著者
伊藤 博明
出版者
イタリア学会
雑誌
イタリア学会誌 (ISSN:03872947)
巻号頁・発行日
no.38, pp.77-103, 1988-10-30

rights: イタリア学会rights: 本文データは学協会の許諾に基づきCiNiiから複製したものであるrelation: isVersionOf: http://ci.nii.ac.jp/naid/110002959280/シエナの大聖堂に踏み入る者が最初に出会うのは、中央の舗床に描かれた「ヘルメス・メルクリウス・トリメギストュス、モーセの同時代人」HERMES MERCURIUS TRIMEGISTUS CONTEMPORANEUS MOYSIと題されたモザイク画である。このヘルメス像は、先駆的な「ヘルメス文書」の校訂版であるスコット編纂の『ヘルメティカ』、及び、画期的なルネサンス・ヘルメス主義の研究所であるイエイツの『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス伝承』のフロント・ページを飾り、ルネサンス期におけるヘルメス主義の興隆を視覚的に示しているものとして、研究者の間では夙に有名なものである。このモザイク画の両側には、内陣に向かって10のシビュラ像が置かれているが、それらは、舗床にはめられた石版が示しているように、1482年から1483年にかけて、オペラ・デル・ドゥオーモ(大聖堂総務局)の当時の長であったアルベルト・アリンギエーリの指示によって、数人の画家によって描かれたのであった。これらのシビュラ像から少し遅れて、1488年にヘルメス像は、ジョヴァンニ・ディ・ステーファノによって描かれることになるが、それも同様にアリンギエーリの指示を受けていたとされている。本稿の課題は、大聖堂の舗床に描かれているヘルメスとシビュラが意味している分脈を、舗床に刻まれているラテン語章句を詳しく分析しながら、また、当時の思想的・宗教的背景を踏まえつつ明らかにすることである。予め論述の順序を示しておくと、まず古代・中世におけるシビュラとヘルメスについて簡単な予備的考察を行い(l)、次にルネサンス期におけるシビュラとヘルメスの受容についてフィチーノを中心に検討し(II)、その後に、大聖堂舗床のシビュラとヘルメスについて論究することにしたい(III・IV)。Sul Pavimento del Duomo di Siena, si vedono le figure d'Ermete e delle dieci Sibille. Queste furono raffigurate da vari artisti sotto la guida del Rettore dell'Opera del Duomo, Alberto Aringhieri nel tardo Quattrocento. (1) Le Sibille furono originariamente profetesse in Grecia antica. Nel Medioevo, pero, erano considerate le donne che predissero la venuta del cristianesimo nelle varie regioni pagane. Anche Ermete, a cui erano attribuite le vaste opere, fu riferito come profeto egiziano sul cristianesimo, per esempio, nel Divinae institutiones di Lattanzio, ma Agostino accuso la falsita della dottrina ermetica nel suo De civitate Dei. (2) Nel periodo umanistico, il pensiero ermetico rigenero e venne divulgato in Italia. Marsilio Ficino, che tradusse il Corpus hermeticum, appoggiandosi sulle testimonianze di Lattanzio, insiste che Ermete vaticino la venuta di Cristo come le Sibille facero. La sua opinione ebbe una grand'influenza sui pensatori religiosi e filosofici del suo tempo. (3) Gli oracoli, che sono scritti presso le dieci Sibille, alludono alla nascita, al miracolo, alla flagellazione, alla passione, allla resurrezione di Gesu e al giudizio finale. Si pensa che le frasi d'oracoli sono prese principalmente dal Divinae institutiones. (4) Ermete si appoggia a una tabella, nella quale e scritta la frase che allude alla creasione del " Dio visibile, Figlio che e appellato il Sacro Verbo" , cioe, del Logos=Cristo prima d'incarnazione. Questa frase deriva dai flammenti che sono citati in greco presso il Divinae institutiones. Lattanzio, la cui opera fu utilizzata dal Rettore Aringhieri, dice che Cristo fu nato due volte; prima in spirito, poi in carne. Consultando questa opinione di Lattanzio, si conclude che sul Pavimento del Duomo, Ermete profezia Cristo nato in spirito e le Sibille profeziano Cristo nato in carne, ed Ermete e le Sibille rappresentano la significazione unificativa.
著者
植月 惠一郎 松田 美作子 山本 真司 伊藤 博明 木村 三郎 出羽 尚
出版者
日本大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

近代初期英国文学とエンブレムの関係を明らかにした。シェイクスピア劇や十七世紀英詩を対象に、キリスト教的起源の聖なる図像、モットー、警句と多神教の異教や土着の習俗起源の世俗的な図像、モットー、警句の絶妙な絡み合いから文学の豊饒な表現が生まれた過程を研究した。一方で地理的にも視野を拡大し、ドイツ、フランス、オランダなどを中心とする当時の文化的先進国のエンブレムが、英国のエンブレムに与えた影響も研究し、時間的な視野も拡げ、図像と警句の関係は、十八~十九世紀の挿絵と物語の関係にも転じ、エンブレムの時間的変移も研究した。
著者
伊藤 博明
出版者
埼玉大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

イタリア・ルネサンスに発展したシビュラの表象は、古代の『シビュラの託宣』や中世後期のテクスト的な伝統を継承したうえに、15世紀の人文主義者や新プラトン主義的哲学者の議論を背景に産み出された。その図像的総決算と言うべき、システィーナ礼拝堂天井にミケランジェロが描いた6体のシビュラ像は、8体の旧約の預言者像とともに置かれて、古典古代におけるキリスト教の普遍性を示している。
著者
渡邉 顕彦 伊藤 博明 平岡 隆二 Tunberg Terence O. Schirg Bernhard
出版者
大妻女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

研究期間中に1)P.Palumbo (1573) Non Recedat Volumen Legis Huiusの背景および近世初期日本における受容について、2)ヴァティカン写本(MS. Reg. lat. 426)の最後部にあるラテン語寸詩および叙事詩断片計4点の内容および源泉について、3)B.Pereira (1640) Paciecidos Libriの背景や内容について、調査や発表を行った。特に2)の、近世初期日本人神学生によって筆写されたのではないかと推定される擬古典ラテン語詩4点が、1588年にリスボンで刊行された書籍から採られているとほぼ同定できたことが最大の成果である。
著者
伊藤 博明
出版者
イタリア学会
雑誌
イタリア学会誌 (ISSN:03872947)
巻号頁・発行日
no.41, pp.256-263, 1991-10-20

rights: イタリア学会rights: 本文データは学協会の許諾に基づきCiNiiから複製したものであるrelation: isVersionOf: http://ci.nii.ac.jp/naid/110002959331/
著者
伊藤 博明 田中 純 加藤 哲弘 木村 三郎 上村 清雄 足達 薫
出版者
埼玉大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2011-04-01

ヴァールブルクが晩年に取り組んだ、未完の学問的プロジェクトである『ムネモシュネ・アトラス』に所蔵された全パネルについて共同して詳しく読み解き、その成果は図書として刊行するとともに、2回のシンポジウム「アビ・ヴァールブルクの宇宙」と「ムネモシュネ・アトラス展」において公表した。ヴァールブルクの研究を批判的に受け継ぎ、文化系統学、イメージ人類学、神話の構造分析、世俗世界のイコノロジーなどについて方法論的考察を深め、その成果は7名の外国人研究者を含んだ国際シンポジウム「思考手段と文化形象としてのイメージ――アビ・ヴァールブルクから技術的イメージ・図像行為まで――」において発表した。