著者
雨宮史織 高橋浩一 美馬達夫 吉岡直紀 大友邦
出版者
日本磁気共鳴医学会
雑誌
第42回日本磁気共鳴医学会大会
巻号頁・発行日
2014-09-11

【目的】自発的神経活動および認知機能異常とこれの治療による変化を低髄液圧症候群/脳脊髄液減少症患者において縦断的に評価する事。【方法】低髄液圧/脳脊髄液減少症患者の硬膜外ブラッドパッチ術施行直前及び手術一ヶ月後に安静時fMRIおよびworking memory課題を用いた認知機能評価を施行した。安静時fMRIは撮像タイミング補正、体動補正、空間的標準化、平滑化による標準的前処理の後に線形トレンド除去、低周波成分抽出(0.01-0.1 Hz)を行い同帯域での振幅の積分値を各全脳平均値で除して標準化し、自発的神経活動の指標とした(amplitude of low-frequency fluctuations, ALFF)。認知機能指標は2-back課題の正答率とした。これを回帰変数としてALFFの全脳線形回帰分析を行い両者に有意な相関のある領域を同定した。また交互作用検定により両者の相関に有意な縦断的変化があるか評価した。【結果】2-back課題の正答率は術後有意に改善した(p < 0.05)。全脳解析では認知機能指標と楔前部のALFFに正の相関、右内側前頭前皮質/前部帯状回、両側眼窩前頭皮質のALFFに負の相関が見られた(多重比較補正後p < 0.05)。右内側前頭前皮質/前部帯状回、両側眼窩前頭皮質におけるALFFと認知機能指標の負の相関は術後有意に低下した(p < 0.05)。【結論】task-positive networkにおけるALFFと認知機能指標には健常者にて正の相関がある事が知られるが、本術前患者では両者の関係は反転しており、認知機能障害の強い患者でtask-positive networkであるfrontoparietal control systemにおける異常な自発的神経活動の上昇およびdefault mode networkでの神経活動低下が示唆された。認知機能障害とtask-positive networkでの相関は術後の認知機能の回復にともなって減弱ないし反転しており、正常化が示唆された。これらは脳脊髄液減少下における機械的圧排/浮力低下に伴う前頭葉底部での異常神経放電が、可逆性認知機能障害の原因となるという仮説を支持するものである。
著者
高坂康雅 都筑学 岡田有司
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

問題と目的 近年,全国的に公立小中一貫校の設置が行われている。その目的は,小・中学校間の連携・連続性を高め,「中1ギャップ」を解消し,児童生徒の学校適応感や精神的健康を向上させることにある。しかし,実際に,小中一貫校が非一貫校に比べ児童生徒の学校適応感や精神的健康を促進しているという実証的な検討は行われていない。 そこで,本研究では,学校適応感と精神的健康について,小中一貫校と非一貫校の比較検討を行うことを目的とする。方 法調査対象者 公立小中一貫校に在籍する児童生徒2269名と非一貫校に在籍する児童生徒6528名を調査対象者とした。調査時期 2013年5月~2014年1月に調査を実施した。調査内容 (1)学校適応感:三島(2006)の階層型学校適応感尺度の「統合的適応感覚」3項目を使用した。(2)精神的健康:西田・橋本・徳永(2003)の児童用精神的健康パターン診断検査(MHPC)の6下位尺度(「怒り感情」,「疲労」,「生活の満足度」,「目標・挑戦」,「ひきこもり」,「自信」)各2項目を使用した。結果・考察統合的適応感覚及びMHPC6下位尺度について,学校形態(一貫/非一貫)×学年(4年~9年(中3))の2要因分散分析を行い,交互作用が有意であった場合は,単純主効果の検定を行った。以下では,小中一貫校と非一貫校との間で有意な差がみられた箇所を中心に結果を記述する。 まず,統合的適応感覚では交互作用が有意であり,4年・5年において,非一貫校の方が一貫校よりも得点が高かった(Figure 1)。 MHPCの「目標・挑戦」でも交互作用が有意であり,4年・5年・6年において,非一貫校の方が一貫校よりも得点が高かった。また,「自信」でも交互作用が有意で,4年・5年・6年において,非一貫校の方が一貫校よりも得点が高かった(Figure 2)。 「疲労」,「ひきこもり」,「生活の満足度」では,学校形態の効果が有意であり,「疲労」と「ひきこもり」では一貫校の方が高く,「生活の満足度」では,非一貫校の方が高かった。 