著者
伊藤 修一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.34, 2020 (Released:2020-03-30)

Ⅰ.はじめに 都道府県より大きなスケールでの地名認知の研究では,認知率の分布パターンの特徴に留まらず,その要因解明にも強い関心が寄せられてきた.要因を刺激中心要因群と被験者中心要因群,被験者刺激中心要因群とに整理すると,刺激中心要因群には位置や面積などの,通時的にみて変化しにくい項目が含まれる.よって,他の要因群が統制されているならば,認知の時系列的傾向は安定的なはずである.一方で人口のような,比較的変化しやすい刺激中心要因群の変動があれば,他の要因群が統制されていたとしても,時系列的な認知傾向が変化するはずである.認知の時系列傾向は,地域の変化の行動地理学的説明の一証左となりうることから,本研究では地名認知の時系列的傾向を把握するために,反復横断調査から得られた認知率の推移とその分布パターンの特徴を統計的な裏付けを基に検証する.Ⅱ.研究方法 調査は2003〜2013年の9月に1度ずつ,質問紙を用いて50分程度で行われた.対象地域は東京都の島嶼部を除いた53市区町村である.調査期間中に市区町村数の増減や名称の変更はない.調査は市区町村の名称と位置の認知を中心に問う内容で,名称については50音順に並べた市区町村名について,「知っている」と「聞いたことがない」との2択での回答を求めた.位置については市区町村名を「知っている」と回答した者に対して,白地図上の各市区町村に付された番号と,回答用紙の市区町村名とを対応させる方法で回答してもらった.この「知っている」と回答した者の割合や正しい位置を指摘できた者の割合を認知率とする. 回答者は本学の教養教育科目の一つで,筆者が担当した「人文地理学」の当日の受講者である.全11回の調査から623人の有効回答が得られた.対象者の平均年齢は2003年の20.5(s.d.=1.86)歳が最高で,2005年の19.2(s.d.=0.94)歳が最低である。都外に4年以上の居住者が40.1%を占めており,2003〜2011の各年ではその傾向がχ2検定で10%水準以上の有意性が認められるなど,被験者中心要因群は比較的統制されている.Ⅲ.名称認知の特徴 全調査年次で認知率が平均90%以上の市区町村は本学の位置する世田谷区とその近接区が多く,ローカルモランI統計量に基づく検定から,世田谷区と近接する7区からなるホットスポットが認められる.一方で瑞穂町とそれに近接する4市1町によるクールスポットが認められるなど,市町村の認知率が相対的に低い.認知率の年次間の相関係数はいずれも0.93以上(p<0.01)と高く,分布パターンは安定的である.ただし28市区町村の認知率の年次間の差は,χ2検定により10%水準以上で有意である.うち24市区でRyan法による多重比較で2003年と2009年との間に有意差が認められ,両年の対象者の特徴が関係したとみられる.Ⅳ.位置認知の特徴 全年次で認知率が25%以上の市区町村は世田谷区と渋谷区,町田市,目黒区,奥多摩町,江戸川区,八王子市,大田区の八つである.ローカルモランI統計量に基づく検定によれば,世田谷区とそれに近接する4区によるホットスポットが形成されているが,いわゆる「パースの法則」の統計的有意性は認められなかった.対照的に,認知率が10%未満の24市区町村のうち23は市町村であり,武蔵村山市と東大和市,瑞穂町によるクールスポットが形成されている.認知率の年次間の相関係数はいずれも0.73以上(p<0.01)で,分布パターンは比較的安定的で,χ2検定により認知率の年次間の差が10%水準以上で有意なのは13市区である.このうち8市区でRyan法による多重比較で2004年と2011年との間で有意差が認められ,両年の対象者の特性が認知率の推移に影響した可能性がある.Ⅴ.認知傾向の要因分析 認知率を被説明変数として,大学敷地(駒沢キャンパス)重心—各市区町村重心との直線距離と,各市区町村の住民基本台帳に基づく人口数と国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」に基づく面積の3項目を説明変数とした重回帰分析を各年次で行った.名称認知率の分析結果をみると,各年次とも上記3項目で6割程説明される.偏回帰係数は各年次とも直線距離,人口の順に影響力が大きく,認知率の安定的な推移に寄与している.位置認知の分析結果も決定係数は名称認知と近似するが,変動は大きい.さらに位置認知では面積の影響が直線距離と同等に大きく,認知過程での視覚的効果の重要さを確認できるが,これが全年次で確認できる特徴とはなっていない.このため,地図の読図習慣といった被験者刺激中心要因群が年次によって異なることが示唆される.
