著者
小柳 智一
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.1-15, 2013-04-01

姉小路式と呼ばれる中世の秘伝書群に「たましゐをいれべきてには」という条があり,そこには「ただ」「なほ」「など」「いとど」という副詞と「だに」「さへ」という助詞が挙げられている。これら6語が一括りにされている理由を探る。最初に「てには」の歴史を概観し,中世の「てには」という術語の使い方では,助詞と副詞を一括りにすることが不自然でなかったことを確認する。次に,6語を検討して,副助詞との関連が特に強い副詞と副詞との関連が特に強い副助詞が主として選ばれていることを指摘する。そこから,「たましゐをいれべきてには」の根底に,ある種の副助詞とある種の副詞の間に意味的な同質性を認める視点のあったことが読み取れる。最後に,これと同型の視点は,助詞と副詞を区別するようになった近世以降にも散見され,それらを繋ぐと,富士谷成章-山田孝雄-森重敏という副助詞論の系譜が描けることを述べる。姉小路式もこの系譜に位置づけられる。
著者
岡崎 和夫
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.17-32, 2014-04

古代の暦日語のうち、『今昔物語集』本文の「吉日」につき、古鈔本本文の用例データの解析にしたがってその語形が「よきひ」とみなされること、また古鈔本の欠落をおぎない得る新写本本文にしたがって音読の語形の存在も推測されることを論証する。これにあわせて、従来の知見を批正しつつ、次下2つの事実をあらたに報告する。・『大鏡』の最有力古鈔本とされる東松本本文にもとづく「最吉日」の語について、これがけっして古今にわたる日本語資料中の孤例ではないこと。・中世後期の日本語資料に散見する「最上吉日」の語についても、従来知られた初例を遠くさかのぼる永長年間の確例のみいだされること。
著者
高田 祥司
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.4, pp.32-47, 2008-10

日本語東北方言と韓国語には,過去形として,「〜タ」/-ess-ta(過去形1)の他に,「〜タッタ」/-essess-ta(過去形2)という形式が存在する。後者は前者と異なり,(1)現在との断絶性,(2)直接体験・認識の解釈,(3)トキ節/ttay節で<限界達成後>を表さない,(4)反事実条件文への使用という特徴を持つ。これは,<過去>の<継続性>を表す「〜テアッタ」/-e iss-ess-taを出自とし,その文脈的意味を受け継ぐためだと説明される。-essess-taは,より原形に近い古い用法を保ち,<継続性>やその派生的意味<過去パーフェクト><発見>を表し,存在動詞への使用は難しい。一方,「〜タッタ」は形容詞・名詞述語に用いにくい。また,両言語の回想表現「ケ」/-te-も(1),(2)を持つが,話し手の行為の体験は表さず,過去形2とは逆に(2)(認識)に基づき,文脈的に<過去>や<継続性>を表す。両言語では,過去形1が現在の状態を表すことと関わり,(1)を持つ過去形2や回想表現が<過去>を現在から明確に区別している。
著者
平塚 雄亮 原田 走一郎
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.1-13, 2012-01

本稿では,鹿児島県北薩方言のセンという文末詞について,当該方言話者への面接調査を通して記述を行った。文末詞センは,コピュラ/zyar/の否定疑問形式である「〜ジャラセン」を出自としており,ジャラセンはジャーセン,ジャッセン,ジャセンと変化し,「コピュラ(ジャー/ジャッ/ジャ)+セン」という分析によってセンが析出され,他の用言にも接続できるようになった(文末詞化した)と考えられる。また,否定の用法はもたず,全年齢層に共通してみられる基本的な用法は同意要求であるが,若年層では確認要求としても用いられるようになるという用法面の変化も起こっている。これは,「聞き手の判断をたずねるという意味をもつ形式をわざわざ判断を下す必要のない環境に適用することによって,話し手の発話を追認させる,という効果を生み出す」というプロセスで,同意要求の用法が拡張したものである。
著者
森山 由紀子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.62-77, 2010-04-01

被支配待遇から丁寧語に変化した「ハベリ」の出現は900年前後とされ、『古今集』詞書の「ハベリ」もその例とされることが多い。本稿は、奥村(1957)の指摘を再検証し『古今集』諸本間の異同の分布と意味分類を対照することによって、『古今集』に当初からあった「ハベリ」は、すべて「人の存在」の意味の範囲内で用いられたものに限られることを明らかにした。このように、丁寧語として拡張した例を一例も持たない『古今集』詞書の「ハベリ」は、手紙引用部の1例を除き、11Cの和文に見られるような丁寧語ではなく、上代と同じ被支配待遇として、または、「仮想被支配段階」という丁寧語の前段階にあたる過渡的な例として考えるべきである。なお、手紙引用部の1例については、『伊勢』の他の1例とともに、900年当時、本来被支配待遇であった「ハベリ」が、すでに対人コミュニケーション場面に転用されていたことを明確に示す例として位置づけられる。
著者
森田 耕平
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.18-34, 2016 (Released:2017-01-24)
参考文献数
14

