著者
岡部 耕典
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.55-71, 2019-05-31 (Released:2019-10-10)
参考文献数
16

戦後の福祉国家において,障害者は施設収容というかたちで排除されるか,「二流市民」として周辺化された存在であった.このような障害者のシティズンシップは,障害者を「他の者との平等」とすることを求める国連障害者の権利条約によって,大きく前進しつつある.しかし,それによって,これまで周辺化/排除されていた障害者のシティズンシップが完全に確立したとは言い難い. 日本においては,脱施設ですら道半ばであり,福祉国家としてその「完全な成員」に対して生産と消費の義務を求めるがゆえに,地域で暮らす障害者たちの多くもまた周辺化された存在から抜け出すことはできず,「善き二級市民たれ」という自己責任論の圧力に晒されている.さらに今後懸念されることとして,差別解消政策と運動に対するバックラッシュ及び新型出生前診断に代表される「ソフトな優生」の広がりがある. とはいえ,「持たざる者」の権利獲得運動はつねにそうやって進んできた.楽観はできないが悲観するべきでもない.福祉社会学が貢献できることのひとつに,エイブリズムに裏打ちされたマジョリティのシティズンシップ概念の再構築がある.手がかりは,障害,ジェンダーとセクシュアリティ,貧困,エスニシティの領域を超えた多様なマイノリティの社会運動の交差・連携と学び合いにある.
著者
藤村 正之
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.5-24, 2017

<p> 本講演の主題は,福祉社会学の研究において,もう一度社会学や社会科学の</p><p>問題関心を意識しながら取り組んでみてはどうかということである.福祉社会</p><p>学の登場は,業績主義が浸透する社会において,1960 年代以降,性・年齢・</p><p>障害・エスニシティなどの属性要因に基づく問題が浮上してきたことと軌を一</p><p>にするといえよう.その際,人間の内なる自然への関心として福祉社会学が,</p><p>人間の外なる自然への関心として環境社会学が登場したと位置づけることがで</p><p>きる.福祉社会学が取り組むべき現代の社会変動として少子高齢化,リスク社</p><p>会化,グローバル化の3 つを考えることができる.それらの事象を分析するた</p><p>めの社会学的認識をあげるならば,中間集団の栄枯盛衰,経済と社会への複眼</p><p>的視座,資源配分様式(自助・互酬・再分配・市場交換),関係性の社会的配</p><p>置(親密性・協働性・公共性・市場性),社会科学の原点としての規範と欲望</p><p>の相克・相乗などの論点が考えられる.21 世紀に向けては,生とグローバル</p><p>の対比,福祉社会や共生社会などの理想モデルの探索,公共社会学との接点の</p><p>検討などが福祉社会学の課題となっていくであろう.</p>
著者
岡野 八代
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.39-54, 2015-05-20 (Released:2019-10-10)
参考文献数
23

本稿は,女性たちが歴史的に担ってきた営みと,その社会のなかでの位 置づけゆえに引き起こされる葛藤から見いだされた「ケアの倫理」を出発 点としながら,ケアの倫理と福祉社会学との架橋のための一歩を踏み出し てみたい. とはいえ,福祉社会学を専門とするわけではない筆者は福 祉(広義には「より良い暮らし」という理想概念)」に対して社会学的に アプローチするという福祉社会学の定義に即しつつ, 〈単に生きることで はなく,善く生きることとはなにか〉という問いに単を発する政治思想史 の分野から「ケアの倫理」を読み解くことで,福祉社会学との接点を見 出したいと考えている. ケアの倫理は,ホモ・エコノミクスや合理的存在として期待される市 民像,そして契約や交換によって織り成されていると考えられる社会像に 対していかなる代替案を提供しうるのか.まずは,中絶の議論から始まっ たケアの倫理が示す相互依存的な人間存在のあり様の政治的インプリケー ションと暴力の問題から論じ,契約社会を超えた社会をケアの倫理が目指 していることを明らかにする.ケア関係が要請する公的な倫理こそがケア の倫理であると論じることで, 〈善く生きる〉ことを理念とする社会にお ける福祉の実現にとって,ケアの倫理が果たす役割もまた示されるであろ う.
著者
佐藤 恵
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.56-72, 2013