著者
山中 蛍 後藤 秀昭 竹内 峻 中田 高
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.244, 2020 (Released:2020-03-30)

地形学の研究では,地表面の様子を記録するために,現地での地形計測が実施されることが多い。等高線表現を用いた中〜大縮尺の地形図や空中写真の判読・分析のほか,近年では,航空レーザ測量などによる精緻な数値標高モデル(DEM)を用いた研究が主流となりつつあるとはいえ,より詳細な分析や,説得力ある情報収集のためには,現地での地形計測は欠かせない。 地形計測では,オートレベルやトータルステーションなどの多様な測量機器が用いられてきたが,近年では,GNSS(全球測位衛星システム)が重要な社会インフラとして整備されつつあり,地形研究でも広く利用されるようになってきた。その一方で,精度のよいGNSS受信機は,その価格や機材の大きさから,誰でも,どこでも,気軽に使えるほどではないのが実情である。しかし,近年,GNSSモジュールやアンテナの高性能化,小型化に伴い,センチメートルオーダーの測位が可能なパーツが廉価で販売されはじめ,農業や土木などの実業的な分野でこれらの応用が進みつつある(中本,2018)。 本研究では,それらのパーツを組み立てた小型で廉価なRTK-GNSS計測機器を作成し,地形学的な研究での利用について検討を行った。その結果,可搬性に富み,現地での作業が簡便なうえ,これまでのRTK-GNSS受信機と同等の精度で地形計測が可能であることが解った。発表では,機器の構成や使用方法および測位精度を報告するとともに,断層変位地形での現地計測を通して,地形研究への適用の可能性について報告する。
著者
山内 啓之 小口 高 早川 裕弌 飯塚 浩太郎 宋 佳麗 小倉 拓郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.96, 2020 (Released:2020-03-30)

GISを用いて空間的思考力を向上させるための教育は,地理学を通じた人材の育成に有効である。最近では,2022年の高等学校における地理総合の必修化を背景に,中高生を対象とするGIS教育の実践に関心が集まっている。一方で,中高生が実際に地理情報を取得する手法や,GISを操作してデータを処理する手法を学習できる機会は限られている。そこで演者らは,中高生が,GISや関連機器の活用を体験するプログラムを企画して実施した。 本プログラムは,日本学術振興会の「ひらめき☆ときめきサイエンス」の一環として,「デジタル地図とスマホ,ドローン,3Dプリンタで自然環境と人間生活を調べよう!」と題し,2018年8月3日,17日と2019年8月17日に実施した。受講者はインターネットを通じて応募し,中学1年生〜高校2年生までの計82名が参加した。 本プログラムは講義と4つの実習で構成され,1日でGISの基本や関連技術を網羅的に体験できるようにした。講義では,電子地図と紙地図の違いやGISの基礎知識を30分程度で解説した。受講者がより身近にGISを理解できるように,スマートフォンの位置情報ゲームや企業でのGIS活用の事例も紹介した。 実習は,1)データ解析,2)データ取得,3)アウトリーチ的活用,4)WebGISの活用の4つを体験するものとし,各1時間で実施した。1)のデータ解析では,無償で利用できるQGISと,基盤地図情報数値標高モデルを用いた地形の分析手法を解説した。受講者は,講師の指示とスクリーンに投影した操作画面に従って,標高データの段彩表現,陰影図の作成,傾斜角の算出,土地利用データの重ね合わせ等を体験した。2)のデータ取得では,主にドローンによる写真測量を取り上げた。受講者は屋外でドローンによるデータ取得を見学した後,室内でトイドローンの操作を体験した。3)のアウトリーチ的活用では,3Dプリントされた地形模型やスマートフォンのVRアプリを活用して,地形学の研究手法や,研究成果を効果的に伝達する手法を紹介した。受講者がより関心を持って学べるように,3Dプリンタでの模型の製作工程や,反射実体鏡による地形分類の手法等も解説した。4)のWebGISの活用では,防災をテーマに,Web地図上で洪水に関する情報を重ね合わせ,地域の脆弱性を読み取った。実習の冒頭では,受講者に洪水時の状況を伝えるために,対象地域の概観,水害の歴史,被害状況等について簡単に解説した。