著者
原口 剛
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.263, 2020 (Released:2020-03-30)

Ⅰ はじめに 本報告は,地理学における労働への問いにとって資本と労働の対立が根本的であるとの視点にたち,それが生み出す「空間の政治」の論理を示すことを目的とする。具体的には,神戸港において全日本港湾労働組合神戸弁天浜支部が1970年代以降に主導した,労災職業病闘争を取り上げる。とくに注目されるのは,「港湾病」という病名が労働運動によって提唱され,争われた事実である。本報告では,この名づけがいかなる意義をもったのかを論点の中心に据えつつ,災害職業病闘争の展開過程を検証する。Ⅱ「港湾病」とは何か 労災職業病闘争は,1966年の港湾労働法を契機に結成された神戸弁天浜支部がいちはやく繰り広げた闘争だった。同支部は,1974年にアンケート調査を実施したことを皮切りとして,1988年までに13次にわたる労災職業病の申請闘争を展開し,現在もじん肺をめぐる闘争が継続されている.この闘争のなかで,港湾の労災職業病は「港湾病」と名づけられた.その病名は,主として次の症状を包含するものだった.第一に腰痛症や関節症などの全身運動器疾病であり.第二に船内でのチェーンソー利用に起因する振動病(白ろう病)であり,第三に有害物質による粉じん病,なかでもアスベストによるじん肺である.全港湾の闘争は,これらの疾病を段階的に認定させていった.それは同時に,「港湾病」が字義的にも空間的にも拡張されていく過程だった。Ⅲ 闘争の展開過程(1)「フォークリフト病」から「港湾病」へ 労災職業病認定闘争が開始された当初,港湾では労働の機械化が急速に進み,労働運動にとって喫緊の課題として浮上していた。この状況下にあって全港湾は,フォークリフトが労働者の身体におよぼす影響,とりわけ腰痛に注意を向け.当初は「フォークリフト病」という病名を掲げた,しかし,弁天浜支部が独自に実施した74年に実施されたアンケート調査と集団検診によって,腰痛症のほかにも,頚椎症,膝関節炎,気管支炎,じん肺など,全身的な症状が広がっている実態が明るみとなった.弁天浜支部は,これらの諸症状を総体的に指し示すべく,新たに「港湾病」という呼称を案出し,提起した. だが,第1次・第2次の申請(1974〜75年)の段階では,労災職業病として認定されたのは腰痛のみであり,それ以外の症状は港湾労働との因果関係が否認された.これに対し弁天浜支部は,腰痛以外の症状についても認定を勝ち取るべく闘争を進め,1976年の第3次申請以降には,腰痛のほか頚椎症や膝関節症などの認定を実現させた.さらには,1977年にはチェーンソー使用による振動病への取り組みを重点化し,これについても認定を勝ち取った.(2)「港湾病」の全国化と港運業者の抵抗 1970年代後半になると,「港湾病」認定闘争は新たな局面に入った.第3次申請までは,その主体は登録日雇労働者だったのに対し,1977年の第4次申請以降は常用労働者が主体として加わった.また,1978年には横浜港および関門港においても労災職業病認定闘争が開始された. このような主体の拡大と他港への波及に対し脅威を感じた日本港運協会は,「このように特定の港にのみ,且つ日雇労働者に多数の認定者が発生していることは……むしろ職業病申請に当って申請者集団の心理的欲求と,組織の指導による特定診療機関の受診がもたらした結果である」との非難を繰り広げた(全港湾関西地本労災・職業病対策特別委員会 1980: 107).このような日本港運協会の言葉は,はからずも「港湾病」という名称がもつ政治的な効果を浮き彫りにしている.すなわち,「港湾」という具体的かつ一般的な地理的概念を冠した病名を提起することで,労働運動は,あらゆる港湾へと闘争を波及させうる状況を生み出そうとしたのだった.(3)「港湾病」としてのじん肺 さらに,じん肺をめぐる闘争は,もうひとつの角度から空間的次元の重要性を示唆している.旧来のじん肺法においては,粉じん作業とは「鉱石専用埠頭に接岸している鉱石専用船の船倉内」での作業とされ,この定義により港湾それ自体を粉じん作業の現場とみる可能性は閉ざされていた.全港湾はこれを変更させるべく運動を繰り広げ,1985年の法改正において「鉱物等を運搬する船舶の船倉内」へとその定義を拡張させた.こうして,港湾を粉じん作業の現場として把握し,じん肺を「港湾病」として認定する可能性が,はじめて切り開かれた.Ⅳ おわりに 以上の各段階にみられるように,「港湾病」という名称は,闘争の政治的次元とその空間性を如実に表わしている。ずなわち,これら一連の行為に共通して見出されるのは,複数の次元において対抗的空間を生産しようとする,港湾労働者の企図である。
著者
西脇 圭一郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.207, 2020 (Released:2020-03-30)

従来から天井川は、歴史的経緯や地質から西日本に多いとされてきた。今回あらためて日本列島全体を俯瞰して天井川の分布を把握し、糸魚川・静岡構造線や中央構造線沿いに多くが分布していることを明らかにし、日本列島の東西での分布の特徴を調べた。また、天井川の流路の平面形はその形成要因として人為的要因と深く関わっていると考えられるため、それぞれの流路の平面形態を直線型・山寄せ型・河道延長型・条里地割型の4タイプに分類した。とくに従来の視点に加え、利水の観点から天井川の成因について検討した。
著者
山口 隆子 松本 昭大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.22, 2020 (Released:2020-03-30)

