著者
溝田 友里 藤野 雅弘 山本 精一郎
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.321-338, 2020-12-25 (Released:2021-02-04)
参考文献数
46

がん予防やがん検診は,がんで苦しむ人を減らすために重要な方法である。しかしながら,これらについては十分に科学的根拠(エビデンス)があるにもかかわらず,必ずしも十分に実践されていない(エビデンス・プラクティスギャップ)。禁煙などのがん予防やがん検診受診などはすべて個人の行動変容を促すものであり,近年,行動変容を促すには従来の「教育的アプローチ」では十分でなく,「環境的アプローチ」への変化が必要とされてきた。なかでも,従来のモデルや理論に新たな行動科学的なアプローチを加味したアプローチの効果が期待されている。本稿では,なかでも,ソーシャルマーケティング及びナッジを利用したアプローチについて取り上げる。ソーシャルマーケティングは,商業マーケティングに用いられてきた概念や技法をがん予防・がん検診といった公衆衛生的な行動変容を促すために用いるものである。ナッジは人々が行動を選択するときのくせ(惰性・バイアスなど)を理解して,強制することなく,選択の自由を確保した上で,人々が望ましい行動を選択するように導くアプローチである。望ましい行動という点で,公衆衛生政策や保健政策との相性がいい手法といえる。我々が行った大学生に対する禁煙・防煙キャンペーンを例に,分析,戦略開発,コミュニケーションのデザイン,実行,評価とフィードバックといったソーシャルマーケティングのプロセスを説明する。また,がん検診の受診率向上プロジェクトを例に,ソーシャルマーケティングに加え,ナッジなどの行動科学的方法を活用した行動変容へのアプローチについても例示を行う。
著者
福田 吉治
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.31-39, 2012 (Released:2012-04-28)
参考文献数
35
被引用文献数
1 1

【目的】 所得,学歴,職業等の社会経済的要因に伴う健康水準の違い,すなわち健康格差が注目されている。本研究は,主要な生活習慣病および健康関連生活習慣と所得との関係について,一般住民の意識ならびに実態を調べることを目的とした。【方法】 一般住民の意識調査として,山口県の4つの自治体から無作為に抽出した30~59歳の男女650名を対象に,裕福な人がそうでない人に比較して健康問題になりやすいかどうかについて自記式郵送調査を行った。実態調査として,国民生活基礎調査(平成19年)を用い,所得と健康問題との関連をRelative Index of Inequality(RII)を指標に分析した。【結果】 一般住民の意識調査では,650名のうち363名より回答があり(回答率55.8%),うつ病を除く全ての疾病(糖尿病,高血圧,脳卒中など)で裕福な人ほどなりやすいと回答した者の割合が高かった。喫煙や過剰飲酒は,裕福な人ほど少ないと回答した者の割合が高かった。実態調査では,脳卒中,心臓病,うつ病,喫煙で,所得が高い人ほどその割合が有意に低かった。【考察】 本研究から,生活習慣病やそのリスクとなる不健康な生活習慣は総じて所得の低い者に現れやすいが,一般住民には逆の意識があることがわかった。健康格差についての認識,すなわち,社会経済的に不利な状況は生活習慣病のリスクを高めることの認識を高めることが,それらのリスクを低下させることに繋がると考えられる。
著者
橋本 英樹 徳永 睦
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.61-70, 2021-07-08 (Released:2021-07-13)
参考文献数
17

高齢・人口減少社会の持続可能性を議論する際,費用抑制の議論が優先される中,公的皆保険制度の最大の目的である家計破綻の回避と,負担公平性をいかに図るかについての議論を科学的に行う必要が強まっている。しかし近年の状況に関するエビデンスが不足している。本稿では先行研究などに倣い全国消費実態調査2014個票データを用いて,公的医療保険と介護保険の自己負担,より広い保健医療消費支出による家計破綻的影響(catastrophic payment)の状況と,医療費・介護費の負担が世帯の貢献能力を鑑みて公平性が担保されているかどうかを検証することを目的とした。その結果,狭義の医療保険の自己負担が及ぼす家計破綻的影響は限定的ではあるが,より広い保健医療消費支出や介護自己負担を含めた場合,特に支払能力の低い高齢者・要介護世帯では家計破綻的支払は17%程度の世帯に見られることを確認した。また公的医療保険・介護保険の負担公平性は直接税による貢献の累進性が近年回復したことを受けて,公平性は比較的担保されていることを確認した。しかし,自己負担・社会保険料負担の逆進性が強まっている可能性が示唆されたことから,今後高齢世帯などでの自己負担率引き上げや,コロナ禍における消費低迷による間接税貢献の逆進性の増加が及ぼす影響を慎重に考慮する必要があると思われた。
著者
大須賀 穣 秋山 紗弥子 村田 達教 木戸口 結子
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
pp.2019.003, (Released:2019-06-28)
参考文献数
38
被引用文献数
3

