著者
濱田 陽
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.7, pp.23-45, 2001-06-17

現代日本ではキリスト教徒でない多くの人々がキリスト教の結婚式を選ぶ。本論は、世界的に稀なこの現象を取り上げ、日本のカトリックとプロテスタントが「無宗教」社会と接触してきたそれぞれの態様を考察する。研究では、キリスト新聞、日本カトリック宣教研究所資料の他、婚礼業界紙、消費者情報誌等を用い、司式側の聞き取り調査、関連宗教団体、業界への問い合せによる検証を加え、分析する手順を採った。具体的には、2章でキリスト教式結婚式の普及とイメージ形成をまとめ、神前結婚式と比較して社会要因にふれる。3章で日本カトリック教会とローマ教皇庁の対応、4章でプロテスタント界に於けるキリスト教ブライダル宣教団の役割に焦点をあて、日本のキリスト教界のキリスト教式への関わりを分析する。総じて、現行のキリスト教式の普及に連動した、両キリスト教界の「無宗教」社会への特殊化した関わりを「対話」として論じる。
著者
塚田 穂高
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.15, pp.67-90, 2009-06-06

近・現代日本の救済宗教において、ナショナリズムとユニヴァーサリズムがどのような形で存在しているのか。本稿では、2つの「新新宗教」-「真光」と「幸福の科学」の世界観ないし教えにおけるナショナリズムの論理を解明するとともに、特に90年代初頭という国際社会・日本社会の転換期・変動期に、同時代の宗教運動がどのような反応を示したかを見ていく。すなわち「新新宗教」が「時代社会論」であるかの検証の意義を持つ。分析の結果、真光は、『竹内文書』と通底する霊的な日本中心主義・人類日本起源説・天皇統治説といった起源神話をそのナショナリズムの中核としており、それが先進国・国際貢献といった時代意識と結合することで「霊的貢献」という宗教ナショナリズムが形成されていた。他方、幸福の科学は、経済的優位性と高級諸霊の存在に裏打ちされた選民・使命意識が、90年代初頭の国際情勢に反応する形で醸成された、独自の宗教ナショナリズムを有していた。
著者
小島 伸之
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.14, pp.69-86, 2008-06-14

特別高等警察の宗教取締を評するに際して、国家権力による「宗教弾圧」という定型句が一般に用いられることが多い。研究者の多くもそれを受け入れているといえよう。しかし、「宗教弾圧」を行った側である特高警察が、なぜ宗教を取締ったのかについて、その論理を内在的且つ実証的に検討した研究はそれほど蓄積されていないのもまた事実である。本稿は、特高警察の宗教取締の論理を内在的に理解するひとつの試みとして、一般に特高警察が弾圧した二大不敬教団事件と位置づけられている「第二次大本事件」と「ひとのみち教団事件」を対比し、「不敬」の背後にある両事件の異質性を明らかにすることを目的としている。具体的には、第二次大本事件とひとのみち教団事件について、先行研究での位置づけを整理した上で、『特高月報』の取締報告を繙き、先行研究が「二大不敬事件」-「国体」に対する「異端」説に対する取締-として説明してきた両教団の取締が、それぞれ反体制的社会運動、呪術迷信的社会運動という異なる理由に基づいて取締を受けたことを明らかにするものである。
著者
小池 靖
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.4, pp.49-77, 1998-07-06

本稿は、ネットワーク・ダイレクトセリングと自己啓発セミナーを題材に、現代社会において宗教的/霊的/心理学的アイディアが消費され功利的に活用されていく構造を考察するものである。両者は、対人関係を実利的にとらえ、こころをコントロールすることによって現世で成功しようというアメリカにある古くからの流れに密接に関わっている。両者は、セールスマン養成のトレーニングに理念的/歴史的基盤があり、顧客と良好な関係を取り結ぶ技術が、他者と調和的な関係を築こうとする態度へと変容している。競争的な現代社会においては、商業的だがゆるやかに組織された様々なネットワークが、世俗化や個人主義に矛盾しないかたちで、新しい生き方や自己の探求の場を提供している。
著者
高橋 沙奈美
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.47-60, 2014 (Released:2017-07-19)

社会主義という独自の近代化を経験した、ロシアにおける宗教研究の発展についての考察は、宗教学という制度や宗教概念を脱構築するための重要な事例研究の一つである。ソヴィエト・ロシアでは、宗教の社会的役割を全否定し、宗教の克服を課題とする無神論が国是とされた。しかしそのようなイデオロギーのもとでも、宗教に対する学術研究は行われ、戦後社会においては「科学的無神論」として理論的に整備され、組織化されたのである。本稿では、宗教研究の組織的拠点として1932年に設立され、現在も活動を続ける「国立宗教史博物館」の活動を軸に、宗教・無神論研究の発展を論ずる。この博物館の設立過程、戦前の活動内容、戦後の宗教研究が置かれた文脈の変化と博物館の地位の低下、そして戦後の博物館におけるフィールドワークの成果の一端を分析することで、ソヴィエト・ロシアにおける宗教・無神論研究が近代の欧米宗教学を立脚点としながら、その実証主義的な側面だけを著しく発展させたことを指摘する。
著者
菅 浩二
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.5, pp.21-38, 1999-06-03