伊豆諸島の島々では、島の上空だけが雲に覆われることがある。この現象を「島曇り」という。島曇りが発生すると、視界不良により航空機や船の発着が困難になる。伊豆諸島の島曇りに関する研究は、気象庁による報告書が複数あるものの、論文としてまとめられたものはない。そこで、本研究では、長期的な観測のデータを用いて、島における霧の発生条件を気候学的な推定を行った。 対象地域は、伊豆諸島のうち測候所が置かれており、欠測の少ない八丈島と伊豆大島とした。対象期間は目視による雲の観測が行われていた、1989年4月から2009年9月までである。島で広がる霧には、「島曇り」のみならず、海から侵入する「海霧」もある。しかし、島民は両者を区別しておらず、測候所での観測結果はいずれも「霧」となる。本研究では、島曇りと海霧を区別することが困難であることを考慮して、新たに「島霧」として定義を行った。 八丈島の島霧の発生頻度は、1年あたり約20.7日であり、大島の2.5倍弱に達した。このように、八丈島は大島と比べ、島霧が生じやすい。月別発生頻度は、両島ともに、5〜9月に多く、7月にピークを迎えた。一方、秋から冬にかけては、島霧の発生頻度が非常に小さくなる。6月から8月にかけては、気温が海面水温を上回る時期が現われるが、この時期と島霧が多発する時期が一致した。この点を各島霧日について、調べたところ、「気温-海面水温」の値が-3℃以上になると、島霧が急増することが明らかになった。 島霧は6,7月に多く、梅雨前線の影響が窺われたため、前線の位置を調べた。島霧時の前線の緯度は最多が北緯35度、次に37.5度であった。八丈島が北緯約33度であるので、これらの前線は、八丈島の北側かつ、近傍にあるといえる。したがって、前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込みやすい状況にある。一方、前線が32.5度以南、すなわち八丈島の南側に位置する場合、島霧の発生数は極端に少なくなる。これは、風向が北寄りとなり、陸地由来の乾燥大気が流入しやすくなるからだと思われる。 黒潮が島の南側を流れる場合、南方から湿った大気の移流により、島霧が生じていた。ただし、海面水温が低いため、他の条件が悪くても、大気が安定し、島霧となる事例もみられた。黒潮が島の北側を流れる場合、南寄りの風により気温が上昇し、海面水温を上回る際に、島霧の発生が多くなった。黒潮の影響により、北寄りの風の際にも、高温・多湿となることもあった。このように、黒潮の流路によりも、移流の効果が、島霧に影響を及ぼしていた。 島霧の発生条件の推定の結果、以下の条件が揃う際に、島霧が生じやすいことが明らかになった。①気温と海面水温の差が-3℃以上になること②湿度が85%を超えること③南西の風が吹くこと④850hPa以下の下層大気に安定層があること⑤日本列島上に停滞前線があること、もしくは南高北低の夏型気圧配置となること
著者
新井 智一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.78, 2020 (Released:2020-03-30)

本研究は,2011年度限りで廃止された八王子食肉処理場について,同処理場の廃止をめぐる議論に触れつつ,ここを中心とした家畜と食肉の流通をめぐる機能地域を明らかにすることを目的とする.
著者
薄井 晴
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.218, 2020 (Released:2020-03-30)

1.既往研究の課題と研究目的 出生率は地方部で高く都市部で低いという傾向が,欧米諸国や日本で共通して確認されている.しかし,そのような分布パターンが生じる要因が解明される段階には至っていない(Kulu 2013). このように出生率の空間的分布パターンが立ち遅れている原因としては,市区町村別統計表を分析する際の作業量が膨大である点と出生率の地域差が生じる要因が多岐にわたる点が想定される.しかし,インターネット上での統計表公開が進み,とくに前者の障壁は克服可能なものになりつつある. 以上を踏まえ本研究では,全国的かつ通時的な統計分析を実施し,合計特殊出生率の地域差が生じる要因として有力な仮説を提示することを目的とする.2.研究方法 本研究ではまず,Kulu(2013)の枠組みに基づき,出生率の規定要因として想定される候補を提示する.そのうち,国勢調査を用いた指標化が可能であるものを取り上げ,合計特殊出生率との単相関分析を行う.分析対象地域は日本全国,分析対象年次は2000年以降とし,分析指標の数は最大157となった. なお,本研究では可変単位地区問題によって分析結果の解釈に混乱が生じることを避けるため,以下の手順を踏まえる.(1)都市雇用圏を用いて市区町村を「中心都市・郊外・都市雇用圏外」等に区分する.そして,その区分別に合計特殊出生率の構成比を検討することで,出生率分布により厳密な説明を加える.(2)相関係数を計算する際には,都道府県と市区町村の両方を分析単位として設定し,両者の結果を比較しながら分析する.3.都市雇用圏と合計特殊出生率の関係性(1)「大都市雇用圏に含まれる自治体」「小都市雇用圏に含まれる自治体」「都市雇用圏外」の順に,合計特殊出生率の高い自治体の割合が増していく傾向が確認された.(2)「中心都市」「郊外」「都市雇用圏外」の順に,合計特殊出生率の高い自治体の割合が増していく傾向が確認された.ただし,2005年になるとこの傾向は小都市雇用圏を中心に変化する.(3)都市雇用圏を総人口で区分した結果,都市雇用圏内の総人口が増加するにつれて,合計特殊出生率の高い自治体の割合が減少していく傾向が確認された. 以上の結果より,出生率の地域差を分析する際に,都市圏構造を無視することはできない点が指摘される.4.合計特殊出生率と規定要因の候補との単相関分析結果 正の強い相関関係が確認された指標は,高齢人口割合の高さ,1世帯あたり人員の多さ,通勤時間や通勤距離の短さ,住宅の広さ,居住地移動の少なさに関するものであった.負の強い相関関係が確認された指標も,上の結果と概ね対応するものであった. 以上の結果より,独立転居によって親族から子育て世代への支援が減少している点,人口過密問題によって長い通勤時間や狭小な住宅が強いられている点が,とくに都市圏の中心都市・郊外における合計特殊出生率の低下に寄与していることが推測される.参考文献Kulu, H. 2013. Why Do Fertility Levels Vary between Urban and Rural Areas?. Regional Studies 47: 895-912.
著者
湯田 ミノリ
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.237, 2020 (Released:2020-03-30)

1.調査の目的フィンランドの小学校においては,地理は,生物,化学,物理,保健の内容が統合された科目「環境」(Ympäristöoppi)で,6年間学ぶ.この科目には,地理的な要素が多く含まれているが,どのような内容を教えているのか,そしてどのような地理的な教育の要素が含まれているのかを明らかにする.2.調査の概要 この研究を行うにあたり,フィンランドの学習指導要領に相当するナショナルコアカリキュラム,そしてこれまで刊行されている「環境」の教科書を調査するとともに,2019年11月に,フィンランド東部の都市ヨエンスーにある基礎教育学校において,授業内容に関して調査を行なった.3.「環境」の教育内容 2014年に新しくなったフィンランドのナショナルコアカリキュラム(OPH 2014)では,6年間で身につける教科横断的技能と,第1・2学年(以下,低学年)と第3—6学年(以下,中高学年)に分けて,その学年で身につけるべき価値観や態度,調査,作業スキル,そして知識と理解という面からの目的,そして,目的に関連する主な内容について説明がなされており,それぞれの項目の関係性がマトリックスで示される.特にコアカリキュラム内に書かれた主な内容の説明については,低・中高学年それぞれに大きく6つの内容があり,どれも様々な領域を含むものとなっている. フィンランドの学校教育の大きな特徴の一つに,内容は基本的に教科書に沿って行われているという点がある.そこで本研究では,「環境」の2種類の教科書を調査対象とし,授業内容の調査を行った.まず,低学年は,学校生活の中から,自分の行動や健康について考え,季節の移ろいから気候や動植物の種類,リサイクルのことや,人体については,部位の名称だけでなく,骨,脳や循環器,筋肉のこととあわせて健康についても学ぶ.地理に関連する内容としては,フィンランドの地形やこの国に住む人々について祝日から理解を深め,地図については部屋の見取り図や映画館の座席表から,上からの視点を身につけ,学校の周囲,地域そしてフィンランド全国の地図の読み方を学ぶ. 中高学年では,大気や水,火,摩擦,天体など,より物理や化学の分野の内容が多くなり,事象を学ぶだけでなく,安全や環境問題と結びつける単元がある.そして生物の進化や,人体の内臓や機能について継続的に学ぶ.そして地理関連の内容は,第3学年でフィンランド,第4学年で北欧諸国,バルト三国とバルト海について学ぶ.第5学年以降は,教科書により違いがあり,一つの教科書では,世界にある地域,主な山脈や緯度の違いによる気候や動植物の変化,ヨーロッパ地誌,そして第6学年でアジア,中東,アフリカ,南北アメリカとオーストラリア・オセアニアを扱う.他の教科書では,第5学年でヨーロッパとアメリカについて学び,さらに世界の時差と計算,緯度経度,GPSについて学ぶ.そして残りの世界の地域については,第6学年で学ぶ. 地図については,例えば第1学年の天気,第2学年の水や食糧,第3学年で植物の分布,低気圧,高気圧と風の発生,第4学年の渡り鳥の移動等の単元でも使われる.本研究は,JSPS科研費JP 17K01231の助成を受けたものです.文献Opetushallitus 2014. Perusopetuksen Opetussuunnitelman Perusteet 2014. Helsinki.
著者
中澤 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.59, 2020 (Released:2020-03-30)