阪神大震災時,障害者には,震災以前からの生活上の困難が顕在化し,被害が集中的に現れて「震災弱者」化が進行した.①安否確認からの漏れ,情報へのアクセス遮断,②避難所・仮設住宅などの物的環境面のバリア,③介助の不足,④「震災弱者」への特別の配慮を行わない「一律『平等』主義」と,独力での生活が困難な障害者に対する「施設・病院収容主義」,⑤避難所等での排除的対応,⑥経済的な復興格差.これらの困難を抱えた障害者を支援する「被災地障害者センター」(現:拓人こうべ)の活動では,「顔の見える関係」を重視しつつ,障害者の自己決定を核とした自立を支える中で,種々の支援技法が編み出されていった.以上の①~⑤については「ゆめ風基金」からの開き取りにおいて,東日本大震災でも発生していることが確認され,⑥の復興格差に関しても経済格差に加えて地域格差も生じる蓋然性が高い.こうした阪神大震災の教訓が活きていない状況で行われている,ゆめ風基金の被災障害者支援においては,第一に,個人レベルの支援に重点が置かれ,第二に,自立生活を送る障害者が少ない東北において,支援の担い手としての障害者を育てることが意識されている.震災の風化が進行しつつある現在,ヴァルネラブルな被災障害者に向けた「支え合い」の実践は喫緊の課題であり,また,現場での実践に定位した社会学的記録・分析の作業が必要である.
著者
佐藤 惟
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.169-191, 2017-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
37

本稿の目的は,近年社会科学の分野で注目を集める「希望」の概念を社会福祉領域に適用することが,「ニーズ」をめぐる議論に与える影響を探ることである.本稿では特に,「ニーズ」や「デマンド」,「希望」に関する議論と,介護保険制度導入前後の時期に出された行政文書から,高齢者福祉領域における政策理念の転換を分析した.その結果,1990 年代前半まで「ニーズ」と「デマンド」の相違に関する議論が主流であったのが,2000 年前後からは,「ニーズ」と「希望」の関係への言及が増えていた.介護保険制度の導入に当たっては,高齢者の「希望」に基づき「その人らしい生活」を送ることが,「尊厳の保持」につながることが述べられ,それまでの「ニーズ」とは別の視点が現れていた. 「デマンド」に比べて「希望」は,自己決定の土台となる概念でもあり,介護保険制度が掲げる「自立支援」や「尊厳の保持」と親和性の高いものである.ミクロ実践の場では,「信頼関係構築」のためにも,「希望」の把握が欠かせない.一方で,本当に支援が必要な社会的マイノリティの存在を見逃さないためにも,マクロ政策においては「希望」とは別の基準による議論が必要であり,「社会的判断に基づくニーズ」を語ることがあくまで重要な意味を持つ.「希望」の概念を導入することで,「ニーズ」が指し示す範囲は客観的ニーズとしてのあり方に収束し,その輪郭が明確になってくる.

1 0 0 0 OA 二つの共助

著者
武川 正吾
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.60-69, 2010-03-31 (Released:2019-10-10)

1 0 0 0 OA ケアと貨幣

著者
深田 耕一郎
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.59-81, 2016-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
20

