著者
小川 功
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2008, no.602, pp.602_51-602_67, 2008-09-30 (Released:2010-10-15)
参考文献数
9

第一生命など現代相互保険会社が目指す株式会社化・上場の先には当然に敵対的買収のリスクが潜む。平成12年に自称「投資ファンド主宰者」がホワイト・ナイトを装って資本参加した直後に,社金を詐取し破綻させた大正生命事件は記憶に新しい。株式会社が主流であった戦前期生保業界では二・三流以下の“虚業家”的資本家による濫用的買収・乗取りが横行,契約者持分収奪の弊害も少なくなかった。本稿では相互組織の中央生命で,基金を大量に肩代りし乗込んできた買収者を役員に受入れるも,「万事に抜目なき」社長が「それとなく警戒し,社の印などは絶対に渡さず,有名無実の専務取締役として置」き,本人の醜聞暴露を機に徹底的に排除したというリスク管理の成功例を紹介する。同様に高官との人脈等を誇示して新進実業家を気取る“虚業家”を「助言のプロと思い,パートナーとして信頼」し切って一任した大正生命の脇の甘さと好対照をなす。
著者
宮正 一洋
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2017, no.636, pp.636_167-636_187, 2017-03-31 (Released:2018-01-29)
参考文献数
29

英国には,中世が起源とされる友愛組合が,相互扶助を目的に固有の根拠法(友愛組合法)に基づき,今も存在している。友愛組合は,当初は庶民の冠婚葬祭等における相互扶助に始まり,1911年成立の国民保険法下では,一時期,公的な保険者の役割を担うも,1948年のNHS 創設(国営化)後はその地位を失い,公・私の医療保険混合型制度の下で再び民間保険の役割に回帰し,今日では,英国の金融監督規制機関の下で生命保険会社に伍して各種保険・金融商品を取り扱っている。友愛組合の組織形態から派生した協同組合は,わが国の生活協同組合(生協)のルーツでもある。わが国の共済生協は,消費生活協同組合法を根拠法とし,多くは生命や傷害の共済制度(商品)を提供している。しかし,わが国の医療保険制度は,英国のような公・私混合(並存)型ではないため,シンプルな定額給付型で少額な掛金の制度となっている。
著者
横田 尚昌
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2009, no.607, pp.607_59-607_78, 2009-12-31 (Released:2012-05-19)
参考文献数
29

保険法17条2項は,責任保険について,「被保険者が損害賠償の責任を負うことによって生ずることのある損害をてん補するものをいう」と定義する。したがって,責任保険は加害者の保護を第一義的な目的とする保険である。その一方で,この保険には被害者保護機能がある。本稿は,保険金からの優先的な被害の回復の制度として当初検討されていた被害者の保険者に対する直接請求権の制度について概観し,なぜこの制度が立法化されずに保険法22条では特別の先取特権の制度が定められることとなったのかという点について,両者の比較を行いつつ,先取特権の制度を導入することの意義と問題点を明らかにし,同条によって被害者を保護することについて検討する。
著者
李 潤浩
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2011, no.613, pp.613_111-613_127, 2011-06-30 (Released:2013-04-17)
参考文献数
22

韓国において最近10年の間,保険詐欺問題は当局と業界のもっともホットなイシューの一つであった。この間,保険詐欺を実証する研究方法と詐欺摘発技術が進展し,法整備を含め保険詐欺防止体制が構築される等,保険制度の多くの資源が保険詐欺防止に割り当てられた。その結果,保険詐欺は公序良俗に反するということへの理解と共感が広がったほか,保険詐欺の摘発率が高まってきた。しかし一方では,保険コストの引き上げや正当な理由なしに支払いを拒否したりするなど,保険制度の社会的効用を引き下げ,保険制度に対する大衆の否定的認識を助長し,保険詐欺を容認する風潮を創り出すという悪循環を繰り返してきた。この事実は,保険経済学と犯罪学の観点からのみ講じられてきた取り組みの限界を露呈していることを示唆する。特に保険詐欺問題のほとんど全部と言っても過言ではない「出来心詐欺」問題に対してはこうしたアプローチは限界を露呈し,例えば,社会心理学など新たなアプローチが要求される状況にきている。
著者
小坂 雅人
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2022, no.659, pp.659_101-659_122, 2022-12-31 (Released:2024-01-10)
参考文献数
25