1.多様な働き方の存在感雇用機会の創出は,「地方創生」の潮流においても枢要の政策課題と位置付けられている.こうした文脈で「雇用機会」と聞く時,われわれが想起しがちなのは,誘致工場などの資本主義的企業との賃労働関係の下にある典型的雇用である.しかし,2014年経済センサスによると,資本主義的企業とみなせる法人(会社)の従業者は,全国の従業者の69.8%であり,非大都市圏ではこの割合が60%以下である地域が広がっている.「会社勤め」ではない多様な働き方の存在感は,非大都市圏ほど強いのである.報告者は,政策や学問の領域に根強い典型的雇用を暗黙の前提とする思考を相対化し,地方都市における多様な働き方・生き方の可能性を探求したいと考えている.長野県上田市では,自らなりわいを創り出している若手創業者に焦点を当て,創業者同士のつながりが「なりわい」を存立させる条件となっていること,そうした「なりわい」が利潤追求に還元されない互酬的性格を持ち,地域に社会的包摂や文化的な底上げをもたらしていることを報告してきた(中澤2018,2019).報告者は,上田市と比べて人口規模が小さく,大都市圏へのアクセスがより困難な大分県佐伯市においても,同様の問題意識に立脚した調査を続けている.本報告では,佐伯市への移住に焦点を当てて,多様な働き方をしている人たちの特徴を描き出す.2.対象地域ならびに調査概要現在の佐伯市は,2005年に南海部郡8町村と旧佐伯市の合併によって誕生した.人口70,708人(2019年12月末)の小都市であるが,その面積は九州の市町村で最大である.造船業や水産加工業が盛んであるほか,高齢化した地方都市の例にもれず,女性では医療・介護の従業者割合が高い.市域の人口は最大期から約4万人減少し,同時に旧佐伯市への集中を強めてきた.佐伯市において多様な働き方をしている人に対する調査に筆者が本格的に着手したのは2019年3月からであるが,それ以外にまちづくりに熱心な有志が企画・実行しているイベントなどにたびたび参加してきたほか,毎年学生を佐伯市に引率している.そのため,1時間程度のまとまったインタビューを実施したのは15人ほどであるが,それ以外の人との会話やフィールドワークからも多くの情報を得ている.本報告では,20〜40歳台の自営業者と地域おこし協力隊員の事例を中心に取り上げる.3.佐伯市の取り組み佐伯市の取り組みにおいて,多様な働き方ととりわけ関連するのは,地域おこし協力隊と創業支援事業である.佐伯市は,地域おこし協力隊を積極的に採用している.任期満了後も佐伯市に住み続けるための「なりわい」を確保してほしいとの思いから,協力隊員に対してかなり柔軟な働き方を認めている.それが功を奏し,協力隊員のかたわらドミトリーの経営やカキ養殖に携わっている事例のほか,佐伯市議会議員に転じた人もいる.創業支援事業は,市の創業セミナーか商工会の経営指導を受けることを条件に,創業資金の一部を補助するものである.佐伯市『総合戦略』のKPIでは,起業・創業支援施策による創業者数を2019年度までの累計で25人としていたが,創業資金の受給者は2019年12月時点ですでに143人に達した.創業者は30〜40歳台が約2/3を占め,市外での生活を経験した人が多いという.4.多様な働き方をする人々と移住対象者のほとんどは自分か配偶者が佐伯市の出身であり,Iターン者だったのは地域おこし協力隊員のみであった.また,出身地に関わらず,ほぼすべての人が進学や就職に際して出身地外に他出した経験を持っていた.女性の場合,他出の意思決定の背景に「都会」での生活への憧れが見て取れ,従事していた仕事にもこだわりが感じられる.一方男性には,現業職を転々とした事例や,ミュージシャンや映像制作を目指して大都市で生活していた事例なども見られる.女性の場合,大都市圏での生活の中で「素の自分」と現実の働き方・暮らし方との乖離が次第に大きくなり,転職に踏み切ったり,地元に帰還したりする傾向にある.結婚や子どもの誕生が,夫婦どちらかにゆかりのある佐伯市に移住する契機となっていることは男女に共通するが,男性の場合,生活の拠点を落ち着ける意味合いがより強い.また,佐伯市出身で実家が自営業をしていた人の場合では,そのまま次ぐ形ではないにせよ,多かれ少なかれ,それを「なりわい」の基礎に据える形でUターンしていた.文献中澤高志2018.地方都市の若手創業者が生み出すもの—長野県上田市での調査から—.2018年人文地理学会大会.中澤高志2019.若手創業者を支える内と外のネットワーク—長野県上田市での調査から—.2019年日本地理学会春季学術大会.
著者
陳 效娥
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.344, 2020 (Released:2020-03-30)

