著者
鈴木 遼香
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.475, 2023-11-01 (Released:2023-11-01)

シチズン・サイエンスとは,一般市民が参加する科学研究のことを指します。欧米で見出され,インターネットの発展を一つの追い風として発達してきたシチズン・サイエンスは,日本でも様々な立場の人から――科学技術振興政策の一環として,あるいは科学者が取り得る手法として,はたまた参加者にとっては科学へ貢献しつつ知的関心を満たすレクリエーションとして――注目を集めてきているようです。このように「三方よし」に思えるシチズン・サイエンスですが,日本でも数々のプロジェクトが実施されたことで,異なる動機を持つ人間が一つのプロジェクトを進める難しさや,プロジェクトの成果が科学研究とどう結びつくのかという問題など,具体的な課題も共有されつつあるようです。そこで今号では,「シチズン・サイエンスの現在地」と題し,日本でシチズン・サイエンスに携わる方々に,現在までに行われた議論から重要なテーマ,具体的な実践経験に至るまで,様々な角度から論じていただきました。総論では,中村征樹氏(大阪大学)に,シチズン・サイエンスとは何か,そしてどのような類型があり,どのような意義があるのかを,欧米でなされてきた研究の蓄積を踏まえながらご解説いただきました。次に,一つ目の事例紹介として,現在も継続中のプロジェクトであり,ウェブサイトが大変魅力的な「GALAXY CRUISE」(https://galaxycruise.mtk.nao.ac.jp/)とその参加者の属性変化について,臼田-佐藤 功美子氏(国立天文台)にご紹介いただきました。続いて,科学者と参加者の関係という論点について,一方井祐子氏(金沢大学)に論じていただきました。先行研究や,石川県金沢市を中心に実施中の「雷雲プロジェクト」(https://fabcafe.com/jp/labs/kyoto/thunderstorm/)の事例からは,異なる動機を持つ科学者と参加者,それを結ぶシチズン・サイエンスの作用について,より考えを深めることができます。大澤剛士氏(東京都立大学)には,生物調査分野での実践を例に,シチズン・サイエンスが期待通りの成果を得られないことがあるのはなぜか,という普遍的な問題を論じていただきました。東北地域で現在も実施中のモニタリングプロジェクト「東北の自然とくらしウォッチャーズ」(https://tohoku.env.go.jp/to_2021/post_222.html)からは,シチズン・サイエンスの特性を十分に踏まえた,丹念なプロジェクト設計を学ぶことができます。ここまでは全て自然科学分野の事例でしたが,人文科学分野の事例である古文書データベースの内容理解支援機能の構築について,吉賀夏子氏(大阪大学)にご紹介いただきました。シチズン・サイエンスや機械学習を課題に応じて組み合わせた点,地域特有の人名や地名といった市民の知的資源を可視化されるデータにしたこと,オープンデータ化,システムやアプリによる充実した支援体制と新たなプロジェクトの試みなど,随所が注目される実践例です。最後に,シチズン・サイエンスの成果をどうアウトプットするかについて,髙瀨堅吉氏(中央大学)に論じていただきました。職業研究者に対する研究評価をめぐる議論や心理学分野におけるプロジェクトの経験を踏まえ,シチズン・サイエンスの成果について考えることを通じて,シチズン・サイエンスとは何かを問い直す内容となっています。本特集では,これまでのシチズン・サイエンスをめぐる基本的な議論や先行研究を解説していただく一方で,個別のプロジェクトを紹介したり,特定の論点について論じたりしていただきました。異なる分野で活躍する各執筆者の現在の到達点を共有していただくことで,シチズン・サイエンスとは何なのか,どうして難しいのか,それでもどうして魅力的なのか,その可能性について豊かな示唆を与えてくれる特集になりました。末筆ではございますが,充実した内容の論考をお寄せくださった全ての執筆者の方々へ,深く御礼を申し上げます。(会誌編集担当委員:鈴木遼香(主査),池田貴儀,小川ゆい,尾城友視)
著者
吉賀 夏子
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.500-506, 2023-11-01 (Released:2023-11-01)

人文科学分野におけるシチズン・サイエンスの実践例として,地域の歴史資料を翻刻して得たテキストデータを用いて固有表現抽出を行い,そのデータおよび記載内容を様々な人が利活用するきっかけを提供する「小城藩日記プロジェクト」の概要を述べる。本プロジェクトでは,自治体運営の古文書教室を通じて集まった参加者が地域特有の人名や地名などの固有表現収集に大きな役割を果たした。その際に生じた作業モチベーションの維持やデータの質の管理などの課題の解決について述べる。また,当プロジェクトで獲得した知見を基に新たに構築中のAI自動翻刻に必要な学習データ収集プロジェクトについても紹介する。
著者
一方井 祐子
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.486-492, 2023-11-01 (Released:2023-11-01)

