著者
中島 栄之介 森 一弘
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Nara Gakuen University (ISSN:2188918X)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.119-126, 2018-10

特別支援学校において感染性胃腸炎の集団発生を経験した。感染性胃腸炎の集団発生から終息までの欠席・学級閉鎖の状況、対応策等の記録を分析し、感染ルート、感染拡大の原因、対応策等について検討した。感染源をトイレと推定したが、感染経路の特定できない広がりも見受けられた。学校医の助言を受け消毒等を行った。しかし、一般的対応だけでは著効なく、全クラスが時期をずらして学級閉鎖となるほど感染が拡大した他、保護者への感染も確認された。その後、約2週間で新規の感染者は確認できなくなり約3週間で終息した。感染拡大の背景として、感染力の強さに加え、施設設備、児童生徒数の増大による過密化、種々の集団の形成など特別支援学校特有の要因が示唆された。また、保護者への情報提供は感染拡大にも有効であったと考えられた。
著者
鈴木 伸也 矢野 正
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Nara Gakuen University (ISSN:2188918X)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.39-50, 2020-03

近年、子どもの体がかたい・バランスが悪いなど、運動機能が低下した状態を「運動機能不全」または「子どもロコモ」と呼ばれている。今回は、前回に引き続き「子どもロコモの予防に関する教育実践研究(Ⅰ): 小学5年生1年間の実践を振り返って」の研究を継続し、報告するものである。本研究の目標として、「①C小学校は、けがの発生件数が非常に多い。そのため、ロコモティブシンドロームを予防する体操(以下、ロコモ予防体操)を通してけがをしにくい身体にする。②けが予防についての関心をもち、けがが少なくなったと実感し、ロコモ予防体操に進んで取り組もうとする。③身体を動かす楽しさ、気持ち良さを知り、自ら運動に親しもうとする。」という3つを設定した。今回も、A県B市の公立C小学校第4学年33名(男子19名、女子14名)に対し、1年間にわたり、「朝の会」と「体育の授業時」にロコモ予防体操を実践した。また、この学年は1年生時から毎日宿題として、家庭でもロコモ予防体操を実践している。2018年4月~2018年12月に行った教育実践では、クラス別けが人数は6件と、他のクラスと比べても顕著に少ない結果となった。これは、学校全体で通しても一番少ない結果であった。また、教育実践(Ⅰ)との比較では、学年が違うことも考慮する必要があるが、4年間継続してロコモ予防体操を行っている4年生の方が、顕著にけがの発生件数が少ないことが明らかとなった。2015年4月~2019年3月(4年間の短期縦断コホート研究)に行った教育実践では、クラス別けが人数は他クラスと比べると圧倒的に少ないことが明らかとなった。これにより、毎日家庭で行っているロコモ体操に加え、学校での実践を組み合わせることによって、けがの発生頻度がより減ったものと推察される。さらに、ロコモ体操の実践の効果以外にも、普段から児童にヒヤリハットなどについての声かけ指導を行った。また、週明けや連休明けの過ごし方や雨の日の過ごし方などを丁寧に説明し、周りの環境に左右されずに落ち着いた学校生活を送ることができるよう、子どもたちに意識づけを促すことも、ロコモ予防に関しての手段の一つと考えられる。
著者
熊田 岐子 岡村 季光 オチャンテ カルロス
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Naragakuen University
巻号頁・発行日
vol.10, pp.55-61, 2019-03-10

本稿では、熊田・岡村(2018)で着目した「基本的自尊感情を育む共有体験」(近藤、2010)を応用し、英語スピーキングの共有体験に関する調査を行った。「自尊感情を育む共有体験」として、英語スピーキングを場面と定め、他者とのコミュニケーションにおける英語スピーキング不安を検証した。具体的には、ペアワーク、グループワーク、クラス発表を場面として設定した。考案した項目を因子分析した結果、ペアワーク、グループワークにおいては「肯定承認」、「安心」、「忌避」、クラス発表においては「肯定承認」、「不得意」の構造を見いだした。さらに、英語スピーキング不安、対人不安傾向、自尊感情、自己受容、他者受容との関連を検討し、他者からのフィードバックが得られるグループワークが有効である可能性が示唆された。今後の展望として、他者からのフィードバックとして、信頼する人、すなわち教師がすべきフィードバックについて検討することが課題として残された。
著者
辻井 直幸 大西 雅博
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Naragakuen University
巻号頁・発行日
no.11, pp.113-123, 2019-09-30