1.はじめに 大阪の玄関口であるJR大阪駅と地下鉄、私鉄の各梅田駅の周辺には商業施設や業務施設などが密集している。そのため日中は通勤・通学客や買い物客で賑わい、夜はJR大阪駅の東側にある阪急東通り商店街の飲食店を利用する客で活況を呈している。大阪を代表する盛り場の一つである阪急東通り商店街では深夜遅くまで営業する店が多く、若年層を取り込んだ、まさに多様な人々が混じり合う場となっている。その中でも、阪急東通り商店街の「パークアベニュー堂山」界隈には、特殊で多様な性的指向/嗜好、ジェンダー・アイデンティティを持つ人々向けの店が立ち並んでいる。2.研究の目的 「パークアベニュー堂山」界隈に立地しているセクシュアル・マイノリティ関連の店の大半は、ゲイ・バーである。その数は160軒を超える。しかし、ゲイ男性向け以外にもレズビアン、トランスジェンダー、異性装者向けの店が混在しており、多様性が受け入れられている場であるといえる。そもそもなぜ、この地域に異性愛規範から「逸脱している」とされる人々が受け入れられたのか。 本発表では、「パークアベニュー堂山」が位置している大阪市堂山町に焦点をあて、この地域がどのような歴史的過程を経て異性愛規範から「逸脱している」人々を受容する場となったのか、地理的文脈から解明することを目的とする。 研究の対象時期は、堂山町にとって大きな転換期の一つであった戦後に着目し、現在に至るまでとする。地域の変遷をみるため、住宅地図や行政の資料を用いて土地利用、主要業態の変化を追跡する。終戦直後から1950年代までは資料が少ないため、商業雑誌などを含む多様な文献を検討する。3.小括 堂山町に位置する東通り商店街界隈の大部分は戦前まで太融寺の寺域で、そこは住宅地に利用されていたが、戦争中の空襲で大半が焼失された。終戦直後、ここは住宅地から商店街へと次第に変わっていった(サントリー不易流行研究所1999)。『北区誌』(1955)によれば、1950年代後半になると、太融寺界隈には連れ込み旅館、ラブホテル、性風俗関連の店が増加し、堂山町界隈は盛り場として賑わうようになった。1960年代〜1970年代には、高級料亭やジャズハウスなども開業し、多様な文化が流れ込んできた(サントリー不易流行研究所1999)。しかし経済成長期の終焉とともに、比較的安価なバー、スナックなどに入れ替えが生じた。戦後の堂山町は、多様な文化が混じり合う場であった。このような背景が今日セクシュアル・マイノリティ向けの店舗立地の誘因に関係しているのではないか。現在阪急東通り商店街は異性愛者向けの店と多様な性的指向/嗜好、ジェンダー・アイデンティティを持つ人々向けの店が共存する遊興空間となっている。参考文献サントリー不易流行研究所1999.『変わる盛り場—「私」がつくり遊ぶ街』30-35.学芸出版社大阪市北区役所1955.『北区誌』381-384.
著者
柴田 嶺 吉川 湧太 今川 諒 磯田 弦 関根 良平 中谷 友樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.145, 2020 (Released:2020-03-30)

はじめに 到達可能な空間的範囲(Potential Path Area: PPA)は,アクセシビリティ指標を構成する基礎的な概念の1つである.PPAは時間地理学的な枠組みで操作化でき,具体的な交通手段の移動速度に基づいて計算できる.例えばJustenら(2013)は,PPAを用いて,個人が自由意志のもとに活動する場所の選択モデルを開発した.しかし,1日の中でも時間帯によって公共交通機関の運行頻度や道路の混雑具体等が異なり,PPAも変化する.そうした現実的な複雑さを考慮するにあたって,公共交通機関であれば運行スケジュールをデータベース化し,PPAの計算に利用することが考えられる.近年では,公共交通機関等のネットワークと運行スケジュールをあわせたデータ規格としてGTFS (General Transit Feed Specification)が普及しつつあり,GIS環境においてもこれを利用した処理が可能となった.海外ではFarber(2014)等の研究事例が存在するが,国内での利用例は乏しい.そこで本研究では,GTFSデータを用い,PPAの詳細な変化を分析する可能性について,仙台市の公共交通環境の変化を題材に考察する. 仙台市では2015年12月に仙台市地下鉄東西線が新規開業し,あわせてバス路線網の再編がはかられた.2018年に実施した東西線沿線の一部地域での社会調査では,地下鉄の利便性が向上したにも関わらず,バスの利便性が低下したことへの不満を表明する居住者もみられた.本研究では,地下鉄東西線沿線住民が経験した交通環境の変化を,PPAに基づく指標から明らかにする.研究資料と方法 仙台市地下鉄,仙台市営バスの時刻表データからGTFS共通フォーマット形式のデータを作成した.仙台市地下鉄の時刻表データについては東西線・南北線ともに2020年1月16日現在現行のダイヤ用いた.仙台市営バスのダイヤについては,2015年4月1日改正ダイヤと,2019年4月1日改正ダイヤ(現行)を用いた.GTFSデータをArcGIS Pro 2.4(ESRI Inc.)において運用し,到達圏解析によってPPA計算を行った.到達圏解析では,2018年に実施した社会調査の対象地域である仙台市若林区白萩町の代表地点を発地とし,1時間ごとに30分間の移動可能範囲としてPPAを算出した.結果と考察 1日の中でも時間帯ごとにPPAの形状や大きさが異なり,これをGIS環境において可視化・定量化が可能となった. PPAは,開業した地下鉄を反映して2019年では到達可能な範囲が2015年のそれよりも東西方向に大きく拡大した.一方で,2015年に到達圏内であった地域が2019年には圏外となる状況も存在し,着地によってはアクセス性が低下していた.これは,地下鉄開業によるバス路線の再編が大きく影響していると考えられる. このようにGTFSを用いることで,時間帯や交通モードを考慮した交通環境の詳細な評価が可能となる.PPAに着目すると、地下鉄の開業に伴って生じた交通環境の再編が,必ずしも住民の到達可能範囲を改善するばかりではなかったことが可視化される.改善すべき交通環境の特定や、交通行動に関する居住者からの評価や行動実態とPPAの関連性など,GTFSを利用したネットワーク解析のさらなる活用が期待される.文献 Farber, S., Morang, M.Z. and Widener, M.J. 2014. Temporal variability in transit-based accessibility to supermarkets. Applied Geography 53: 149-159 Justen, A., Martínez, F.J. and Cortés, C.E. 2013, The use of space-time constraints for the selection of discretionary activity locations. Journal of Transport Geography 33: 146-152
著者
豊田 哲也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.163, 2020 (Released:2020-03-30)

日本社会で進行する少子化の主因は未婚率の上昇にある。また,東京大都市圏では地方圏より出生率が低く,人口の一極集中が少子化を加速させている。若い世代は女性の社会進出の結果「結婚を選択しなくなった」のか,男性の経済力低下のため「結婚できなくなった」のか。本研究の目的は,地域格差と世代格差の視点から,都道府県別に推定した所得と未婚率の地域分析により,この二つの仮説を検証することにある。対象とするコーホートは就職氷河期(1993〜2004年)に大学卒業期を迎えた1970年代生まれの世代である。彼らが35〜39歳時点(2010年と2015年)における未婚率を目的変数とし,所得水準と就業環境を説明変数とする二通りのモデルで重回帰分析(MLS)をおこなった。使用するデータは国勢調査の人口と就業構造基本調査の年収である。地域による性比の偏りや都市化の程度をコントロールした上で,男の所得が低いまたは女の所得が高いほど両者の未婚率が高い傾向があり,二つの仮説はいずれも支持される。特に,就職氷河期における非正規雇用の拡大は男の所得水準低下をもたらし未婚率の上昇に寄与したと考えられるが,女の就業継続可能性に関する変数が未婚率に及ぼす影響は十分確認できなかった。
著者
植木 岳雪
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.257, 2020 (Released:2020-03-30)