シチズンサイエンス(CS)とは,科学者などの研究者と一般市民が共に行う科学的研究を意味する。科学的な活動をさまざまな人々と共有できる創造的な活動である。一方で,CSの運営にはしばしば困難や課題が生じる。CSの主催者は,CSの利点を最大限に引き出すための方法を計画段階で考慮する必要があるが,必ずしも計画通りにスムーズに進むとは限らない。一例として,日本のCSである「雷雲プロジェクト」を取り上げ,参加者の動機,研究者と参加者の関係,運営上の課題などについて報告する。
著者
宮田 和彦 褚 冲
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.514-519, 2023-11-01 (Released:2023-11-01)

DWPIは,Clarivate社が提供する特許コンテンツで,様々な観点でデータのキュレーションを行い,付加価値を有する情報を提供している。独自の特許ファミリー構造,カテゴライズされた抄録,出願人や技術分野インデックスなど,AIを含むテクノロジーを活用しながら,キュレーションシステムを維持してきた。一般に,AIからの出力は,ベースとなるモデルやコンテンツにその品質や信頼性が依存する。昨今,様々な領域で生成系AIの利活用が模索される中,知的財産分野でも信頼される高品質なAIが求められており,Clarivateでは,長い歴史の中で培ったDWPIキュレーションの仕組みをAI技術と融合させることで,それを実現させていく。
著者
前川 道博
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.10, pp.430-435, 2023-10-01 (Released:2023-10-01)

社会のデジタル化が進行し,地域の行政文書の保全活用には根本的で包摂的な対応が求められている。しかし,公文書館法の制定,官民データ活用推進基本法の制定(オープンデータ促進),デジタル庁の開設,博物館法改正などが相次いだものの,行政文書等のデジタル化対応は大幅に遅れを取った状況にある。デジタル化の大きな恩恵の一つは,過去の膨大な資料がデジタル化されることにより,一般に広く開放されアクセスが極めて容易になることである。紙中心の媒体により知識を消費してきたこれまでの社会から,これまで以上に過去の文書の利活用ができる知識循環型社会へのシフトが期待される。
著者
安形 麻理
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.10, pp.449-454, 2023-10-01 (Released:2023-10-01)

マイクロフィルムは媒体変換や省スペースの資料収集手段として活用されてきた。低温低湿の適切な保存環境であれば500年以上の寿命が期待されることから,1970年代以降は,長期保存の主たる媒体とみなされてきた。しかし,TACベースのフィルムではビネガーシンドロームという劣化が生じることが知られるようになる。1990年代になるとデジタル化による長期保存への転換が議論されるようになった。本稿では,マイクロフィルムの特徴,所蔵や利用の現状,劣化と保存の状況,新聞のマイクロフィルム化の意義と利用,デジタル資源のバックアップとしてのデジタル時代における位置付けについて概説する。
著者
阿児 雄之
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.10, pp.436-442, 2023-10-01 (Released:2023-10-01)

博物館では,収集・保管・展示などに供する資料(いわゆる収蔵資料)と,その資料および博物館活動にまつわる事項を記述した情報のデジタル管理が進められている。東京国立博物館を例にして,博物館活動を支援するデジタル管理の状況を案内し,併せて,これらの整備がもたらす資料と情報提供の実際を展示に焦点を当てて例示した。実際の展示空間とウェブコンテンツが融合した展示が一般的になりつつあり,そこでの魅力的な鑑賞体験は博物館ならではのハイブリッド型提供といえよう。
著者
長谷川 幸代
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.10, pp.415, 2023-10-01 (Released:2023-10-01)

コロナ禍を経て,社会ではいっそう頻繁にデジタルツールを利用するようになっています。特にオンラインで送受信できるという面で,距離や時間の制約を越えて様々な活動が可能になります。「資料」を提供する機関でも,資料をデジタル化することで,アナログではできなかったことが可能になりました。しかしながら,アナログ資料にも利点が沢山あり,今後は双方をうまく提供したり利用したりできることが重要になってきます。アナログとデジタルの双方による情報提供を「ハイブリッド型の情報提供」として,今月号では特集「ハイブリッド型情報提供の実際」を企画しました。本特集では,まず,根本彰氏に総論としてメディア論の観点をふまえ,アナログとデジタルの双方を含めたメディアの変遷を論じていただきました。続いて各論では,以下の5本の記事を掲載しています。間部豊氏には,公立図書館でどのようにハイブリッド型の情報提供が行われているか,電子図書館サービスの具体的な内容を絡めながら解説していただきました。前川道博氏には,地域行政文書を中心に紙で提供されていた情報がデジタル化されることに対しての知見を記していただきました。阿児雄之氏には,博物館での事例を中心にアナログとデジタルによる資料・情報提供の実際の状況をご紹介いただきました。大髙崇氏には,地域放送局によるアーカイブへの取り組みをもとに,人材育成や他機関との連携等今後の課題について述べていただきました。安形麻理氏には,マイクロ資料に焦点を当て,マイクロフィルムの特徴や提供と保存について詳細にご説明いただきました。インターネットが社会に台頭している現代でも,双方をうまく活用することでより充実した資料・情報提供が実現できるのではないでしょうか。本号では,そのための様々な知識を執筆者の皆さまより発信していただけたと思います。(会誌編集担当委員:長谷川幸代(主査),尾城友視,鈴木遼香,森口歩)
著者
間部 豊
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.10, pp.423-429, 2023-10-01 (Released:2023-10-01)