これらの結果から,全体的には,小中一貫校よりも非一貫校の方が学校適応感も精神的健康も高いことが明らかとなった。特に,小学校時点では,学校適応感や「目標・挑戦」,「自信」は非一貫校の方が高かったが,換言すれば,非一貫校の場合,中学生になると,適応感や「生活の満足度」,「自信」は一貫校と同程度まで低減する。このような低減が一貫校ではみられないという点では,「中1ギャップ」の解消に一定の効果がある可能性もあるが,一方で,一貫校における小学校時点での学校適応感や精神的健康の低さがなぜ生じているかは今後検討する必要がある。付記:本研究は,科学研究費助成事業(基盤研究(B)課題番号24330858:代表・梅原利夫)の助成を受けたものである。
著者
都筑学 岡田有司 高坂康雅
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

小中一貫校・非一貫校における子どもの適応・発達(2)-コンピテンスに着目して-○ 都筑 学(中央大学) 岡田有司(高千穂大学) 高坂康雅(和光大学) 問題と目的 学校教育の現場においては,小学校と中学校の連携や連続性の重要性が指摘されているが,それに関する実証的な研究は十分になされていないのが現状である。本研究では,コンピテンスの発達という観点から,小中一貫校と非一貫校の比較検討を行い,得られた実証データから2つの教育制度で学ぶ児童生徒の特徴を明らかにする。方 法調査対象者・調査時期 研究(1)と同じ。調査内容 児童用コンピテンス尺度(櫻井, 1992)を用いた。4下位尺度の内,16項目を使用した(「学業(項目1,5,9,13;α=.85」,「友人関係(項目2,6,10,14;α=.58であったため,項目10を除いて3項目で得点化した(α=.63))」,「運動(項目3,7,11,15;α=.80」,「自己価値(項目4,8,12,16;α=.77)。結果と考察 コンピテンスの4下位尺度について,学校形態(一貫/非一貫)×学年(4年~9年(中3))の2要因分散分析をおこない,交互作用が有意であった場合は,単純主効果の検定を行った。 学業では,交互作用が有意であり,一貫校・非一貫校ともに学年間での差異が見られた。一貫校では4年は6・8・9年より高く,6年は8・9年より高く,4・5年は7年より高かった。 友人関係では,交互作用が有意であり,5・6・9年において非一貫校は一貫校よりも得点が高かった(Figure 1)。 運動でも,交互作用が有意であり,4・5・6年において,非一貫校は一貫校よりも得点が高かった。7・8・9年では,一貫校と非一貫校との間に差は見られなかった。 自己価値でも,交互作用が有意であり,4・5・6年において,非一貫校は一貫校よりも得点が高かった。7年では,一貫校が非一貫校よりも得点が高かった。8・9年では,一貫校と非一貫校との間に差は見られなかった(Figure 2)。 以上の結果をまとめると,おおよそ次のようなことが示された。小学校の段階では,小中一貫校よりも非一貫校の児童の方が,友人関係(5~6年)・運動(4~6年)・自己価値(4~6年)のコンピテンスが高いことが明らかになった。中学校段階になると,小中一貫校と非一貫校との間に逆転現象が生じ,小中一貫校の7年は非一貫校の中1よりも,自己価値が高くなっていた。ただし,友人関係においては,4~6年に引き続いて,非一貫校の中1の方が一貫校の7年よりも高かった。 小学校段階において,非一貫校と小中一貫校との間にコンピテンスに差が見られるのは,小中一貫校では,小学校と中学校が同一の敷地にあって,4~6年生が,すぐ間近にいる7~9年生と自分を相対評価する機会が多いことによるのかもしれない。また,両者の間のコンピテンスの差が,中学校段階で見られなくなるのは,非一貫校での小学校・中学校間の移行にともなう適応等の問題が関係しているかもしれない。今回は横断的なデータによる分析であるために,因果関係を明らかにするには限界がある。今後は,縦断的なデータによって,上記のような推論を実証的に検証していくことが課題であるといえる。付記:本研究は,科学研究費助成事業(基盤研究(B)課題番号24330858:代表・梅原利夫)の助成を受けたものである。
著者
岡田有司 高坂康雅 都筑学
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

