著者
加藤 昌明
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.1-5, 2016 (Released:2016-12-06)
参考文献数
7
被引用文献数
1

【要旨】てんかん患者には高率に精神障害・精神症状が見られる。その発生機序は、1)てんかんの発症基盤としての神経機能障害、2)てんかん発作が直接関連するもの、3)てんかんの長期経過とともに生ずる種々の身体・心理的影響、の三つがある。これらのいずれにも大きな影響を及ぼし、臨床的に特に重要なのが、抗てんかん薬の影響である。抗てんかん薬による影響は、1)薬物による直接の影響、2)薬物によっててんかん発作が減少あるいは増加するための影響、3)患者側のリスクファクター(脆弱性)、の三つに大別できる。抗てんかん薬の影響による精神症状を、予防し早期発見し早期対応するために、以下の4点が重要である。1)薬剤の選択にあたっては、患者の脆弱性に配慮する。2)薬剤は少量から開始しゆっくりと増量する。3)早期発見のために、患者・家族にあらかじめ精神症状について教育しておく。4)精神症状出現時には、まず自らが処方した抗てんかん薬が関与している可能性に思い至ることが必要である。
著者
加藤 元一郎
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.43-50, 2011 (Released:2017-04-12)

他者の顔を見る時、我々は、その顔の個人の弁別や同定、表情の認知、そして視線方向の検出を行う。また他者の視線については、人はその動きから情動的な信号を得るだけでなく、それに対して意図や志向性があることを推測する。このような社会的な信号の知覚、認知、判断、推論に関与する脳領域としては、紡錘状回、扁桃体、上側頭回・溝領域、前頭葉外側部および内側部、そして、前頭葉眼窩野が重要である。本稿では、特に視線と扁桃体および上側頭回・溝領域に関する神経心理学的な知見を紹介する。視線による注意の誘導に関して、扁桃体(意識下の処理を含む迅速な認知)および上側頭回・溝領域(意図の理解につながるより繊細かつ詳細な認知)は共同して、他者の視線方向の評価に関与しているものと考えられた。
著者
本田 秀夫
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.33-39, 2017

<p>【要旨】発達障害は、何らかの特記すべき精神機能の特性が乳幼児期からみられ、その特性が成人期も残ることによって生活に支障をきたすグループである。DSM-5で「神経発達症」というグループ名が採用されたことからもわかるように、このグループに属する障害はいずれも何らかの神経生物学的異常が想定されている。</p><p> 発達障害の特性の有無あるいはその程度は、社会適応の問題の深刻さと必ずしも線形の相関関係にはない。特性を有しながらも成人期には治療や福祉的支援を要しないケースもあることから、発達障害の少なくとも一部は疾病というよりも生物学的変異とみるべきである。一方、環境因に基づく二次的な問題が重畳することによって、今度は逆にきわめて深刻な精神疾患の状態に陥ることがしばしばある。大人の発達障害の診断には、「発達障害であるか否か」ではなく、「発達障害の要因がどの程度その人の精神状態および生活の質に影響を及ぼしているか」という視点が必要である。</p><p> 発達障害の認知構造および発達の道筋は独特である。従来の研究は、発達障害の人たちがそうでない人に比べて何がどう劣っているのかという視点に基づくものが多かったが、今後は特有の認知スタイルとは何か、発達障害の特性を有する人たちが二次障害を被らずに社会参加できるよう育っていくために必要な特有の発達の道筋は何か、などに関する研究が求められる。</p>
著者
成田 正明
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.51-55, 2011 (Released:2017-04-12)

認知メカニズムを解明する目的で筆者らは自閉症に焦点を当て、モデル動物を作成して研究している。様々な自閉症モデル動物が提唱されているが、筆者らはヒトでの疫学的事実に着目し、妊娠ラットにサリドマイドやバルプロ酸を投与する方法で解析を進めている。これまでにセロトニン神経系の異常、行動異常などを報告してきた。本稿ではこれらについて最近の知見も含め述べるとともに、筆者が平成21 年度より研究代表者として推進中の厚生労働省研究班「化学物質の胎内ばく露による情動・認知行動に対する影響の評価方法に関する研究」についても触れていきたい。
著者
堀川 悦夫
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3+4, pp.164-171, 2015 (Released:2016-06-17)
参考文献数
16