茨城県南部の土浦低地は,霞ヶ浦最奥部に位置し,霞ヶ浦に注ぐ桜川のデルタからなる.土浦低地の地下には,深度10 m付近に礫層が広く分布する.それは,最終氷期の土浦礫層(池田ほか,1977),最終氷期極相の沖積層基底礫層(BG)(水谷,1982;新藤・前野,1982),土浦礫層と完新世初頭の完新世基底礫層(HBG)(遠藤ほか,1983;鈴木ほか,1993)という3つの考えがある.本研究では,土浦低地の地形発達史と沖積層の層序を明らかにするため,土浦市蓮河原町と川口の2地点において,それぞれ深度30 mと12 mのオールコアボーリング掘削調査を行った. ボーリングコアの層相と14C年代に基づくと,土浦市蓮河原町のコアは,深度0〜1.25 mが人工堆積物および水田土壌,深度1.25〜2.25 mが完新世後期の河川堆積物,深度2.25-6.9 mは完新世中期の内湾堆積物,深度6.9〜10.5 mは完新世前期の河川堆積物からなる.また,深度10.5〜19.6 mは最終氷期極相前後の氾濫原(?)堆積物,深度19.6〜30.0 mは最終氷期極相以前の河川堆積物からなる.土浦市川口のコアは,深度0〜1.0 mが人工堆積物および水田土壌,深度1.0〜3.85 mが河川堆積物,深度3.85〜6.3 mが内湾堆積物,深度6.3〜9.65 mが泥炭および河川堆積物,深度9.65〜12.0 mが基盤の中部更新統からなる.なお,14C年代については現在測定中である. 2本のコアの層相の変化から,土浦低地の地形は,最終氷期の低海水準期の河道,完新世前期の海水準上昇期の溺れ谷,完新世中期以降の海水準低下期のデルタの順に発達したと考えられる.その場合,土浦低地の地下10 m付近の礫層は沖積層基底礫層(BG)となる.
著者
堀内 雅生 山口 隆子 松本 昭大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.93, 2020 (Released:2020-03-30)

温暖な地域における風穴の研究事例は少ない。今回は,鹿児島の桜島において著者らが新たに確認した「黒神風穴」について報告する。風穴の気温は18.8℃で,外気温(23.8℃)と比べて5.0℃低温であった。風速は0.15ms-1であった。 清水・澤田(2015)の巻末資料より,全国の風穴情報をGIS上に取り込み,気象庁のメッシュ平年値(2010)より各風穴周辺の年平均気温を求めた。すると,黒神風穴は御蔵島の風穴(温風穴)と同率で,日本国内において現在確認されている風穴の中で最も周辺の年平均気温が高いことが分かった。
著者
菅 浩伸 木村 颯 堀 信行 浦田 健作 市原 季彦 鈴木 淳 藤田 喜久 中島 洋典 片桐 千亜紀 中西 裕見子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.114, 2020 (Released:2020-03-30)

1. はじめに 「海底では陸上のように風化侵食が進まないため,地形はその形成過程をそのまま反映していることが多い」(『海洋底科学の基礎』 共立出版 p.10)。しかし遠洋深海域と異なり、沿岸浅海域では波浪や流れにともなう海底砂州の変化や海底の侵食が発生する。日本の海底地形研究は1950年代以降に格段に進歩した。地理学者であった茂木昭夫は広く日本沿岸や北西太平洋の海底地形研究を行い、浅海域における現在の侵食・堆積作用についても多くの記述を残している1)。また、豊島吉則は波食棚や海食洞・波食台について、素潜りの潜水調査によって詳しい記載を残した2)。しかし1980年代以降、日本および世界の海洋研究は遠洋深海を舞台にした調査と資源探査に力が注がれていき、浅海底の地形研究は中断期を迎える。40年の時を経た今、浅海底の地形・地理学研究を再び前へ進める一歩を踏み出したい。2.研究方法 琉球列島・与那国島において、2017年12月に南岸域、2018年7月に北岸域を対象として、ワイドバンドマルチビーム測深機(R2 Sonic 2022)を用いた測深調査を行い、島の全周にわたる海底地形測量を行った。また、2013年および2016年以降にSCUBAを用いた潜水調査を行い、海底地形や堆積物などの観察を行った。2. 与那国島の海底地形 与那国島では主に北西−南東、北東−南西、東−西の3方向で正断層が発達しており、北側の地塊がそれぞれ南へ傾動しながら沈む傾向にある3)。海底地形にも北西−南東、北東−南西、東−西の3方向で大小多くの崖や溝地形が認められる。 与那国島西端の西崎および東海岸(東崎〜新川鼻)は中新統八重山層群の砂岩泥岩互層が海岸を構成する。これらの海岸の沖では頂部が平坦で側面が崖や溝で区切られた台状の地形が多く認められる。また、海底では現成の侵食作用が顕著に認められる。水中にて、岩盤の剥離、削磨作用、円礫の生成などの侵食過程や、様々な形状・大きさのポットホールなどの侵食地形がみられた。観察した中で最大のポットホールは水深16mを底とし、径20m 深さ12mのもので、径2〜3mの円礫が十数個入る。南東岸では水深31mで径50cm〜1mの円礫が堆積し、新しい人工物上に径50cmの円礫が載る場面も観察された。海底の堆積物移動と削磨・侵食作用が深くまで及んでいることが推定できる。 南岸の石灰岩地域の沖でも海岸に接した水深10〜15mに現成の海食洞がみられる。また、水深26mにも海食洞様の地形が認められ、底部の円礫は時折移動し壁面を研磨しているようであることが付着物の状況から推定できる。 南岸ではこのような大規模な侵食地形(海底・海岸)とともに,サンゴ礁地形においても他島ではあまりみられない地形(リーフトンネル群や縁溝陸側端部のポットホールなど)があるなど,強波浪環境下でつくられる地形が顕著にみられる沿岸域といえよう。 北岸沖(中干瀬沖,ウマバナ沖)にも、水深20m以深の海底に崖地形が発達するなど、侵食地形がみられる。一方、北岸の沿岸域には比較的穏やかな海域でみられるタイプのサンゴ礁地形が発達する。島の北岸・南岸ともサンゴ礁域における造礁サンゴやソフトコーラル・有孔虫などの生育状況はきわめてよい。謝辞:本研究は科研費 基盤研究(S) 16H06309(H28〜R2年度, 代表者:菅 浩伸)および与那国町—九州大学浅海底フロンティア研究センター間の受託研究(H29〜31年度)の成果の一部です。引用文献: 1) 茂木昭夫 (1958) 地理学評論, 31(1), 15-23.など 2) 豊島吉則 (1965) 鳥取大学学芸学部研究報告, 16, 1-14.など 3) Kuramoto, S., Konishi, K. (1989) Techtonophysics, 163, 75-91.
著者
久保 純子 高橋 虎之介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.181, 2020 (Released:2020-03-30)

