著者
藤森 研司
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.15-24, 2016-04-30 (Released:2016-05-13)
参考文献数
4
被引用文献数
14 13

医療のビックデータの一例として匿名化電子レセプトのアーカイブであるNational Database(NDB)について,その特徴と制約について詳述した。NDBは平成21年度分からすべての電子レセプト(医科,DPC,歯科,調剤)と特定健診データが突合可能な匿名化の後に厚生労働省保険局に集積されている。本来は医療費適正化のために集積されたデータであったが,都道府県や研究者にも門戸が開放された。そもそもの電子レセプトの制約に加えNDB特有の制約はあるが,電子レセプトの電子化率が98%に迫る今日では,我が国の医療状況を悉皆性を持って把握できる仕組みと言えるだろう。NDBの活用例として厚生労働省医政局と共同で申請し,都道府県の地域医療計画,地域医療構想のために提供しているデータブックの例を記した。都道府県別,二次医療圏別,市区町村別の医療提供体制と患者受療動向を示したものである。NDBに対する大きな期待は全国民を対象とするコホート研究の優れた情報源となることである。現在は保険情報に基づいたレセプト情報の突合であるので,保険が切り替わると結合が中断するが,今後,医療用の個人番号等の導入により,長期間に渡るレセプトの結合が可能となり疾患の発生から収束まで一連のエピソードを把握することが可能となる。
著者
阿部 彩 梶原 豪人 川口 遼
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.303-318, 2021-11-30 (Released:2021-12-14)
参考文献数
31

本稿は,市区町村による子どもの医療費助成制度が,子どもの医療サービスの受診抑制に与える影響を,三つの都県の子どもの生活に関する調査を統合したデータを用いて推計したものである。本件で用いられたデータでは,子どもの居住する市区町村が判別できるため,医療サービスの自己負担が0円,定額(200~500円),3割(助成制度なし),償還払い(窓口は3割。後ほど定額負担以外が償還)の四つの制度に分類し,保護者回答による「(過去1年間)の医療機関で受診させた方がよいと思ったが,実際には受診させなかった」経験の有無を分析した。ひとり親世帯と生活保護受給世帯に対する医療費助成制度の影響を除くため,分析は,ふたり親世帯の非保護世帯に限った。その結果,中学2年生については,3割負担及び償還払いの自治体に居住している場合,自己負担が0円の自治体に居住している場合に比べ,約2倍の確率で受診抑制が起こっていることがわかった。経済的に厳しい層では,この関連はさらに大きく検証された。小学5年生では,経済的に厳しい層のみに関連が見られた。しかし,受診抑制の理由別に見ると,償還払いは「多忙」を受診抑制の理由として挙げた場合のみに関連が見られた。定額負担については,整合性がある結果は得られなかった。また,親の就労形態や就労時間,健康状態,世帯タイプなどをコントロールした上でも,生活困難度は頑強に受診抑制と関係していることが明らかになった。
著者
鈴木 基
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.435-442, 2022-10-27 (Released:2022-11-09)
参考文献数
12

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは国際的な感染症サーベイランスのあり方に大きく影響を及ぼした。本稿では,国内で行われているサーベイランスのうち,感染症法に基づいて実施される感染症発生動向調査,積極的疫学調査を取り上げ,今回のパンデミックにおける対応と今後に向けた課題について論ずる。
著者
二木 立
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.203-212, 2006 (Released:2009-08-22)
参考文献数
25

本稿は,平成18年度第1回医療経済研究会(2006年4月24日)での講演(座長:田中滋氏(慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授),講演:二木立氏(日本福祉大学社会福祉学部教授),権丈善一氏(慶應義塾大学商学部教授))「医療経済・政策学の視点と方法」における二木氏の講演内容を,氏が書き起こし・加筆したものである。
著者
井上 淳子 冨田 健司
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.55-67, 2002-02-22 (Released:2012-11-27)
参考文献数
16
被引用文献数
1