次に受講者が3〜6人のグループに分かれ,ノートパソコンやスマートフォンでWeb地図を閲覧しながら,洪水時に危険な地域や避難所に関する各自の意見を付箋にまとめ,A0の大判地図に貼り付けた。実習の後半では,討論の結果を模造紙にまとめ,グループごとに発表した。 本プログラムの効果を検証するために,受講者を対象とするアンケートをプログラムの終了後に実施した。アンケートは講義と各実習を5点満点で評価する設問,該当する項目を選択する設問,回答を自由に記述する設問で構成した。各受講者がアンケートに5点満点で回答した難易度,理解度,満足度の平均値を用いて,本プログラムを評価した。難易度については,2)のデータ取得や3)のアウトリーチ的活用のような直観的に理解しやすい実習を易しいと評価する傾向があった。一方で,講義,1)のデータ解析,4)のWebGISの活用のように,既存の知識との連携,複雑なPC操作,空間的思考力を要するものには難しさを感じる者が多かった。特に,1)のデータ解析は,他の実習に比べ難しいと感じる傾向があった。理解度は,難易度と全体的に同様の傾向を示したが,難易度よりもやや肯定的な評価となった。一方で満足度は,全ての内容について受講者の回答の平均値が4以上の高評価となった。以上の結果から,本プログラムは受講者が部分的に難しさを感じたものの,講義および実習の内容を概ね理解でき,高い満足感を得たと判断される。今後は,その他のアンケート項目の結果も参考に,プログラムの構成や教授法を改善する予定である。
著者
若狭 幸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.67, 2020 (Released:2020-03-30)

無人航空機(Unmanned aerial vehicle: UAV)を用いた地理学、地形学的研究は、昨今、数多く実施されている。UAVを用いて取得された画像は、衛星画像に比べると高解像度であり、任意の時に取得できるため、災害時の状況把握や早急な原因究明のために有効な手法であるとして活用されている。活用されている手法の多くは、動画取得による現状把握、可視カメラを用いた高精度地形図の作成などであり、いずれも可視画像を用いている。しかし、UAVを利用したリモートセンシング研究以外の衛星リモートセンシング研究やその他の航空測量研究分野などでは、可視画像のみならず、マルチスペクトル、ハイパースペクトルなど多波長画像が用いられたり、赤外線カメラやレーザーを用いた測定、測量など、種々のセンサーを搭載した研究が実施されている。そこで、本研究ではマルチスペクトルおよびハイパースペクトル画像を用いたUAVマルチ/ハイパースペクトルリモートセンシングを用いた災害調査の可能性について検討し、その結果を報告する。マルチ/ハイパースペクトルカメラは大型でさらに高価あることが多く、これまでUAVに搭載され、災害調査用に利用されることはなかった。しかし、超小型衛星用の液晶波長可変型フィルタ(Liquid Crystal Tunable Filter: LCTF)搭載型マルチ〜ハイパースペクトルカメラが開発され、それをUAV用に適用させたカメラが開発されたことにより、その可能性が高まった(Kurihara et al., 2018)。マルチ/ハイパースペクトル画像は、地表面物質のスペクトル情報が入っており、地表面に存在するものの識別を多種化することができる。例えば、単なる裸地だけでなく、どのような土壌が存在するのか、そこに含まれる粘土鉱物の種類などを識別することができる。斜面崩壊時、その崩壊面や崩壊発生源となった原因である地質、特に粘土層の存在やその範囲等を推定する必要がある。しかし、崩壊面は危険であったり、広範囲であったりするため、すべての地域の調査には時間を要する。一方で、前述したようなマルチ/ハイパースペクトル画像を取得できるカメラを用いることにより、UAVリモートセンシングでこれらの問題が解決できる可能性がある。広範囲に粘土鉱物が含まれる層の位置や、その量の推定などが、リモートで調査できるため、これまで困難であった問題に着手できることが期待される。そのために、災害調査に適したカメラの開発と、実際に災害が発生した際に速やかに撮影ができるような撮影システムを整えておくことが必要である。