【目的・背景】予定外妊娠とは妊娠の希望の有無にかかわらず予期せず妊娠することであり,その後の社会生活に影響を及ぼす可能性がある。本研究では予定外妊娠数および予定外妊娠によって生じる医療経済的影響について推計を行った。【方法】先行研究において用いられた分析モデルを利用し,予定外妊娠数および予定外妊娠によって生じる医療経済的負担について推計を行った。また,経口避妊薬および子宮内避妊用具が避妊法として選択される機会が増加した場合の影響についても各避妊法の避妊失敗率から算出した予定外妊娠数の変化量から,増加前後を比較することで評価した。【結果】年間推定予定外妊娠数は約61万件となり,年間予定外妊娠費用および年間避妊費用はそれぞれ約2,520億円,373億円となった。経口避妊薬および子宮内避妊用具が選択される機会が増加した場合における予定外妊娠への影響を推計した結果,年間避妊費用は増加したが,年間予定外妊娠数が減少したことによる予定外妊娠費用が大きく削減されたため,予定外妊娠関連費用の総額は増加前より削減された。【考察】避妊失敗率の低い避妊法の利用が増加することにより経済的な効果が期待されるが,若年層にとっては継続的に服用する必要のある経口避妊薬の費用は大きな負担となるため,避妊薬等の利用について何らかの補助が実施されれば,予定外妊娠による経済的および社会的負担は大きく軽減されると考えられる。
著者
大久保 豪
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.45-59, 2021-07-08 (Released:2021-07-13)
参考文献数
44
被引用文献数
1

本稿の目的は,国際比較によって日本の患者自己負担を相対化させ,その特徴を明らかにすることである。比較の対象国として,日本と同様に社会保険方式を採っているドイツ及びフランス,税方式を採っている代表的な国であるイギリスの3ヵ国を選択した。本稿ではまず各国の医療制度(医療提供制度及び医療財政制度)の仕組みと特徴を記述し,その後に患者自己負担について,4ヵ国共通の視点(a.年齢,b.所得,c.疾患・障害,d.高額医療費,e.医薬品,f.入院・外来,g.受診経路)で整理した。4ヵ国を通観した結果,特徴的だったのは第1に患者自己負担の医療政策における重要性の相違である。イギリスは原則無料で,ドイツも患者自己負担に重きを置いてはいない。一方で,日本とフランスは患者自己負担の割合が大きく,その仕組みも複雑である。第2は,高齢者に対する負担の特例の有無である。日本では,高齢であることを理由とした患者自己負担の減免が行われているが,ドイツ及びフランスでは行われていない。イギリスでは高齢者の患者自己負担が免除されるが,そもそもイギリスは患者自己負担の割合自体が小さい。第3は,患者自己負担とゲートキーパー機能との関係である。ゲートキーパー機能が最も強いのはイギリスであり,病院受診にはGP診療所の紹介が必要である。ドイツやフランスではイギリスほど強くはないが,日本のように病院を直接受診することが一般的なわけではない。患者自己負担は医療制度というシステムの構成要素の一つであり,その国の医療提供体制及び医療財政の仕組み,そしてその背景にある歴史的経緯や経済状況などの様々な要因によって形作られてきた仕組みであるという点に留意する必要がある。
著者
佐藤 元
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.63-78, 2005