近年,医療機関を取り巻く環境は確実に厳しさを増している。各医療機関とも生き残りを賭けた熾烈な競争を強いられ,大きな変革を迫られている。ビジネスの世界において他社と協調的な関係を結ぶ傾向は,病診連携,病病連携,医療と福祉の連携など医療業界においてもみられるようになった。機能分化や医療資源の効率的活用が叫ばれる今日,医療機関どうしの連携はますます重要性を増している。本稿では,亀田総合病院の地域医療ネットワーク事業を事例にとり,成功要因の分析を行った。同院の成功は,情報共有を通じた地域医療機関との戦略的提携,顧客である地域医療機関との良好な関係性構築,徹底した患者(顧客)志向によって説明できる。同院は「企業」戦略ではなく,ネットワーク組織全体がもっ人的資源や,物的資源,情報の利用により,組織全体の利益・便益が向上することを目的とした「組織」戦略をとっている点が特徴的である。
著者
柴田 博
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.9-20, 2015-04-30 (Released:2015-05-12)
参考文献数
44
被引用文献数
1 1

Thanatology(死生学)はgerontology(老年学)と共に1903年,免疫学者メチニコフにより創出された用語である。この2つの学問は,科学(自然,社会)および人文学(哲学,宗教,文学など)の双方の分野からなる学際的な学問である。人間の死の問題は生活の質(quality of life, QOL)の問題と統合的に把えなければならない。しかし,学問の進捗としては老年学の方が先行し,死生学は遅れたためそれは不十分にしか成されていない。1980年代まで死の問題を扱うことは宗教,哲学,生命倫理学以外の分野ではタブー視される傾向にあったのである。この四半世紀,老年学のQOLにanalogousにQOD(D)(quality of dying and/or death)の実証的な研究が北米を中心に盛んになっている。これらの研究は従属変数としてのQOD(D)を操作概念化し,提供されるケアとの関連で,終末期のQOLを評価しようとするものである。死の質を測定するための尺度の開発により,実証研究は今後も大きく進むものと考えられる。しかし,死の学問は終末期のきわめて短いスパンの問題に限局されてはならない。もっと長い人生のスパンにおけるQOLとの関連でも論じられなければならない。それは量的研究ではなく文学,病跡学にみられるようなnarrativeな方法を採ることになるであろう。本論文では,死生学にまつわるいくつかのトピックスについての,筆者の私見を述べた。死生学における位相的意義は明確にし得ないが。
著者
奥原 剛 木内 貴弘
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.91-106, 2020-06-16 (Released:2020-08-26)
参考文献数
54

本稿では進化生物学的視点を採用したヘルスコミュニケーション研究・実践の可能性を考察する。進化生物学の視点で見ると,人の行動には至近要因と究極要因がある。これまでの行動変容理論・モデルを用いたヘルスコミュニケーションは至近要因に着目してきたが,至近要因は人の行動の要因の一部に過ぎない。人の意思決定や行動を考えるには究極要因にも目を向ける必要がある。人の心や行動は,生存と繁殖上の問題を解決するよう自然淘汰を経てデザインされてきた。したがって,人は生存と繁殖及びそれに関連する社会的協力・競争の欲求を持つ。これらが人の究極要因レベルの欲求である。人の究極要因レベルの欲求が,意思決定や行動に影響を与えることが,心のモジュール理論や認知機能の二重過程理論の関連研究で示されている。これらの先行研究をふまえ,ヘルスコミュニケーションで対象者のより良い意思決定を支援するために「何を」「どう」伝えたらよいかを提案し,がん対策への示唆を示す。
著者
辻 哲夫
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.125-139, 2015-04-30 (Released:2015-05-12)
参考文献数
3
被引用文献数
1 1

日本においては世界に例のない高齢化が進んでいる。とりわけ,団塊の世代が後期高齢者(75歳以上の者)になる2025年を一つの目安として社会の常識やシステムの変容が迫られている。具体的には,誰もができる限り自立を維持する予防政策の展開が今後の王道である一方,誰もが人の世話になるような虚弱な期間を経て死に至るのも普通となった中で,地域でその人らしく生活し続け,生きていてよかったと言えるような生活の質を確保することが,大きな課題である。それを実現しようとするのが,地域包括ケアシステムであり,本稿では,地域包括ケアの理念と意義を確認したうえで,その具現化を目指す実践モデルとしての柏プロジェクトの構造と手法を紹介する。そのポイントは,在宅医療を含む多職種連携の推進と24時間対応の在宅医療・看護・介護サービスを併設した拠点型のサービス付き高齢者向け住宅の整備である。併せて,医療介護の総合的な確保に関する今回の制度改正を実施していく上で大きなカギとなる在宅医療・介護の連携を推進する事業の具体的な進め方について,柏プロジェクトの実践を念頭に置きながら説明し,終わりに,我々のライフスタイルと意識も超高齢社会にふさわしいものとなるよう変革することが求められていることを訴えている。
著者
田村 誠
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.8, no.4, pp.73-88, 1999
被引用文献数
1