問題と目的 小中非一貫校では小学5~6年生になれば上級生になるが,一貫校ではこうした扱いはなされず人間関係も同様の関係が継続する。こうした環境の違いは子どもの独立心や他者との関係の在り方に差異を生じさせている可能性がある。そこで,本研究では独立性・協調性に注目し小中一貫校と非一貫校の違いについて明らかにする。方 法調査対象者・調査時期 研究(1)と同じ。調査内容 (1)独立性・協調性:相互独立的・相互協調的自己観尺度(高田,1999)を用いた。4下位尺度の内,12項目を使用した(「相互独立性:個の認識・主張(項目1・5)」「相互独立性:独断性(項目3・7・9・11)」「相互協調性:他者への親和・順応(項目2・6・10)」「相互協調性:評価懸念(項目4・8・12)」)。結果と考察 先行研究と同様の4つの因子から捉えられるかを確認したが,同様の因子は得られなかった。そこで,探索的に項目ごとに学校形態(一貫/非一貫)×学年(4年~9年(中3))の2要因分散分析を行い,交互作用が有意であった場合は,単純主効果の検定を行った。以下では,小中一貫校,非一貫校の間で差がみられた箇所を中心に結果を記述する。 独立性に関する項目では,項目1では交互作用が有意であり,4・6年において非一貫校の得点が高かった(Figure1)。項目5でも交互作用が有意傾向であり,4・5・6年で非一貫校の得点が高かった。項目7では学校形態の主効果がみられ,一貫校の得点が高くなっていた。項目11では交互作用が有意傾向だったが,その後の分析では有意差は検出されなかった。協調性に関する項目では,項目2で交互作用が認められ,4・5・6年で非一貫校の得点が高かった(Figure2)。項目6でも交互作用が示され,4・5年で非一貫校の得点が高くなっていた。項目10においても交互作用が有意であり,4年では非一貫校の得点が高くなっていたが,6・7年では一貫校の得点が高くなっていた。項目4では学校形態の主効果が有意で,非一貫校の得点が高いことが示された。項目8では交互作用が示され,4年では一貫校の得点が高くなっていた。 以上の結果から,非一貫校の小学校高学年は一貫校の者に比べ,自分を理解し意見を持つという意味での独立性や,周囲と親和的な関係を築くという意味での協調性が高いことが示唆された。付記:本研究は,科学研究費助成事業(基盤研究(B)課題番号24330858:代表・梅原利夫)の助成を受けたものである。
著者
青山 千春
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2014年大会
巻号頁・発行日
2014-04-07

日本海側の自治体1府9県は、「海洋エネルギー資源開発促進日本海連合(以下、日本海連合)」を2012年9月に設立し、政府のメタンハイドレート資源開発を後押しする事で、地域の活性化と雇用創出をめざしている。日本海連合の中の新潟県と兵庫県は県独自のメタンハイドレート調査を実施し、政府へその成果を示すことで、政府の開発促進をアピールしている。一方で太平洋側の和歌山県は、政府が開発している海域より、陸側に近い海域に表層型メタンハイドレートが存在する事を示すことにより、開発海域の再検討を政府へアピールしたい考えである。独立総合研究所は、2013年度に新潟県、兵庫県と和歌山県とそれぞれ共同研究を実施したので、その報告を行う。新潟県との共同調査は、2013年6月に、メタンプルームの観測を実施した。新潟県が保有する「越路丸」(187トン)で、佐渡東方の最上舟状海盆東斜面(水深200mから600m)において、カラー魚群探知機(FURUNO FCV-10)を利用して実施した。その結果、複数のプルームが観測された。兵庫県との共同調査は、2013年9月に、計量魚群探知機によるメタンプルームの観測、サブボトムプロファイラーによる海底下の観測、マルチビームによる海底地形の観測を実施した。「第七開洋丸」(499トン)で、隠岐堆東方海域で実施した。さらにピストンコアリングを行い、5本のサンプルを採取し、メタンハイドレートの痕跡を複数確認した。和歌山県との共同調査は、2013年11月と2014年1月に観測を実施した。和歌山県が保有する漁業調査船「きのくに」(99トン)で、潮岬南方12海里の潮岬海底谷(水深1,700mから2,200m)において、計量魚群探知機(SIMRAD ES60)を利用して実施した。その結果、複数のプルームが観測された。太平洋側でのプルームの報告は、いままでほとんど無いので、今後も観測を続けたい。
著者
近藤 久雄 谷口 薫 杉戸 信彦
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2014年大会
巻号頁・発行日
2014-04-07

