蓮系の仏教運動を担うた「日蓮主義者」の一人、顕本法華宗(日蓮宗の一宗派)の本多日生(1867-1931)の研究はきわめて少こない。本多日生は、第二次世界大戦前の日本社会において、国柱会の田中智学(1861-1939)と並んで活発な「日蓮主義運動」を展開し、知識人や軍人・政治家・教育者・資本家を中心とする社会層に広範な影響力を誇った。本論考は、この日生の運動を事例として、近代日本の宗教運動の社会学的分析を行なう。とくに日生の運動において重要な位置を占めていた1910〜1920年代の社会教化活動に焦点を当て、その活動の意味を当時の歴史的・社会的文脈に即して検討することで、日生の「日蓮主義運動」の運動論的特質の一端を析出したい。また日生の「日蓮主義」は、社会思想としての性格をもっており、社会に対する宗教の応答(あるいは宗教の社会性)の検討が、本論考のもう一つのテーマである。
著者
向井 智哉 金 信遇 木村 真利子 近藤 文哉 松木 祐馬
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.1-16, 2020-06-30 (Released:2022-06-04)
参考文献数
44

本研究では、統合脅威理論(Integrated Threat Theory: ITT)に基づき、近接要因として現実的脅威、象徴的脅威、集団間不安を、遠隔要因として同化主義と接触経験を取り上げ、日韓におけるムスリムに対する受容的態度を予測する仮説モデルを構成し、その妥当性を検討した。日本(n = 330)と韓国(n = 339)のデータを用いて、現実的脅威と象徴的脅威を測定する項目を対象に探索的因子分析を行った結果、ITTの想定とは異なり、「全般的脅威認知」、「権利付与」、「類似性認知」の3因子が抽出された。また、共分散構造分析による多母集団分析を行ったところ、これらの3因子は同化主義と関連すると同時に、受容的態度とも関連することが示された。さらに、両国間で測定不変性が確認された。現実的脅威認知と象徴的脅威認知が区別されるというITTの想定は支持されなかった一方で、脅威認知の3因子はムスリムに対する受容的態度を規定するにあたって重要な役割を果たすことが示された。
著者
藤原 潤子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.45-68, 2008-06-14 (Released:2017-07-18)
被引用文献数
1

本稿は、現代ロシアにおける宗教的求道の特徴について、歴史観との関係から論じるものである。ソ連崩壊後のロシアにおいて、ナショナリズムはしばしば正教ナショナリズムの形を取って現れる。しかしロシア正教会は実は一枚岩ではない。歴史的状況との関連の中で、教団類型論におけるチャーチ的な教会(モスクワ総主教を長とする)の他に、旧教、カタコンベなどと呼ばれるセクトが現れたからである。本稿では、求道の過程で幾度も所属教会を変えていった正教徒夫妻のライフヒストリーを事例として取り上げ、その求道がまさに「真のロシア史」への探求だったことを示す。彼らにとって何が「真の歴史」かという問題は、どこに「真の聖性」があるのかという問題と切り離せない。新たな宗派との出会いを通じてロシア史をめぐる問題の新たな局面が開ける度に、彼らは自らが正しいと信じる「歴史」を選択していったのである。