米国で急成長を続けるマネージドケアは,従来,民間における医療保障の領域において主に普及してきた。しかし,昨今,メディケアやメディケイドといった公的医療保障の分野でも積極的にマネージドケアの仕組みが取り入れられてきている。確固たる公的医療保障を有するわが国には,公的医療保障分野におけるマネージドケアの仕組みや課題を知ることは有意義であると考える。<BR>本論文では,まず,公的医療保障分野におけるマネージドケアの仕組みと課題を整理した。実際に取り上げたものは,メディケアにマネージドケアを導入した「メディケアHMO」,メディケイドにマネージドケアを導入した「ケースマネージメント・モデル」と「HMOモデル」である。いずれのものも,90年代に入って,急速に加入者数を増やし,課題も少なくないものの,今後も着実な成長が見込まれている。<BR>次に, 米国の公的医療保障に導入されたのと同様な方法で, わが国にもマネージドケアが導入されたと想定した場合の「効果」と「課題」について検討した。<BR>「医療費抑制効果」は, ある程度見込まれるものの, 米国ほど劇的にあるかどうかは疑問であった。「医療の質の向上」が起こるかどうかは,予測困難であった。「課題」としては, 米国の公的医療保障制度に導入された場合に生じた固有の問題と同様なものと,マネージドケア全般に共通する問題が想定された。後者の問題として論じたものは,過少医療に関わる問題と,わが国の医師患者関係との親和性の問題であった。
著者
高橋 慶 池田 真也 馬奈木 俊介
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
pp.2017.005, (Released:2017-11-20)
参考文献数
25
被引用文献数
1

地域経済の持続可能性の確保は重要な課題である。持続可能性の定量的な評価方法として有効なものに,将来世代の福祉を現在の資本ストックの価値に換算するキャピタル・アプローチがある。それに基づいた経済指標である,新国富指標(Inclusive Wealth Index,IWI)を用いれば,その増加から持続可能性を判別できる。日本において,IWIの成長を妨げる一つの要因が健康資本の減少である。ところが,健康資本には長命の価値のみが考慮されており,影響が大きいはずの疾病による損失が考慮されていない現状にあった。そこで本研究は,健康資本を個人の平均寿命までの余命年数(以下長命資本)及び疾病の割引障害調整年数(以下疾病損失)の二つの側面の割引現在価値として捉えた。そして三大疾病を対象に,1999・2002・2005・2008・2011・2014年の6時点,都道府県別に健康資本を推計した。得られた主要な結果は以下の2点である。1)年間で1人当たりの損失額が一番大きい疾病はがんであり(33,055円),次いで脳卒中(15,687円),虚血性心疾患(7,041円)の順であった。空間的分布に着目すると,三大都市圏に比べ地方が相対的に17%ほど疾病損失の影響が大きいことが分かった。2)1人当たりのIWIの変動に対する疾病損失の寄与について,がんによるIWIの損失は増加傾向にあるが,脳卒中と虚血性心疾患の損失は改善される傾向にあった。そして,三大都市圏ではがんのIWIを損なう影響が大きく,逆に地方では脳卒中のIWIを改善する影響が大きかった。
著者
木村 和子 奥村 順子 本間 隆之 大澤 隆志 荒木 理沙 谷本 剛
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.18, no.4, pp.459-472, 2008 (Released:2010-05-26)
参考文献数
19
被引用文献数
2 5

