著者
石黒 順哉
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.95-96, 2001-03-31

本発表は,これまでの「ところで」の研究の問題点をふまえ,「ところで」の用法を整理し,その基本的機能を解明することを目的とする。考察は,「ところで」によって接続できる段落には制限があるという事実から,文章・談話において何に依存し何を承けているのかという接続的な観点と,川越(1995)を参考にして「話題レベルのシフト」「次元のシフト」というディスコース的な観点の両側面から行う。「ところで」の用法としては「既出要素の話題への拡張」「現場事物の持ち込み」「スクリプトの実行」という三つの用法が挙げられる。これらの用法間の共通性から「ところで」の基本的機能を導き出すと,「ところで」は依存対象の中の一部に注目して,そこから次の話題を形成する何らかの要素を取り出し,それを当該の文章・談話に持ち込むことによって話題をシフトすると結論づけられる。依存対象が言語的文脈であれば,言語的要素が取り出され,それが新たな話題へと拡張される。この場合,前後の話題間には関連が認められ,全く別の話題に移行するという従来の説明は不十分であるといえる。先行するテクストとの関連を示す語や表現の存在や寺村(1984)のトコロの意味,そして後続文に疑問文が来やすいという現象からもこの用法の性格が示唆される。一方,依存対象が非言語的文脈中のものであれば非言語的要素が取り出され,それまでの話題と関連のない話題へと突然変更することになる。この時「ところで」は「場面に存在する話題」「話し手の観念に存在する話題」へと話題内容だけでなく次元をもシフトする。言語的文脈だけでなく非言語的文脈までも依存の対象にできるという点は,他の接続詞と大きく違う点であり,「ところ」という形態の意味が非常に抽象的な概念であることと関係していると思われる。
著者
服部 紀子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.18-34, 2017-01-01 (Released:2017-07-01)
参考文献数
15

日本語文法の研究史上、西洋文典の影響による格は江戸期の鶴峯戊申『語学新書』以降複数の文典に見られる。本稿はこの種の文典の前提となる蘭文典、吉雄俊蔵『六格前篇』(1814)と藤林普山『和蘭語法解』(1812)を取り上げ、日本語の格理解を比較する。両書は、格機能の捉え方に共通点があるが、格標示形式の扱いにそれぞれの特性が現れている。また、『六格前篇』は非表出の格標示形式を捉える際に本居宣長の「徒」を念頭に置いていることも確認した。両書の格理解を明示することで、国学からの影響を浮き彫りにし、日本語の格研究が蘭語学から鶴峯へとつながる過程を示すと共に、蘭学者による日本語のテニヲハ理解の一端を国語学史上に位置づけることができた。
著者
富岡 宏太
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.1-15, 2014-10-01 (Released:2017-07-28)

中古和文において、体言に詠嘆の終助詞カナ・ヤが下接した「体言カナ」・「体言ヤ」には、連体修飾を必須とするという構文上の共通点と、その形式が異なるという相違点のある事が従来指摘されている。本稿では両者の表現性の違い、表現性と構文との関係を明らかにした。「体言カナ」が聞き手の属性を問わず、時間軸上の様々な位置にある事態に言及できるのに対し、「体言ヤ」は上位者には用いられず、ほとんどが現在の事態に言及した例である。以上から、「体言カナ」は様々な事象を考慮した「論理的評価の表明」の表現、「体言ヤ」はそれらを考慮しない「直感的評価の表明」の表現であると考えられる。また「体言カナ」「体言ヤ」の表現性と構文とは密接な関係にあると考えられる。
著者
笹井 香
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.13, no.4, pp.18-34, 2017

<p>「ばか者!」「恥知らず!」「嘘つき!」などの文は、先行研究において文として適切に位置づけられてきたとは言いがたい。本稿では、これらの文が、同じく体言を骨子とする文である感動文や呼び掛け文などとは異なる形式や機能をもつことを明らかにし、これらを新たに「レッテル貼り文」と位置づけることを試みた。レッテル貼り文は「性質、特徴、属性などを示す要素+人や物を示す要素」という構造をもつ名詞(=レッテル)から成り立つ体言骨子の文で、対象への価値評価にともなう怒りや呆れ、嘲り、蔑み、嫌悪、侮蔑などの情意を表出することを専らとする文、即ち悪態をつく文である。このような文は、その言語場において話し手が対象に下した価値評価が名詞の形式(=レッテル)で表され、文が構成されていると考えられる。このような文を発話することによって、対象に下した価値評価、即ちレッテルを貼り付けているのである。</p>
著者
大江 元貴
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.52-68, 2019-08-01 (Released:2020-02-01)
参考文献数
12