公衆衛生政策は私的権利の制限(私権制限)を伴うことが多い。私権に関わる例としては,公衆衛生情報と個人のプライバシー,コミュニケーション政策と表現の自由,検疫・隔離や強制的入院と個人の自律や自由,安全衛生基準と経済活動の自由などの間に見られる対立が挙げられる。国家・自治体は公共の福祉のために私権を正当に制限し得るとされるが,公衆衛生領域における政府の責務と権限が拡大する中,人権保護に関する議論を整理し制度を整えることは重要な課題である。本稿は,現代の米国における議論を総括紹介し,今後の議論に資すことを目的とした。公衆衛生政策を人権保護の観点から検討する際には,正当性,合理性,経済的負担と効率,私権制限の程度,公平性,政策相互の整合性が系統的に評価されることが望ましい。また,こうした評価を制度化し実効性のあるものとするためには,正当な法的手続きと政治過程の透明性確保が重要と考えられる。前者は,実質的正当性と形式的正当性の両者からなる。
著者
石川 ひろの
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.30, no.4, pp.447-458, 2021-03-12 (Released:2021-03-23)
参考文献数
66

この数十年間,「患者中心」という概念は,医療コミュニケーション研究において多くの研究者の注目を集めてきた。にもかかわらず,その概念は定義や測定方法が統一されていないことがしばしば批判されてきた。本論文では,機能主義,コンフリクト理論,功利主義,社会構築主義の4つの社会学の理論的視点に基づいて,患者-医師間コミュニケーションに関する研究が,患者中心的コミュニケーションをどのように概念化し,測定してきたかをレビューした。それぞれの理論的視点によって,患者-医師関係の前提,期待される役割,コミュニケーションの目標は異なる捉え方をされていた。これが,先行研究においてたびたび指摘されてきた患者中心的コミュニケーションに関する概念的および操作的な定義の混乱の一因であると考えられる。本研究は,患者中心的コミュニケーションのさまざまなモデルと,各モデルで期待される役割と目標についての概観を示した。患者中心的コミュニケーションの重要な特徴は,患者の希望や状況に合わせて患者-医師間のコミュニケーションモデルを調整することであるとされる。本研究で示した枠組みは,その患者や文脈に即したコミュニケーションモデルを特定し,既存の患者中心的コミュニケーションの尺度を理論的に再構築することにつながる可能性がある。また,患者中心的コミュニケーションは,これまで主に患者中心のケアを実現するための医師側の行動として定義されてきたが,その実現に向けては患者との協働が重要であり,今後の研究,臨床において着目していく必要がある。
著者
康永 秀生
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.7-14, 2016-04-30 (Released:2016-05-13)
参考文献数
3
被引用文献数
2 1

DPC(Diagnosis Procedure Combination)データベースは,全国の1000以上の施設から収集された入院患者データベースであり,年間700万を超える症例数を有するビッグデータである。DPCデータは診療報酬明細データベースの一つであり,詳細な診療履歴データに加えていくつかの臨床データも含んでいる。このデータベースを用いた臨床研究が近年積極的に進められている。本稿ではその成果の一部として,(1)アテローム血栓性脳梗塞患者に対するアルガトロバン療法の効果,(2)非がん成人患者における経静脈栄養と経腸栄養の短期生存率と合併症率の比較,(3)予後熱傷指数の妥当性の検討,という3つの研究について解説する。さらに,DPCデータをはじめとする医療ビッグデータ研究の今後の課題についても言及する。
著者
阿藤 誠
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.5-20, 2017-05-25 (Released:2017-06-13)
参考文献数
63
被引用文献数
2

本稿は日本の少子化の動向・人口学的要因,社会経済的・文化的背景,政策対応を,国際比較を踏まえて概観したものである。70年代以降少子化状況にある先進諸国は緩少子化国と超少子化国に二分されるが,日本は南欧諸国・ドイツ語圏諸国などと並んで後者に属する。人口学的には,少子化は出生の高年齢への先送りによって起こっているが,日本など超少子化国は20代の先送りが著しく30代のキャッチアップが乏しい。そのため世代別の平均生涯出生児数はすでに1.5人以下に低下している。日本では結婚の高年齢への先送りにより未婚化・晩婚化・非婚化が進行する一方,緩少子化国と違い同棲・婚外子がほとんど拡がらなかった。その結果,結婚の変化が少子化の直接的要因となった。結婚したカップルの出生児数の減少は比較的最近のことである。少子化の背景としては,先進国に共通する①豊かな社会の到来と子育て負担の増大と②女性の社会進出(高学歴化・雇用労働力化),日本で注目される③非正規雇用の若者の増大,超少子化国に共通する④伝統的家族観・ジェンダー観について議論した。最後に,少子化への政策対応に関する基本的スタンスを明らかにするとともに,①子育ての経済的支援,②仕事と子育ての両立支援,③非正規雇用問題への対応,④伝統的家族観・ジェンダー観からの脱却について,政策の現状を要約し,国際比較の観点からの評価を試みた。
著者
川野 宇宏
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.17-26, 2018-04-30 (Released:2018-05-24)
参考文献数
1