目的:インターネット上の輸入代行業者を介して個人輸入した医薬品の保健衛生上の問題を明らかにする。方法:輸入代行業者のウェブサイトで頻出する未承認医薬品を個人輸入し,製品外観,真正性,合法性,有効成分含量,サイト,取引実態を調査・分析した。結果:PROZAC®とその後発品,POSTINOR®並びにNootropil®/Nootropyl®とその後発品計166サンプルを入手した。同じ商品名でも製造販売国,包装単位,製剤,流通経路は多様であった。「PROZAC」4サンプルが無許可製造品,Piracetam1サンプルが製造販売国で不許可品だった。含有量は表示量の85-118%。製造販売国で処方せん医薬品であっても,処方せん要求はなかった。添付文書は主に先発品119サンプル(72%)に同封され,英語,フランス語,スペイン語,中国語,タイ語だった。先発品の33%に記載者不明の日本語説明書があった。サイトには未承認薬の商品名や効能効果が記載され,国内発送もあり触法性が疑われた。代行業者によって価格に10倍開きがあり,配送に10日以上かかるものや不着もあった。考察:未承認薬は日本人の使用について未評価の上,処方せん薬を素人判断で使用するのは危険を伴う。流通は不透明で無許可製造品,不許可品も混在した。医薬品の発送者の国際的監視が必要である。消費者は安全性の観点から個人輸入を差控えるべきである。
著者
大島 伸一
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.49-57, 2015-04-30 (Released:2015-05-12)
参考文献数
5
被引用文献数
4

超高齢社会の急速な進行によって,医療需要の重心が高齢者層に大きく移動しており,医療のあり方,医療提供のあり方について,バラダイムの転換が求められている。20世紀は「治す医療」を展開し,大きな成果を得た時代であった。治すとは臓器の傷害の原因を見つけ,これを取り除くものである。60歳台までは,病気は一つの臓器に一つの傷害として現れるため,「治す医療」への要請は高かった。しかし,平均寿命が80歳を超えた21世紀では,老化という過程に生活習慣病が加わる慢性の全身疾患という病態への医療需要が最大なものとなる。高齢者では,全身との適正な均衡状態を考慮に入れずに,一臓器の傷害を治そうとすれば,全身と個別の臓器機能との調和に不都合が生じ,全身状態が悪化する。そのため高齢者の医療ではただ治すだけでなく,その人が求める生活が実現できるように自立機能を整えて支えてゆく医療が必要となる。もう一つは,病院中心の医療から地域全体で診てゆく医療へのパラダイムの転換である。日本は,これまで誕生から死までの全てを病院で行う医療の提供体制を構築し,皆保険制度で支えてきたが,その限界がはっきりと見えてきた。今後は,財源にもサービス提供にも限りがあるという理解のもとに,医療の有効,効率的な提供方法として,病院には病院にしかできない機能に特化し,医療・介護を一体的に地域全体で提供してゆく体制に変えなければならない。
著者
江原 朗
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.113-123, 2013-09-20 (Released:2013-09-27)
参考文献数
22
被引用文献数
4

医師数の増加によって医師1人あたりの患者数が減少すれば,医療機関は赤字経営に転落する。このため,小規模な市町村では診療が成立しない診療科もあり,また,人口に対する医師数も診療科ごとに上限があるはずである。そこで,2000年と2010年の医師歯科医師薬剤師調査および国勢調査を用いて,各診療科の診療が成立する人口規模と診療科群ごとの医師密度(医師数/人口)について実証研究を行った。診療が成立する(50%以上が医師の従業地となる)市区町村の人口規模をもとめると,内科ではすべての人口規模,小児科,外科,整形外科,眼科では1万人以上,循環器内科,消化器内科,皮膚科,精神科,泌尿器科,脳神経外科,耳鼻いんこう科,産婦人科では3万人以上,神経内科,放射線科,消化器外科,麻酔科では5万人以上,呼吸器内科,糖尿病内科,リハビリテーション科では7万人以上,腎臓内科,心療内科,呼吸器外科,心臓血管外科,形成外科,婦人科では10万人以上,血液内科,リウマチ科,乳腺外科,肛門外科では20万人以上,美容外科,小児外科,産科では30万人以上,アレルギー科では50万人以上であった。また,診療が成立する人口規模では診療科ごとの医師密度はほぼ一定であり,多くは総計値の±30%以内であった。
著者
池田 俊也 山田 ゆかり 池上 直己
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.10, no.3, pp.27-38, 2000-12-15 (Released:2012-11-27)
参考文献数
31
被引用文献数
3 2

