著者
箭野 章五郎 髙良 幸哉 樋笠 尭士
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.377-414, 2014-12-30

責任能力が問題とされた被告人につき,事実審裁判官が,制御能力の著しい減少を認めた鑑定に基本的に従って刑法21条(限定責任能力)の適用を認めた場合に,その判決の中での理由づけについて不十分であるとし,かつ,事案に即して検討の不十分な点を示した判断,についての検討。 / 本稿は,被告人が,StGB184b条4項1文にいう児童ポルノ文書の自己調達行為2件と,それらの結果である同項2文にいう児童ポルノ文書の自己所持を行った事案について,児童ポルノ文書の所持は,当該文書の自己調達の構成要件に劣後する「受け皿構成要件」であり,それゆえ,所持という補足的犯罪による,数個の独立した調達行為を結びつける,かすがい作用は認められないとした事案の検討である。それに加えて,本稿ではキャッシュデータの保存行為および,我が国における児童ポルノの所持罪規制についても検討を加えるものである。 / 被告人が恋敵を殺そうと思い斧を投げたが,その斧が自身の妻に当たってこれを死亡させ,妻に対する殺人の未必の故意が認められた事例である。阻止閾の理論に基づき,行為者が結果の発生を是認しつつ甘受していたか否かを判断する際には,行為後の事情(斧が当たった後の妻への殴打)を考慮することはできないはずであるところ,LGは,被告人の犯行後の行為態様を考慮し,未必の故意の意思要素を是認したのである。BGHは,LGの結論に異を唱えていないものの,阻止閾の判断方法,及び未必の故意の認定方法には疑問を投じている。本稿は,殺人の未必の故意の認定に際し,近年BGHによって用いられている「阻止閾の理論」を基礎に,方法の錯誤ならびに択一的故意の議論を併せて,本判決における未必の故意の内実を考察するものである。
著者
オットー ハロー 鈴木 彰雄
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.117-141, 2016-06-30

「人間の尊厳」(基本法1条1項)は人(Person)の本質的メルクマールであるから,自律的な死の決断を尊厳ある死の決断と同視することはできない。尊厳ある死を問題にする場合に考慮すべきことは,適切な死の看取りである[以上Ⅰ]。 自殺幇助の不可罰性が生命保護の保障人にも当てはまるか否かについて議論がある。その保障人的地位は自殺者の自己答責的な決意にその限界を見出す。保障人的地位といえども,保護されるべき者に対する「後見人としての地位」を基礎づけるものではないからである[以上Ⅱ]。 自殺関与と要求による殺人の区別について,判例と一部の文献は,部分的に修正された行為支配説を拠り所とする。たしかに,自分自身を殺すことと自分を殺させることは同じでないが,オランダやベルギーで積極的な臨死介助が拡大的に認められている現状には問題がある[以上Ⅲ]。 自殺を決意した者の自由答責性について,「免責による解決」と「同意による解決」が主張されているが,前者の見解には問題がある。法的な意味では答責的に行為するが,判断力ないし理解力が損なわれている者の自殺は,法共同体の連帯的な救助によって阻止されるべき事故である。自由答責的になされたとはいえない自殺を事故(刑法323a条)と解釈し,救助行為の必要性と期待可能性によってその可罰性を限定するべきである。そのために,自殺は刑法323c条の意味で事故であるということを法文で明確にすることが望ましい[以上Ⅳ]。 近年の議論は,組織化された自殺幇助の問題に集中しているが,営利的な自殺幇助を刑法によって禁止することは必ずしも得策ではない。自殺の介助は「生への介助」と「死にぎわの介助」を意味するべきもので,「死への介助」であってはならない。医師らは今日,合法的な臨死介助の可能性を手にしているので,緩和医療とホスピス医療を拡張するという方向を目指すべきである[以上Ⅴ]。
著者
奥田 安弘 ライアン トレバー
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.45-77, 2019