そこで本研究では、第一に、2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震で発生した土砂災害地の土壌試料のスペクトル特性を分析し、土砂災害調査のために必要な反射スペクトルの波長域を推定した。次に、カメラの開発後に速やかに調査撮影ができるように、撮影システムを構築し、試験飛行を実施した。北海道胆振東部地震により発生した斜面崩壊地から採取した土壌試料の反射スペクトルには、1400 nm、1900 nm周辺に大きな吸収帯が存在した。このスペクトル特性は、モンモリロナイトの特性に類似しており、土壌中にモンモリロナイトが含まれていることが示唆された。崩壊面にはモンモリロナイトのような膨潤性の高い粘土鉱物が含まれていることが多いため調和的である。一方で、試験飛行はLCTFが搭載されたカメラを用いて実施された。試験飛行は概ね成功し、実際の土砂災害地の撮影にあたって考慮すべき注意点がいくつか抽出された。規格化するために置いた標準板が見える高さで撮影をする必要があることと、標準板を置いた場所でなければ撮影ができないということである。また、撮影はバンドごとに実施するため、位置補正が難しいことなどである。以上のようなことにより、本研究では、UAVを利用したマルチ/ハイパースペクトルリモートセンシングが災害調査に利用可能かどうかを検討した。その結果、1400 nm、1900 nmの波長域を含めた粘土鉱物を識別できるカメラを開発することにより、UAVを用いて広範囲に粘土の分布を調査することが可能となり、本手法が災害調査研究に活用できることが示された。引用文献:Kurihara, J., Y. Takahashi, Y. Sakamoto, T. Kuwahara, K. Yoshida, HPT: A High Spatial Resolution Multispectral Sensor for Microsatellite Remote Sensing, Sensors, 2018, 18, 619.
著者
吉岡 美紀 澤柿 教伸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.61, 2020 (Released:2020-03-30)

2019年10月12日に関東地方に上陸、通過した台風19号の降水により、多摩川の水位はデータのあるほとんどの地点でそれまでの既往最高水位を上回った。台風による増水がひいた後に、変化した河川敷を見て、どの程度、堆積あるいは浸食したのか興味を持ち、計測、調査をした。対象地域は多摩川中流域、東京都羽村市の玉川上水取水堰付近の河川敷で、植物が茂っていた部分の広範囲が、台風後には砂礫堆積物におおわれた。台風後の計測は、GNSS受信機(GeosurfのSP60)を使用して標高と緯度経度データを入手した。台風前のデータについて、なるべく同程度の精度のよいデータを探した。国土地理院がホームページで公開している「地理院地図」では、画面左下にmで小数点1桁までの標高が表示される。データソースがDEM5Aであれば、標高精度は0.3m以内と表示されているが、注に「0.3m以内という値は地表面測定値がある標高点に限る」とある。国土地理院ホームページにある「航空レーザ測量による数値標高モデル(DEM)作成マニュアル(案)」によると、地表面測定値がない場合の精度は2.0m以内であり、精度0.3m以内との差が大きい。「地表面測定値がある標高点」がどの位置にあるのかの情報は地理院地図上では入手できないため、地理院地図用に編集される前の、航空レーザ測量で計測された元のデータにあたることになる。
著者
黒木 貴一 岩船 昌起
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.19, 2020 (Released:2020-03-30)

指定避難所は,基礎自治体が所有する既存施設が利用されることが多く,立地の安全性,特に地形条件については,十分に考慮されているとは言い難い.このため危険な場所の施設が避難所に指定された場合,発災時に,避難行動に障害が生じることがある.避難所と避難経路に関しての地形条件が評価され,かつ災害想定が的確になされれば,各施設の安全性が事前に確認でき,防災・減災に繋げることができる。筆者らは,2019年に鹿児島市での避難所の安全性評価に関わった.そこでの地形及び地形量指標を評価の根拠として重視した事例を紹介する.