1. はじめに 東京低地に位置し、隅田川と荒川に囲まれる足立区千住地区は洪水に対し脆弱な地域と考えられる。高橋は卒業研究で千住地区を対象として、避難所である小中学校の災害発生時の対応準備状況を調査していたところ、2019年10月の台風19号の接近で実際に避難所が開設され、多くの住民が避難した。このため、避難所の運営等についても事後に聞き取り調査を行った。これらをもとに千住地区の避難所に関する課題を検討した。2. 足立区千住地区の特色 足立区の人口は2019年1月時点で688,512人で、このうち千住地区の人口は76,690人である(足立区による)。国道4号線(日光街道)やJR常磐線、東武、京成、東京メトロなどが通り、中心部には北千住駅がある。 千住地区の標高は堤防を除き全域が2m以下で、東半分はゼロメートル地帯である。足立区ハザードマップによれば、千住地区は荒川が氾濫した場合(想定最大規模)、ほとんどが深さ3m以上浸水し、浸水継続期間はほぼ全域で2週間以上とされる。3. 千住地区の避難所 足立区地域防災計画(2017年)によれば、千住地区の避難所(一次避難所)は小学校6校、中学校3校の計9箇所であるが、このうち1校は現在改築中で使用できない。 ハザードマップによれば、「家屋倒壊等氾濫危険区域」に含まれる場合は避難所を開設しないことになっている。このため、避難所として使用可能なのは9校中4校で、それらも浸水のため3階以上または4階以上のみ使用可能、とされている。 区域内の9校のうち小学校3校と中学校2校を訪問し、責任者の副校長先生にインタビューを行った。その結果、5校のうち避難所開設の経験があったのは1校、収容人数はいずれも把握しておらず、備蓄倉庫は1階または2階にあり、また荒川氾濫時に避難所として使えないことを知らないという回答も2校あった。鍵の受け渡しについての取り決めが不明、という回答も1校あった。4. 2019年10月台風19号における対応 10月12日に荒川の水位上昇で区内全域に避難勧告が出された結果、区内全域で33,154人、千住地区で4,997人が避難所へ避難した。計画では避難所は4校のみであったが実際は改築中を含む9校すべて開設され、さらに高校や大学等も避難者を受け入れた(足立区による)。 2019年11月に地区内の小学校で避難所訓練があり、参加者へ当時の状況についてインタビューを行った。その結果、区の職員、町会、学校の間の連携がうまくいかなかったこと、スペースや毛布等の物資が足りなかったこと、避難者の集中のため受け入れを締め切ったこと等の問題点があげられた。5. 課題 地域防災計画における受け入れ可能人数は9校で計8,922人であるが、これは地震時を想定したもので洪水時は4校3,755人で、実際は1・2階が浸水するためさらに少なくなる。2018年の区のアンケート調査では洪水時に「近くの学校や公共施設に避難する」が21%、区外(広域)避難を答えたのは6%にすぎなかった。住民の2割としても約15,000人が避難所へ向かう計算となり、収容人数の4倍以上である。廊下や教室すべてを使用して1人あたり1m2としても全く足りず、既存の高層建物への受け入れルールを作成する必要がある。
著者
綱川 雄大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.82, 2020 (Released:2020-03-30)

現在、国の政策として、観光産業の振興が積極的に推進されている。その背景には、長期的な低迷を続ける日本経済の復活と、少子高齢化と人口流出によって衰退しつつある地方圏における「地方創生」の2つの期待がかけられている。こうした状況認識のもと、インバウンドに基づく観光産業への期待が高まりながらも、深刻な人口流出と人手不足というジレンマを抱えている地方観光地において、どのような労働力確保が行われているのか、その特徴を明らかにすることが本報告の目的である。特に、観光産業の要と位置付けられ、主要産業として地域を牽引してきた宿泊業に焦点を当てて調査を行うこととし、研究対象地域として、長野県軽井沢町を取り上げた。本報告では、二次資料の分析と宿泊施設への聞き取り調査に加え、労働の実態をさらにミクロな視点から把握するために、軽井沢にある旅館に住み込みながら働く、参与観察調査も併せて行った。 軽井沢町には、ホテルや旅館、ペンション、民宿といったように、多様な宿泊施設が存在している。また、海外メディアにも紹介され国際的にも広く名前が知られる地域であり、近年では国内・国外資本が多数流入しつつある。このように、観光客の増加だけでなく営利企業の動きからみても、人気観光地だと判断できることから、地方観光地としての調査対象地域として適当であると判断した。 調査結果から、大規模資本が運営するホテルでは、繁忙期における労働の季節性という時間的なミスマッチを始めとした人手不足に対して、派遣・配ぜん人サービス会社を主軸として活用するほか、内部労働市場を用いた労働力の確保や、全国という広範な範囲で求人募集が行われているという特徴がみられる。これに対して中〜小規模宿泊施設が運営するホテルでは、大規模資本と同様に派遣・配ぜん人会社を主軸として活用する労働力確保が行われているものの、求人募集においては、軽井沢周辺からの通勤が可能な地域というローカルな範囲での募集が行われている。これは、雇用された従業員に対して、寮をはじめとする住宅環境を提供できるか否かの違いによるものである。宿泊業の仕事は一日の中で労働の時間性が発生するため、必然的に職住近接な環境が望まれる。これに対処するために、大規模資本は優れた資金力に基づいて、住宅設備を整えることによって労働の時間性の問題とともに空間的なミスマッチをも克服している。これに対して中〜小規模資本は、軽井沢町周辺からの通勤が可能な地域から募集することで、労働の時間性の問題を克服し、空間的なミスマッチを克服していた。 一方、長年、軽井沢町に根差し、地域に密着した個人宿泊施設においては、地縁・血縁を始めとした、「人的つながり」を活用することで、労働力確保を行っていた。このような人的つながりは、個人宿泊施設においては労働力の確保だけでなく、リピーターという顧客確保の面においても大きな力を発揮している。個人宿泊施設では規模が小さいために、必然的に宿泊客との距離が近く関係構築が容易で、リピーターなどの顧客獲得につながりやすく、一定数の顧客を確保することで、毎年安定した収益が得られるマーケティング的な要素としても作用していることが明らかとなった。観光には交流人口の拡大が期待されるが、その外にも、最近では関係人口という新しい概念もある。本報告の個人宿泊施設における宿泊客との人的つながりは、関係人口の増加に寄与する力を持っていると考えられる。
著者
吉村 光敏 八木 令子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.206, 2020 (Released:2020-03-30)

