著者
坂本 秀樹 安川 文朗
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
pp.2022.005, (Released:2022-10-14)
参考文献数
22

超高齢化社会を迎える日本にとって,日常生活のQOLや生産性を低下させるだけでなく,認知症発症の要因となり得る難聴の対策は喫緊の課題の一つである。しかし,難聴対策として有効な補聴器の装用率は,他の先進国と比較して日本が著しく低く,補聴器の普及について改善の余地が大きい。補聴器はこれまで聴覚障害者のための福祉補装具の一つとして認識され,流通やビジネスの視点からはほとんど議論されてこなかった。欧米先進国では認知症発症抑制への期待や技術イノベーションによる補聴器の機能向上から装用対象者の拡大が進み,補聴器ビジネスの潮流に変化が生じつつある。世界の補聴器の99%は欧米のメーカーが生産しており,日本でも輸入補聴器のシェアは70%を超えることから,今後,海外の補聴器ビジネスの変化が,日本のそれにも大きく影響を与えることが予想される。そこで本稿では,これまであまり議論されたことが無かった日本の補聴器ビジネスに焦点を当て,欧米の現状と比較しながら,今後その規模が拡大してゆくと考えられる日本の補聴器業界のビジネスモデルにおける現状の分析と課題,および今後の展望について検討を行った。
著者
吉住 健一
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.21-35, 2022-04-28 (Released:2022-05-26)
被引用文献数
1

感染症流行時における自治体の初期の役割は感染予防の呼びかけとなる。但し,感染症の種類が危険なものである,又は非常に感染力が強いと分かった場合には,自治体は感染拡大防止のために住民等に行動抑制を要請することになる。住民に効果的な協力をしてもらうためには,自治体と住民の関係が良好である必要がある。良好な関係を作るためには,情報の共有と相互理解が前提となり,行政は明確な目標を持った方針の説明をしなくてはならない。また,感染拡大している時に,住民の暮らしを守ることが必要である。新型コロナウイルス感染症を収束させる取り組みは,感染拡大防止が目的であり,感染者や感染者が所属する店舗の摘発が目的ではないことを理解することが大切である。新型コロナウイルス感染症の収束に向けた有効な対策の一つとして期待された新型コロナワクチンは,人類が初めて接種するタイプのワクチンで不安に思う人も多かったが,効果が理解されると接種希望者が増えた。自治体は,ワクチン接種を希望する人にできるだけ早く接種をする努力をした。また,自治体は,希望しない人にワクチン接種の有用性を伝えることにも努力をした。感染防止に協力的な人とそうではない人の対立を防ぐこと,感染者の人権を守る代わりに感染拡大防止に協力してもらうことは,未知のウイルスと人類の戦いをするうえで重要ことであると考えている。
著者
堀籠 崇
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.239-250, 2010-10-29 (Released:2010-10-27)
参考文献数
31
被引用文献数
2

本研究の目的は,占領期におけるインターン制度の形成過程という歴史的フィルターを通じて新医師臨床研修制度の課題を明示するところにある。そこで本研究では,インターン制度の狙いの解明に焦点をおく。本研究が用いた資料は,第一にスタンフォード大学フーバー研究所所蔵のSylvan E. Moolten Papers,1945-1986である。本資料により,インターン制度導入意図を解明し,医学教育審議会(CME)内部の連合国最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)と日本側委員との関係性を再検証した。第二に国立国会図書館憲政資料室所蔵のGHQ/SCAP Record内の公衆衛生福祉局(PHW)文書である。本資料に含まれるCME議事録の精査から,CMEの発したインターン制度構想について明示した。結果は次の通りである。インターン制度の真の狙いは,地域医療と医学教育システムとの融合による,最新医療の市民への還元及び開業医のレベルアップにあった。それは,インターン制度を通じた学閥解体とともに国立メディカルセンター計画による医療提供システムの再構築により果たされる予定であったが,前者の,制度としての練りこみ不足と,後者の頓挫とによって失敗に終わった。この結果より,新臨床研修制度が医療提供システムに与える影響の検討と,日本の医療システム全体をいかにデザインするかという視点からの当該制度の見直しの必要性が示唆された。
著者
印南 一路
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.71-85, 2021-07-08 (Released:2021-07-13)
参考文献数
16