著者
佐藤 洋
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.300, 2020 (Released:2020-03-30)

Ⅰ はじめに これまで,多くの地理学者が地域間の経済格差と地方自治に関心を向けてきた.その潮流の中で,地方財政問題にも焦点が当てられている.1980年代に財政地理学を展開したBennett(1980)は地域間の公平性の観点から地方財政問題に地理学的視点を導入する意義を示し,英国の財政調整制度であるレイト支援交付金の配分問題に焦点を当てて実証分析を行った. その後,国内において地理学者が財政問題を扱う際には,我が国の財政調整制度である地方交付税に対して関心が向けられてきた.主に,その関心は地方交付税への依存度が高い地方圏の(特に小規模な)自治体に向けられており,税収が豊かな大都市圏の自治体が注目されることはなかった. しかし,大都市圏の自治体における財政状況を分析すると,バブル景気崩壊後,自主財源の大部分を占めている地方税の滞納の影響が大きく,その金額は決して無視できるものではない.実際に,各自治体は徴収率の向上に積極的に取り組んでいる. 経済学の分野では,地方税の滞納に関してモデルを用いた研究があるが,管見の限り,国内において空間的な観点から地方税の滞納の問題を扱った研究例は存在しない. そこで本研究では,地方税の徴収率の低下が地方財政にもたらす影響の検討を行った.さらに,その結果を踏まえて大都市圏に着目し,地方税の徴収率と他の指標との比較を行い,その特徴について計量的に分析した.Ⅱ 分析対象地域の概要と調査内容 本研究における分析対象は,東京都,埼玉県,千葉県,神奈川県の1都3県の基礎自治体とした(税制度の異なる東京23区は除く).地方財政状況調査,国勢調査などの統計をもとに,地方税の徴収率の低下が自治体の財政に与える影響を分析した.さらに,相関行列の作成や重回帰分析などの計量的な手法を用いて,滞納の発生と,失業率,生活保護率,犯罪認知件数などの都市問題との関係を分析した.Ⅲ 結果と考察 大都市圏の基礎自治体における地方税の徴収率と財政状況を分析した結果,地方税は自治体の自主財源額の約8割を占めている.地方税の滞納額は約1,578億円(平成29年度)に上り,徴収率が1%上がると,歳入が約541億円増加する状況にある(当該自治体における同年度のふるさと納税の合計受入額は約150億円である).特に財政力指数が高い(地方交付税が少ない)自治体ほど,滞納が発生した場合の影響が大きくなる.自主財源額と比較して,滞納額が約15%に相当する自治体(千葉県八街市)も存在している. そこで,計量的な手法を用いて地方税の徴収率を様々な指標と比較した.相関行列の作成および重回帰分析による分析から得られた主な知見は次の2点である.①地方税の徴収率が低い(滞納率が高い)自治体はブルーカラー従業者割合,外国人割合,犯罪認知件数,生活保護率,失業率などの貧困問題と関係の深い指標と正の相関がある.②平均年収,税務職員数に対しては負の相関がある. 各指標における自治体の分布の考察により得られた主な知見は次の3点である.①平均年収が低い自治体やブルーカラー従業者割合が高い自治体は都心から同心円状に分布するが,地方税の徴収率が低い(滞納率が高い)自治体は,同心円状には分布しない.②貧困問題と関係の深い指標と徴収率の分布が一致しない自治体がある.③平均年収が高いが,徴収率が低い自治体においては,住民の納税に対する意識に何らかの問題が生じている可能性がある. 上記の分析結果より,地方税の滞納という現象は,確かに貧困問題と関係しているが,それだけでは説明できない部分も多くみられた.これらの解明については今後の課題としたい.参考文献Bennett,R.J.1980.The Geography of public finance:Welfare under fiscal federation and local government finance.London:Methuen.