本研究の目的は,障害者の自立生活運動における介護労働をめぐって展開された,介護の無償・有償論争を考察することを通して,ケア労働の普遍的特性について示唆を得ることである.自立生活運動は,貨幣の機能を有効に用いることによって,ケア労働者の数を拡大し,生活の安定と持続を可能にしてきた.このことはケアの担い手を家族から他人へと変化させ,またその労働形態を無償労働から有償労働へと転換させた.そうしてもたらされた自立生活の進展を考えれば,ケアと貨幣を交換することで商品として介護サービスを提供することには妥当性がある.しかし,自立生活運動における無償・有償論争を丁寧に読み解くと,介護の有償化をめぐっては否定的な意見が少なくなく,現代においても介護が貨幣に依存するあり方には,強い注意が払われている.つまり,彼らは貨幣を媒介することでケアの安定性を生み出してきたが,同時に貨幣に従属されないケアのあり方も模索してきた.ケア労働が人間の人格と生活を尊重する労働であるという普遍的特性を鑑みたとき,労働者の雇用環境を十分に保障する貨幣の供給と,貨幣に従属されない,貨幣を距離化したケアは,ケアの安定化と豊饒化のために求められる条件であることを指摘する.
著者
鍾 家新
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.2008, no.5, pp.48-61, 2008-06-01 (Released:2012-09-24)
参考文献数
21

社会保障制度は西欧社会における宗教意識国家意識と家族意識など〈伝統文化〉に基づいて発展してきた社会制度である. 日本にとっても中国にとっても社会保険を中心とする社会保障制度は西欧から移植されたものである.20世紀の日本と中国における社会保障制度の導入過程は各自の近代化過程と国情に影響され,各自の〈伝統文化〉との「衝突」もおこった.本稿はっぎの二点を課題とする. 1. 日本と中国の〈伝統文化〉は各自の社会保障制度の整備・運営にどういう影響を与えたか, 2. 社会保障制度の整備や福祉国家化は各自の〈伝統文化〉にどういう変化をもたらしているか,である.
著者
小山田 建太
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.189-215, 2018-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
17

本稿の目的は,来所者を「就職に結びつける」必要性が増すサポステの事業変遷下において,その支援職員が持つ支援観をインタビュー調査から明らかにすることで,今日のサポステが提供しうる支援意義を考察することである. 調査の結果,支援職員が来所者との立場の非対称性を排し,来所者の主体性を重視する支援観を内面化している実態が明らかとなり,それは同事業の制度的側面と,支援職員の主観的側面との諸要因から導出されるものであった.またこの支援観を活用することで,支援職員は同事業の「評価基準とのせめぎ合い」から生まれる「葛藤」を“ 合理的” に解消することや,来所者自身の自己肯定感に基づいた「自己イメージ」や「自己理解」を「一緒に探す」ことが可能となることが理解された. そしてこの支援観より創出されるサポステの支援が,これまで多様な背景を持ちながら自尊心を育み切れず,その社会生活において自身の主体性に確信を持ち切れなかった若者にとって,自身の主体性を育み,社会的自立を実現していくための社会資源となりうることが確認された. 重ねて,サポステに来所する若者の自尊心を回復させることの必要性とその支援意義が,狭義の「就職に結びつける」必要性が増す事業変遷下においても強く想定されることが理解でき,来所者が自己肯定感を獲得していくプロセス自体が,その「効果的な事業実施」のもとで見出されるべき重要な観点となることが示唆された.
著者
須永 将史
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.241-263, 2018-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
31

本論文は,身体接触を伴うケア実践において性別がどのように話題化され,扱われるのかを焦点とする.扱うデータは,2011 年3 月11 日の東日本大震災以降,仮設住宅等でなされてきた足湯ボランティア活動を使用している.ケア実践における身体接触は,親密性を提示しうる一方,プライバシーやセクシュアリティに抵触する可能性があり,両義的なものである.本論文では,こうした背景のもと,参与者がどのように相互行為を処理していくのかを解明する.相互行為の解明に当たっては,会話分析の手法を採用する.とりわけ重要なのは,身体接触を通じて参与者の性別がどのように話題化されるのかという点にある.本論文において筆者は,参加者が性別の話題化を,「冗談」として構成する実践を記述する.この実践により,参与者たちは,ケアの両義性という問題をシリアスに扱うことを回避し,円滑に相互行為を進めているのである.
著者
冨江 直子
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.95-119, 2017-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
50