2020年末,新型コロナ禍の合間を縫って,長年議論されてきた後期高齢者の2割自己負担導入,紹介状なしの大病院外来受診時定額負担の問題が決着した。定率であれ定額であれ,患者自己負担の導入は,国民の負担増加を伴い,かつ医療団体の強い反対が予想される実現困難な改革のはずである。にも拘わらず,これらの課題が決着できた理由は何か。この疑問に答えるため,官邸機能強化に関する制度的考察,合意形成のガバナンス(意思決定規律)に関するモデル構築,上記2事例についての事例過程追跡の3つを行った。その結果,(1)1994年以来の政治制度改革,省庁と会議体の再編,内閣機能の漸進的強化により,重要政策会議等の閣議決定を用いた官邸主導による合意形成が効率化されたこと,(2)どのような合意形成手段が使われるかは,課題の政治性のレベルに依存するが,課題の政治性のレベルは課題固有の特徴と一致し,特に選挙への影響予想と関係団体の抵抗の強さに依存すること等が示された。
著者
石川 ベンジャミン光一
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.61-72, 2016-04-30 (Released:2016-05-13)
参考文献数
8

病院情報システムの普及に伴って診療に関わる記録が電子化され,医療機関の壁を超えて集積されるようになった結果,我が国でも大規模な医療情報データベースの整備が急速に進みつつある。また大規模医療データについては,臨床疫学的な視点からの医療の学問的・技術的側面に関わる分析だけでなく,社会サービスとしての医療の費用・効率や持続可能性についての観点からも分析が行われるようになってきている。中でも厚生労働省が実施する「DPC導入の影響評価に関する調査」では,医療機関が作成するデータセットに入院治療を受けた患者の住所地が7桁郵便番号として記録され,また調査の結果報告において医療機関の実名入りの傷病別症例数・入院日数などが公表されることから,地理情報システム(Geographical Information System,以下GIS)を利用した診療圏の分析や,社会経済学的な属性を活用した分析への注目が集まっている。本稿では,GISが取り扱うデータの形式や,住所から緯度経度による地理データへの変換,GISを用いた地理情報の分析手法について説明すると共に,具体的な分析事例を示すことでGIS分析の現状についての紹介を試みる。また,GISを利用した研究を進めていく上で直面する課題から主なものを取り上げ,今後に向けた展望について記す。
著者
中芝 健太 橋本 英樹 古井 祐司
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.155-164, 2021-07-08 (Released:2021-07-13)
参考文献数
20

企業活動において従業員の健康への投資のあり方を模索する「健康経営」が注目を集めている。しかし,その目的や意義について健康経営の取り組みを行うステークホルダー間で共通見解・統一的定義が存在するわけではない。本研究では,健康経営という概念の背景として,産業保健における健康管理の発展,企業に対する投資の環境整備,保険者による医療費適正化という少なくとも三つの流れがあることを確認したうえで,「健康経営」を巡り行政・民間それぞれのステークホルダーが目指すものと,「健康経営」活動を評価するため提案された既存尺度の測定項目との整合性について考察した。主要な政策的ステークホルダーとして,経済産業省ヘルスケア産業課,厚生労働省保険局ならびに厚生労働省労働基準局を挙げ,それぞれの政策意図と「健康経営」の捉え方を既存資料から解釈した。また,「健康経営」の取り組みを実際に展開する民間・準民間ステークホルダーを政策的ステークホルダーに対応する形で整理し,それぞれの取り組みの性質や目的の違いを描出した。そのうえで,健康経営に関わる主要な評価指標として三つの尺度を取り上げ,測定される項目の異同や解釈について比較検討した。以上の作業を通じて,「健康経営」のコンセプトを意義ある実践につなげるためには,実施主体の目指す価値に応じて「健康経営」の目的を明示的に設定したうえで,評価尺度や評価項目を戦略的に選択・測定・解釈することが必要であると考えられた。
著者
奥原 剛 木内 貴弘
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.91-106, 2020