本稿は,重国籍者の国会議員資格に関する日豪の事例を比較し,その法的分析を試みるものである。第1章では,台湾人の父と日本人の母から生まれた蓮舫議員の事例を中心として,日本法上の問題点を分析する。すなわち,中国では,中華民国政府が存在していたが,新たに中華人民共和国政府が成立し,日本は,1972年に中華人民共和国政府を中国の正統政府として承認した。そこで,蓮舫議員が中国国籍をも保有する重国籍者であるか否かを判断するにあたり,いずれの政府の国籍法を適用するのかという問題が生じる。また,仮に蓮舫議員が重国籍者であるとすれば,日本の国籍法上,国籍選択の義務を負うとされるが,国籍選択をしなかった場合に,どのような効果が生じるのか,という問題に目を向ける必要がある。さらに,現行の日本法において,重国籍者が国会議員となる資格が制限されていないことを確認したうえで,立法論として,将来制限されるべきであるのかも考察する。第2章では,オーストラリア法における連邦議員の重国籍問題を取り上げ,現行法上の制限を緩和するための改正が必要であることを明らかにする。まず,連邦議員の資格剥奪の手続および要件を考察する。つぎに,オーストラリアがイギリスの旧植民地であること,連邦制を採用すること,権利章典を有しない国であることから派生する法律問題を扱う。さらに,従来からの法改正の動向を紹介しながら,現行規定が恣意的であり,明確性を欠き,政治に左右されやすいため,全面的に廃止するか,またはより忠誠の衝突の防止という目的に適した制度に改めるべきであることを主張する。最後に,以上の日本法およびオーストラリア法の考察から,両者に共通する面があることを明らかにし,重国籍者の国会議員資格について,将来あるべき法律論への展望をもって,本稿のまとめとする。
著者
奥田 安弘 ライアン トレバー
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.1-30, 2020

本稿は,重国籍者の国会議員資格に関する日豪の事例を比較し,その法的分析を試みるものである。第1章では,台湾人の父と日本人の母から生まれた蓮舫議員の事例を中心として,日本法上の問題点を分析する。すなわち,中国では,中華民国政府が存在していたが,新たに中華人民共和国政府が成立し,日本は,1972年に中華人民共和国政府を中国の正統政府として承認した。そこで,蓮舫議員が中国国籍をも保有する重国籍者であるか否かを判断するにあたり,いずれの政府の国籍法を適用するのかという問題が生じる。また,仮に蓮舫議員が重国籍者であるとすれば,日本の国籍法上,国籍選択の義務を負うとされるが,国籍選択をしなかった場合に,どのような効果が生じるのか,という問題に目を向ける必要がある。さらに,現行の日本法において,重国籍者が国会議員となる資格が制限されていないことを確認したうえで,立法論として,将来制限されるべきであるのかも考察する。第2章では,オーストラリア法における連邦議員の重国籍問題を取り上げ,現行法上の制限を緩和するための改正が必要であることを明らかにする。まず,連邦議員の資格剥奪の手続および要件を考察する。つぎに,オーストラリアがイギリスの旧植民地であること,連邦制を採用すること,権利章典を有しない国であることから派生する法律問題を扱う。さらに,従来からの法改正の動向を紹介しながら,現行規定が恣意的であり,明確性を欠き,政治に左右されやすいため,全面的に廃止するか,またはより忠誠の衝突の防止という目的に適した制度に改めるべきであることを主張する。最後に,以上の日本法およびオーストラリア法の考察から,両者に共通する面があることを明らかにし,重国籍者の国会議員資格について,将来あるべき法律論への展望をもって,本稿のまとめとする。
著者
髙良 幸哉
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.119-130, 2014

本稿は,StGB176条4項1号の構成要件が, 行為者と被害者である児童が直接に空間的に接近しておらず,インターネットを介して露出行為を行った場合であっても,充足されるとした事案の検討である。 StGB176条4項1号は児童の「前で(vor) 」性的行為を行うことを規定しているが,ここにいう "vor" の概念については,行為者と被害者である児童の直接空間的な接近が重要なのではなく,当該行為を児童が知覚することが重要である,とすることが従来の判例の立場である。 本件は,インターネットのライブ映像配信システムによって,性的行為を中継する場合においてもこの立場が維持されることを示したものである。 本稿は,本件の検討を行い,かかる検討を通じ, 我が国におけるインターネットを介した児童に対する性的虐待と公然わいせつ型事案についても若干の検討を加えるものである。
著者
フィリップ グザヴィエ 植野 妙実子 兼頭 ゆみ子
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.135-150, 2016