私が教師として務めさせて頂き、携わってきた音楽教育は、わが国の学校教育法の目標のもと学習指導要領が示され、その目標を達成すべく30有余年が過ぎた。その間に、私が体験した、学習指導要領の変更は大きく3回(平成4年の改訂も含めると4回)行われたことになる。まず平成10年に告示された、いわゆる「ゆとり教育」なるもので、平成14年から実施された。平成15年には一部改正が行われ指導が進められた。そして、平成17年に「教育課程の基準全体の見直し」等について文科大臣から要請があり、中央教育審議会が審議を開始した。2回目は平成18年に教育基本法の改正があり、平成19年に学校教育法の一部改正がおこなわれた。そして平成20年に「脱ゆとり教育」として「生きる力」を育む理念とともに答申が発表され、現行の指導に至っている。さらに、今回3回目にあたるのが、平成29年に中央教育審議会の答申を踏まえ、中学校学習指導要領の改訂が示され、平成30年から移行措置として先行実施されることになった。この改訂は令和3年を目指し完全実施される予定である。このように教育の土台となる学習指導要領は、約10年ごとに見直され、時代に合わせて編成し直されていることになる。実際、私が携わっている音楽教育においても、たとえば「鑑賞」の領域について見てみると、30年前は単に幅広く曲を聴かせて感想を書かせるようなものが多かった。それが「主体的・能動的」に鑑賞できる活動が提案され、「音楽文化の理解を深め、音楽を尊重する態度」の育成に努めるよう変わってきた。さらに、「曲想と音楽の構造の関わり」を理解し、その背景にある「文化」や「歴史」を知ることも含め「根拠」をもって他者に音楽の良さや美しさを伝え説明できる能力を培うことを義務付けられている。また、今回の改訂では、「生活や社会における音楽の意味や役割」「音楽表現の共通性や固有性」といったものについても考えるように示されている。ただ、この能力は、ほとんど専門家の領域に近く、学問としては音楽美学で扱うようなテーマだ。一般のしかも中学生が持てる能力としてはかなり高度なものと言える。現在、悪戦苦闘しながら日々、授業を行ってはいるが、なかなか文科省の狙う能力にはまだまだ遠い気がしてならない。しかし、その能力を伸ばすべく音楽教育が本当に楽しく有意義に展開されるなら、その活動の過程にこそ必ず「本物の音楽」に触れることができるものと信じている。そのことを期待して、この改訂をきっかけにさらに研究を深めていきたいと考えている。
著者
辻井 直幸 大西 雅博
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Nara Gakuen University (ISSN:2188918X)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.99-108, 2019-03

優れた技能を持っているにも関わらず、本番当日の緊張に耐え切れず、本来の実力を発揮できない生徒をよく見かける。それは、音楽に限ったことではなく、人前で「あがる」ことは、大なり小なり誰でも経験しているものではある。しかし、音楽を仕事としようと思っている者にとっては死活問題にもなりかねない大きな問題である。音楽を教える立場である筆者は、生徒の能力を伸ばし、発揮させるためにも、この問題に長年、頭を悩ませてきた。もし、多くの者が「あがり」を克服し、本来あるべきはずの力が出せるようになれば、将来の音楽、芸術、文化の普及発展に、大いに役立つだろうと考える。
著者
辻下 聡馬 涌井 忠昭
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Naragakuen University
巻号頁・発行日
vol.12, pp.159-165, 2020-03-10

高齢化とともに平均寿命と健康寿命との差が課題となっている。この差を短縮することは高齢者の生活の質を高めるだけでなく、社会保障費の削減も期待できる。健康寿命の延伸に向けて高齢者が運動や健康づくりを行う際には、人生の目的を考え、そのうえで実施可能な運動や活動を行っていく必要がある。高齢者の運動や健康行動の変容に関する研究では、外発的・内発的動機づけの有効性や、運動がQOLの向上に及ぼす影響などについての報告は見られるが、高齢者の人生の目的に着目し、人生の目的と健康状態、生きがいおよび肯定的な感情との関連性に関する研究は筆者らの知る限り見受けられない。そこで本研究では、高齢者の人生の目的と生きがい、前向きな態度および健康関連QOLとの関係を明らかにすることを目的とした。調査対象および方法としては、大阪府A区に居住する65歳以上の高齢者で、老人会の運営を行っている18名(男性15名、女性3名)に対して、人生の目的、生きがい、前向きな態度および健康関連QOLに関する質問紙調査を行った。その結果、健康関連QOL(SF-8日本語版)における身体的サマリー(身体的QOL)と精神的サマリー(精神的QOL)、生きがい、前向きな態度の値は、人生の目的の高い群が低い群より高値を示し、身体的サマリーのみ高い群が有意に高い値を示した(p<0.05)。人生の目的が高い者は、健康的な行動を促進し、健康に対する肯定的な意識が高いと示唆された。高齢者が人生の目的を高く持って運動することは、健康寿命の延伸の一助になると推察される。
著者
小竹 光夫
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Naragakuen University
巻号頁・発行日
vol.11, pp.75-84, 2019-09-30