<p>本稿では進化生物学的視点を採用したヘルスコミュニケーション研究・実践の可能性を考察する。進化生物学の視点で見ると,人の行動には至近要因と究極要因がある。これまでの行動変容理論・モデルを用いたヘルスコミュニケーションは至近要因に着目してきたが,至近要因は人の行動の要因の一部に過ぎない。人の意思決定や行動を考えるには究極要因にも目を向ける必要がある。人の心や行動は,生存と繁殖上の問題を解決するよう自然淘汰を経てデザインされてきた。したがって,人は生存と繁殖及びそれに関連する社会的協力・競争の欲求を持つ。これらが人の究極要因レベルの欲求である。人の究極要因レベルの欲求が,意思決定や行動に影響を与えることが,心のモジュール理論や認知機能の二重過程理論の関連研究で示されている。これらの先行研究をふまえ,ヘルスコミュニケーションで対象者のより良い意思決定を支援するために「何を」「どう」伝えたらよいかを提案し,がん対策への示唆を示す。</p>
著者
岡本 悦司
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.95-120, 2008

韓国医療制度の発展の歴史を,戦前の資料も発掘して概説するとともに,現在の医療保険制度の仕組を概説する。19世紀には,欧米の宣教師らが西洋医学をもたらし病院を作った。1910~1945年の日帝時代には医療従事者の多数を日本人が占めていた。日本人は終戦(光復)とともに引き上げたが,病院等のハードウェアは戦後の韓国医療の基盤となった。ただ日本が1927年に導入した医療保険制度は当時の朝鮮に導入されることはなく,医療保険は韓国が自力で作ることとなった。朝鮮戦争を経て,1960年代には「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展が起こり,民間病院や医大の量的拡大が続いた。1963年には医療保険法が制定され1989年には皆保険が達成された。1997年の経済危機を契機に医療保険の統合一本化,医薬強制分業そして請求書のオンライン化が進められ2000年に達成された。現在の医療保険は国民健康保険公団という単一保険者で運営され,被用者と自営業者の所得補足格差は,自営業者については申告所得だけでなく財産や自動車も加味して賦課することで解決している。患者負担率は医療機関の種類によって差を設け,医療機関間連携を促進しつつ,またDRGの試行やオンライン化された請求書情報をデータウェアハウス化して積極的な活用を審査評価院において行っている。
著者
柴田 博
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.9-20, 2015
被引用文献数
1

Thanatology(死生学)はgerontology(老年学)と共に1903年,免疫学者メチニコフにより創出された用語である。この2つの学問は,科学(自然,社会)および人文学(哲学,宗教,文学など)の双方の分野からなる学際的な学問である。<br>人間の死の問題は生活の質(quality of life, QOL)の問題と統合的に把えなければならない。しかし,学問の進捗としては老年学の方が先行し,死生学は遅れたためそれは不十分にしか成されていない。1980年代まで死の問題を扱うことは宗教,哲学,生命倫理学以外の分野ではタブー視される傾向にあったのである。<br>この四半世紀,老年学のQOLにanalogousにQOD(D)(quality of dying and/or death)の実証的な研究が北米を中心に盛んになっている。これらの研究は従属変数としてのQOD(D)を操作概念化し,提供されるケアとの関連で,終末期のQOLを評価しようとするものである。死の質を測定するための尺度の開発により,実証研究は今後も大きく進むものと考えられる。<br>しかし,死の学問は終末期のきわめて短いスパンの問題に限局されてはならない。もっと長い人生のスパンにおけるQOLとの関連でも論じられなければならない。それは量的研究ではなく文学,病跡学にみられるようなnarrativeな方法を採ることになるであろう。本論文では,死生学にまつわるいくつかのトピックスについての,筆者の私見を述べた。死生学における位相的意義は明確にし得ないが。
著者
秋山 正子
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.53-65, 2020