パリ同時多発テロが発生した数日後の2015年11月16日,フランス共和国大統領は両院合同会議での演説において,国民を脅かすテロの脅威に対し国民の結集を呼びかけた。大統領は,テロとテロから生じるさまざまな行為に対する対策に必要な手段と措置の強化が重要であることを確認し,このような状況においても公共秩序と安全が維持されるよう,法的枠組の見直しが必要であると強調した。彼は,フランスが「戦争状態」にあるとしても,法治国家を尊重した上で,自衛のために力強く対処しなければならないと述べた。この演説は,二つの提案を明確にしていた。一つは,非常事態という特殊な状況を憲法に示す形で憲法を改正し,緊急の状況や例外的な事態に関する法的枠組を強化することが必要であること,もう一つは,11月13日の事件を受けて,国民社会を攻撃する者からフランス国籍を剝奪するという制裁を課す必要が生じたことである。2015年12月に首相から提出された憲法改正案には,非常事態と国籍剝奪,この二つの憲法規範化が盛り込まれていた。非常事態を憲法規範化する目的は,立法府のコントロールに基づきながらも,いくつかの基本的自由を制限し,場合によっては奪うことにもなる行政警察権限を執行府に自由に行使することを許す憲法枠組を定めることにあった。一般的に,今回の改正案のこの点に関しては,原則的にほとんど反対はなかった。他方で,国籍剝奪については,非常事態よりも多くの問題が提起され,賛同者と反対者の間に鋭い対立が生まれた。とりわけフランス社会を二分することになった問題は,国籍が剝奪される対象範囲についてであった。なぜなら,提出された憲法改正案では,テロ行為の犯人と認められ,有罪判決を受けた二重国籍者だけが国籍剝奪の対象とされていたからである。この要件は,平等原則に反すると考えられた。このことが,今回の憲法改正案を頓挫させる直接の原因となった。こうした憲法改正案が出てきた背景と失敗の原因を考察しながら,憲法改正に必要な要素を検討している。
著者
張 開駿 賴 勇佢 賴 勇佢
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.363-390, 2016

1979年に発布された中華人民共和国における最初の「刑法典」は,1997年の全面的な改正を経て,いわゆる「新刑法」と称されるようになり,その後,1999年より修正案が相次いで発布されるようになった。現在,中国刑法(上記新刑法と本文で示した単行法をいう)においては,付属刑法規範(我が国でいう行政刑法をいう)は含まれず,刑罰法規の単行法も一つしか存在せず,刑法改正は基本的に修正案の形によって行われている。中華人民共和国においては,刑罰法規の一体性・完全性が維持されているといえよう。そして,2015年8月29日には,2011年の「刑法修正案㈧」を継受しつつ,部分的に発展させたものだと考えられる,いわゆる「刑法修正案㈨」が立法機関によって可決,同年11月1日に施行された。その間に,中国の最高人民法院,最高人民検察院によって,「刑法修正案㈨」についての司法解釈が公表された。この司法解釈によって「刑法修正案㈨」の効力について個々に規定され,改正された犯罪行為や新たに規定された犯罪行為の罪名が確定している。本稿は,中国における直近の刑法改正である同改正の内容を紹介するとともに,あわせて,中国刑法改正における最新の動向を踏まえつつ若干の検討を展開するものである。
著者
BAUM Harald
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.41-79, 2014

When it comes to regulating capital markets in the European Union, the most important legislative instrument is the Markets in Financial Instruments Directive, the so-called MiFID. The Directive primarily promotes market integration by granting market access and market integrity by regulating market supervision. As part of this it also emphasizes investor protection as a regulatory goal in its own right. To achieve this goal MiFID sets out "conduct of business rules" in its Articles 19 to 24 that postulate a number of transparency, information, and fiduciary obligations for investment firms when doing business with customers. From the traditional German point of view, this regulatory regime qualifies as a regulation that falls into the domain of public law - as opposed to that of private law. The EU, however, does not know such a clear distinction. The central question that arises here is whether the conduct of business rules do actually create civil law effects. The MiFID is - somewhat surprisingly - quiet on these matters. The European Court of Justice ruled in 2013 that the Member States are free to decide whether or not they want to implement civil law sanctions against a violation of conduct of business rules.Germany implemented the conduct of business rules into national law in the year 2007 by amending Articles 31 to 37 of the Securities Trading Act. Insofar as these provisions deal with the contractual relationship between an investment firm and its customers, they can be qualified as "functional civil law." This newly created investor protection sharply contrasts with the arcane case law developed by the German courts over the past decades on the basis of general private law. The later ensures a much more dogmatically refined, nuanced, and systematically coherent regime of investor protection than the one that the rather crude EU regulations can provide because these are shaped by diverse legal traditions and political compromise. A hotly debated question is how the interaction of supervisory law and civil law can be managed as both are only partly overlapping and partly leading to different, sometimes even contradictory obligations for investment firms. This unsolved fundamental issue permeates all capital market regulation at present.The German Federal Court of Justice postulates a strict primacy of the general civil law in relation to the conduct of business rules of the Securities Trading Act. According to this view, the conduct of business rules as part of public law can - at most - play only an indirect role in the context of interpreting already existing contractual and pre-contractual obligations. They can, however, not create any kind of obligation beyond those already established under private law. A second opinion, diametrically opposed to the first one, emphasizes an unrestricted primacy of the "functional" civil law of the Securities Trading Act over the general civil law. In this view, due to the principle of full or at least maximum harmonization in the field of investment services by MiFID, the German courts may no longer enforce those parts of their case law that are based on contractual or pre-contractual duties that are stricter than the conduct of business rules. A third view builds a compromise between the two contradictory views: it does not claim a primacy of public law in the form of "functional" civil law, but much more modestly assumes a "diffusion"-"Ausstrahlung"- of the pertinent public law rules into the general civil law and its application. This is probably the leading opinion in German academia today.
著者
ビスピンク ラインハルト シュルテン トアステン 榊原 嘉明
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.47, no.4, pp.153-175, 2014