本論文は、1925(大正14)年の「朝鮮神宮御祭神論争」に関する先行解釈の再検討と、新たな解釈を試みるものである。従来の解釈では歴史事実の説明に限界がある。これはこうした解釈が当時の日韓同祖論を考慮していない事による。この論争では、政府・総督府側の皇祖神奉斎論も、神社人側の檀君=朝鮮国魂神奉斎論も、共に日韓同祖論に依拠している。筆者は、日韓同祖論を近代的「伝統の創出」として捉える。その上でこの論争の背景に、当時の半大陸国家・日本社会における朝鮮半島の特異な位置がある事を指摘する。更に、「国魂」に関する議論を通じ、こうした朝鮮の特異性が神社信仰の土着主義的性格とどのように関わったかをも考察する。
著者
今泉 寿明
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
pp.29-48, 1995-06-10

シャーマニズム性を有する伝承的占い遊戯「こっくりさん」の知識、体験、解釈に関する初めての広域実態調査を1992年に実施した。静岡県、愛知県、徳島県、沖縄県に在住する一般成人2,000名に調査票を配付し、1,636名(20〜69歳)の解析用データを得た。知識獲得と遊戯体験は概ね学齢期(7〜18歳)に限定され、遊戯形態は学校ないし家庭・地域社会での集団型が大部分を占めていた。知識の性差はめだたないが、体験は女性の方にやや高率にみられた。年齢、性別を問わず心霊現象という解釈よりは科学的な解釈の方が優勢であった。 1930年代から現在までの「こっくりさん」流行史は社会変動と関連しており、安定伝承期(1930〜1945年、昭和初期〜敗戦)、低迷期(1946〜1973年:本土の戦後復興〜高度経済成長/沖縄の本土復帰前)、興隆期(1974〜1992年:本土の高度経済成長以降/沖縄の本土復帰後)に区分されることが示唆された。
著者
中野 毅
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.16, pp.111-142, 2010-06-05

民衆宗教とは社会的文化的政治的マイノリティーとしての「特徴」と「自己認識」を有している宗教運動であり、その研究方法には指導層と一般信者との階層差や格差、内部の非対称な支配関係などを捉えうる独自の方法が必要である。一試論として創価学会の運動を民衆宗教という視点から、社会層と国家との関連に限定して考察した。農村部から流入した都市下層民に、現世での新たな存在意義を確信させるアイデンティティー再確立過程に創価学会運動の民衆性を読み取ったが、社会層が上昇あるいは拡散していく中で、人生の勝利者・成功者という意識が強調されてマイノリティー意識が希薄化し、民衆宗教としての特徴を失っていった。この変化が決定的になったのは公明党が自民党との連立政権に参加した時期である。主たる支持者である創価学会員と党の理念的距離が大きく乖離し、支援運動の空転を招いた。両者の関係の再検証、再検討が必要な段階に至ったと言えよう。
著者
岩谷 彩子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.6, pp.3-26, 2000-06-17

本稿では、フランスで「ツィガン(ジプシー)」と呼ばれている人々の、ペンテコステ派キリスト教への大規模な改宗運動を例に、改宗という行為の背景を考察する。従来のジプシー研究では、本質主義的なジプシー文化論と、形式主義的なジプシーの「宗教利用」論が交錯し、ジプシー社会における宗教の位置づけは矮小化されてきた。そこで本稿では、ジプシーの改宗を、集団と個人の選別意識との相関から論じることで、従来尚のジプシーの宗教研究、改宗論一般に新たな視座を提供する。具体的には、4章でジプシー福音宣教会(MET)による宣教が、ジプシーが対峙してきた様々な集団間の差異を、キリスト教の論理によって超越させたことにより改宗が進んでいる点を論じる。5章では、集団間関係に収斂されない場で生じている個人と神との結びつきについて触れ、その結びつきが実際にジプシー社会の中で生かされたことが、大規模な改宗運動を支えている点を指摘する。
著者
河西 瑛里子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.19, pp.1-15, 2013-06-15

本稿の目的は、「ニューエイジ」の町として知られる、イギリスの「聖地」グラストンベリーにおいて、これまで取り上げられてこなかった地元民とニューエイジ産業に携わる移住者との関係に注目して、両者の共存のあり方とそこから生じていることについて考察することである。これまでの聖地研究や観光研究では、その土地に暮らす住人と巡礼者/観光客の関係については論じられてきたが、地元民とその土地に移住した人々との関係は議論されてこなかった。本稿では、ホスト・ゲスト論における「メーカー」という視点や、移民研究における移民の受容過程に関する知見を参考にしながら、地元民がニューエイジ産業に向けたまなざしに焦点を当てる。そして、積極的に関係をつくらない共存のあり方が結果としてニューエイジ産業の隆盛を招いていることと、地元民が移住者を受け入れる過程でニューエイジ産業を目的にやってくる訪問者を無視できないことを指摘する。