著者
毛利 正守
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.1-15, 2011-01-01 (Released:2017-07-28)

筆者は,これまでに字余りをいくつかの視点から眺めてきたが,本稿では,脱落現象という観点を導入して字余りを生じる萬葉集のA群とB群の違いを追究した。その際,唱詠の問題が関わるかも知れない和歌の脱落現象は除外し,あくまで散文等の脱落現象をとり挙げ,それと字余りとを比較するといった立場をとっている。A群もB群も唱詠されたものとみられるが,B群は,散文の脱落現象と同じ形態または近似した形態のみが字余りとなっており,A群は,基本的に脱落現象とは拘わらずいかなる形態も字余りをきたしている。散文における脱落現象というものは,日常言語に基づいた音韻現象の一つである。これらを総合的にとらえて,B群の字余りは,音韻現象の一つであると把握し,A群の字余りは,日常言語のあり方とは離れた一つの型として存する唱詠法によって生まれた現象であると位置づけた。
著者
中本 謙
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.1-14, 2011-10-01 (Released:2017-07-28)

琉球方言のハ行子音p音は,日本語の文献時代以前に遡る古い音であるとの見方がほぽ一般化されている。このp音についてΦ>pによって新たに生じた可能性があるということを現代琉球方言の資料を用いて明らかにする。基本的に五母音の三母音化という母音の体系的推移に伴って,摩擦音Φが北琉球方言ではp,p^?へと変化し,南琉球方言では,p,fへと変化して現在の姿が形成されたと考える。従来の研究に従い,五母音時代を起点にするのであれば,ハ行子音においても起点としてΦを設定しても問題はないと考える。そして,この体系的変化と連動してワ行子音においてもw>b,の変化が起こったとみる。また,ハ行転呼音化現象や語の移入時期という側面からもp音の新しさについて考察する。内的変化としてΦ>pが起こり得る傍証としてkw>Φ>pの変化傾向がみられる語も示した。
著者
辻本 桜介
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.70-77, 2022-04-01 (Released:2022-10-01)
参考文献数
9

先行研究において、古代語に間接疑問文は存在しないと考えられている。これに対し本稿では以下のことを指摘し、中古語の引用句「…と」が間接疑問文に相当する用法を持っていたことを示す。まず、「いつと」「誰と」のように不定語をトが直接承ける用例は少なくないが、現代語の「いついつ」「誰々」のように引用句内の一部を伏せる形(プレイスホルダー用法)が使われたものか、間接疑問文と同様に解すべきものかが曖昧である。これに対し「年ごろは世にやあらむと」のように肯否疑問文を含むもの、「いかで降れると」のように引用句末の活用語が不定語に呼応して連体形となるものは、引用元の文の一部を伏せるだけのプレイスホルダーが使われているとは考えにくく、間接疑問文と同様の解釈になりうる。また「…逃げにけり。いづちいぬらむともしらず。」のように引用句内の不定語以外の情報が述語の主体にとって既知である場合も間接疑問文と同様に解すのが自然である。
著者
森 雄一
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.3, pp.142-149, 2018-08-01 (Released:2019-01-01)
参考文献数
6
著者
竹村 明日香
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.16-32, 2013-04-01 (Released:2017-07-28)

キリシタン資料によると,中世末期のエ段音節ではエ・セ・ゼの3音節のみが硬口蓋化していたと考えられる。しかし中世期資料によっては他の工段音節でも硬口蓋化していたことを窺わせる例もあり,果たしてどの音節が硬口蓋化していたのかが問題となってきた。本稿ではこの問題を解決する一助とするため,近世〜現代九州方言のエ段音節を通時的・共時的に観察した。結果,エ段音節では,子音の調音点の差によって硬口蓋化が異なって現れていることが判明した。即ち,歯茎音の音節では子音の主要調音点を変える硬口蓋化が生じているのに対し,軟口蓋音や唇音の音節ではそのような例が認められない。このような硬口蓋化の分布は,通言語的な傾向と一致している上に,キリシタン資料のオ段拗長音表記とも平行的であることから,中世エ段音節の硬口蓋化の分布としても十分想定し得るものであると考えられる。