本稿は,「6畳の部屋って結構広いよな。-いやいや,せまいせまい。」のような形容詞基本形反復文の談話的・統語的特徴について考察を行う。談話的特徴については,独話の形容詞基本形反復文は形容詞で表される情報の体感度が高い,あるいは探索意識が活性化しているほど自然になり,対話の形容詞基本形反復文は発話の即応性と能動性が高いほど自然になるという観察を示し,形容詞基本形反復文は「認知者と環境とのインタラクション」「発話者と対話相手とのインタラクション」を認めやすい談話環境で自然に成立する文であることを述べる。統語的特徴については,程度副詞や終助詞との共起,属性・状態の対象を表す名詞の言語化に関して非反復文に見られない制約があるという観察を示し,形容詞基本形反復文は属性・状態を叙述するという性格が弱い文であることを述べる。
著者
村上 謙
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.4, pp.17-32, 2006-10-01 (Released:2017-07-28)

本稿では近世前期上方で生じた状態性を有する尊敬語表現「テ+指定辞」(ex.聞いてじゃ)の成立過程について論じる。これについてはこれまで、省略説、体言化説、状態化説、「ての事だ」の関与説、の四説が論じられているがいずれも採るべきではなく、本稿ではこれらに代わるものとして、「テゴザルからの変化」説を提出する。この説は、状態性を有する尊敬語表現形式テゴザルのゴザル部分をジャなどで代用することで新形態「テ+指定辞」が出現したと考えるものである。このように考えれば、「テ+指定辞」が敬意を有する語を含まない尊敬語表現であった事、近世前期に生じた事、状態性表現であった事を有機的に関連づけて説明できる。
著者
ローレンス ウエイン
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.30-38, 2011-10-01 (Released:2017-07-28)

琉球のいくつかの方言にみられる希求形式の使用状況から、琉球方言の=イタシ系の希求形式は生理的に不随意の身体機能を表す動詞のみと共起し、必要性を訴えるのが古い使用法であると考えられる。この=イタシは「痛みを感じるほど痛烈に感じる状態に達する」という意味から発達したとみられるものである。本土日本語の=イタシも、「甚(イタ)シ」からではなく、琉球方言と同じ文法化の経路をたどって、希求形式になったと思われ、その文法化の出だしは日琉祖語の時代に遡ると推測される。
著者
蔡 珮菁
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.17-32, 2007-07-01 (Released:2017-07-28)

「長期的な観点」に対する「長期的観点」のように,「連語」と交替可能な「臨時的な複合語」について,その語構成レベルの成立条件を解明すべく,"接尾辞「的」による派生形容動詞(「A的」)と名詞(「B」)との結びつき"に注目して,要素「A」「B」がその語種・品詞性においてどのようなくみあわせのとき,臨時的な複合語「A的B」になりやすいかを検討した。新聞の社説本文3年分における(交替可能な)「A的なB」「A的B」の使用状況を計量的に調査した結果,「A的B」が最も活発に成立するのは,「A」「B」がともに2字漢語の(非用言的な)体言類というくみあわせであること,また,このくみあわせは,4字漢語複合名詞や和語複合名詞の構成において最も優勢なくみあわせに一致・対応することが明らかとなった。このことから,連語と交替可能な臨時的複合語の成立にも,既存の(固定的な)複合語の構成のあり方が影響を与えていること,すなわち,要素のくみあわせが,既存の語構成において安定的・生産的なタイプに一致・対応するものほど,臨時的な複合語として成立しやすいのではないかとの見通しを得た。
著者
金 銀珠
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.123-137, 2006-04-01 (Released:2017-07-28)

近代文法学における「形容詞」は,江戸時代以来の伝統的な形容詞論をスタートラインにおけば,その規定が最初は名詞修飾機能中心へと移行し,次は叙述機能中心へと移行しながら,成立したものである。このような二度の移行に関わっていたのが西洋語のAdjective解釈である。本稿は,近代文法学における「形容詞」「連体詞」概念がどのように成立したのかを,西洋文法におけるAdjectiveとの関連から考察した。近代文法学の「形容詞」概念がAdjectiveを名詞修飾だけに極度に限定していきながら成立し,その結果として,今日の学校文法における「連体詞」が登場する過程を示した。
著者
川島 拓馬
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.13, no.3, pp.1-17, 2017-07-01 (Released:2018-01-01)
参考文献数
16
被引用文献数
1

本稿では、名詞「模様」が文末に位置して助動詞相当の形式として機能する用法について、その成立から定着に至るまでの歴史的展開を考察した。「模様だ」自体は明治期の新聞に出現しており、大正から昭和初期にかけて継続的に用例を見出せる。記事文体の口語化に伴って1920年代に「模様あり」という形態が衰退すると文末用法への偏りが著しくなり、これによって文末形式として「模様だ」が定着したと言える。ただし「模様」の前接要素の点から見ると未だ現代語と同様の特徴を獲得したとは言えず、助動詞化が進んだのはそれ以降と考えられる。こうした「模様だ」の成立は名詞性の捨象による通時的変化と捉えることができ、更にヨウダの構造変化との類似点および「様子だ」との関係性についても指摘した。
著者
藤本 雅子
出版者
日本語学会
雑誌
国語学 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.2-15, 2004-01
被引用文献数
3