日本の民間医療保険に求められている「公的保険を補完」する役割について,疾病構造の変化と保健医療ニーズの構造に着目した分析・検討を行った。生活習慣病対策は保健医療分野における優先課題であるが,なかでも高血圧や糖尿病のような「リスク疾患」は外来診療が中心であり,「入院」を支払事由とする民間医療保険では十分な対応ができていなかった。また,病院機能別にみた入院医療費の差異拡大や,感染症法等の定めによる患者負担の減免等の事例に鑑みると,患者の医療費負担とは関連しない「定額」給付のあり方について検討の余地があるように思われた。民間保険による保険給付を,社会的に望ましいと考えられるものの過少利用となっている保健医療サービス領域に重点化して必要な受診を促進することで,稀少な保健医療資源の有効活用にも寄与することができるのではないだろうか。
著者
諏澤 吉彦 田中 貴 永井 克彦
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2022, no.659, pp.659_207-659_239, 2022-12-31 (Released:2024-01-10)
参考文献数
31

本研究の目的は,健康増進型医療保険契約の引き受けが,保険会社の財務状況に及ぼす影響を,健康保険組合データを用いたシミュレーション分析に基づいて明らかにすることである。分析は,生活習慣病に関わる健康診断計測項目としてBMI,血圧,HbA1cおよびALTに注目し,被保険者がこれらの値を改善させた場合に,保険終期までの最良予測に基づく期待保険金削減額を原資とした保険料割引を適用する医療保険契約を引き受けるわが国の平均的な架空の生命保険会社を想定して行った。保険会社の財務状況の分析には,2025年にわが国でも導入が予定されている国際保険資本基準における貸借対照表および経済価値ベースのソルベンシー比率を用いた。その結果,健康診断計測値の改善は,期待保険金の低下分に相当する保険料割引を対象者に適用してもなお,保険会社の財務状況を改善することがわかった。
著者
甘利 公人
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2012, no.619, pp.619_163-619_175, 2012-12-31 (Released:2014-05-08)
参考文献数
7

東日本大震災における各業界の対応について,生命保険および傷害保険ならびに損害保険とに分けて,法律の視点なかんずく保険約款におけるいくつかの問題点を指摘した。今回の震災における保険金支払いにおいて,削減払いをしない対応をとったが,その場合の判断基準が明確ではない。生命保険の保険料の支払い猶予については,保険契約者の利益になるが,両刃の剣の面があることも否定できない。死亡保険金受取人の確定については,最高裁判決があり,保険金受取人の確定は困難である。損害保険については,自己申告による保険金支払いや地震免責の解釈問題に課題が残されている旨を指摘した。
著者
長沼 建一郎
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2015, no.630, pp.630_21-630_41, 2015-09-30 (Released:2016-07-27)
参考文献数
8

認知症は,保険の世界においては縁辺的な位置づけを与えられている。それは通常の保険関係や当事者のモデルに,認知症高齢者を当てはめづらいためである。しかし高齢社会においては,認知症はむしろ標準的なプロセスであり,これに正面から対峙していく必要があろう。その典型的な場面として,いわゆる不慮の事故,介護事故,自傷他害事故などがある。認知症高齢者においては,病気と事故,事故の偶然性と蓋然性,事故に対する過失と無過失,自傷と他害の区別等々がいわば融解していく傾向にある点を踏まえて,これらに即した保険対応を模索していく必要があろう。
著者
鴻上 喜芳
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2012, no.616, pp.616_91-616_110, 2012-03-31 (Released:2013-08-02)
参考文献数
12

本稿では,賠償責任保険の分野に比較的新しく登場した損害賠償請求ベース約款のテールカバーと遡及カバーに焦点をあて,他社切替えの場合や損害事故ベース約款からの移行・損害事故ベース約款への移行の場合における保険接続上の問題を検証し,その上で望ましい対応方法を考察する。接続上の問題が生じないようにするためには,個別アンダーライティングにより引受けを行う主に大企業物件においては,後続会社のきめ細かい対応が必要であるし,損害賠償請求ベース約款と損害事故ベース約款が混在しかつ定型的な引受けが多い種目では,事前にロングテールを提供するよう制度改定がなされることが望ましい。その際,各社個別の対応ではなく,約款・規定を標準化しての対応が望まれる。
著者
大井 暁
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2017, no.636, pp.636_5-636_24, 2017-03-31 (Released:2018-01-29)
参考文献数
30