著者
松原 宏
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.294, 2020 (Released:2020-03-30)

本発表は、2019年の台風15号と19号による被害の特徴を指摘するとともに、国土政策や産業立地政策との関係を考察しようとするものである。台風15号の被害は、千葉県を中心に、停電が長く続いたが、これには森林の荒廃が関係している。台風19号の被害は、広域にわたる大河川の氾濫を特徴としており、これには戦後の国土政策の歴史が関わっている。また、郡山の工業団地の水没には、テクノポリス政策の進め方と関わっているように思われる。今後の国土政策を考える上では、災害に備えることを重視する必要がある。
著者
長尾 謙吉
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.289, 2020 (Released:2020-03-30)

1.研究の背景と目的日本の地域間人口移動は,高度経済成長期には3大都市圏へ職業を問わず幅広い階層の人々が移動したが,1980年代のバブル経済期には高学歴層が移動の中心となり,さらに1990年代後半には高学歴女性の東京圏への移動が顕在化した(中川2005).地域間で移動するのは,高学歴層に偏り,彼ら彼女らは東京圏へ選択的に移動している.こうした人口移動の傾向を「選択的」人口移動と称すことができよう.豊田哲也を代表者とする科学研究費助成研究「地理的多様性と地域格差問題の再定義に関する研究」「所得格差の要因と影響に関する地理学的研究」「所得の地域格差とその要因に関する地理学的研究」の共同研究メンバーであった中川(2005; 2015; 2017)は,こうした人口移動の傾向について許育歴・コーホート別にみた推計を行い,経済格差の再生産は個人間や世帯間だけでなく,東京圏とそれ以外での地域の間でも進行していることを指摘してきた.さらに,発表者ら共同研究メンバーとは,関西の大学卒業生たちの動向をみても就職時だけでなく就職後の転勤などの移動をみても「選択的」人口移動の傾向が一方ではみられ,他方で東京圏以外の地域におけるさらなる活力低下は就業機会の面から再び「選択的」ではなく幅広い人々の移動の誘因となる可能性をあることを意見交換してきた.まことに残念ながら中川は2019年10月に急逝した.中川が持ち続けてきた問題意識をふまえて,「選択的」人口移動と就業機会の地理との関連について考察するのが本発表の目的である.人口移動と地域格差との関係について,どちらが要因でどちらが結果なのかというのは「鶏が先か,卵か先か」系統の古くからの研究課題である.就業機会の地域格差は仕事を求める人々が仕事の多い地域に移動することによって調整メカニズムが働き,地域格差が縮小すると新古典派経済学によるアプローチでは想定されている.日本における経験的事実に目を向ければ,県間移動者は20歳前後から30歳代が多くを占めている(大江2017).さらに,「女性の労働市場,とりわけ有配偶女性については,人口移動によって地域間の労働市場の不均衡が調整されるというメカニズムは働きにくいことが想定される」(坂西2018: 118).それゆえに,人口と就業機会の地域格差について世代差や男女差にも留意した研究が求められよう.2.分析枠組みと論点人口移動の要因と年齢や職業をはじめとする移動者の属性を絡めて考察できるのがベストではあるが,分析の要求を満たすデータを得ることは簡単ではない.本発表では,国勢調査のデータを用いて人口分布を世代別・男女別・職種別に東京圏(東京都,埼玉県,千葉県,神奈川県)とその他の地域というある種「大雑把な」区分を基にして地理的状況を検討し知見を得たい.世代別については,大江(2017)や中川(2015; 2017)で用いられている出生コーホート別に人口分布をみるコーホート・シェアが有用である。高度成長期には若年期において東京圏のシェアがかなり上昇し,1960年代コーホート以降は、東京圏生まれが増加するとともに,20代前半にかけてシェアが増加している(大江2017).