糸魚川-静岡構造線活断層系(以下,糸静線活断層系)は,1980年代以降に精力的に実施された詳細な古地震学的調査によって,近い将来に内陸大地震を生じる断層系の1つと考えられている(例えば,奥村ほか,1994;地震調査研究推進本部地震調査委員会,2003).糸静線活断層系におけるトレンチ調査等の地点数は約44地点にわたり,日本の内陸活断層帯の中で最も高密度に古地震学的調査が実施されてきた(例えば,糸静線活断層系発掘調査研究グループ,1988など).これらの成果では,断層系最北端を構成する神城断層から下蔦木断層に至る区間(北部-中部区間:奥村ほか,1998)の最新活動時期が約1200年前と推定され,西暦841年もしくは西暦762年地震のいずれかに対比されるものと考えられてきた.甲府盆地の西縁付近を延びる南部区間では約1200年前とは異なり,より古い活動時期が推定されている(遠田ほか,1995;2000).一方,上述の神城断層から下蔦木断層に至る区間が連動型の1つの大地震であったのか,という点については課題が残されている.横ずれ成分を主体とする中部区間の中で,断層系のほぼ中央部に位置する諏訪湖周辺では盆地縁辺部を限る正断層群が発達し(例えば,今泉ほか,1997),同断層系で最も大規模な構造境界をなす.この盆地の成因については議論があるものの,最近検出された横ずれ地形(近藤・谷口,2013)等から判断して,藤森(1991)が指摘したように左横ずれ断層のステップ・オーバーに伴い形成されたプルアパート盆地である可能性が高い.すなわち,諏訪湖堆積盆地が断層セグメント境界をなすと考えられる.その一方では,糸静線活断層系の最新活動ではいずれかの歴史地震において諏訪湖セグメント境界を乗り越えて破壊が進展したとみなされてきた.しかし,例えば,諏訪湖堆積盆地の南東を延びる茅野断層におけるジオスライサー調査では最新活動時期は約2300年前であり,約1200年前のいずれの歴史地震でも活動していない(近藤ほか,2007).そこで,この諏訪湖セグメント境界周辺の最新活動時期をさらに高密度に復元することにより,諏訪湖セグメント境界の連動性を古地震学的に再検討した.諏訪湖セグメント境界の北西側付近に位置する岡谷断層・郷田地点では,トレンチ調査の結果,過去4-5回の活動時期が明らかとなり,最新活動時期が1660+-30 y.B.P.以降と推定された(近藤ほか,2013).さらに,諏訪湖セグメント境界の北東側に位置する諏訪湖北岸断層群・四賀桑原地点においてピット掘削調査を実施し,正断層運動に伴うとみられる傾斜不整合イベントをみいだした.この傾斜不整合の年代は2490±30から7710±40y.B.Pに限定され,少なくとも約1200年前の大地震に伴うものとは考えられない.さらに,下諏訪町下山田地点において実施したトレンチ・ボーリング調査では,沖積扇状地面を切る比高約2mの低断層崖が1790+-30から6750+-30y.B.P.に形成された可能性があり,現在さらに詳細を検討している.これらの諏訪湖セグメント境界とその周辺の最新活動時期からみて,諏訪湖北岸断層群および諏訪湖南岸断層群では最新活動時期が約1200年前よりも古く,西暦841年と西暦762年地震のいずれにおいても活動していない.したがって,約1200年前の歴史地震に伴い神城断層から下蔦木断層に至る区間が連動して1つの大地震を生じたとは考えられない.すなわち,神城断層から牛伏寺断層ないし岡谷断層までを含む区間と,釜無山断層群から下蔦木断層までを含む区間が約1200年前にそれぞれ別々の大地震を生じた可能性が高い.歴史史料の制約から現状では断定できないが,前者の区間が西暦841年地震,後者の区間が西暦762年地震を生じたという対比,あるいはその逆の組み合わせの可能性もある.今後,緻密な年代測定等を実施することで,両地震の対比をより厳密におこなうことも重要である.さらに,最新活動では諏訪湖セグメント境界を破壊が乗り越えなかったと考えられるものの,そのような連動型大地震が過去に生じなかったとは言えない.例えば,約2000-2300年前の古地震イベントでは,牛伏寺断層や岡谷断層,茅野断層においても共通して見いだされており,活動時期のみからは連動した可能性は考えられる.ただし,地層の欠落や年代測定の推定幅によって完全な同時性があるとは言えないため,このイベントに伴う地震時変位量を復元して検討することが必要である.さらに,数値シミュレーション等により物理的な背景をもった再現性を検討する必要があろう.謝辞:諏訪湖周辺の現地調査は(株)ダイヤコンサルタントのご協力を得ました.記して御礼申し上げます.