2000年に販売開始された弁護士費用保険の普及に伴い,その問題点も顕在化してきた。少額事件の増加に関し,対象となる請求権の額に最低額を設けることは保険の対象とする紛争の種類によっては可能と解されるが,自動車保険に関しては示談代行との関係で困難である。濫訴の弊害に関しては,弁護士費用保険の普及との因果関係が明らかでないとの指摘があり,濫訴か否かを保険者が判断する約款の導入も慎重を要する。保険金算定をめぐる紛争の予防には約款に保険金算定基準を織り込むことが有効であるが,約款規定がない場合でも保険者は適正妥当な保険金を算定できると解すべきである。弁護士費用保険に特化した紛争解決機関の設置には,保険業法との関係を考慮する必要がある。弁護士等の事件処理や顧客対応に関する苦情は,弁護士会等が適切な対応をしなければ保険会社が弁護士のパネル化を進める契機となりうる。弁護士費用保険と責任保険の引受保険会社が同一の場合等の利益相反には,指揮命令系統の区別や情報の遮断が必要となると解される。
著者
谷口 豊
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2022, no.658, pp.658_21-658_40, 2022-09-30 (Released:2023-03-30)
参考文献数
4

我が国においては高齢化が進み介護給付費は年々増加している。介護保険制度の持続可能性を確保するためには,介護保険制度の受益と負担の均衡を図る施策がますます重要になっている。2021年5月に財政制度等審議会財政制度分科会(財務省)でまとめられた「財政健全化に向けた建議」では,介護保険制度の持続可能性を確保するための施策が提唱された。施策の内容は,ケアマネジメントの在り方の見直し,区分支給限度額の在り方の見直し,居宅サービスについての保険者等の関与の在り方の見直し,軽度者に対する居宅療養管理指導サービス等の給付の適正化などである。本稿では,これらの見直しの方向性の是非について検証を行う。分析の結果,「財政健全化に向けた建議」で提唱された「居宅サービスについての保険者等の関与の在り方の見直し」はその妥当性が確認できたものの,「ケアマネジメントの在り方の見直し」「区分支給限度額の在り方の見直し」および「軽度者に対する居宅療養管理指導サービス等の給付の適正化」について妥当性が確認できなかった。
著者
永松 裕幹
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2014, no.626, pp.626_107-626_126, 2014-09-30 (Released:2015-08-13)
参考文献数
17

告知義務違反における重要な事実の不告知についての故意又は重過失の認定に際しては,故意又は重過失の意義をどのように解し,いかなる要素が評価根拠事実又は評価障害事実となるかが問題となることから,裁判例を類型的に分析し,故意又は重過失を導く要素につき検討することが本論文の目的である。重過失の意義について明示した裁判例は少ないが,保険法の制定過程に鑑みれば,重過失を「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如の状態」と解することになりそうである。裁判例における重過失の認定に際しては,被保険者の現症・既往症の重大性及び自覚症状,医師からの説明及び健康診断の結果通知の内容並びに医師の診察・治療・投薬等及び健康診断の結果通知等の時点から告知時までの時間的近接性が基本的な要素となっている。また,保険者は,告知義務制度の意義や告知事項の重要性を告知義務者に十分に説明し,質問内容が分かりやすいものとなっているかに配慮すべきである。
著者
村田 敏一
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2008, no.602, pp.602_129-602_148, 2008-09-30 (Released:2010-10-15)
参考文献数
10

本年5月に成立した新保険法では,一定類型の保険契約につき,多くの片面的強行規定が導入されるとともに,全契約類型に適用される任意規定と絶対的強行規定に関しては,その仕分けが解釈に委ねられた。本稿では当該仕分けにつき,幾つかの手法を併用しながら確定作業を行うとともに,三つの規律の相互関係を包括的に分析することにより,保険法の構造を解明する手掛りを得ることとしたい。
著者
亀井 克之
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2008, no.602, pp.602_69-602_88, 2008-09-30 (Released:2010-10-15)
参考文献数
6