【要旨】高齢者人口の増加が進む我が国において高齢者の交通事故防止は社会問題化している。加齢や疾患の影響による運転機能低下と高齢者の移動の保証の両面から運転可否判断が求められるが、そのエビデンスは限られている。運転に関する基礎的研究から運転行動の理論的モデル、運転行動の脳機能に関する研究、実車運転時の認知機能負荷の研究、危険運転行動に対応する神経心理学的検査についての概括を行った。総括として、高齢者の交通事故防止については、学際的で且つ基礎・臨床の両面からの研究が必要であること、運転行動測定を多面的に測定する困難さや有効なアウトカムが得られにくいこと、多施設研究の必要性などを指摘した。
著者
渡辺 茂
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.161, 2011 (Released:2017-04-12)

美に生物学的起源を求める考え方は進化美学あるいはダーウィン美学といわれ、生息圏の選択が美的感覚の起源であるという環境説や、性選択起源説が考えられてきた。しかし、これらの理論は思弁的なものが多かった。この講演ではヒト以外の動物における美を1)弁別刺激としての美(美を見分ける)、2)強化としての美(美の快楽)、3)運動技能としての美(美の創造)、の3 つの観点から実験的に分析する。1)については弁別訓練によってある程度美のカテゴリーが弁別可能であることが示されたが、もちろん、ここで言う美は洗練された芸術的な意味でのそれではなく、ごく低いレベルの美しさである。2)については種差、個体差があるが、個体差はヒトの場合にも認められるものである。3)は訓練によって絵画を描くといったことは可能であるが、作られたものが他個体にとって、あるいは自分自身にとって強化的であるかは不明である。
著者
長濱 康弘
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.162-167, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
12

【要旨】レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies, DLB)を早期診断するためのポイントを概説した。アルツハイマー病(Alzheimer’s disease, AD)と比較すると、DLBでは記憶障害や全般的認知機能低下に比べて構成障害、視空間機能障害、遂行機能障害が目立つ傾向があるので、立方体模写などの描画課題やtrailmaking testなどの遂行機能検査をスクリーニングに加えるとよい。片手指パターンの模倣障害は他の認知症よりDLBで多くみられるので診断の参考になる。DLBの初期症状としてはREM睡眠行動異常症(RBD)、嗜眠、調子の変動、易転倒性、幻視、錯視、人物誤認などの誤認症状、不安、うつ状態、嗅覚障害、便秘などがADよりも有意に多い。特にRBD、うつ状態は他の症状に数年先行することも多い。錯視はDLBでADより有意に多く、錯視を誘発するパレイドリアテストはDLBを診断する一助になりうる。DLBの個々の初期症状は非特異的なものが多いが、これらの組み合わせからDLBを疑い、必要最小限の画像検査を追加することで、DLBの早期診断率の向上が期待できる。
著者
波多 野和夫
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.8, no.3, pp.199-203, 2006 (Released:2011-07-05)
参考文献数
20

【要旨】(1)Wernicke-Lichtheimの図式は失語理解のために有力かつ含蓄に富むモデルである。(2)特異な復唱障害を呈する深層失語は認知神経心理学的思考に依拠した症候群であるが、この図式により連合主義的にも理解可能である。(3)復唱が保存された混合型超皮質性失語には、この図式での説明が可能な言語野孤立例と、不可能な言語野病変例が共に存在する。(4)我々が記載した同時発話は同時的復唱として特殊な復唱保存例と言える。しかしその背景は全失語であり、この図式では説明不能である。(5)言語野が全面的に崩壊した全失語で、反響言語または同時発話を呈する例が確実に存在する。この現象を説明するためには、皮質下レベルで感覚系と運動系を媒介する経路が存在しなければならない。以上を根拠にしてこの図式の修正を試みた。
著者
荻野 竜也
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.56-61, 2007 (Released:2011-07-05)
参考文献数
20