著者
蓮行
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

1.発表者の紹介発表者は,大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(阪大CSCD)に在籍する常勤の教員であると同時に,劇団衛星というプロの劇団の現役の演出家・劇作家である。2013年度まで阪大CSCDアート部門の部門長であった平田オリザ東京藝大特任教授の提唱する「コミュニケーションティーチング」の方法論に基づく演劇ワークショップコンテンツ(以下:演劇WS)の開発・設計・実践を2007年から継続している。2.コミュニケーションティーチングとは発表者は,2003年に開発した演劇WS「演劇で算数」を端緒として,主に小学生をメインターゲットとした算数教育,環境教育,防災教育などの演劇WSを開発してきた。また2005年からは,それらに加えて社会人向けの演劇WSの開発と実践を手がけてきた。2007年からは「コミュニケーションティーチング」の呼称を用い,テーマとして防犯教育,食育,国際理解,人権教育などに幅を拡げ,対象も小学生のみならず,中学校,高校,大学,大学院,社会人,高齢者向けまで拡大した。職業人向けの研修としては教員(幼小中高大),一般企業,医師,栄養士,建築士,弁護士,司法書士,保育士ときわめて広範囲の専門家に向けて演劇WSを実践してきた。コミュニケーションティーチングのコンテンツの内容としては,「一般の参加者(子ども,大人問わず)が」,「プロの演劇人(俳優,演出家等)と共に」,「2~5回程度のWSで」,「台本作りから上演まで共同で行う」というものである。この上演内容のテーマが,それぞれ前述した「環境」や「防災」といったものになっている。3.これまでの実践に対する,学術的なアプローチと課題10年余で延べ約450クラス約14000人の小学生を対象に実践。大人向けにも約20か所,1000人以上を対象に実施してきたが,惜しむらくは,学術的データは,限られた機会にしか取ることができなかった。原因としては「どのような質問紙で何を明らかにできるのか」という知見が不足していた事と,目的が明らかでない調査は現場の学習者や教員の負担を増やす事になり,メリットよりデメリットが大きかった事が挙げられる。そういう事情の中,調査研究を行うことができたものをいくつか例示する。2009年から2012年に取り組んだJST「犯罪からの子どもの安全」領域「演劇ワークショップをコアとした,地域防犯ネットワーク構築プロジェクト」(研究代表:平田オリザ)では,基礎研究や先行知見の土台が無いまま「演劇WSの防犯教育に於ける効果」を測るという応用・実践を試みたため,概念図の作成など様々な知見は得られたものの,基礎研究の重要性・必要性が強く認識された。2013年度マツダ研究助成《青少年健全育成関係》「青少年のエンパワーメントとパフォーミング・アーツの関係について-計量経済学からのアプローチ-」(研究代表:富田大介大阪大学特任助教)では,神谷祐介龍谷大学講師と共に,大学と公共ホールが共同事業として行う市民劇の参加者の「自己効力感(Self-efficacy)の向上」に主にフォーカスして,調査研究を行った。母数は小さいものの,「演劇が参加者の自己効力感の向上に資する」という仮説を立証できる大きな手がかりを得るに至った。以上のような現状を踏まえ,まず効果測定のターゲットを「演劇WSによる自己効力感の向上」に絞り,効果を測るためにどのような質問紙が必要なのか,神谷講師の助言の下で設計し,定量的に明らかにしていくことを試みる。発表者は,質問紙による調査を行って多くの一次データを得ることができる恵まれた立場であり,2014年度も,小学校40クラス1200人程度,中高生20クラス800人程度,社会人200人程度に対するアンケート調査を実施予定である。4.今後の検討課題演劇WSがもたらす効果について,対象とする年齢や職業なども幅広いため,細かく見て行けば様々な仮説は立つが,入り口として「自己効力感」にフォーカスすることは,それらの射程を広くカバーする普遍性があり,妥当性が高いと考えている。そして学習者に自己効力感の向上をもたらせるような教材(教え方・場づくりのスキルを含む)のデザインの知見と,その効果測定方法をまとめる事を目指す。これらの知見は,初等中等高等教育への実装,教員養成やFD,医療人教育,法曹人教育,専門家教育等への展開も期待される。そして,「自己効力感の向上」に続く,演劇WSのもたらす他の効果についても,調査研究と開発を試みるべく,様々な知見の結集を目指したい。