フランス保険市場では,1960年代に直販相互保険会社(MSI)がリスク細分型自動車保険を開発して以来,さまざまなマーケティング上のイノベーションが導入されてきた。既存サービスとの差異化に基づくイノベーションはやがて業界標準となり,結果として市場における顧客の利便性を大きく向上してきた。これを「マーケティング・イノベーションの市場貢献モデル」と呼ぶ。2006年から2007年のフランス保険企業の動きからも引き続き同様の傾向が確認された。一方,フランス版の内部統制規範に準拠して,フランス保険企業はリスクマネジメント体制を構築している。英米独とは異なる独自性を発揮するフランス保険企業の動きは,我が国に示唆を与えうる。
著者
竹内 正子
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2020, no.651, pp.651_81-651_110, 2020-12-31 (Released:2021-09-04)
参考文献数
7

ドイツ保険監督法は,生命保険と損害保険の兼営を禁止している。しかしドイツの保険会社は,損害保険と生命保険を統合させた経営や販売の体制を組んでいる。本稿では,ドイツの保険会社が現実に,どのような体制で運営されているのかを,大手保険グループの年次報告書などの公開情報を基に掘り下げ,日本の保険業界の参考になる部分はないかを検討していく。同時に,その前提となっている保険市場や規制,保険のルーツについて,監督当局やドイツ保険協会などの資料を基に確認する。
著者
羽原 敬二
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2010, no.610, pp.610_75-610_92, 2010

現在,新型インフルエンザ対策は,国際機関,国,地方自治体,企業,医療機関,個人などによって各々計画・準備されている。その目的は,(1)パンデミック発生の予防・阻止,遅延,(2)健康被害の抑止と最小限化,(3)社会活動・社会機能の維持,(4)パンデミック終息後の被害からの早期回復,である。新型インフルエンザウイルスの脅威と実態を正しく認識し,適切な対策をいかに有効に実施するかが課題となる。感染症が海外で発生・流行した場合,国内への侵入を阻止する水際対策には盲点があり,検疫をいかに強化しても,それだけで国内発生を完全に阻止することはできない。パンデミック時には,不要不急な業務は極力休止し,重要な業務に絞って,感染予防対策を徹底した上で事業を継続することが必要となる。地球的規模での国家危機管理の認識に立って,国際的な協働・協力態勢に基づき,状況に応じた柔軟な感染症対策をより戦略的に実行する方策について考察した。
著者
饗庭 靖之
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2018, no.641, pp.641_117-641_142, 2018

社会保険料の強制徴収の法的根拠について,最高裁は,国民の生活保障という社会保障の目的に沿って保険原理が修正され,「保険料は,被保険者が保険給付を受け得ることに対する反対給付として徴収される」ことにあるとする。年金の賦課方式は,下の世代が自分の年金給付のために保険料の負担をしないときは,強制徴収の根拠が喪われる。年金制度が老後に必要な生活費を賄うことを目的としていることから,年金二階部分は所得比例の給付に代えて,年金給付額は一律とすべきであり,一律給付としても給付反対給付の関係を満たす。AIJ事件で,多数の厚生年金基金が詐欺被害にあったのは,厚生年金基金は,ガバナンスが弱く,金融知識が不十分な体制で資産運用を行っていたためと考えられ,独立した小規模な年金を設ける制度は適当でなく,3階部分の企業年金を民間の年金保険に代替させていくことを検討していくべきである。
著者
深見 泰孝
出版者
日本保険学会
雑誌
保険学雑誌 (ISSN:03872939)
巻号頁・発行日
vol.2010, no.610, pp.610_17-610_36, 2010-09-30 (Released:2013-04-17)
参考文献数
34

わが国では,明治20年代後半から30年代にかけて,世界の保険業史上でも珍しい,宗教教団が関与した生命保険会社が設立された。しかし,そのほとんどは明治期に破綻や解散,合併によって,その歴史に幕を閉じている。これらの中には,教団が設立や経営に関与したものと,僧侶個人が関与した会社がある。本稿では,このうち前者の破綻理由に,教団が関係しているが故の破綻要因があったのではないかと仮説を立て,日宗生命を中心に六条生命,真宗信徒生命と比較し分析した。その結果,経営者の教団内での地位の高さが,彼らの規律づけを困難にし,一般の事業会社とは異なり,出資比率の多寡だけでなく,宗教的な地位や教団内での地位が発言力に影響していたことも破綻の一因であると結論づけた。