<p>第3期がん対策推進基本計画の全体目標の一つ,尊厳をもって安心して暮らせる社会の構築は「がんとの共生」と表現され,次の分野別施策が示された。①がんと診断された時からの緩和ケア②相談支援,情報提供③社会連携に基づくがん対策・がん患者支援④がん患者等の就労を含めた社会的な問題⑤ライフステージに応じたがん対策の5つである。</p><p>英国で1996年に誕生したマギーズキャンサーケアリングセンターをモデルとしたマギーズ東京が2016年に日本にできるまでを紹介し,従来の形ではなく新しい方法を取り入れて,今のがん医療で取り残されてきていた相談支援を,病院以外で行うことの意義を,開設後3年間の実績を踏まえて紹介をした。それはまさに協働的意思決定(シェアードディシジョンメーキング)支援の場になっている。</p><p>この活動によって,当事者である患者や家族のみでなく,関わる専門職も,短時間で,情報提供し答えを出さねばという呪縛から解放されていく様子を見せて貰っている。これは,看護の実践の場として,ケアの質を維持し,モチベーションを高めていくことにも繋がり,今後はこの実践現場からの結果を,情報発信していくことも重要となろう。</p><p>予約なし,相談料無料,そして全てがチャリティによって運営されていると言うこと自体もチャレンジャブルである。建築と環境にも心を配られたマギーズセンターは,医療のみならず異分野からも着目されている。</p>
著者
三村 優美子
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.137-162, 2011-07-28 (Released:2011-08-04)
参考文献数
18
被引用文献数
3 1

これまで医薬品流通では,未妥結仮納入,総価取引,不透明なリベートやアローアンスなどの固有の取引慣行問題に悩まされてきた。1990年代の流通近代化協議会(流近協),2000年代の「医療用医薬品の流通改善に関する懇談会(流改懇)」と取引改善努力が続けられてきた。特に,2007年9月の流改懇の「緊急提言」は,“価値を適正に反映する価格”の観点から総価取引の改善(総価除外品の設定など)と,未妥結問題への積極的な取り組みの姿勢を示すことでその成果が期待された。ただし,改善は部分的に留まり,卸収益の面では事態がむしろ悪化している面もある。今後も改善努力は続けられるべきであるが,医薬分業,ジェネリック薬普及など医薬品流通の根本的な枠組みの変化を考慮して取引問題の再検討が必要である。さらに,2000年代に入り,産業的視点に立った薬価制度改革の方向性が示されるようになった。2010年度に試行的に導入された「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」は,革新的な新薬開発の促進と,特許切れ後には後発薬に置き換えることで薬剤費増加を抑制するというメリハリの利いた薬価制度への移行を意図している。この新薬価制度の検証はこれからであるが,一つの方向性を示したことは確かである。薬価制度の枠組みの変化,そして医薬品のタイプ分化は,医薬品卸の在り方や取引構造を大きく変えていくことは確実である。当研究会では,今回,薬価制度改革の方向と流通取引問題に焦点を合わせ,卸の立場から取引改善への取り組みについて検討を行った。
著者
井上 佳代子
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3, pp.1-23, 2003-12-10 (Released:2012-11-27)
参考文献数
13

人間信頼工学の手法を用いて,医療事故防止のための総合リスク分析システムを開発し,2病院で施行した。1.リスク算定看護業務量調査を行い,インシデントレポート(以下IR)と照らし合わせ,各看護業務におけるFailure rate(以下FR)を算出した。個々の看護業務のFRは,10-5-10-3。筋肉注射,インスリンの皮下注射,輸血など,看護業務量は少ないが,FRの高い業務を抽出した。また,夜間のFRは日中の1.5倍であり,業務量を加味した相対リスクは3-4倍であった。患者要因において,問題行動のある患者や透析患者は,入院患者数は少ないがFRの高い要因であった。2.エラー分析IRからHuman errorの根本にある組織要因を抽出するmodelを作成した(各IRから,病院内のエラー-直接誘因-組織要因のつながりを見出し連関鎖と名づけた)。2病院で連関鎖を比較し病院による組織要因の違いを明らかにした。3.リスク予測・対策立案ある要因の患者がある医療行為をある期間受けるときのリスク予測図を作成した。また,対策を立てる優先順位の高い業務とその組織要因を抽出できる図を作成した。今回開発した総合リスク分析システムにより,看護業務勤務シフト,患者要因によりリスクの大きさが異なることが判明した。また,病院のもっ組織文化によりエラーの種類も異なり,病院独自の分析と対策の立案が必要であることが明らかになった。
著者
西村 周三 土屋 有紀 久繁 哲徳 池上 直己 池田 俊也
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.109-123, 1998-05-20 (Released:2012-11-27)
参考文献数
8
被引用文献数
64 56