ドイツにおいて協約拘束がしだいに低下し,また一般的拘束力の意義が失われたことによってさらにその傾向が強まったことを背景に,ここ数年,どの程度,(法)政策的な改革を通じてドイツの労働協約システムが再び安定化されうるかについての議論が,盛んに行われるようになってきている。その議論は,いまやドイツの政治的課題にまで達しており,2013年9月の連邦議会選挙前における野党各党からは,それぞれ,一般的拘束力宣言の内容的拡大と手続的簡素化を指向する提案がなされた。もっとも,このような提案は,伝統的に協約自治の思想をその大きな特徴としてきたドイツの労働協約システムにとって,ある種,国家が担うべき役割をより大きなものへと転換することを意味している。 本稿は,今日的な一般的拘束力宣言改革論議の背景にあるドイツ労働協約システムの空洞化と一般的拘束力宣言の利用低下の諸相を明らかにするとともに,その改革論議を整理・検討した書き下ろし論稿の翻訳である。
著者
ボアソナード ボアソナード民法研究会 清水 元
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.45-73, 2013

ボアソナードによる旧民法典が現行法に大きな影響を与え,また,現行法の構造的の理解は旧民法の理解なくしてはありえないことが,現在の学説の共通の認識であることはいまさら強調するまでもないことであろう。ボアソナードは旧民法の準備草案を起草するにあたり,詳細な注解書(Boissonade, Projet de Code Civi; pour lʼempire du Japon accompagné dʼun commentaire, tome 1~4)を残しており,同書は今なお参照する機会が多い重要な資料である。 ところが,同書の翻訳についてはボアソナード滞朝中に作られたと見られる「再閲修正民法草案注釈」(刊行年不詳)があるのみであり,しかも,法律用語または法概念が定着していない時代思潮を反映して,日本語としても分かりやすいものとは言いがたい。同書が現在かならずしも入手可能な図書とは言いがたい現状で,あえてボアソナードの同書を現代文に翻訳することも,それなりの意義があるのではないかと愚考し,ここに訳出することにした。
著者
隅田 陽介
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.103-144, 2017-03-30

近時,匿名性(anonymity)や利便性(availability)等を特徴とするインターネットが地球規模で発達・普及している。そして,児童ポルノ犯罪者は,インターネット上の様々な手段を駆使して,自らの行為が捜査機関に発覚しないようにしている。こうしたこともあり,児童ポルノに関連する犯罪の様相は一変し,捜査は困難を来している。この点,アメリカ合衆国では,児童ポルノ所持が児童に対する性的いたずら(child molestation)に関する捜査との関係で議論されていることが注目される。すなわち,児童ポルノに関する捜査を進め,これを捜索・押収するとした場合,児童ポルノに向けられた捜索令状が必要となるが,その際には,アメリカ合衆国憲法第4修正に基づいて「相当な理由(probable cause)」が求められる。そこで,児童に対する性的いたずらに関する証拠のみでこの場合の「相当な理由」を構成するのかどうかというのである。本稿は,この問題を取り上げ,若干の検討をしたものである。 本号では,まず,一において,第4修正の内容・骨子を概観し,併せて,これに関連する判例を取り上げた。そして,現在の合衆国の捜査実務はIllinois v. Gatesに基づいた「諸事情の総合判断(totality of the circumstances)」テストによっていることに触れた。 その上で,二において,児童に対する性的いたずらに関する証拠のみで児童ポルノ所持に関する捜索令状の「相当な理由」を構成するのかどうかについて争われたいくつかの事例を紹介し,各巡回区連邦控訴裁判所の考え方が分かれていることを明らかにした。すなわち,前者に関する証拠のみで後者の「相当な理由」を構成することを認めた事例として,第8巡回区裁判所によるUnited States v. Colbert等,また,これを認めなかった事例として,第6巡回区裁判所によるUnited States v. Hodson等,そして,ケース・バイ・ケースで判断するとした事例として,第9巡回区裁判所によるDougherty v. City of Covinaである。
著者
隅田 陽介
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.171-201, 2015-06-30