本シンポジウムにおける豊田報告や中澤(2019)でも焦点となっている1970年代生まれに着目すると,それまでの世代に比べて25歳以降においても東京圏のシェアが低下しないことが注目される.男女別にみると,東京圏シェアは女性の方が若干低い.仕事の東京圏シェアは,職種別にみると専門的・技術的職業や事務職では高いが,従業上の地位でみると派遣社員の比率が高い.「さまざまな仕事」の偏在(橘木・浦川2012; 長尾印刷中)や仕事の「質」の差異(高見2018)と「選択的」人口移動との関連性は高いと考えられるが,「選択的」人口移動との結びつきだけでは東京圏の労働市場は説明できないであろう.人口集積と就業をうみだす産業活動との関係を論じた加藤(2019)は,「人が住むから働く場所がある」傾向への「風向きの変化」を提起している.豊田(2015)が指摘してきた「水準の地域格差」についてある程度は収斂するなかでの「規模の地域格差」の拡大とともに,就業機会の地理の行方を見定める論点となろう.
著者
申 知燕
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.282, 2020 (Released:2020-03-30)

1.はじめに 近年のグローバルシティでは,国際移住が急激に増加していく中で,従来の労働移民に加えて,トランスナショナル移住者が多く見られる.中でも,留学生やホワイトカラー労働者といった,国際的なキャリア形成を目標とする若年移住者層の急増によって,移住者の集住地を含む都市空間全体が大きく変化している.このような変化は,居住地や商業施設の立地条件だけでなく,インターネットやスマートフォンの普及による移住者の行動変化にも起因すると考えられる.しかしながら,従来の研究は,都市空間における物理的空間としての集住地と移住者間の関係に注目したものが多く,バーチャルな空間がいかに既存の集住地に影響を及ぼしているのかについて把握した研究は少ない.そこで,本研究では,グローバルシティにおける近年の韓国系移住者(以下韓人)を事例に,かれらのオンラインサイトおよびコミュニティの利用状況から,トランスナショナルな移住行動,中でも場所の制約のないオンライン空間でのエスニックな活動が集住地や都市空間全体に与える影響を明らかにしようとした. 本研究にあたっては,2013年5月から2020年1月にかけて移住者を対象としたアンケートおよびインデップス・インタビュー調査を実施した他,回答の中で言及されたオンラインサイト・コミュニティについて,情報を収集・分析した.2.事例地域の概要 本研究では,現代における代表的なグローバルシティであるニューヨーク,ロンドン,東京の大都市圏を事例地域としている.それぞれの事例地域における韓人人口数はニューヨークで約22万人,ロンドンで約1万人,東京で約15万人と推定されている.各地域では,戦前もしくは戦後直後から韓人の流入が続いており,主に旧期移住者によって,インナーシティや郊外を中心に集住地が3〜5カ所程形成されてきた.しかし,1980年代後半から,高等教育機関への留学や一般企業での就労を目指して移住する若年層が増加しており,かれらは既存の集住地には流入せず,大都市圏各地,特に市内中心部および生活・教育環境の良い一部郊外に散在するようになった.3.知見 本研究から得た結論は以下の3点である. 1点目は,1980年代後半からグローバルシティに移住した韓人は,自らのアイデンティティを保持し,エスニックな必要を満たすために,散在しながらもオンラインサイトやコミュニティを利用することである.かれらからは,集住をし,エスニックビジネスを営み,集住地のコミュニティに積極的に参加するといった,旧期移住者特有の移住行動が見られないが,それはかれらが現地社会に同化しているからではなく,移住過程でインターネットを通じてエスニックな資源を得られるからであると考えられる.かれらは,移住の前段階で,母国や経由地でオンラインサイトやコミュニティを利用することで移住先に関する情報を収集しており,移住後も,それらの情報と自らの社会経済的資本を適切に活用することで,既存の集住地に深く依存しない生活を送る. 