動詞中止形の継続相相当のアスペクト形式であるシテイテとシテオリについて、両形式の比較を通じて意味・機能を記述し、次のことを明らかにした。 ①シテイテとシテオリを比較すると、シテイテのみが用いられる場合がある。 ②継続相のシテイテとシテオリの共通の意味・機能は、定形動詞のアスペクトとの相関によって出来事間の同時的時間関係を表すことである。 ③シテイテのみが用いられる文の構文的特徴は、(a)定形動詞のアスペクトが完成相で、(b)二つの出来事の主体が同一であり、(c)シテイテが、定形動詞が表す偶発的な出来事が発生する状況を表す点である。 ④このときシテイテは、定形動詞と並列された述語というよりも、主語と述語が表す出来事に対して、任意的な文の成分である状況語的意味・機能を持つ。これは同じ動詞中止形で修飾語的に機能するシテとは異なったあり方を示す。
著者
岡崎 和夫
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.33-48, 2011-07

この稿は、暦日の吉凶の謂いの表出をになう語の歴史的探究を目的とし、『高倉院厳島御幸記』、『古今著聞集』、『愚管抄』、『春のみ山路』、『鎌倉遺文』、『延慶本平家物語』など中世前期(鎌倉期)ごろの日本語を反映するとみとめられる諸資料を中心にその用例、またその用例に関する注釈的見解について検証を試み、(1)院政期までと同様、鎌倉期に至ってもなお「ひなみ」の暦日語としての確例は容易に見出し難いと判断される。(2)(1)にもかかわらず、『古今著聞集』や『愚管抄』など漢字表記例「日次」の認められる本文のばあい、従来の注釈的諸研究は、いずれも、その根拠を提示しないまま「ひなみ」の語としての認定がなされており、あらためて古代の暦日語彙のありようをふまえ、先入的認識を排除したたしかな知見の構築が求められる。(3)平安朝期全般にわたって、物語、日記、説話ほかの諸作品本文に暦日の吉凶の意をあらわす専用の語としておおくの確例のみとめられた「ひついで」は、なお、こののちも鎌倉期以降の資料においてもその確例をみとめ得るが、これまでのところ、管見に入った用例は何れも中世後期(室町末期)内に摂せられる。(4)(3)のいっぽう、「ひがら」は、暦日の吉凶の謂いの確実な古例がすでに鎌倉中後期にみとめられ、ひきつづいてのちの時期にも確例がみとめられるが、中世期全般を総じても、管見に入った総用例数は僅少である。の諸点をはじめとして日本語史にかかわるあらたな知見を呈示する。
著者
木村 一
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.2, pp.35-47, 2005-04-01

『和英語林集成』1版(1867)の編纂に先だって,J.C.ヘボンは,ノート一冊本499ページ分からなる「原稿」を作成していた。「原稿」は,約7,000語を収録し,うち約四分の三の語が1版に収録されている。「原稿」の見出し語や漢字表記などについて,中・近世の節用集をはじめとする諸辞書と比較照合した結果,ヘボンは森楓齋著『雅俗幼学新書』(1855)を参看し,「原稿」に採録した可能性が強いと考えるに至った。その論拠について具体例を挙げながら諸面から指摘する。なお,『雅俗幼学新書』から「原稿」に採り入れられた見出し語や漢字表記などは,修正を施されながら1版に引き継がれていった。
著者
伊豆山 敦子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.3, pp.155-170, 2005-07

文字資料がなくても、方言比較研究により、文法化の過程を知ることができる。文字資料がある日本語上代との比較により、日本語の文法化事例を加えることができる。琉球語の語彙項目^*i-(自動詞する)の文法化過程をたどる。八重山・石垣市宮良(みやら)方言の動詞語形変化の型は、日本語と異なる。5段活用対応型が、更に、1段活用対応型の活用語尾-i-(r-)と同じ形態素を持ち、同じ活用型を持つ。八重山・与那国方言の「する」を意味する自動詞i-(r-)と比較することにより、嘗て、語彙項目だった^*i-(r-)の文法化であることが推定される。その際、日本語連用形相当の形が最も基本的な形であること、その機能的意味が、話し手認識の関与しない、事象生起であることが注目される。
著者
安 平鎬 福嶋 健伸
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.3, pp.139-154, 2005-07-01