【要旨】広汎性発達障害、注意欠陥多動性障害、学習障害、発達性言語障害などの内、知能障害が無いか軽いものを軽度発達障害と呼ぶ。発達障害は基本的には行動特徴によって定義されている。したがって、詳細な行動の観察や病歴の聴取が重要であり、幅広く情報を収集する必要がある。診断の補助ツールとして種々の質問紙や構造化面接法が考案されているが、日本語に翻訳された感受性と特異性が高いものはない。多くの患者では何らかの共存症を認めることに留意する必要がある。診断には必須ではないが、療育や教育の計画に神経心理検査は有用である。障害毎のWISC-III得点プロフィールの特徴はある程度は認められるが、個人差が大きい。
著者
岡本 泰昌 岡田 剛 吉村 晋平 国里 愛彦 西山 佳子 土岐 茂 小野田 慶一 山脇 成人
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.140-148, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
20

【要旨】 近年、うつ病の病態を捉えるために、種々の画像解析手法を用いて脳機能を直接測定しようとする研究が精力的に行われている。これらの研究結果から、様々な生理的な機能を持つ神経回路やそれらの回路の相互作用がうつ病の症状形成に関与していると考えられる。本稿では、われわれが機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いてうつ病の認知に関わる神経生理学的基盤を明らかにするために行っている研究結果を中心に紹介する。まず、ストレスがうつ病の発症や症状持続に様々な作用を及ぼしていることから、ストレスの認知の性差について検討し、前頭前野、扁桃体が重要な働きをしていることを明らかにした。次に、既に妥当性や機能局在が明らかになっている神経心理課題や新たにうつ病の認知的特徴に関連して作成した認知課題を用いて、うつ病の脳活動の変化について明らかにした。さらに、これらの脳機能変化は治療反応性や回復の指標となる可能性について検証した。また、セロトニンのヒトの脳における神経生理学的役割に着目し、セロトニンは線条体-前頭前野回路を介して報酬の見通しを制御することを明らかにした。これらの研究結果を踏まえ、うつ病の認知、病態、治療に関わる神経生理学的基盤について考察した。
著者
山口 修平
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.15-21, 2011 (Released:2017-04-12)

アパシーは意欲や自発性の低下であり、脳卒中、パーキンソン病、アルツハイマー病等多くの中枢神経疾患において高頻度に出現する、重要な情動行動異常の一つである。アパシーの出現は報酬関連神経回路の障害と関連しており、中脳腹側被蓋部から腹側線条体 (側坐核)や辺縁系、帯状回等に投射するドパミン作動神経が中心的役割を果たしている。神経生理学的にはフィードバック関連陰性電位や新奇刺激 P3 電位がアパシーの病態把握に有用である可能性がある。またアパシーの治療に、ドパミンやアセチルコリン作動薬の有効性が期待される。
著者
牧 敦 小幡 亜希子 田中 尚樹 桂 卓成 小泉 英明
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.7-12, 2007

【要旨】現在、様々な脳機能イメージング法が開発され、認知そして神経科学の融合が始まってきている。しかし、人の機能は遺伝子・脳・行動と大きく3階層に分けることができ、脳機能イメージング法で計測できることは脳の機能に限られる。この3階層は、それぞれ異なる計測方法によってそれぞれの特性を明らかにすることが可能であり、これら計測方法の統合によって人の理解へ1歩進むであろう。まず、行動から計測される個人の立体視能と光トポグラフィによって計測される立体視時の脳活動の関連性を示した。この結果から、立体視能によって2群に分けられた被験者が立体視を行った際、頭頂連合野・後頭頂連合野における脳血液量(総ヘモグロビン濃度変化)が立体視能と同様な傾向を示すことがわかった。次に、採血によって決定されたアセトアルデヒド代謝酵素の遺伝子多型と、光トポグラフィによって計測された視覚刺激に対する脳活動(飲酒時)の関連性を示した。この結果からは、遺伝子によって2群に分けられた被験者がチェッカーパタン(赤黒8Hz反転)を見た際、後頭葉1次視覚野近傍における脳血液量が遺伝子多型によって異なる時間経過を取ることが明らかとなった。本論文では、これらの実験結果を再構成し、異種計測方法の統合によって、人の本質的な理解が深まる可能性を議論する。