奇しくも、「昭和」から「平成」に続いて、「平成」から「令和」への改元に遭遇することとなった。元号に対しては、さまざまな立場・思想に基づいて多くの主張があるところである。ある意味で自主・自治が認められている大学という環境下では、頑ななまでに元号不使用を唱える研究者もおり、それは授業資料の日付表記にまで及んでいた。思想がないと叱責されるかも知れないが、論者にはそこまでの主張はなく、元号にしても、西暦にしても、必要に応じて使い分ける、あるいは併記するという形で用いてきたのが実際のところである。明治以降、我々は「一世一元」を通常と考えてきたが、今回の改元は「生前退位」という形をとり、我々が常識と考えてきた形態とは異なるものとなった。歴史を遡れば、「一世一元」の方が稀であり、従前はいわゆる「年号」として扱われていたのであるから、法的な立場を離れればこと珍しいことではない。本論においては、「元号」の思想的な部分に焦点を当てるのではなく、極めて「特殊」な形で提示された「令和」という墨書文字に切り込み、論者が関わる書写書道教育、つまりは文字学習の視点からの問題点を分析し、考察を加えようとしている。なお、新元号の発表が4月1日、改元が5月1日であったことから、掲げる資料の多くがキャプチャー画像によることをお詫びするとともに御理解いただきたい。
著者
川崎 聡大 荻布 優子
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Naragakuen University
巻号頁・発行日
vol.9, pp.59-63, 2018-09-30

本稿では、まず自閉症スペクトラム障害の定義、症候について概説するとともに、DSM-5定義の改定とともに診断基準に明記された感覚過敏について、特に最も頻度の高い聴覚過敏をとりあげてレビューを行うとともに、その機序を生理学・病理学的観点から検討を加えた。その結果、聴覚過敏が一次聴覚皮質から聴覚連合野由来の要因と辺縁系由来の要因に起因し、症候の程度や予後は知的障害の程度の影響を受けることを示唆した。聴覚過敏の機所は一様ではなく、複数の要因に起因し、環境要因をはじめ、多くの要因がその後の経過に交絡している可能性を示した。よって、過敏に対する効果的な対処方法を検討する際には背景要因を見極め、機序に応じた対処が必要となる。
著者
山田 明広
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Naragakuen University (ISSN:2188918X)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.97-109, 2017-09-29

台湾道教の死者救済・追善供養の儀礼(=功徳儀礼)を構成する儀式の一つに、「打城」という儀式がある。この儀式は、亡魂を地獄より直接的に救い出すことを目的として行われ、その中では、道士が実力行使により地獄の中にある城門を打ち破り、そこから亡魂を救出するということが演劇的に表現される。本稿は、このような台湾道教の「打城科儀」の実施される条件や使用される糊紙製の地獄の城、科儀の内容、構成といった基礎的事項について、台南地域のものと高雄・屏東地域のものを相互に比較することで地域的差異にも留意しつつ考察したものである。本稿における考察により、現代の台湾南部地域で見られる打城科儀の具体像および台南地域と高雄・屏東地域の打城科儀の共通点や相違点が明らかとなった。
著者
高橋 寿奈 瀬山 由美子
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Nara Gakuen University (ISSN:2188918X)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.121-126, 2017-09

現在の「ゆとり世代」と一般的にいわれる教育を受けた年代の看護学生は、核家族化、IT化がすすんだ社会の中で育ち、異世代や実際の対面式の交流が少ない世代であるといえる。この「ゆとり世代」としての教育を受けてきた看護学生に、臨地実習での受け持ち患者とのコミュニケーション時に「コミュニケーションをとる時に気をつけていたこと」と、「コミュニケーション中に受け持ち患者が不快だと感じていると看護学生自身が感じたこと」の調査を行った。その結果、その世代に特徴的な自己評価の高さと自己肯定感の低さが示された。これより、看護学生のコミュニケーションにおける受け持ち患者と関わりについて、「ゆとり世代」の学生の特徴に合わせ、個々の経験が増えるように「実践」する機会を増やしながら自信をもたせる指導方法を検討していく必要がある。また、異世代との交流の機会を「実践の場」として増やせるようにすることも必要であり、それらを課題とした。
著者
池田 俊明 杵崎 のり子
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Nara Gakuen University (ISSN:2188918X)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-12, 2016-09