近時のアメリカ合衆国では,インターネットの普及に合わせて,インターネットを通して児童ポルノがダウンロードされ,所持されるに至った場合にも,その児童ポルノの被写体となった被害者に対して必要的被害弁償(18 U.S.C.§2259参照)は認められるのかどうかということが注目を集めている。これは,§2259(b)(3)(F)のみに規定されている「犯罪の近接した結果として(as a proximate result of the offense)」という文言が,その前にある(A)から(E)にも適用されるのかどうかという近接原因の要件の解釈に起因するものである。そして,他にも重要であると思われるのが,被害弁償額の算出に関わる問題であり,さらには,児童ポルノ所持の被害者に対する救済の在り方に関する問題である。前者については,第一の壁である近接原因の要件は満たされると判断されても,当該被告人が引き起こした特定の被害を確定して,弁償額を算出することが困難であるという理由で,裁判所は被害弁償命令の発出に消極的になっているなどと指摘されることがあり,後者についても,児童ポルノ所持の被害者に対しては,被害弁償よりも別の仕組みによる救済・補償の方が効果的であるともいわれていることを考えると,これらの問題の重要性は改めて指摘することもないであろう。 本稿は,児童ポルノの所持と被害弁償の問題について,①どのような形で被害弁償額を算出するか,そして,②どのような形で救済を行うことが児童ポルノ所持の被害者にとっては効果的なのかといった観点から考えてみたものである。 本号では,まず,一において,現在の必要的被害弁償に関連して指摘されている問題を,制度の仕組み・手続に関連するものと,被害弁償額及びその算出に関連するものという二つの視点から整理した。次に,二において,被害弁償額の具体的な算出方法に触れ,ここでは,請求額全額の認定・定額制・比例分割制という三つを中心に検討した。 なお,本文の中では,2014年4月に合衆国最高裁判所から出されたParoline v. United Statesや,この判決を受けて,議会に提出された「2014年児童ポルノの被害者Amy及びVickyに対する被害者弁償改善法(Amy and Vicky Child Pornography Victim Restitution Improvement Act of 2014)」案についても,関連する範囲で触れている。
著者
山内 惟介
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.1-54, 2018

国連諸機関は,第二次世界大戦後,特にアジア,アフリカ諸国で顕著になった恒常的人口増加の問題性を繰り返し指摘してきた。約76億人の世界人口は毎年8千万人を超える規模で今後も増加することが高い確率で予測されている。概して,食糧の増産や資源の新規開発が行われるようになっても,このような人口増加は先進諸国における食糧,資源等の配分量に深刻な影響を及ぼすと考えられてきた。その前提には,利便性や効率性を追求する生活様式を維持しようとする先進諸国の欲望肯定型の政策がある。この現象は,政治や経済が機能していない国際社会の現実を示すだけでなく,現行の政治制度や経済体制を基礎付けてきた伝統的法律学の在り方(法学教育,実定法解釈学,司法実務等を含む)にも根本的な反省を迫っている。国際社会の現実をみると,一方で,戦禍や貧困に喘ぐ大多数の弱者は見捨てられ,他方で,強者に都合のよい自由主義,名ばかりの民主主義,少数の富裕層に有利な金融資本主義が優遇されている。その根底には,地球社会全体への目配りを拒否し,自分さえ良ければ他人の幸せはどうでもよいという偏った見方がある。小稿の意図は,伝統的法律学が抱える致命的弱点とこれに代わる地球社会法学の必要性を訴えることにある。
著者
江 利紅
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.123-163, 2012-06-30

社会主義国である中国には、人民代表大会制度は国の根本的な政治制度として確立されている。人民代表大会制度は、「すべての国家権力は人民に属する」という「人民主権」の原則をその基本原則とし、「民主集中制」をその組織原則とする。これらの原則に基づき、人民の民主的権利の実現の制度、選挙制度、国家機関の選出制度および地方制度などの具体的な制度が構築される。これらの制度によって人民代表大会制度は構成される。しかし、中国では、立法権、行政権、司法権の間で相互に抑制と均衡を保つ「三権分立」の原理を否定し、「民主集中制」に基づき、統一の国家権力のもとで各国家機関間の「分工(分業)」を認める。「分工(分業)」によって、中国では、各国家機関間の分立、相互の抑制・均衡作用が否定され、人民代表大会による監督のみが認められる一方、各国家機関間の同質性や協力性が強調される。そのため、現実中、国家機関の権力の抑制や国民の権利の保障は十分であるとはいえない。これらの問題を解決するために、人民代表大会制度を維持するという前提のもとで、人民代表大会制度を改革しなければならない。今後、人民代表大会の統一的な指導のもとで、各国家機関間の相互抑制・均衡作用を重視し、特に人民代表大会の地位を高め、法制度の整備を強化し、司法の独立と公正を保障し、法の執行を徹底し、行政機関の活動を法的に統制する努力を積み重ねなければならない。そして、人民代表大会の機能改革以外で、選挙制度、代表制度、立法制度、監督制度、政党制度、地方制度などについても、改革を着実に遂行しなければならない。
著者
シマモンティ シルヴィ 小木曽 綾
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.75-81,83-113, 2013