抗痴呆薬ドネペジルの経済的価値を評緬するため,マルコフモデルを用いて,軽度・中等度アルツハイマー型痴呆患者に対するドネペジル治療の費用-効果分析を実施した。分析の立場は支払い者の立場とし,費用は診療報酬点数および介護保険における在宅の給付限度額を参考に推計した。薬剤の有効性データは国内臨床第III相試験の成績を基にしたが,わが国における自然予後のデータは入手できなかったため米国の疫学データを用いた。薬剤の有効性,自然予後ならびに各病態における平均QOLスコアを組み合わせて質調整生存年(QALY)を算出し, 効果指標とした。2年間を時間地平とした分析では,軽度・中等度アルッハイマー型痴呆患者に対するドネペジルの投与により,既存治療に比べて患者の健康結果が向上するとともに,医療・介護費用が節減されることが明らかとなった。但し,ドネペジルの長期的効果やわが国におけるアルッハイマー型痴呆患者の予後に関するデータが不充分であることから,今後,これらのデータが蓄積された際には本分析結果の再評価を行うことが望ましいと考えられる。
著者
佐々木 淳
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.37-52, 2023-05-29 (Released:2023-07-06)
参考文献数
4

日本では約7割の人が人生の最期を住み慣れた自宅で過ごしたいと希望しているが,実際に自宅で最期を迎える人は2割に満たない。多くは最期まで病院で治療を受けながら,病院で亡くなっている。これは,患者のQOL(QOD)および医療資源の適性利用の2つの点で大きな課題である。人生の最終段階における希望と現実に大きなギャップが生じている要因として,意思決定支援,在宅療養支援体制,そして家族の介護負担(およびそれに対する本人の遠慮)の3つが特に重要である。そしてこの3つの要素は相互に影響し合う。特に人生の最終段階,どの選択が正解なのかは誰にも分からない。だからこそ,納得のできる選択であることが重要になる。どの選択が本人にとって最適なのか,患者・家族と在宅療養支援チームが病状経過の見通しを共有した上で共に考える「共同意思決定」が基本となる。この際,認知症であっても本人の意向は最大限尊重される。また家族だけに決断の責任を負わせないよう配慮する。選択された療養方針に従って多職種による在宅療養支援が行われる。最期が近付くと病状は不安定となり,家族や介護専門職は不安を感じることが多い。医療専門職によるエンパワメントが重要になる。家族の介護への協力は重要だが,特に認知症の場合は家族の関わりがケアを困難にすることもある。家族が適度な距離感を持ってケアに関われる状況を作ることにも留意が必要である。
著者
山岡 順太郎 藤岡 秀英 勇上 和史 鈴木 純 足立 泰美
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
pp.2017.004, (Released:2017-11-20)
参考文献数
17
被引用文献数
3

近年,日本の労働者における心の健康(メンタルヘルス)の問題が深刻化している。メンタルヘルス問題に関するこれまでの研究では,精神疾患の発症に至る蓋然性の高さを示す指標が用いられてきたものの,精神疾患の発症や受療の有無をアウトカムとした分析は乏しかった。そこで本研究では,中小企業労働者における精神疾患の受療行動と,個人や企業の特性との関係を明らかにする。具体的には,全国健康保険協会・兵庫支部の90万人の被保険者のレセプト(診療報酬明細書)データを使用し,記述統計ならびにロジット・モデルの推計により,「精神及び行動の障害」による受療率の差異を検証した。その結果,中小企業労働者の精神疾患の受療率は男性や働き盛り層で高く,代理指標を用いた従来の研究の知見とは部分的に異なる結果が得られた。また,都市部の受療率がそれ以外の地域より統計的に有意に高く,医療供給サイドの要因や生活要因の存在が示唆された。さらに,労働者の個人属性の影響を考慮してもなお,産業間の受療率の格差が大きく,特にホワイトカラー職種が中心の産業の受療率が高いことが確認された。このことは,メンタルヘルス問題の発生や対策を考える上で,産業構造や職務内容の変化,さらに人的資源管理などの要因を検証することの重要性を示唆している。