著者
中村 忠行
出版者
甲南女子大学
雑誌
甲南女子大学研究紀要 (ISSN:03864405)
巻号頁・発行日
no.20, pp.p31-58, 1983
著者
鎌田 良二
出版者
甲南女子大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1990 (Released:1990-04-01)

方言は地方都市を中心としてその周辺地域に広がって行くものである。大阪方言は関西一円に強い勢力をもって広がろうとしている。江戸末期・約140年前に大阪の女ことばとして生まれた指定(断定)助動詞"ヤ"は今や全関西に広まっている。本研究は奈良・平安時代からかつての中央語であった京都・大阪を中心とする京阪語がやがて近畿一円に広がって行ったありさまを史的・社会言語学的立場からその現在における状況を見ようとするものである。そこで本研究では江戸末期の大阪方言の書「浪花聞書」(文政2年・1819年)・「新撰大坂詞大全」(天保12年・1841年)の大阪方言が現在どこに、どのように残っているかを見ることにした。この「どこに」は大阪市内と、近畿周辺域の福井市・敦賀市・三重県津市・岡山市・鳥取市・兵庫県姫路市・洲本市・徳島県徳島市などとその周辺域の各郡各町に臨地調査を行なった。「どのように」は語彙の品詞別・また語形態の変形・意味用法の変化そしてそれを使用する人の年令別・性別・職種別について調査した。さらに約40年前の語彙資料として楳垣実「京言葉」(昭21年)・前田勇「大阪辯の研究」(昭24年)から抜き出したものについても同様の調査を行なった。その結果は「福井・敦賀市・洲本三市方言の動向-大阪弁の広がり-」(甲南女子大学研究紀要第27号・平成3年)・「近畿・中国両方言の表現形式の地理的分布」(「関西方言の社会言語学」<未刊>)に記した。
著者
前田 勇子
出版者
甲南女子大学
雑誌
甲南女子大学研究紀要. 看護学・リハビリテーション学編 = Studies in nursing and rehabilitation (ISSN:18825788)
巻号頁・発行日
no.4, pp.211-221, 2010-03-18

三次救急医療機関において入院治療を受けた重度外傷患者を対象に外傷体験が心理面に及ぼす影響を検討した。切断指・肢、多発外傷、多発骨折などの患者58名を対象として、退院後3~10ヵ月目にアンケート調査を行い、30名(51.7%、男性21名、女性9名)から回答を得た。Impact of Event Scale-Revised(IES-R)は、19.6±15.9点であり、25点以上の強いストレス下にある患者は33.3%であった。Hospital Anxiety Depression Scale(HADS)の不安は4.6±2.7点、抑うつは4.9±3.8点であり、不安、抑うつの可能性がある8点以上の患者はそれぞれ16.7%、23.3%であった。仕事・家事への復帰、趣味・娯楽活動の再開、退院後のセルフケア、生活の満足度は、それぞれHADS抑うつと関係した。重度外傷患者では、退院後も長期にわたり心理的ストレス、不安、抑うつが生じることから、患者の心理面をふまえたサポートの重要性が示された。

1 0 0 0 OA 都々逸 翻刻

著者
菊池 真一
出版者
甲南女子大学
雑誌
甲南女子大学研究紀要. 文学・文化編 (ISSN:1347121X)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.A17-A83, 2006-03-18

This is a presentation of dodoitsu (Japanese limericks). Dodoitsu is a song sung to the accompaniment of a shamisen (samisen). It was popular in the Edo, Meiji, Taisho and Showa periods.
著者
山岡 利一
出版者
甲南女子大学
雑誌
甲南女子大学研究紀要 = Konan Women's College researches (ISSN:03864405)
巻号頁・発行日
no.[11-12], pp.586-569, 1975-11 (Released:2012-10-23)
著者
杉田 智美
出版者
甲南女子大学
雑誌
甲南女子大学研究紀要. 文学・文化編 = Studies in Literature and Culture (ISSN:1347121X)
巻号頁・発行日
no.44, pp.A53-A60, 2008-03-20

This Thesis is the study of essays in the magazine HOTOTOGISU, by SAKAMOTO Shihota (1873-1917). In the 1900s, HOTOTOGISU's authors aim was to write a sketch of spoken Japanese language. Shihota, using the method of sketching, tried to reproduce spoken language which is discussed here. Shihota took uncontrollable conversational style writing and sketched it in the written style language. But, on the other hand, his challenge was how to help the organization of one hierarchical language by using another one. His sketch essays suppressed the lower class women and strengthened the solidarity of the students language and the people who used it. From there is where the slogan "sketch" held up HOTOTOGISU's possibilities and limitations which became apparent. This Thesis will hopefully help in the process of research by using the Japanese language as its standard.