フランスでは, 2011年8月10日法律(以下法という)により,参審制の拡大と,重罪判決への理由付記の義務づけが定められた。法は重罪院での参審員数を減じ,裁判1件当たりの参審員の人数を減らすことで制度拡大に必要となる参審員を増やそうとしているが,その結果,従来は,参審員の数が職業裁判官を上回っていなければ有罪評決ができなかったものが,職業裁判官と参審員同数でよいこととなった。これが市民の刑事裁判参加という理念と一致するかは疑問である。法は軽罪に参審員関与の範囲を拡大し,その権限は一部の成人軽罪の事実認定と量刑,それに少年事件のそれに及ぶ。軽罪参審員制度は,成人の裁判については, 2014年1月までの試行(2012年1月からToulouseおよびDijon,2013年から他の10の控訴院管轄区内)を経て2014年から施行されることとされているが,少年裁判についてはすでに2012年1月から施行されている。軽罪裁判所は, 3人の職業裁判官と2人の参審員で構成され,その裁判に対する上訴審も同様に構成される。対象事件は,個人法益に対する罪のうち5年以上の収監刑が法定されているもの(重過失致死,傷害,性犯罪,薬物所持・譲渡等),強盗, 5年以上の収監刑が科される個人の身体に危険を及ぼす放火等による器物損壊であって,財産犯は対象とされておらず,社会ないしは有権者の関心が高いものに限定されている。重罪院では,参審員は事実認定と刑の量定のみに関与するのに対して,軽罪参審員は刑の執行にも関与する。2004年以来フランスには刑の執行裁判所があり,仮釈放の決定等の判断を担っているが,軽罪参審員はここにも参加する。これは,受刑者の釈放時期という社会の関心の高い事項に市民を参加させようとの立法趣旨によるものである。また,従来,少年裁判所の陪席裁判官は,法務大臣が少年問題に造詣のある30歳以上の民間人の中から4年任期で任命することとされてきたが, 2012年1月から,二つの少年軽罪裁判所が創設された。一つは,罪を犯す時16歳以上18歳以下の,3年以上の収監刑が科される罪で起訴された累犯少年を扱う職業裁判官のみで構成される裁判所である。この裁判所では,少年係裁判官が裁判長を務め,保護処分のほか刑罰を言い渡すことができる。いま一つは,成人の軽罪裁判所と同様の構成(ただし裁判長は少年係裁判官)と事物管轄をもつ少年軽罪裁判所である。 軽罪参審員制度には,当初3,270万ユーロ,次いで毎年840万ユーロが必要とされており,国家の財政状況に照らして決して軽微な支出とはいえないことから,現在の2裁判所での試行が10裁判所に拡大されるか,さらには全国施行に至るかは予断を許さないところである。 証拠の証明力の判断については,自由心証主義が採用されており.証明程度は事実認定者が「内心で確信する」程度とされている。無論,裁判官の心証は法廷に提出された証拠によらなければならないが,軽罪に関しては裁判に理由を付すことが求められてきたものの,伝統的に重罪院の裁判には理由が付されてこなかった。今般,法12条はこれを改め,評決に理由を付すことを求めたが,これは2009年から2011年にかけての判例と立法の変化の帰結である。 法の施行以来数カ月での評価は尚早ではあるが,この制度改革の一つの柱,すなわち,重罪裁判への理由付記は透明性ある刑事裁判実現のための必然である。軽罪参審員については,軽罪への厳罰対処という前提が崩れているほか(参審員が加わった裁判で以前より刑が重くなったという事実は示されていない),訴訟が遅滞していることが4か月の試行で明らかであって,制度の経済的および手続的代償はきわめて大きく,完全施行に至るかどうかは,定かではない。
著者
棚瀬 孝雄
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.119-165, 2015