日本語の母音の無声化は東京方言では多く近畿方言では少ないとされる。それは東京方言では子音が,近畿方言では母音が丁寧に発音されるためであるという説がある。本稿では東京方言話者と大阪方言話者の発話資料を用い,1)典型的無声化環境での無声化の頻度,2)非典型的無声化環境での母音長の2点を検討した。その結果,1)については,アクセント条件を揃えると東京方言話者と同程度に無声化する大阪方言話者が多いこと,一方でアクセント条件を揃えても有意に無声化が少ない大阪方言話者がいることが明らかになった。2)については,母音が無声化しない大阪方言話者の母音は東京方言話者より有意に長いこと,無声化する大阪方言話者は東京方言話者と同程度(/e/)か東京方言話者より短くなる場合がある(/i/)ことが明らかになった。さらに,東京方言話者の/i/は発話速度に関わらず一定して短いが/e/ではその特徴が見られないことから,東京方言話者は無声化しやすい母音では特殊な制御をしている可能性があると思われる。
著者
藤井 游惟
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.91-92, 2001-09-29

上代特殊仮名遣いオ段甲乙音は条件異音に過ぎず,上代日本語も現代と変わらぬ五母音であったことは,現代日本語オ段音の発音を分析すれば完全に説明できる。そしてその条件異音に過ぎぬものが上代において書き分けられているのは,記紀万葉(森博達氏のいう日本書紀α群を除く)等上代文献を記述していたのが,母語においてオ段甲乙に相当する母音を明確に聞き分ける朝鮮帰化人であったからである。現代日本語オ段母音/O/は[o]〜[〓]にかけての許容範囲を持っているが,よく分析すると(1)ア・ウ段音に接続する/O/は円唇化する,(2)オ段音を強調し明瞭に発音しようとする意識が働くと/O/は円唇化する,(3)低音で発音される/O/は円唇化する,という三つの円唇化法則がある。この円唇化した/o/は[o]であるが,非円唇の/o/はいわば「手抜き」の発音であり意図して発音される[〓]ではなく,子音との関係により(4)オ→コ(ゴ)→ヨ→ロ→ノ→ソ(ゾ)→ト(ド)→ホ→モ→ポ(ボ)の順で唇の開きが小さくなり,モ・ポ(ボ)などでは/o//o/の差は殆どなく[o]の範疇に入る。この/o/が甲類,/o/が乙類と考えれば,有坂三法則((1)法則),ホ・モの書き分けが明確でなくコの書き分けが遅くまで残ったか((4)法則),なぜ単音節名詞に甲類が多いか((2)法則),「夜」「世」がなぜ甲乙で書き分けられているか((3)法則),などオ段甲乙音について知られている事実は全て説明できる。この/o/と/o/は日本語では条件異音に過ぎないが,朝鮮語ではこれらを/〓/[o]・/〓/[〓]として明確に区別する。そして朝鮮最古の韻書「東国正韻」でオ段甲乙に充当されている漢字の朝鮮音を見れば,甲類には明確に〓/,乙類には/〓/もしくは非/〓/の非円唇母音が現れる。しかも,記紀万葉成立時代には日本に663年白村江敗戦以降亡命してきた多数の朝鮮帰化人が存在し,文書事務に携わっていたことを示す直接・間接の証拠が数多ある。
著者
竹村 明日香 宇野 和 池田 來未
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.4, pp.48-64, 2018-12-01 (Released:2019-06-01)
参考文献数
28

室町後期から江戸期にかけて作られた謡伝書にはしばしば五十音図が掲載されており,行段それぞれに謡曲独自の発音注記が付されている。本稿ではそれらの発音注記を精査し,おおよそ二系統に大別できることを明らかにした。一つは悉曇学の影響が強い系統で,行を「口喉舌唇」,段を「上音/中音/下音」の対立で捉えるものである。もう一つは,室町後期以降に権威のあった『塵芥抄』系伝書の系統であり,行を「喉舌歯腮鼻唇」,段を「ひらく/ほそむ/すぼむ」の対立で捉えるものである。『塵芥抄』系伝書の五十音図とその発音注記は,近世の謡伝書や学問書には直接引用されていないものの,処々にその影響を窺わせる記述が見られる。タ行の調音に「腮」を用いて説明している点等は『蜆縮涼鼓集』の記述とも共通しており,近世期における日本語音の把握には,『塵芥抄』系伝書の影響が少なからずあったと考えられる。