現在の難病対策については,スモンへの対応以降,数度の見直しを経て,2015(平成27)年1月1日に「難病の患者に対する医療等に関する法律」(平成26年法律第50号。以下「難病法」という。)が施行されるに至っている。難病法の下における難病対策は,これまでの研究中心的な制度から,福祉的な側面も含めた総合的な難病対策へと変化した。このような総合的な難病対策を推し進める難病法が成立する以前から,予算事業においても医療費助成等の施策を実施してきたが,自治体の超過負担等の課題もあった。これらの課題の解決に向けた議論がなされた結果,難病法による難病対策として以下の3つの柱を中心として施策が講じられることとなった。①効果的な治療方法の開発と医療の質の向上②公平・安定的な医療費助成制度の仕組みの構築③国民の理解の促進と社会参加のための施策の充実難病法が施行され,難病対策は充実しているが,必ずしも十分とはいえない点もある。例えば,どの病気にかかっているかなかなか診断がつかない患者へ早期に診断を付けることができるようにする医療提供体制の整備や,難病患者がその状態に応じて就労し,仕事を継続していけるようにするための支援体制の充実等,更なる難病対策の充実が重要である。これまでの成果・課題を把握し,現在の施策の延長線上に難病法に規定された見直し時期があることを見据え,難病対策に取り組んでまいりたい。
著者
堀 勝洋
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.41-56, 1997-02-28 (Released:2012-11-27)
参考文献数
23

本稿では, (1) 高齢者の介護・医療の分野を中心に, 社会保険方式と社会扶助方式の比較を行うとともに, (2) 高齢者の介護・医療を社会扶助方式で行うべきであるという提案の問題点を指摘した。(1) については, 17の評価基準ごとに理論的および現実的な面で, 社会保険方式と社会扶助方式のどちらが優れているかについて検討した。理論的および現実的の両面で社会保険方式の方が優れているのは,経済システムとの適合性,給付の普遍性・権利性,給付水準の高さ,財源確保の容易さおよびサービスへのアクセス・選択性の面である。上記の両面で社会扶助方式の方が優れているのは,支出統制の容易さおよび財源にかかわる納付上の便宜・事務コストの面である。財源面で保険料と租税のどちらが優れているかおよびサービス供給面で社会保険方式と社会扶助方式のどちらが優れているかは,基本的にその具体的な仕組みに依存する。結論としては社会保険方式の方が総体的に優れているということができ,わが国の社会保障が社会保険方式を中核としているのは理由がある。(2)については,まず高齢者は介護・医療のリスクが高いため保険になじまないとする主張に対し,全国民を対象とする社会保険では高齢者に対する介護・医療もリスク分散という保険原理が適用できることを明らかにした。また,高齢者の介護・医療を社会扶助方式で行うと,財源の確保が困難になること,財政制約により所得制限の導入や給付水準の引き下げが行われる恐れがあることなどを指摘した。
著者
角田 由佳
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.86-106, 1997-02-28 (Released:2012-11-27)
参考文献数
17
被引用文献数
2

この研究は,看護婦に関する政策の歴史的展開とその効果にっいて,看護婦の労働市場に視点をおいて評価するものである。日本はこれまで,3度の「看護婦不足」問題に直面した。1度目の「不足」は第2次世界大戦終了直後において,医療供給水準の向上を企図した医療施設の整備から,労働需要が急増したことに起因する。2度目の「不足」は,入院患者に対する既存の看護要員数規定に加えて構成割合を規制し,その配置基準にしたがって診療報酬点数上の加算額いわゆる「看護料」を決める「基準看護」が1958年に制定された後に生じている。そして3度目の「不足」発生時では,1985年の医療法改正を機に病院の病床が数多く増設され,労働需要が増大している。このように看護婦の労働需要が増大するにもかかわらず,賃金率の上昇による市場の需給調整に時間がかかる場合には,市場は不均衡の状態となり,「動的不足」が発生する。しかし看護婦の労働市場は都市部をのぞいて,労働需要者が賃金率と雇用量に決定力をもっ需要独占・寡占構造となる特性をもち,労働力不足が常に起こりうる状態にある。厚生省は他の省庁とともに,「不足」問題が表面化するたびに看護婦の労働供給を増加させるべく施策をとってきた。ひとっは賃金率の引き上げや労働条件の改善といった労働力のフローを増加させる施策であり,いまひとつは看護婦養成機関の増設や定員数の増加といったストックの増大策である。これらの政策手段は,病院が常にとらえる「不足」や動的不足を削減する効果的な手段であるが,看護婦の労働市場の特性である需要独占・寡占構造にっいて,完全競争状態に向かわしめるべく修正を直接的に加える手段であるとはいいにくい。さらに厚生省は,3度目の「不足」に際しては,労働条件の改善を図って,従来のようなより高度な看護要員配置基準の設定のみならず,「看護料」の引き上げも実施しており,他の生産要素との相対価格低下(看護婦雇用への補助金効果)を通じて,看護婦の労働需要増大を捉進しているものと解釈できる。
著者
松本 正俊 井上 和男 竹内 啓祐
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.103-112, 2012 (Released:2012-04-28)
参考文献数
54
被引用文献数
3 5