米騒動は,米価の高騰に苦しんだ人びとの生活要求の叫びであった.米を求める民衆の蜂起は,日本全国に拡大し,大暴動となった.「米騒動後」の社会においては,普通選挙運動や労働運動を中心とする社会運動が大きく飛躍し,近代的市民の諸権利獲得運動の新たな段階の到来が語られた.米騒動は,民衆の生活要求というものが,政治的・社会的に無視することのできない大きな力をもつことを知らしめたのであった. しかし,米を求める民衆の暴動と「米騒動後」の社会とは,無媒介につながっていたわけではない.米騒動は,同時代の知識階級の人びとによる意味づけの過程を経て,「米騒動後」に来るべき社会構想へと媒介されていった. 本稿は,生存権への関心から,米騒動をめぐる〈意味づけの政治過程〉を分析する.近世と近代の二つの「生存権」論が交差し,交替していく過程をそこに見ることができるからである.米騒動は,近代社会における市民の権利義務――シティズンシップ――としての生存権への道の始点に位置づけられた.それは同時に,伝統的世界における民衆の生存権――モラル・エコノミー――を求める道の終点でもあった.
著者
盛山 和夫
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.14-27, 2016-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
24

社会のあり方をめぐっては,かつては資本主義か社会主義かというイデオロギー対立があった.今日,その意義は失われているが,代わりに,いわゆる「大きな政府か小さな政府か」というイデオロギー対立が出現している.一方の極にあるのは新自由主義で,市場システムの効率性を前提に,社会保障など政府の経済への介入はできるだけ少ない方が望ましいと考える.他方の極には,福祉の理念的価値を重視するあまりに,福祉サービスや支援を提供することに伴う資源条件や制度的しくみへの考察を「不純」なこととして排除する福祉絶対主義がある.この立場は,脱生産主義といった考え方やワークフェアへの短絡的な批判などに現れている. 新自由主義は,じつは経済理論としても間違っているのだが,経済学者の間では正しいものと信じこまれていて,マスメディアでのプレゼンスは高い.他方,福祉絶対主義は資源条件と制度的しくみを無視する点においてやはり空論的である.また,ここまで極端ではなくても,福祉価値を重視する社会福祉論には財源問題への答えを用意しない「マナ型福祉論」が多く,それは新自由主義と対抗する上で説得力に欠ける.それらに代わって,社会保障および社会福祉の制度をめぐる議論は,市民的共同性をめざすという福祉の理念的価値を重視すると同時に,その経験的な実現可能性も重視するという二つの条件を満たすべきである.これはコモンズ型の福祉論として展開されることになる.
著者
相良 翔
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.148-170, 2013

本稿の目的は,ダルク(DARC:Drug Addiction Rehabilitation Center)在所者・スタッフによって語られる薬物依存からの回復について,ダルクのスローガンとなっている「今日一日」を焦点にして考察を試みることである.ここで使用されているデータはX/Yダルクにおいてのフィールドワークによって得られたものである.Xダルクは大都市圏に位置し,比較的古くに創設されたYダルクも大都市圏に位置し,近年に創設された筆者は共同研究の一環として2011年4月からX/Yダルクにおいてフィールドワークを行っている.分析の結果「今日一日」は薬物依存からの回復を語る上で重要な「時間の感覚」 として存在していることがわかった.具体的に言えば, 1) 「今日一日」 のもとで生活することにより「過去」や「未来」に対する不安を軽減し,クスリを止めている「現在」に繋がったこと, 2) その「現在」の積み重ねにより「過去」から「現在」,「現在」から「未来」という時間の流れを取り戻したこと, 3) ダルクという空間外でも「今日一日」のもとで回復の語りを展開する可能性を持つこと,以上の3点を明らかにした.
著者
菊澤 佐江子
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.2007, no.4, pp.99-119, 2007-06-23 (Released:2012-09-24)
参考文献数
26