著者
工藤与志文 藤村宣之 田島充士 宮崎清孝
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

企画主旨工藤 与志文 本シンポジウムは2011年から始まった同名のシンポジウムの4回目である。また,企画者の一人として,その締めくくりとしての意味合いを持たせたいとも考えている。今回のテーマは「教育目標をどう扱うべきか」である。そもそもこれら一連のシンポジウムは,学習すべき知識の内容や質を等閑視し,コンテントフリーな研究課題しか扱わない教育心理学研究のあり方に対する批判からスタートしたものと理解している。そのような問題意識の行き着く先は「教育目標の扱い」ではないか。これまでのシンポジウムで度々指摘されてきた教育心理学の「教育方法への傾斜」は,自ら教育目標の善し悪しを検討することが少ないという教育心理学研究者の研究姿勢と関連している。教育目標がどうあるべきかという問題は教育学や教科教育学の専門家が取り扱うべきであり,教育心理学はその実現方法を考えていればよいという「分業的姿勢」の是非が問われるべきではないだろうか。本シンポジウムでは,上記の問題意識をふまえ,教育心理学研究は教育目標そのものをどのように俎上にのせうるか,その可能性について議論したい。教科教育に対する心理学的アプローチ:発問をどのように構成するか藤村 宣之 教育目標に対して教育心理学がどのようにアプローチするかに関して,より長期的・教科・単元横断的なマクロな視点と,より短期的なミクロな視点から考えてみたい。 マクロな視点によるアプローチの一つとしては,各学年・教科・単元の目標を,発達課題などとの関わりで教科・単元横断的にあるいは教科や単元を連携させて設定し,それに対応させて構成した学習内容に関する長期的な授業のプロセスと効果を心理学的に評価することが考えられるであろう。その際には,学習内容にテーマ性,日常性を持たせることが教科・単元を関連づけた目標設定を行ううえでも,子どもの多様な既有知識を生かして授業を構成するうえでも重要になると考えられる。 より短期的に実現可能なミクロな視点からの関わりの一つとしては,各単元・授業単位で,どのような発問を設定して,子どもたちに思考を展開させることを考えることで,単元の本質的な内容の理解に迫るというアプローチも考えられる。当該単元の教材研究を子どもの思考や理解の視点から行うことを通じて,どのような力をその単元・時間で子どもに獲得させるか(たとえば当該単元のどのような理解の深まりを一人一人の目標とするか)を考え,それを発問の構成に反映させていくというアプローチである。 ミクロな視点からのアプローチの一つとして,子どもの多様な既有知識を発問の構成に活用し,探究過程とクラス全体の協同過程を組織することで,一人一人の子どもの各単元の概念的理解の深まりを目標とした学習方法(協同的探究学習)のプロセスと効果について,本シンポジウムでは報告を行いたい。発問の構成の方針としては,導入問題の発問としては,当該教科における既習内容に関する知識,他教科の関連する知識,日常的知識など子どもの多様な既有知識を喚起し,個別探究過程,協同探究過程を通じてそれらの知識を関連づけ,さらに,後続する展開(発展)問題の発問としては,それらの関連づけられた知識を活用して単元の本質に迫ることが,個々の学習者の概念的理解を深めるうえでは有効ではないかと考えられる。以上に関する具体的な話題提供と討論を通じて,教科教育の教育目標を対象とする教育心理学研究のあり方について考察を深めたい。知識操作と教育目標工藤 与志文 ここしばらく「知識操作」に関する研究を続けている。知識操作とは,課題解決のために知識表象を変形する心的活動のことを指す。近年,法則的知識(ルール)の学習研究において知識操作の重要性が示されつつある。ところで,同一領域に関する知識といっても,操作しやすい知識と操作しにくい知識があるように思う。西林氏の言葉を借りれば,知識は「課題解決のための武器」であるのだから,どんな武器を与えるかによって戦い方も変わってくるだろうし,すぐれた武器があれば勝算も高まるだろう。筆者は,「操作のしやすさ」をすぐれた武器の要件の1つだと考えている。雑多な知識の中からすぐれた武器となる知識を精選し,学習者がそれらを使えるように援助することは,重要な教育目標となると考えている。