著者
ガイタニディス ヤニス
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.16, pp.143-160, 2010-06-05

不景気が社会に全体的に影響を与えているということは周知の事実である。2009年7月から有効求人倍率が3ヶ月連続、史上最低の0.42になり、30歳以下のニートが64万人に増えたり、今年の自殺者数が22,362人にすでに達したりする実例を見ると日本にもグローバル的な危機が到着したということが分かる。その中で、最近研究者の間で興味を持たれているサービス業界の一部分、スピリチュアル・ビジネスという現象にも不景気の影響が表れている。「スピリチュアル・ブームは終わった」と発言するセラピストがいる一方で、「不況でお客さんが殺到した」と言い出すヒーラーの方が多いようである。しかし、日本の社会経済的状況が今さらスピリチュアル・ビジネスの行方とかかわるわけではない。ここで紹介する65人のスピリチュアル・セラピストのケースを分析しながら、著者はスピリチュアル・サービスという業界の発展が1980年以降の日本の経済と密接な関係を持っていると論じる。スピリチュアル・セラピストの生まれた年、セラピストになろうと考え始めた年とサロンを開いた年をグラフに表してみるとセラピストが三世代に分類されること、セラピストへの道を歩み始めたのが90年代後半であること、サロンの半分以上が2005年以降に開店されたことが分かる。その結果をセラピストの話に照らし合わせた結果、著者は次の結論に到達した。ジョルジュ・バタイユの「普遍経済学」という理論を用いるなら、日本の1980年代の裕福な社会の剰余生産のおかげで、スピリチュアル・セラピストの初代になる人々が存在の意味を探るにあたり、西洋で人気だったニューエイジ概念と道具を追うことができ、使用し始めたということがいえる。その道具を日本に輸入した初代のセラピストがスピリチュアルの「場」(「場」はメアリー・C・ブリントンの概念である)の基礎を築いたともいえる。バブル崩壊の影響で「場」をなくし、そして二代目セラピストになる複数の日本人がそのスピリチュアル・「場」で社会化できたうえ、仕事を見つけることができたと著者は論じる。最後に三代目のセラピストは、そのスピリチュアル・「場」の存在を前提として前世代より速く、スピリチュアル・ビジネスをキャリアとして選び始めている世代なのである。
著者
熊田 一雄
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.3-18, 2002-06-29 (Released:2017-07-18)

この論文の目的は、日本では開拓の遅れている「宗教と男性性」というテーマについて、現代日本で静かに流行している一般大衆の内観サークル系宗教運動の実証データを提供するとともに、形成途上にある日本の男性学理論に対して問題提起をすることにある。この論文の事例研究の対象である内観サークル系宗教運動「エルランティの光」では、女性参加者と異なり男性参加者に対しては、「オトコを崩せ」という指導が時々行われる。この論文では、「オトコを崩せ」という指導の実際を紹介する。次に、そうした指導法を指導者の中年期における回心体験と関係付けて説明する。最後に、内観サークル系宗教運動を日本のメンズリブ運動と比較検討し、1.今後、新宗教の一部のメンズリブ化と一部のメンズリブの宗教化が同時に進行することが予想される、2.伊藤公雄の「鎧理論」には、主として中年男性を対象とした「母の息子の男性学」の性格〈がある、ことを示唆する。
著者
粟津 賢太
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.3-31, 2010-06-05 (Released:2017-07-18)

本稿の目的は、沖縄における遺骨収集の展開とその動態を、社会学における集合的記憶研究の枠組から理解しようとするものである。アジア・太平洋戦争において地上戦が行われた沖縄では、わずか3ヵ月の間に20万を超える死者を出した。これは米軍の艦砲射撃、爆撃、上陸戦、掃討作戦による死者であり、敵味方両陣営の軍人・軍属の他、集団自決や戦闘に巻き込まれた民間人の犠牲者たちである。本稿では、今なお遺骨収集が行われている現代沖縄において、独特の喚起力を持つと思われる遺骨をめぐる様々な行為主体の動きを考察する。そこでは、「遺骨」をめぐる言説が開発や行政を巻き込んで新たに人びとを編成している。遺骨収集に携わる人々は、遺骨によって戦争と戦後の沖縄を語り、そして現在の沖縄を語っているのである。その意味で、沖縄における集合的記憶は常に生成され続けているといえる。現代における、このような「沖縄の戦後」の語りには彼ら特有の専有と抵抗をみることができる。
著者
前川 理子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.79-105, 1998-07-06 (Released:2017-07-18)