医師の都市部集中とへき地・地方での医師不足は積年の社会問題となっている。医師の地理的偏在是正のために政策の果たす役割は大きく,特に医学教育への政策介入について,過去に多くの実証研究が行われた。本稿では過去の研究成果をレビューし,効果的に地方やへき地で働く医師を増やすためのエビデンスに基づく方策を考察する。医師のへき地就労を促進する因子として,医師自身がへき地出身であること,プライマリ・ケアに関連する総合性の高い診療科を標榜していること,へき地医師養成プログラム出身であること,卒後早期のへき地診療経験などがある。その他,卒前の地域医療実習,へき地勤務を条件とした奨学金貸与,医学部キャンパスをへき地に設置することなども有効性が示唆されている。わが国における政策としては昭和47年設立の自治医科大学,および平成20年以降急速に拡大し入学定員が1,000名を超えた医学部地域枠がある。さらに近年,卒前医学教育における地域医療実習,卒後臨床研修における地域医療研修が必修化された。これら政策はある程度上記のエビデンスを踏まえたものになっている。しかしながら地域枠の制度設計は都道府県によってばらつきが大きく,また地域枠の入試制度,卒前の地域医療実習,卒後の地域医療研修にはまだ改善の余地が大きい。今後これらの政策が有効に働くために,科学的根拠に基づくさらなる改革が求められる。
著者
佐藤 大作
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.37-49, 2022-04-28 (Released:2022-05-26)
参考文献数
17

PMDAでは,COVID-19関連の診断・治療・予防を目的とした様々な製品の審査を行っていたほか,開発早期からの企業・アカデミアからの相談に対応するなど,製品開発にも積極的に対応してきた。緊急事態下においても,様々な制約の中でリモート化などの工夫をしながら業務に遅れが出ないよう対応し,米国で2020年5月1日に緊急許可制度(EUA)で流通開始された治療薬「レムデシビル」が日本でも5月7日に特例承認された。また,医療現場での不足やニーズに対応した人工呼吸器の審査や,PCRの検査態勢の充実に対応するべく,PCR検査キット等の審査が進んでいった。また,PMDAは海外規制当局とも連携し,ワクチン評価の考え方を2020年9月2日に公表し,外国開発のワクチンの国内治験を含む国内申請準備が進んだ。米国で緊急許可されたファイザー社のワクチンの申請が2020年12月になされ,2021年2月14日に特例承認され,供給され,その後も5月に2つのワクチンが承認された。ワクチン発売後からの膨大な副反応疑い報告の受付も対応している。また,アビガン錠200mgの適応拡大の審査は,「単盲検試験」結果の臨床的意義が論点となり,2020年12月に継続審議となった。
著者
近藤 克則
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.435-436, 2018-02-23 (Released:2018-03-08)
被引用文献数
2
著者
阿部 彩
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.255-269, 2012 (Released:2013-02-19)
参考文献数
22
被引用文献数
1