我が国においては、以前より、児童生徒の学習意欲および自己評価の低迷が指摘され、いわゆる「やる気のなさ」が問題視されている。しかし、筆者が複数の小学校で行った児童からの聞き取り結果を、古典的動機づけ理論および近年の無意識研究の成果に照らして鑑みると、彼らの状況は「やる気はある、しかし取り組めない」と評価する方が妥当であると考えられる。そこで、無意識主の行動決定モデルのもと、意識、無意識両方に働きかけ、児童らが既に持っている学習意欲を抑え込まれた状態から解放し、行動へと繋がりやすくすることを目的に、学習ゲーム体験を軸とした一連のワークショップをデザインし、これを「やる気解放指向アプローチ」と名付けた。このアプローチを児童(小学4、5年生140人)に試みた結果、アンケートにおいて82.9%の児童に勉強観・自己評価の前向きな変化が見られ、48.6%の児童が、以前よりも勉強を頑張れるようになったと回答した。これらの結果は、やる気解放指向アプローチの有効性、およびその実施のためのツールとしての学習ゲームの有用性を示唆している。
著者
森 基雄
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Naragakuen University (ISSN:2188918X)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.97-108, 2018-03-10 (Released:2018-04-11)

要旨古英語において‘go’を意味する動詞であった長形gangan(<Gmc*gang-a-)と短形gānのうち、ganganは強変化動詞7類として分類され、その過去形としては本来の強変化動詞7類としての重複形*gegang-に由来するġēongを有したが、gānは不規則動詞として分類され、不規則な過去形ēodeを有した。またēodeはganganのもう1つの、しかも散文ではむしろ一般的な過去形でもあった。同様に、OEganganに対応するGogagganは不規則な過去形iddjaを有した。このように‘go’の過去形としてはまったく不規則な形態を成すēodeとiddjaの成り立ちと両者の語源関係についてはこれまでにさまざまな提案がなされてきたが、本稿ではこれらの提案に基づき、歴史的な観点からēodeとiddjaの成り立ちとその真の姿に迫った。
著者
山本 美紀 筒井 はる香
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Naragakuen University (ISSN:2188918X)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.119-126, 2018-03-10

要旨明治時代後半以降、一部の人のものであった子供と教育への関心は、「こども博覧会」(1907(明治39)年5月4日~16日)をきっかけに、急速に高まりを見せる。博覧会に関わった出版社や新聞社は、子供を対象とした様々な雑誌を創刊したり、教育的イベントを企画したりし、「子供のための」取り組みは大正期に入ってさらに読者を獲得、広がっていく。本稿は、そのような社会的ムードの中で展開した、山田耕筰の童謡観について、山田自身の2つの著述「作曲者の言葉――童謡の作曲に就いて」(『詩と音楽』大正11年11月号ほか所収)、「歌謡曲作曲上より見たる詩のアクセント」(『詩と音楽』大正12年2月号所収)に基づき考察するものである。これらは、前者が概論だとするならば、後者は、実践編にあたる。著述の内容からわかる山田の童謡への姿勢と、そこから生み出された≪あかとんぼ≫の分析から明らかになるのは、「赤い鳥」運動の高い志を保ち芸術的童謡を模索する中で、日本語詩のアクセント論にたどり着き、西洋音楽理論を超えた日本語固有の拍節感から作品を生み出したことである。初期の学校教育と社会教育活動は重なる部分が多い。童謡における山田の活動は、全国各地の小学校で、文部省唱歌の代りに童謡をうたわせることが多くなった時代にあって、初期唱歌教育において目指された共通日本語教育への志向が、芸術家によって一定の見解をみた大きな成果の一つであった。
著者
小竹 光夫
出版者
奈良学園大学
雑誌
奈良学園大学紀要 = Bulletin of Naragakuen University (ISSN:2188918X)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.41-51, 2018-03-10

要旨本論は、拙論「一碑百想Ⅰ・Ⅱ」を総論としながら、書的文化財の発掘を行っていく営みの一つとして位置付けられるものである。「一碑百想Ⅱ」の「おわりに」では、「万葉集関連書碑」への展開を提案しており、その中でも書者として會津八一を例示している。會津八一は東洋美術史の専門家という域に留まらず、歌人・書人等々、さまざまな分野で広範かつ深い見識を示した文化人である。各地に数多くの歌碑が建立されているが、特に奈良には思い入れが強かったと見え、県内各地を巡りながら歌を詠み、独創的な文章を残している。本論ではそれらを紐解きながら、万葉の世界へのアプローチを試みようとしている。