千葉県市原市田淵にある上総層群国本層の露頭は、更新世前期・中期境界の指標となる「地磁気逆転地層」がよく観察され、国の天然記念物指定地となっている。また2020年1月には、この地層を含む「千葉セクショ ン」を、「国際境界模式層断面とポイント(GSSP)」とすることが 正式に認定され、更新世中期の地層に、「チバニアン(期)」の名称 が使われることになった。このような話題を受けて、数年前より現地を訪れる人が増えており、現在、地元自治体を中心に観察路整備、ビジターセンターのオープン、ガイド育成などが進められている。そこで今回、これらの地層が見られる場所がどのようなところかを示すため、露頭周辺の地形とその成り立ちについて明らかにした。 露頭が位置する崖は、房総丘陵を北流する養老川本流沿いの河岸段丘分布域にあたる。地磁気逆転を示す露頭は、完新世の最も新しい段丘面である久留里Ⅴ面(鹿島1981)の段丘崖にあり、 段丘面と現河床の比高はおよそ5メートルである。養老川本流右岸は、久留里Ⅲ面期の蛇行流路が短絡した後、比高60mに及ぶ本流下刻と側刻により蛇行切断段丘が形成された。さらに蛇行跡旧河床面は、支流により開析され、曲流する侵食谷となった。谷底は、江戸時代に川廻し新田として河道変更と埋め土が行われ、小規模な連続型の川廻し地形が形成された。これら川廻し地形のうち、フルカワは近年盛り土され原形を留めないが、シンカワのトンネルなどは現在も残り、観察することができる。ここには洪水対策としての微地形も見られ る。また地磁気逆転地層の露頭近くに位置する不動滝は、流路変更による人工の滝である。このことから、養老川中流の集落では、中世〜近世の頃には、様々な地形改変が行われていたと考えられる。 なお2019年9月から10月にかけて連続して発生した台 風15号、19号、及び21号 関連の集中豪雨によって、旧河道跡は水没し、支流の川廻し地形跡にも、想定された洪水水位の上まで水が上がったことが観察されている。
著者
初澤 敏生 天野 和彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.216, 2020 (Released:2020-03-30)

1.コミュニティFMとは コミュニティFMは1992年に市区町村単位の地域を対象として制度化された半径10〜20km程度の範囲を受信エリアとする地域限定のラジオ放送局である。地域に密着した放送局であることから、地域の災害対応などで大きな役割を果たすことが期待されている。しかしその活動の実態に関しては十分に把握されていない。本研究では福島県須賀川市のコミュニティFMであるULTRA FMを事例に、令和元年台風19号への対応を検討する。 2.ULTRA FMの概要 ULTRA FMはまちづくり会社「こぷろ須賀川」が運営するコミュニティFMである。「こぷろ須賀川」は須賀川市、須賀川商工会議所、地元企業等の出資によって2017年に設立された第三セクターで、中心市街地の活性化に取り組んでいる。ULTRA FMは2019年1月11日の開局であるが、2018年11月12日に須賀川市との間で「災害時における放送要請及び緊急放送等に関する協定」を結んでいる。設立当初から災害対応が期待されていたと言える。 運営に当たる職員は営業を含めて5名であるが、パーソナリティは30名を超える。年間運営経費は人件費を除き約1500万円、このうち約800万円が須賀川市からの補助金である。放送時間は24時間であるが、独自番組(生放送)は月〜金曜日は6時間、土・日曜日は2時間で、残りの時間は東京FM系のMusic Birdから番組を購入して放送している。 3.ULTRA FM設立の背景 ULTRA FMの設立に当たっては、何人かのキーパーソンがいた。その一人が「こぷろ須賀川」副社長のA氏である。A氏は東日本大震災の際に須賀川市の災害FMの運営に当たったが、これは短期間で閉局を余儀なくされた。A氏はその後もラジオを用いたまちづくりを追及し、ULTRA FMの開局につなげた。 局長を務めるB氏は地元の地域紙である「マメタイムス」の記者を長く務め、地域の事情に精通している。 ディレクターを務めるC氏は東京FM系の制作会社に勤めていたが、ふくしまFMの設立にともなって移籍、その後独立して活動していたが、2010年に郡山市のコミュニティFM設立に携わり、その後郡山市に避難していた富岡町のコミュニティFMを運営し、ULTRA FMの設立にともなって現職に就いた。 このように、ULTRA FMではキーパーソンがいずれも東日本大震災を報道・放送の場で経験し、その後の災害FMの運営などに関わっていた。災害対応に強い思いを持つ人々がこの放送局の核となっている。それが令和元年台風19号への対応に活かされた。 4.令和元年台風19号への対応 ULTRA FMは通常は夜間は無人で放送を行っているが、台風19号は夜に来ることがわかっていたので、10月12日から13日にかけてはA・B・C3氏と急を聞いて駆け付けた市内のパーソナリティの方、計4名で24時間体制で放送を行った。 放送にあたって課題になったのは情報収集である。前述のとおりULTRA FMは市と災害協定を結んでいた。市としては風雨が強い際には防災無線が聞こえない恐れがあるため、ラジオ放送でそれを代替したいと考えていた。そのため、災害時には市が情報を提供することになっていたが、十分な情報が伝えられなかった。そのため、A氏とB氏が市内を取材して、C氏とパーソナリティの方が放送を担当した。A・B両氏は市内の状況を熟知していたため、どこが被災しやすいかを知っており、そこを取材した。取材内容は電話を通して放送された。 5.今回の対応の課題 ULTRA FMの今回の対応で最も大きな課題は情報収集である。従業員数5人のFM局の取材能力は限られる。そのために市と災害協定を結んで情報提供を受けることになっていたが、市からの情報提供は滞りがちになり、独自の情報収集を強いられた。発災時、市には様々な情報が集まる。それを市民と共有することが必要である。 また、放送に関する課題もある。ULTRA FMは通常の番組の途中に臨時ニュースを流す形をとったが、このような放送では、より多くの情報を求める人々は他の手段を求めることになろう。従業員数から見ればやむを得ないことではあるが、災害時の番組編成を再検討する必要がある。行政等と連携した日常的な準備を期待したい。
著者
岩本 廣美 河本 大地 板橋 孝幸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.320, 2020 (Released:2020-03-30)

奈良県南部の野迫川村を事例に、山間地域で小中学校の統廃合が進行した結果発生した空き校舎を地域社会がどのように活用しているのか、を明らかにしようとした研究である。山間地域における地域社会のあり方の一端を探ろうとする研究であり、教育地理学の延長に位置付けられると考えられる。
著者
阿部 信也 志村 喬
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.24, 2020 (Released:2020-03-30)