本稿は,厚生労働省「21世紀出生児縦断調査」を用いて,子どもの健康格差をアメリカ,カナダ,イギリスの先行研究を比較対象として分析した。この結果,まず,日本においても,社会経済階層,特に貧困層と非貧困層の間において,子どもの健康格差が存在することが確認された。これは,入院,ぜんそくの通院などのデータによって確かめることができる。子どもの健康格差が所得水準のどの層によっても現れる線形のものであるのか,または,ある一定の水準以下で顕著に表れるという貧困研究の知見に近いものなのかについて,本稿からは両方を支持する結果が出ており,統一的な結論は出ていない。次に,子どもの健康格差を生じさせるメカニズムとして考えられる二つのメカニズム,過去の健康悪化のエピソード(「健康ショック」)の頻度の違いと,それからの回復力がSES によって異なるかを検証した。「健康ショック」の頻度については,入院,ぜんそくを取れば,低所得層の子どもの方が高所得層の子どもに比べて統計的に有意に多い割合で入院,通院している。特に所得五分位の第1分位(最低層)において他の分位に比べて高い割合の罹患率となっている。後者のメカニズムについては,現在の健康状況を表す変数として入院,「健康ショック」を過去の入院とした分析の結果,「健康ショック」からの回復力はSESの高い層ほど高いことが確認できた。
著者
加藤 明日香
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.197-206, 2016-08-10 (Released:2016-09-02)
参考文献数
41
被引用文献数
2 1

目的:国内外の2型糖尿病患者が経験するスティグマに関して,実践的な医療分野の視点から,今日までどのような研究が進められているのかを把握することを目的として,文献レビューを行う。方法:PubMed,MEDLINE,PsycINFO,CINAHL,医中誌,CiNiiの検索エンジンを用いた。文献検索に用いたキーワードは,PubMedとMEDLINE,PsycINFO,CINAHLでは“type 2 diabetes AND stigma”,医中誌とCiNiiでは「2型糖尿病ANDスティグマ」とした。選択論文は,1963年1月~2015年7月に発行された査読付き原著論文とした。結果:分析対象となる研究論文は合計15本であった。2型糖尿病患者が経験しているスティグマを主題として取り組んだ研究論文が2本,他に研究主題があり,その分析結果として2型糖尿病患者のスティグマが検出された研究論文が13本であった。研究デザインは,質的研究13本,量的研究2本であった。2型糖尿病患者におけるスティグマの影響は,診断前・診断直後の健康行動からすでに始まっており,その影響は治療開始後の自己管理行動に及び,長年にわたる闘病生活において,2型糖尿病患者が社会的サポートを受けることを難しくしていることが明らかとなった。考察:今後,2型糖尿病患者の自己管理行動を支援する介入研究に発展させていくためには,現在「スティグマ」という広い概念として研究されているところを,「実際のスティグマ」「感じられたスティグマ」「内在化されたスティグマ」の3つの概念に分け,それらを定量的に測定する2型糖尿病患者のための尺度を開発し,まず,その影響の大きさと分布を正確に明らかにした上で,最も有効な介入ポイントを特定していく必要があると考える。
著者
松本 正俊
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.97-107, 2011 (Released:2011-05-17)
参考文献数
15
被引用文献数
2 4

本研究は医師の地理的分布について日米英の国際比較を行った。まず日英比較では,日本の診療所医師は英国の診療所医師に比べて地理的偏在度が高い傾向が認められた。英国の診療所医師は原則として総合医(GP)であり,またGPの定員は医療圏ごとに決まっている。日本における開業医の専門分化および自由開業制が地理的偏在に影響を及ぼしている可能性がある。続いて医師の地理的偏在度の推移を日米で比較した。1980年から2005年にかけて両国ともに医師数は一貫して増加していたが,医師の地理的偏在度はほとんど変化していなかった。米国では医師が所得の地理的分布に従って分布してゆく傾向があるのに対して,日本ではそのような傾向はなかった。公的医療保険の有無がこの差に影響を及ぼしている可能性がある。さらに米国では地域が医療過疎であるほど医師数は減っていく傾向があるのに対して,日本では医療過疎であるほど医師数が増えていく傾向があった。米国では医療過疎地に医師を誘導する政策が効果を挙げていない可能性がある。最後に医師の診療科目ごとの数と地理的分布を日米で比較した。2006年時点で日本の単位人口あたりの麻酔科医,放射線科医,救急医,病理医数は米国の半分以下であった。また日本では開業率の低い科ほど医師数が少なく地理的偏在度は高くなる傾向が見られた。日本においては開業の困難さがその科の医師数と医師分布に影響を及ぼしている可能性がある。本研究の結果より,わが国固有の医療制度が医師の地理的偏在に影響を与えていることが示唆された。