本稿は、現代日本で「精神世界」や「ニューエイジ」と呼ばれているような宗教現象の思想的系譜を探る試みの一環として、1960年代末からの青年達の異議申し立て運動との連続性をうかがわせる「ニューエイジ」類似運動を対象とした一事例研究である。本稿の主題は、国内外の社会運動研究者らが70年代にたびたび指摘してきた「新左翼から新宗教へ」と呼ばれる現象に関わるが、日本の宗教学が「ニューエイジ」研究のなかで彼らの指摘を取り上げることはこれまでほとんどなかった。本稿では具体事例として、青年期に学生運動にコミットした経験をもち、現在、気功普及運動を推進しているある人物を取り上げ、その運動の軌跡を、とくにその思想内容に注目しながら明らかにし、彼の中で両運動がどのように連続し展開していったのかを論じる。また、60年代以降の社会運動史の全体的動向の中にこの運動を位置づけ、運動がたどった連続と変容の軌跡に対する理解を深めてみたい。
著者
横井 桃子 川端 亮
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.79-95, 2013

従来の国際比較研究では、「教会出席」や「神との関係」といったキリスト教中心につくられた変数が宗教性を測るものとして用いられてきた。グローバル化する現代において、日本の宗教性を欧米のこれらの変数で正しく測ることは喫緊の課題となっている。本稿では、統計数理研究所の国民性調査の中の「宗教的な心は大切か」という質問文を日本人の宗教性を測るものとし、様々な社会意識や行動との関連を検討した。その結果、欧米の先行研究で検証されていたボランティア行動や利他的行動、投票行動、伝統的意識や社会的責任感に「宗教的な心」が影響を及ぼすことが分かった。日本における「宗教的な心」を用いて測定された宗教性が、欧米で用いられてきた従来の変数で測られるそれと操作的に同じはたらきをする可能性が示唆された。今後、「宗教的な心」が欧米の調査データでも検証されることで、さらにこの項目の有効性が明らかになるだろう。
著者
福持 昌之
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.49-63, 2015-06-13 (Released:2018-05-31)
参考文献数
44

真如堂は、正しくは鈴聲山眞正極楽寺といい、京都市左京区にある天台宗の古刹である。ここで11月5日から15日にかけて行なわれる十夜法要は、全国の十夜法要の元祖とされている。本稿では、まずその由緒を検討し、伊勢貞国だけでなく伊勢貞経に由緒を求める説があったことを示した。次に、十夜の歴史的展開として、16世紀後半には京都で十夜法要はよく知られており、17世紀後半には十夜法要の元祖が真如堂であると知られていたことを示した。そして、真如堂の十夜法要では、17世紀には僧侶が導師となって鉦を叩き、聴衆が共に念仏をする形式であったこと、18世紀初頭から様々な講が組織され、18世紀後半には鉦講が成立して十夜法要で演奏をするようになったと示した。これまでの研究では、楽器の双盤の記年銘によって民俗芸能としての双盤念仏があったとする傾向が強かった。しかし、鉦講の組織化や芸態を示す史料を重要視する場合もあり、本稿でも鉦講の組織化と演奏の記録を重要視した。
著者
小池 靖
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.49-77, 1998-07-06 (Released:2017-07-18)

本稿は、ネットワーク・ダイレクトセリングと自己啓発セミナーを題材に、現代社会において宗教的/霊的/心理学的アイディアが消費され功利的に活用されていく構造を考察するものである。両者は、対人関係を実利的にとらえ、こころをコントロールすることによって現世で成功しようというアメリカにある古くからの流れに密接に関わっている。両者は、セールスマン養成のトレーニングに理念的/歴史的基盤があり、顧客と良好な関係を取り結ぶ技術が、他者と調和的な関係を築こうとする態度へと変容している。競争的な現代社会においては、商業的だがゆるやかに組織された様々なネットワークが、世俗化や個人主義に矛盾しないかたちで、新しい生き方や自己の探求の場を提供している。
著者
兼子 一
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.39-59, 1999

本論文は、「エホバの証人」(ものみの塔聖書冊子協会)の信者による布教活動がどのように行われているのか、という観点から信者の実践活動に関するフィールドワークの一部をまとめたものである。なお、この調査は1992年から1998年にかけて実施している。この研究は、エスノメソドロジーという研究方法を使用することで、「信仰」というものを相互行為と考え、「布教と受容」の相互反映的なプロセスとして解明することを目指している。ところで、エスノメソドロジーの主な分析方法としては、「会話分析」と「ワークの分析」と呼ばれるものがある。そこで、この論文では、「ワークの分析」と呼ばれる方法を採用することにした。論点として、信者が布教プロセスにおいて、相手を納得させるために、どのようにカテゴリー群を使用していくのか。そして、その語用法が参与観察者である「私」にどのような受容プロセスとして立ち現れていたのか。これらの相互作用プロセスに焦点をあてた。なお、会話分析については別稿を用意している。
著者
二宮 文子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.17, pp.3-16, 2011-06-11