1.はじめに:災害は地域的な現象であり,防災教育は地域に根ざした実践が求められる。防災教育が積極的に「自校化」を提唱している理由はここにある。 本研究は,自校化された防災教育の学習構造を,村山(2016)等の先行研究をもとに第1図のように設定している。この学習構造モデルでは,防災教育が「防災学習」(前半)と「防災指導」(後半)に大別される。防災学習の部分では,災害発生のしくみを構造的に整理し,学区を対象とした「素因(自然環境と人間生活)」の事実認識と,一般的な災害発生の仕組みである「誘因→素因→災害」という概念認識を関連付けて生徒は学ぶ。続く後半の防災指導では,防災学習で得た知識をもとに生徒自身が避難訓練計画を立案する。本モデルは,社会科(地理的分野)を中核とすることで,防災学習と防災指導が連携した効果的な防災教育実践がなされることを示しており,実践成果は志村・阿部(2019)で報告した。 本発表では,防災教育の自校化を進めるための本学習構造枠組をふまえて実施した防災教育の小中学校現場実態に関するアンケート調査結果について,主に教員の認識実態に焦点を当てて報告する。2.アンケート調査の概要:新潟県三条市内の全市立小学校・中学校を対象に,2018年2月20日(火)〜2月28日(水)に実施した。回答者は小・中学校ともに,社会科主任を含めた社会科担当2名,理科主任を含めた理科担当2名,(保健)体育科主任1名,家庭科主任1名,防災計画作成者を含めた安全(防災)担当職員2名である。回答者数は,小学校135名,中学校53名で,合計188名であった。3.アンケート調査結果:防災学習では,「自分自身が学区の地域特性を理解していないため,自校化が難しい。」といった課題が多くあげられ,特に素因理解である事実認識の獲得に難しさを抱いていた。しかし,素因を理解する必要性も感じていないことも読み取れた。この背景には,多くの教員が防災教育の目的を災害発生後の対処的なものと考え,予防的な防災教育という意識が低いことがあり,国が目指す防災教育の目的と現場教員が認識している防災教育の目的との違いが明らかとなった。さらに,どの地域でも使える『新潟県防災教育プログラム』に依拠した概念的な防災学習指導が中心となっており,これも学区の素因理解(事実認識)を疎かにしている一因になっていた。 防災指導に関しては,現在実施されている避難訓練での想定災害と,教員が学区で起こる可能性があると考えている災害に違いがあった。避難訓練の内容も防災学習とは関連しておらず,第1図のような学習構造をもった指導とはなっていなかった。さらに,多くの学校では「教員が子どもをどのように避難させるか」といった教員にとっての訓練になっており,子どもが主体的に避難行動を考えるような指導場面はみられなかった。 防災教育全体では,防災教育計画の整備が不十分で,防災教育と教科・領域との関連が不明な学校が多い。各校の防災教育計画は一般・汎用的な計画等を参考に作成されており,教育計画を見るとその内容が似通っている学校も多かった。 以上のような調査結果からは,防災教育が自校化されていない現状とその背景・理由が理解された。 本研究成果の一部はJSPS科研費16H03789(代表:村山良之)による。文献:志村喬・阿部信也 2019.自校化された防災教育の中学校社会科地理的分野での授業実践−新潟県三条市における単元開発と実践成果−.日本地理学会発表要旨集.95:239. 村山良之 2016.学校防災の自校化を推進するために—学校防災支援と教員養成での取組から—.社会科教育研究.128:10-19.
著者
小林 護 村上 優香 大槻 涼
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.151, 2020 (Released:2020-03-30)

外邦図とは、明治以降第二次世界大戦終戦まで、旧日本軍参謀本部・陸地測量部などが作成した、日本領土以外の地域の地図である。外邦図の多くは軍事用に制作されたため、実情は秘密にされてきた。また、大戦末期のひっ迫した状況や終戦時の混乱によって多くの資料が消失したため全体として何種類、何枚作られてきたかというようなデータは残っていない。また日本の敗戦直後、連合軍が進駐してくる前に多くの外邦図が焼却された(塚田・富澤2005)。 戦後70年以上が経過し、現在の景観と比較すれば、環境や土地利用、都市域など様々な変化を長期的な視点で読み取ることができると考えられる。 駒澤大学には9481枚の陸図外邦図が所蔵されている。しかし、これまでは一覧形式の目録しか作成していなかったため所蔵地図の分布や網羅状態の直感的な把握は難しかった。また、外邦図と現代では地名が大きく異なる地域が多いため、必要な地図を探すには緯度経度の数字から探すほかなかったため活用するのに多大な労力がかかっていた。そこで、目録に掲載されている図郭範囲の緯度経度データを基にインデックスマップを作成した。駒澤大学以前には岐阜図書館によるものや、それを元に発展させた東北大学附属図書館/理学部地理学教室による外邦図デジタルアーカイブ内で公開されているインデックスマップが知られている。 インデックスマップの作成にはGISソフトであるArcGIS10.7.1(ESRI)を使用した。駒澤マップアーカイブズ(2015)の各図幅の緯度経度情報を基に四端のポイントを自動処理で作成し、ArcGISの追加ツールである「ジオメトリ変換ツール」を用いてその4ポイントをつなぐ四角形のポリゴンを作成した。外邦図の中には陸地測量部が一から作成したものの他に占領時に現地で徴用しそのまま複製したものも多く含まれる。それらの地図には本初子午線を一般的な英グリニッジではなく独自の子午線を用いているものがある。それらはいずれも英グリニッジを基準とした経度に補正して用いた。また、測地系はWGS84を用いた。戦前に作られた外邦図は当然WGS84ではなくベッセル楕円体などの旧来の測地系を採用しているため多少の誤差が予想される。(1)所蔵外邦図の分布や傾向が明らかになり、面的把握が容易になったことによって従来の目録ではわかっていなかった様々な事実が後述のように明らかになった。(2)ESRI社が提供するベースマップと重ね合わせたところ予想の通り数100mの誤差が確認できた。これは前述の通り測地系の違いによるものと、当時の未熟な測量技術による測量誤差が複合して発生したものと考えられる。 駒澤大学の外邦図コレクションは東北大学らのコレクションと比較すると不完全なものであることは経験則で把握されていたが、地図の形になったことによりはっきりとわかるようになった。 従来全図幅がほぼそろっていると考えられていた地域についても実際には相当量の歯抜けがあることが判明した。 駒澤大学が所蔵する外邦図の中には緯度経度の情報がないものも一定数存在している。座標がない地図はGISを用いた処理でインデックスマップを作成できないため今後、手作業での同定が必要となる。 また、目録作成時の入力ミスと考えられる不自然な形状の地図も幾分か発見された。従来は目視による確認のみとなっていた目録記載情報の新たな確認方法としての活用も期待できる。