このような観点で教科教育を見た場合,わざわざ鈍い武器を与えているのではないかと思われる事例が少なくない。重さの保存性の学習を例に説明してみよう。 極地方式研究会テキスト「重さ」では,「ものの出入りがなければ重さは変わらない」というルールを教えている。このルールは含意命題の形式をとっているため操作が容易であり,ここから直ちに他の3つのルールを導く事ができる。①「重さが変わらないならばものの出入りはない(逆)」②「ものの出入りがあれば重さは変わる(裏)」③「重さが変わるならばものの出入りがある(対偶)」小学生がこれらのルールを駆使することで,一般に困難とされている課題に対して正しい推論と判断が可能になることが教育実践で明らかにされている。たとえば,水と発泡入浴剤の重さを測定し,入浴剤を水に入れた後の質量変化をたずねる課題では,小学3年生が重さの減少と気体の発生を関連づける推論を行うことができた(重さが減ったということは何かが出ていった→においが出ていった→においにも重さがある)。 一方,学習指導要領をみると,小3理科の目標の1つとして「物は形が変わっても重さは変わらない」ことの学習が挙げられている。教科書では,はかりの上の粘土の置き方を変えたり形を変えたりして確かめている。しかし,このルールは命題の帰結項(重さは変わらない)に対応する前提項を欠いており,含意命題の形式をとっていない。したがって,上記のような操作は不可能である。しかもこのルールは,変形して重さが変わる状況では使えない(極地研のルールでは,「重さが変わったんだから何か出入りがあったのだろう」と予想できる)。重さの保存性理解にとって,どちらの知識が武器として有効であるかは明らかではないか。本シンポジウムでは,知識操作という観点から,学習すべき知識の内容や質を問い直すつもりである。ここから,教育目標を対象にした教育心理学研究の1つの可能性を示してみたい。「学習者を異世界へいざなう教科教育の価値とは:分かったつもりから越境的交流へ」田島 充士 「学校で学んだ知識は,社会に出ると役に立たない」との言説は,今も昔も多くの人々にとって,強い説得力を持って受け止められているものだろう。学習者が学校で学ぶ知識(以下「学問知」と呼ぶ)は,実践現場で養成され活用される具体的知識(以下「実践知」と呼ぶ)と乖離する傾向にあると多くの人々によって受け止められているのは事実であり,学習者に対し,学外における実践知学習の場を提供する,インターンシップ等の実践演習型教育プログラムの実施も盛んである。 しかし教育心理学においては,この実践知習得をターゲットとした実践演習等の価値が認められる一方で,肝心の,社会実践に対する学問知教育(教科教育)の貢献可能性については,十分にモデル化されているとはいえない状況にある。本発表では,ヴィゴツキーによる科学的概念を介した発達論を基軸として,学問知が有する実践的価値を実証的に分析する理論モデルを提供することを目指す。 科学的概念とは,教科教育を通し学習される,抽象的な概念体系をともなう学問知の総体である。その特徴は,空間・時間を異にする,個々別々の具体的な文脈に孤立した実践知を,学習者自身がこの抽象体系に関連づけることで特定のカテゴリーとしてまとめ,相互の比較検証を可能にすることにある。以上のように学問知を捉えるならば,教科教育とは,異なる実践文脈を背景とし,異質な実践知を持つ,いわば異世界に属する人々との越境的な相互交流を促進する可能性を有するという点で,広く社会実践に開かれた価値のあるものだともいえる。 その一方で,教科学習においては多くの者が,授業文脈では学んだ知識を運用できるが,学外の人々との相互交流において応用的に利用することができない「分かったつもり」に陥る傾向も指摘される(田島, 2010)。これは本来,越境的交流の中でこそ活かされるべき学問知が,教室内の交流のみに,その使用が閉じられている問題といえる。つまり教科教育の問題とは,学問知そのものが社会実践に閉ざされているという点にではなく,現状では,多くの学習者がそのポテンシャルを十分に活かすことができず,学外の社会実践との関連を見出すことができないという点にあるのだと考えられる。 本発表では,以上の問題に取り組むべく,実践知との関連からみた学問知に関する理論的視座を提供する。さらに学習者を分かったつもりにとどめず,学問知のポテンシャルの活用を促進し得る教育実践の展開可能性についても検証する。その上で,学習者を異世界へいざなうという学問知の強みを活かした教科教育の社会的価値について論じる。