スーフィー聖者は、インドにおいて非常にポピュラーな聖者である。本稿では、中世インドのスーフィーが、いかなる要素を以て、信者から聖者として認められたのかを分析し、スーフィー聖者を生み出した社会文化背景の理解を目指す。14世紀のスーフィー聖者、ジャラールッディーン・ブハーリーの事例からは、彼が聖者として認められた要因として、大きく三種類の要素が挙げられる。スーフィズムの修行道であるタリーカとその枠組み、サイイドやシャイフの血統、旅の経験とそれによってもたらされる物品や学識である。これら三つの要素の分析からは、スーフィー聖者はイスラーム的な聖者であること、タリーカの枠組みはスーフィー聖者だけではなく血統に由来するサイイド崇拝にも適用されていたこと、旅の経験を持つスーフィーが新奇なものをもたらす存在として崇拝された可能性が指摘できる。
著者
酒井 朋子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.11, pp.43-62, 2005-06-11

本稿は、深刻な民族的・宗派的対立が継続してきた北アイルランドにおいて、第一次大戦戦死者がいかにユニオニズムの英雄として語られてきたのかを論じるものである。とくに大戦と名誉革命期の戦いとを重ねあわせる語りや記念行事に着目し、その形成過程、ならびにその後の大戦解釈への影響力を検討する。多くのユニオニストが戦死した第一次大戦下のソンム会戦は、その開戦の日付がユニオニズム・シンボルであった名誉革命期ボイン戦の記念日と一致していたため、ボイン戦に結び付けられて語られ記念されるようになっていった。戦後50年を経ると、穏健派のユニオニスト政権の登場もあって、二つの出来事の重ねあわせを否定し戦場の悲惨さを強調して戦争を脱神秘化しようとする語りが公の場に現れるようになる。しかし紛争激化以降、強硬派の武装組織は、名誉革命を想起しつつ惨死を遂げていった悲劇的英雄として戦死者を描出し、自集団のシンボルとして大戦を掲げていくのである。
著者
猪瀬 優理
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.8, pp.19-37, 2002-06-29

本稿は、これまであまり研究課題として取り上げられてこなかった宗教集団からの脱会について、ものみの塔聖書冊子協会からの脱会者39名を事例として分析した実証的研究である。特に本稿では、当教団の信者を親にもつ二世信者の脱会にみられる問題に焦点を当てている。本稿では、当教団が、信者にとって脱会が多くの困難や抵抗を生じさせる特徴を持つ教団であると考える。脱会の問題を考える手がかりとして、本稿では組織的離脱と認知的離脱が生じるプロセス、また脱会後に必要となる「社会的リアリティの再定義」の達成に焦点を当てる。このとき、認知的離脱と「社会的リアリティの再定義」の要件として、教団外情報の入手と教団外との人間関係の形成に着目して分析した。事例分析の結果として、一世信者と二世信者ではそれぞれ必要とされる情報や人間関係の性質が異なっていることが示された。
著者
碧海 寿広
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.17, pp.17-30, 2011

近代真宗とは何か。その問い直しの作業を行う上で、キリスト教からの流用、というのは有意義な視点である。本論では近角常観(1870-1941)という真宗大谷派僧侶による布教戦略をこの観点から詳細に検討し、近代真宗の研究に新たな知見を提示する。近角は、西洋における宗教事情の視察からの帰国後、キリスト教を範とした宗教改革を推進した。日曜講話、寄宿舎経営、学生信徒の組織などの諸実践を、キリスト教界の後を追うかたちで展開し、明治後期の都市東京において若い世代からの熱烈な支持を獲得した。だが、この近角によるキリスト教由来の清新な布教実践において示された真宗信仰には、前時代からの連続性もまた読み取れる。在来の真宗信仰とどう対話し、これを近代社会に再適応させるには何をすべきか。それが近角の直面した最大の課題であり、こうした見識からは、個人の内面的な信仰とその探求に傾斜し過ぎる従来の近代真宗研究の再考が迫られる。
著者
前川 理子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.4, pp.79-105, 1998-07-06
被引用文献数
1

本稿は、現代日本で「精神世界」や「ニューエイジ」と呼ばれているような宗教現象の思想的系譜を探る試みの一環として、1960年代末からの青年達の異議申し立て運動との連続性をうかがわせる「ニューエイジ」類似運動を対象とした一事例研究である。本稿の主題は、国内外の社会運動研究者らが70年代にたびたび指摘してきた「新左翼から新宗教へ」と呼ばれる現象に関わるが、日本の宗教学が「ニューエイジ」研究のなかで彼らの指摘を取り上げることはこれまでほとんどなかった。本稿では具体事例として、青年期に学生運動にコミットした経験をもち、現在、気功普及運動を推進しているある人物を取り上げ、その運動の軌跡を、とくにその思想内容に注目しながら明らかにし、彼の中で両運動がどのように連続し展開していったのかを論じる。また、60年代以降の社会運動史の全体的動向の中にこの運動を位置づけ、運動がたどった連続と変容の軌跡に対する理解を深めてみたい。