本稿は,中世末期日本語と現代韓国語に共通して見られる,「過去を表す形式と動詞基本形(及び動詞基本形に相当する形式)が現在の状態を表す」という現象について,存在型アスペクト形式(〜テイル・〜テアル/-ko iss ta・-e(a)iss-ta)の文法化の度合いという観点から論じた。結論は以下の通りである。(1)両言語の存在型アスペクト形式は存在動詞(イル・アル/iss-ta)の意味が比較的強く影響しており文法化の度合いが低いので,いわば存在型アスペクト形式の不十分な点を補うようなかたちで,過去を表す形式と動詞基本形(及びそれに相当する形式)が,前の時代に引き続き現在の状態を表していると考えられる。(2)上記(1)の点において,両言語の状況は,アスペクトを表す形式からテンスを表す形式へ,という流れの中で互いに似た段階にあると考えられ,また,「存在」という意味を中心としてアスペクト形式が拡張を見せる,存在型アスペクト形式の文法化の一つのあり方として解釈できる。
著者
劉 志偉
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.16-30, 2010-04

連歌論は従来の研究においては、文学的もしくは修辞的に扱われる傾向が強い。連歌論とテニヲハ論は互いに影響し合いつつ展開していったとされてはいても、その具体像及び影響し合う過程が明らかにされてきたとは言い難い。本稿では、「姉小路式」における文法項目の記述を手掛かりに、連歌論とテニヲハ論が影響し合う過程の検討を試みた。その結果、まず、中世のテニヲハ研究書を代表する『手爾葉大概抄』と「姉小路式」の記述は初期の連歌論書の影響を受けたものであると結論付けた。『手爾葉大概抄』が最初のテニヲハ秘伝書にしては整いすぎていることも、そこから理解される。また、宗祇あたりまでは連歌論書とテニヲハ研究書は各自の重要項目を守った相伝が行われたが、その後は、テニヲハ論の記述が再び連歌論に影響を及ぼすこともあったとの見通しが立つ。
著者
久屋 愛実
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.69-85, 2016-10-01 (Released:2017-04-03)
参考文献数
45

本研究は,「見かけ上の時間」の概念に基づき,意識調査データから日本人の外来語使用意識の変化を予測する。本稿では,既存語から外来語への交替(「外来語化」)がS字カーブを描いて進行していくと仮定し,生年と性別から外来語化を予測する多変量S字カーブモデルを構築した。外来語化のパターンは,単純増加のS字カーブを描くタイプもあれば,一定まで増加した後10代・20代で若干減少するタイプもあった。後者の最若年層における外来語化率の「低位」は,将来的な脱外来語化を意味するものではないと考えられるため,後者のタイプも前者と共通の単純増加モデルで変化予測が行えるようにした。その際,低位を引き起こす要因を撹乱要因として変数化する手続きが必要であった。この手続きにより,後者のタイプの外来語についても(1)生年のみの効果を抽出できる,(2)変化速度の過小評価を防げる,などのメリットが得られ,より正確な変化予測を行うことができた。
著者
高田 三枝子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.17-30, 2007-04

本研究では日本語の語頭の有声破裂音/b,d,g/のVOT(voice onset time)について鹿児島県出身在住話者の音声を分析し,語頭有声破裂音の半有声化(VOTがプラスの値をとる現象)と,語中有声破裂音の鼻音化および語中無声破裂音の有声化との共起関係を考察した。その結果,語頭有声破裂音の半有声音化は語中有声化・鼻音化と直接的な共起関係にはないことを指摘した。また鹿児島県のVOT値比率の結果を東北,北関東,新潟北東部,関東,四国の結果と比較することにより,当該現象に関する鹿児島県の地域的タイプとしては関東や四国に代表される完全有声音統一タイプに近いが,一方高年層にやや半有声音化の割合が高く見られ,この点で中間的タイプに含める可能性と今後の更なる分析の必要性を指摘した。
著者
青木 博史
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.3, pp.47-60, 2005-07-01

古典語における<コト>を表す補文の名詞節には,「準体型」と「コト型」の2つがある。「準体型」が主語として用いられる場合,その述語は状態性のものに限られる,といった制限がある。目的語として用いられる場合も考え合わせると,「準体型」は,感覚・感情,判断等の「対象」としてのみ用いられているといえる。これに対し,「コト型」にそのような使用制限はなく,両者は性格を異にしている。「コト型」は,古代から現代に至るまで,その機能をほとんど変えることなく引き継がれたが,「準体型」の機能は,「ノ型」が引き継ぐ形となった。「ノ」は<モノ>を表す代名詞が文法化し,<コト>を表す形式へ拡張したものである。このような「ノ」の発達が,「準体型」を衰退させたものと考えられる。
著者
富岡 宏太
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.1-15, 2014-10