2点目は,オンラインサイトやコミュニティは,エスニックな資源を必要とした個人移住者によって自発的に設立・管理・利用される傾向が強い点である.オンラインサイト・コミュニティの利用者は,オンライン上でエスニックな情報交換,親睦活動,中古商品の売買などを行っており,中でも情報交換機能を重視している.これらのサイトやコミュニティは,移住後に情報交換や人脈形成の必要性を感じた個人移住者の善意によって,非営利目的で立ち上げられたものが多く,管理者はサイト・コミュニティが大型化しても,商業化させて収益を得るよりは,一利用者として参加し続ける傾向があった.一部の企業は,インターネットを積極的に利用する移住者層をターゲットとし,同時代の韓国で販売されるような商品やコンテンツを提供することを目的にウェブサイトを立ち上げるが,通販サイトを除いては,情報提供や交流の機能がサイト維持のための原動力となっている. 3点目は,このようなオンラインサイト・コミュニティの利用様相は,かつて物理的な空間としての集住地が持っていた機能の一部が切り離され,バーチャル空間上に別途存在するようになったことを示すことである.大都市圏に散在し,集住地に頻繁に訪れることが難しい移住者にとって,場所の制約がなく,自由に多様な情報を得られるオンラインサイト・コミュニティは唯一無二なエスニック空間となる.しかし,その存在により,逆説的に,集住地に凝集する必要性は低下するため,集住地の機能分化とオンライン化が進む.
著者
鎌倉 夏来
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.280, 2020 (Released:2020-03-30)

知識や技術の創造と拡散がいかなる地理的特徴を有するのかを明らかにすることは,地理的に不均等な経済成長を理解するために重要である.これまで,イノベーションを取り巻く様々なアクターが形成する環境に注目した研究は,ナショナルイノベーションシステム(NIS)や地域イノベーションシステム(RIS)といった,地理的な領域として区切られたなかでの制度を分析するという枠組みや,個別の産業特有のシステム環境に着目したセクターイノベーションシステム(SIS)といった枠組みの中で論じられてきた.しかしながら前者においては,地理的スケールの境界や階層を先験的に設定することで,本来重要な役割を果たしているアクターを軽視する可能性がある.また,後者については,既存の産業枠組みにとらわれることによって,産業の枠を超えたイノベーションの創出を把握することができないという問題点があった.本稿では,知識や技術に着目した「技術イノベーションシステム(TIS)」という分析枠組みを導入し,より知識や技術そのものの特徴に即したイノベーションシステムの地理的特徴を解明するための試論を展開したい.分析対象は,近年国内外で多様な産業への応用が期待されているAI(人工知能)関連技術とした.まず,1980年から2019年について,AIに関連する論文を抽出した.具体的には,Web of Science Core Collectionの中でComputer Science, Artificial Intelligenceに分類された論文935,548本(2020年1月8日時点)を取得し,その中で高頻度に引用されている2,350本の論文を分析対象とした.高被引用文献は,2009年から2019年に発表されたものに限定されていたため,分析対象はこの期間となる.特許出願等の状況から2014年以降は「第三次AIブーム」とされていることから,①2009年〜2013年,②2014年〜2019年の二つの時期に分けて分析を行った.共著者数を考慮せずに論文数で重み付けし,①と②の期間を比較すると,中国の研究機関・企業の割合が二倍近くになっていることがわかった.しかしながら,これらの論文に占める国際共著論文の割合は,最も論文数の多かった中国科学院で60%以上となっているなど,国単位での分析には適していないことが確認された.そこで,著者の所属する研究機関・企業をノードとした社会ネットワーク分析を行なったところ,国単位の内部ネットワークが必ずしも強固ではないことが示唆された.