現在,日本企業の海外進出は加速しているが,様々な法務リスクを抱えることが少なくない。とくに,インドは日本の法制と異質な面が多く,しかも,政府や国民も法を利用し,訴追を行うことに積極的であるために,法務や税務面で深刻な争いが生じている。 本稿は,この法務リスクという観点から,インドの労働法制を対象に,比較法的に見た特徴を明らかにしようとするものである。 比較法的視点には,対象となる法を日本法との比較で異同に注意しながら把握するという狭義の比較分析と,その法を社会の中に埋め込まれたものとして理解する機能分析との二つの視点があるが,現在,グローバル市場の影響力が圧倒的に強まる中で,市場の論理から,労働の柔軟化と規律を求める企業と,インドの歴史的な経緯からくる保護主義的,介入的な政治との葛藤が,労働法の作り方,及びその実際の運用を規定している。 取り上げるのは,解雇と争議の法制であるが,一般の解雇は,事業閉鎖の場合も含めて,従業員100人以上の職場では州政府の許可が必要とされており,柔軟な雇用調整を阻害するものとして,産業界からは強い批判を浴びている。ただ,子細に見ると,最初の法案が,最高裁で,濫用的な解雇を阻止するという,正当な目的を超えて経営者の営業の自由を過剰に制約するとして違憲とされて改正された現行法では,手続き的な歯止めも掛けられ,実体面では,日本の整理解雇の法理のような作りとなっている。むしろ,問題は,インドの行政の透明性や効率性がないところで,解雇を政府の許可にかからしめたことにある。また,必要な雇用の柔軟性を得るために労働の非正規化が進み,それが,社会保障が弱いところで,雇用不安や待遇の不満を生み,労使関係の安定を損なっていることも問題として出てきている。 懲戒解雇に関しては,職場の規律違反に対し,労働者を使用者の判断で即時に解雇できるが,一定の社内での事前調査や,書面通知などの手続き規制がある他,日本の解雇権濫用法理に似た規制があり,事後的な救済も一定程度機能している。しかし,懲戒の根拠となる就業規則に,内容的にも,作成手続きにも強く行政が関与し,かつ,その内容が争議行為に絡むものが多く,争議の際に,使用者から参加者に懲戒解雇が乱発される原因ともなっている。また,解雇権の濫用が,インドでは,使用者の不当労働行為として規定され,刑罰が科される作りになっているため,不法とされる懲戒から,争議へと展開していくことも多い。 組合の結成では,インドの場合,団結権は認められ,その干渉を不当労働行為として保護もしているが,しかし,結成された組合には,自動的に団体交渉権は認められず,使用者に自らの力で組合を交渉相手として認めさせる必要があり,最初から,争議含みとなっている。また,刑事免責も,組合が登録されてはじめて認められ,しかも,登録に3ヶ月から1年以上もかかるため,その間は争議行為が事実上行えない。この組合結成の困難は,使用者の組合選別の要求から維持されており,実際の争議も,組合結成と,その使用者の拒否をめぐって行われることが多い。背景には,使用者から見た過激な,共産党系の組合が未だ勢力が強く,日系企業などでは,とくに労使一体の日本的な労務管理を労働生産性向上の鍵と考えていて,この組合結成で大規模な争議になることもある。 争議行為についても,インドの場合,争議抑制のための政府の関与がかなり大きく認められている。まず,争議にあたり2週間前の予告を義務づけ,また,斡旋など手続き期間中は争議が禁止される。さらに,政府がスト中止を命じることができる。こうした労働者の争議権を奪うかのような介入は,すべて公益的な観点で正当化されるが,しかし,それで多くの争議は抑制される反面,インドでは,争議件数では,日本の11倍,労働喪失日数では,実に780倍もの争議が起きている。それゆえにこそ,争議抑制的な労働法も必要となるのであるが,逆に,そうして違法争議の烙印が押されることで,懲戒解雇が大量に出され,警察による逮捕もあって,争議がいっそう過激化するという悪循環に陥っている面もある。 これまで,インド労働法について,表面的な規定の解説はあったが,本稿のような背景にまで踏み込み,規定も細部まで検討して,全体的な特徴を明らかにする研究はなく,インドに進出する日本企業はもちろん,比較法的な観点から,現在のグローバル市場の元での新興国の労働法を理解する理論的な関心にも答えるような分析になっている。
著者
リップ フォルカー 鈴木 博人
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.83-108, 2018-09-30

本稿は,2017年11月13日に法学部・家族法の講義の一環として行われたドイツ家族法の基本的原理を解説した講義の内容を邦訳したものである。 講義は,序論でドイツ家族法改正史とドイツ家族法が基本法(憲法)の準則(とりわけ男女平等条項と家族保護条項)に則って規整されていることが示されている。さらに,ヨーロッパ人権条約の強い影響を受け,いわば家族法の憲法化とも称される状況があることが示される。 序論を受けて,ドイツ家族法の最新の動向が,婚姻・離婚法,親子法,成年者の保護(日本法上の成年後見)法の3領域について示されている。 婚姻・離婚法分野では,法的な形式を与えられた生活共同体として古典的な婚姻とならんで登録された生活パートナー関係,さらには2017年10月1日からの同性婚の制度化後の対応が論じられている。 親子法分野では,血統法から親の配慮(日本法の親権)法,面会交流,子の扶養という広範な領域が概観されている。 成年者保護の分野では,自己決定能力が制限され,自らの事務に関して自分で処理できない成年者の保護が,後見から現代的な成年者保護の流れのなかで示されている。 各分野それぞれについて,喫緊の課題とその課題への取組が示されており,ドイツ家族法の現状理解を助ける,非常に明解な講義となっている。
著者
川澄 真樹
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.109-144, 2018