中古和文において、体言に詠嘆の終助詞カナ・ヤが下接した「体言カナ」・「体言ヤ」には、連体修飾を必須とするという構文上の共通点と、その形式が異なるという相違点のある事が従来指摘されている。本稿では両者の表現性の違い、表現性と構文との関係を明らかにした。「体言カナ」が聞き手の属性を問わず、時間軸上の様々な位置にある事態に言及できるのに対し、「体言ヤ」は上位者には用いられず、ほとんどが現在の事態に言及した例である。以上から、「体言カナ」は様々な事象を考慮した「論理的評価の表明」の表現、「体言ヤ」はそれらを考慮しない「直感的評価の表明」の表現であると考えられる。また「体言カナ」「体言ヤ」の表現性と構文とは密接な関係にあると考えられる。
著者
柴崎 礼士郎
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.4, pp.47-60, 2005-10-01

本稿では、日本語の補文標識「と」が証拠表示化する談話的基盤を文法化の観点から考察する。本稿の中心点は以下の3点である。a.文法化には段階性があり、広範なデータベースに基づく具体的頻度によりそれを裏付ける点。b.補文標識「と」が補文動詞を省略して証拠表示化するのは特定の談話構造に起因している点。c.その文法化を特徴付ける談話構造は複数存在し、それぞれの構造的特徴に動機付けられ、頻度として中心的なものから頻度として周辺的なものへと層状の広がりを見せている点。言語変化の層状性は一定の談話構造に起因するものであり、繰り返し生起する談話的基盤に裏付けられたものである。現在進行中の文法化を考察するには具体的頻度の提示が必須であり、具体的頻度の提示は文法化を動機付ける談話的基盤の尺度となる。
著者
松本 昂大
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.86-102, 2016-10-01 (Released:2017-04-03)
参考文献数
24

本稿では,移動動詞に係る格助詞「より」と「を」が,「起点」と「経路」のどちらを表すかを検討する。「より」「を」を承けるかどうかと,その助詞が「起点」と「経路」のどちらを表すかという観点から,移動動詞をA~D類の4種に分類した。A類の動詞は,「より」「を」を承け,「より」は「起点」と「経路」を表し,「を」は「起点」のみを表す。B類の動詞は「より」,C類の動詞は「を」,D類の動詞は「より」「を」を承け,それらはすべて「起点」のみを表す。D類の「出づ」は「出現」を表す場合は「より」,「出発」を表す場合は「を」と結びつくという傾向が見られ,「出現」はB類,「出発」はC類の動詞と意味的特徴が共通する。以上のことから,助詞の用法は移動動詞の意味的特徴によって決定されるということを主張する。
著者
林 直樹
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.35-51, 2016-10-01 (Released:2017-04-03)
参考文献数
27

東京東北部・千葉西部・埼玉東部といった複数域にみられるあいまいアクセントの実態を明らかにするため,下降幅・相対ピークという音響的指標を基に,当該地域話者30人・東京中心部話者7人,計37人を対象とした話者分類を行った。多変量解析手法の一つであるクラスター分析の結果,対象とする話者は三つの群に分類された。本稿では,分類された各群を「明瞭群」「高低差不明瞭群」「型区別不明瞭群」と解釈した。音響的指標を詳細に分析すると,「明瞭群」の下降幅は大きく,相対ピーク位置も型間の距離が大きいことがわかった。一方,二つの「不明瞭群」の高低差は小さく,とりわけ「型区別不明瞭群」は,高低差の小ささに加えて相対ピーク位置の型間の距離が小さいという特徴がみられた。このように分類された各話者群を地図上に付置し,あいまいアクセントの特徴として言及されてきた個人間のゆれを可視化した。最後に,分析によって得られた各群を高低差と下がり目の位置間の距離の程度によって位置づけた上で,当該地域アクセントの変化を,複数の音響的指標が連動する関係として捉え直した。
著者
影浦 峡
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.4, pp.47-60, 2006-10

本論文では、専門語彙の体系における外来語語基の集合としての位置づけを、計量的な観点から分析する。専門語彙における外来語語基の位置づけについては、個々の外来語が漢語・和語と異なる存在であることを前提として様々な分析がなされてきた。しかしながら、語彙体系の構成において、使用頻度として、外来語語基の集合が、それ以外の語基の集合と異なる位置づけにあることは確実に検証されているものの、外来語語基とそれ以外の語基とが使われたとき、その使われ方が質的に異なるかどうかは検証されていない。本論文では、外来語語基とそれ以外の語基は同じ語基集合に属するものとして語彙の体系を構成しており、たまたま外来語語基が表層的特徴において目に付くためにそれだけを取り出して分析すると使用の度合いが全体として少ないことが観察されるだけなのか、それとも仮に同程度に用いられると考えても外来語語基集合は質的にそれ以外の語基集合と異なるのかを、データに基づいて検証する。農学、植物学、化学、物理学、情報科学、心理学の6分野の学術用語を対象に分析した結果、いずれの分野でも、語基が語彙に最初に取り込まれる状況では外来語は質的に異なった振舞いをするが、いったん語彙に取り込まれた外来語の振舞いには質的な特異性が見られないことがわかった。