少子高齢化が進む中,介護を受ける側である高齢者と介護を担う側である若・中年者の人ロバランスの不均衡が生じている.また,産業構造の変化,低い経済成長,女性の職業意識の向上といった諸々の要因により,女性の被雇用者としての就業は増加の一途をたどっている.こうした戦後の大きな社会変化の中,女性の介護はどのように,またどのような面で,変わってきたのだろうか.本稿は,全国家族調査(NFRJsO1)を用いて,女性の介護経験とその規定要因の歴史的推移の実態についてのコーホート比較を行い,ライフコース視点から考察した.分析の結果,女性の介護経験率は,1940年代生まれの者以降顕著に高くなり,「中年期のいずれかの時点で一度は誰かの介護を行う」女性のライフコースが,この時期からより一般化していることが明らかとなった.また,女性の介護の規定要因については,どのコーホートについても,夫が長男である女性が介護を担う確率は,夫方親との同居という変数を介して,一貫して高いという結果が得られる一方,フルタイム被雇用就業が介護を担う確率を低くする傾向はもっとも最近のコーホートにのみみられることが示された.
著者
和泉 広恵
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.171-192, 2013

本稿の目的は,親族里親制度の活用に関する課題を検討し,新たな制度の活用の方向性を模索することにある.親族里親制度が創設されてから,10年が経過した親族里親制度は,創設当初から存在していた民法の扶養義務と子どもの福祉という理念の聞の溝を継承したまま,積極的に活用されることなく,存続してきた.しかし, 2011年3月11日の東日本大震災後に被災者支援」の目的で認定者が拡大され,制度自体も大きく改変された.この改変は「親族」の範囲を再編成し,親族聞に新たな差異を生じさせている.親族養育者は,被災児童の養育者である/なし,直系血族・兄弟姉妹/それ以外の親族の2つの基準によって分断され,里親の認定基準に関する区別と待遇の格差がもたらされた.親族里親制度の改変は「親族の範囲」や「親族の扶養義務」 への解釈が容易に変更されうるということを明白にした.これは,今日でも親族を扶養すべきという意識が強く社会規範として保持されている一方で,そのことが必ずしも親族里親制度の積極的な活用を妨げるものではないことを示唆している.今後,親族里親制度に求められるのは,子どもの福祉という観点から制度の意義を捉え直し,子どものニーズに応じる形で緩やかに制度の活用を拡大していくことである.
著者
藤澤 由和
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.2007, no.4, pp.44-60, 2007-06-23 (Released:2012-09-24)
参考文献数
34

ソーシャル・キャピタルという考え方に対しては, 現在, 学術分野における関心のみならず, 多様な政策領域においても関心が高まっている. その理由としてはソーシャル・キャピタル概念の多様性とその適応可能性といったものがあるのであるが, 健康との関連性においてソーシャル・キャピタルを検討する研究領域においても, ソーシャル・キャピタルの捉え方に関しては多様な考え方が存在してきたといえる. また当該研究領域, なかでも公衆衛生学の分野などを中心に, 過去20年以降多くの多様な領域の研究者らの関心を集めてきた健康に対する社会的決定因を検討する研究の流れは, この分野においてソーシャル・キャピタル概念を導入するための一つの背景となっているといえる. なかでも所得格差が健康に与える影響の問題また健康の地域格差といった論点は, とくにソーシャル・キャピタル概念を, 健康との関連性において検討しようとする研究領域において重要な方向性, 具体的には地域レベルの特徴とその変化を実証的にとらえるという方向性を与えてきたといえる. そこで本論は, こうした健康とソーシャル・キャピタルの関係性を検討する研究領域における理論的な背景とこれまで行われてきた代表的な実証的研究を概観し, 福祉領域などをはじめとする他の地域を検討せざるを得ない領域におけるソーシャル・キャピタル概念の可能性を検討することとする.