EuroQolは,包括的一元HRQOL尺度の健康指標である。翻訳プロトコルに従って日本語版を開発し, このほど公式版として認定を受けた。EuroQol質問票には, 完全版と臨床版の2種類がある。臨床版は, 回答者自身の健康状態を2つの方法で調査するものであり, まず「5項目法」として5項目により健康状態を特定したうえで, 次に「視覚評価法」として温度計に似た線分を使って健康状態の評価を行う。さらに完全版には, 臨床版の内容に加えて, 5項目法で記述された一連の仮想的な健康状態について, 視覚評価法で評価を求める部分がある。EuroQolは,薬剤経済学研究や一般市民の健康調査といった幅広い分野で国際的に利用されている。われわれ日本語版EuroQol開発委員会は, EuroQol Groupの定めた厳格なプロトコルに従って日本語版の開発を行った。今回の公式版の完成を機に, 薬剤の臨床試験やヘルスサービス研究等において, わが国においても今後幅広く利用されていくものと考えられる。
著者
泉田 信行 中西 悟志 漆 博雄
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.59-70, 1999-05-30 (Released:2012-11-27)
参考文献数
25
被引用文献数
1 2

医師誘発需要仮説によれば,医師は患者よりも医療内容に詳しいこと(情報の非対称性)を利用して,患者に対してより密度の高い医療を受けるように影響力を行使できる。通常の財・サービス市場において供給者の増加は,競争を激化させ,価格を低下させるはずである。しかし医師誘発需要仮説が妥当すると,人口当たりの医師数の増加は,医師の裁量的行動による医療サービス需要の増加を誘発し,医療支出を不必要に増大させるかもしれない。しかし医師による誘発が存在しない場合であっても,医療サービスへのアクセス費用が低下することにより患者の直面する実質的な価格が低下し,それにより患者の自発的需要が増大することはあり得る。このような患者主導的需要を考慮しなければ医師誘発需要の効果を過大に推定してしまう可能性がある。そこで本研究では,支出関数を推定することで,医師誘発需要モデルを検証している。支出関数は一定の健康水準を生産するための医療サービスの投入量を測定できるため,受療率の上昇による健康水準の改善は分析モデル内で調整され,医師の誘発する有効的でない医療サービス投入量が分離されて測定可能となる。ここでの推定によれば,人口当たり医師数が1%増加すると,入院サービス使用量は0.8%,外来サービス使用量は0.4%それぞれ不必要に増大する。
著者
本田 由紀
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.31-39, 2017-05-25 (Released:2017-06-13)
参考文献数
17

日本の少子高齢化は世界的に見ても突出した速さで進行している。日本がこのように特異なほど急速に少子高齢化を遂げている原因は,戦後の1960年代を中心とする高度経済成長期に形成され,その後の1970年代から80年代にかけて社会に普及と深化を遂げた,「戦後日本型循環モデル」の特徴と,それが90年代以降に崩壊を遂げたことに求められる。「戦後日本型循環モデル」は,仕事・家族・教育という3つの社会領域が,互いに資源を一方向的に流し込み合う循環構造を形成していたことを特徴とする。経済成長を前提とし,仕事からは家族に賃金が流れ込み,家族からは教育に対して費用と意欲が流れ込み,教育からは仕事に対して新規労働力が流れ込むという循環である。しかし,バブル経済の崩壊をきっかけとして,1990年代以降に雇用や賃金が不安定化したことにより,この循環モデルは崩壊を迎えた。それに直面していた団塊ジュニア世代が,結婚や出産など家族形成に困難を抱えていたことが,少子化をもたらした。今後は,少子高齢化した社会を維持してゆく上でも,少子高齢化を可能な限り食い止めるためにも,仕事・家族・教育の間に,互いに双方向的に支え合う関係性を作り出してゆくことが求められる。家族成員,特に女性が育児と仕事を両立できるようにするためには,一定範囲の労働時間や職務で安定的な働き方の増大,育児や介護といったケア役割を担う社会機関の拡充,家族の教育費負担の軽減などが不可欠である。