ハイブリッド図書館という概念が登場して20年あまり経つ。特に公立図書館においてはデジタル媒体による情報提供に遅れが出ていたが,近年においてバリアフリー法の施行に伴う読書支援対策やCOVID-19流行に対する非来館型サービスへの対応として電子図書館サービスの導入が進められている。本稿では電子図書館サービスを含む公立図書館におけるデジタル媒体の情報源による情報提供について現状を整理するとともに,アナログ媒体の情報源と合わせたハイブリッドな情報提供がどのように行われているのか確認した。今後の課題としてデジタル媒体の情報提供は質・量ともに拡充する必要があることを確認した上で,今後の展望について検討した。
著者
根本 彰
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.10, pp.416-422, 2023-10-01 (Released:2023-10-01)

紙の書物がもつ身体的特性が人の認知と密接に関わり,それが近代において書物が学術,文学,教育における特権的位置づけを獲得してきた。しかしながら,メディア論ではマクルーハン以降,書物メディアに比べてマルチメディアがもつ身体感覚的特性ゆえに影響力が大きいとされてきた。そして21世紀のネット社会においては,書物も含めてすべてのメディアがデジタルネットワークに吸収されようとしている。本稿ではメッセージを運ぶ仕組みであるコンテナとメッセージそのものであるコンテンツに分けて,メディアの変遷を歴史的に考察した。その上で,書物がもつ流通,検索,アーカイブにおける歴史的特性を活かした対応が要請されること,そして,その際に国立国会図書館デジタルコレクションの在り方が一つのモデルとなると述べた。
著者
大髙 崇
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.10, pp.443-448, 2023-10-01 (Released:2023-10-01)

NHKの放送番組アーカイブの保存と整備の経緯を振り返り,今後に向けた課題解決に向けて,地域放送局の一人の職員の取り組み事例を報告する。NHKは,1980年代まで,体系的・組織的なアーカイブ保存がなされなかった。その後,資料部(後のアーカイブス部)が一元的に保存と整備を担い,デジタル化も進捗したが,現在もメタデータ整備や,未編集のフィルムやテープの映像素材の扱いなどの課題が存在する。NHK金沢放送局のアーカイブ企画『懐かしの映像』の成功事例から,放送局におけるアーカイブ人材の育成と,地域や専門機関などとの連携・協働の必要性という教訓が浮上する。
著者
野村 美佐子
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.62, no.5, pp.203-208, 2012
参考文献数
15

DAISY(Digital Accessible Information System)は,日本語で「アクセシブルな情報システム」と訳し,プリントディスアビリティ(印刷物を読むことに障害)がある人々の情報のアクセスを支援するデジタル録音図書の国際標準規格である。本稿では,読むことが困難な人々に有効であると注目を集めているマルチメディアDAISY教科書について紹介し,ボランティアによる提供活動の現状,成果および課題を示す。さらにすべての人の活動参加を保障するユニバーサルデザインの観点から,EPUB(Electronic PUBlication)とDAISYの連携によるアクセシブルな教科書への期待を概説する。
著者
奥野 吉宏
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.73, no.9, pp.374-378, 2023-09-01 (Released:2023-09-01)

公立図書館のシステムは,リース契約による調達が一般的である。そのため,リース期間満了毎に更新を行うこととなるが,公立図書館向けシステムに標準となる仕様はないのが現状であり,各図書館は必要とするすべての機能を仕様書に載せなければならない状況にある。このような公立図書館システムの課題とその取組について,仕様書の作成を中心に,筆者が勤務する京都府立図書館の事例を交えながら紹介する。また,図書館システムが保持するデータについても標準化されておらず,システム更新時の新旧システム間でのデータ移行(特に,システムベンダーが変わる際のデータ移行)のリスク要因となっている。この課題の解決に向けて,日本図書館協会に設置された「図書館システムのデータ移行問題検討会」に,筆者は委員として関わったことから,この報告書の内容を中心に,検討会の成果と今後の課題について報告する。