現在,我が国を取り巻く世界情勢はますます混乱してきている。このような中で国家の安全を保護するためにはあらゆる面での情報収集が不可欠である。このような情報収集の中でも電子的監視(通信傍受)は相手方の計画や作戦を秘密裏に補足することが期待でき,対外諜報の場面でも有効な手段となり得る。我が国ではこのような対外諜報目的での電子的監視は議論されることがあまり多くはないが,アメリカ合衆国においては,これらの電子的監視は通常の犯罪捜査における電子的監視よりも緩やかな要件で実施されている。さらにアメリカ合衆国では,このような電子的監視の過程で得られた情報がその後,テロ犯罪やスパイ罪等に対する刑事訴追の証拠として利用されることもしばしばであり,一定の場合,刑事法の執行を対外諜報目的の監視の主目的とすることも可能な余地がある。しかしながら,本来であれば,より厳格な要件の下で収集される犯罪の証拠をより緩やかな要件によって収集し,刑事訴追において利用することを全面的かつ無条件で認めることになれば,従来からの法執行のルールが無意味に帰することになり,不合理な捜索・押収を禁じる合衆国憲法第4修正に反するように思われる。このような対外諜報での監視によって得られた犯罪の証拠を刑事訴追で利用することが認められるのはいかなる場合であろうか。本稿は,このような電子的監視を用いた対外諜報と犯罪捜査の関係につき,アメリカ合衆国の対外諜報活動監視法(Foreign Intelligence Surveillance Act of 1978 以下,FISAという)における電子的監視を実施する際に求められる「相当な理由(probable cause)」要件と「監視の目的」要件からの議論を紹介し,関連判例を検討することで第4修正との関係から検討を加え,我が国の将来の議論の足掛かりとなることを目指すものである。
著者
デュトゲ グンナー 只木 誠 神馬 幸一
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.209-228, 2016-12-30

近時,ドイツ刑法典の一部改正により,新217条「業としての自殺援助罪(geschäftsmäßige Förderung der Selbsttötung)」が2015年12月10日から施行された。本稿は,その動向を批判的に検討するものである。 当地において,この新条項導入以前,自殺関与は,法文上,禁止されていなかった。しかし,判例上,それを無に帰すかのような解釈論が展開され,実際上,自殺関与を巡る刑法上の取扱いは,動揺していた。このような法的状況を前提としていることもあり,今回の新規立法は,その論理構造に様々な矛盾を含んでいる点が批判されている。 また,この新規立法は,今後,ドイツにおける終末期医療の現場で,どのような波及的悪影響(ないしは萎縮効果)を及ぼし得るのかということも本稿では検討されている。 このように医師介助自殺に関する刑法的規制には多くの問題が伴う。そして,当該刑法的規制は,リベラルな法治国家の原則に反するものと批判されている。ここでいうリベラルな法治国家とは,ドイツ連邦通常裁判所が提示した言葉に従えば「全ての市民における居場所」として把握されるものである(BVerfGE 19, 206 [216])。そのような姿勢を貫徹するならば,確かに,一定の生き方ないし死に方を「正しいもの」として掲げることは,断念されなければならない。このことが本稿では強調されている。 このドイツの新規立法により生じたとされる自殺の禁忌化がもたらす問題性は,自殺幇助罪規定を有する我が国にも同様に当てはめることが可能であろう。この新規立法に関して展開された生命倫理と法を巡るドイツの議論を検証することは,我が国において関連する論点への示唆を得るためにも,その意義が認められるように思われる。
著者
髙良 幸哉
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.305-328, 2016-12-30

児童ポルノ法が1999年に制定されて以降,児童ポルノ法制は現在まで拡大を続けており,2014年改正において児童ポルノの単純所持罪が規定されるに至っている。しかしながら,なおも未解決の問題も存する。CGや仮想児童を扱った描写物の児童ポルノ性をめぐる議論がその代表的なものであり,近年議論になっている。児童ポルノ性をめぐっては,東京地判平成28年3月15日判例集未登載において,CGに描写児童の実在性を認める判断が我が国においてはじめて示されるなど,実務上の動きもみられる。また,我が国の刑法が範とするドイツにおいても,2015年に性刑法をめぐる改正がなされたほか,2013年,2014年には児童ポルノをめぐる重要な判例が登場している。本稿は児童ポルノ性をめぐる我が国の議論とドイツを中心に国際的動向を概観する。また,児童ポルノには児童の実在性を要するかについて,児童ポルノの保護法益を児童ポルノマーケットの拡大防止に見出す市場説に立ち検討を行い,現実性の高い仮想児童ポルノについては規制の余地があると論じるものである。