著者
永井弘人
雑誌
日本教育心理学会第58回総会
巻号頁・発行日
2016-09-22

目 的 広汎性発達障害を含む自閉症スペクトラムの生徒の中には,描画作品に精緻な作品を制作する生徒がいる。最近は,「アウトサイダーアート」という呼び名で,社会的に美術作品としてその価値が認められるようになった。美術を担当する教師として,生徒の「表現」を支援する立場の者として社会的認知は誠に喜ばしいことである。 しかし,その美意識に対する違和感や能力のアンバランスを常に感じてきた。 本事例は,教科学習においてインサイダーの表現技法を身につけるチャンスは十分にありながら定着は困難であった。現在の表現能力において,立体物は極めて精緻である一方で,描写については,モデルを見て描けないが,興味のあるキャラクターのイラスト模写は上手である等の特徴の背景について作例の比較を通して考察した。方 法対象 年齢 18歳 性別 男子 障害名 広汎性発達障害① 立体図1の立体作品は,大きさ・タテ5.7㎝×ヨコ2.8㎝×高さ6㎝ 素材は信楽の粗めの陶芸用粘土。指だけで,へらは使用せず7分程度で制作した。② イラスト模写図2は,対象の好きなアニメキャラクターを,印刷物を見て模写した。書き直すことは少なく,キャラクターの台詞を口にしながら40分で仕上げた。③ モデルスケッチ図3は,同じクラスの男子をモデルにして描いた。何から描いたらいいのか分からず,輪郭や顔のパーツなど指示した。80分かかった。結 果 対象の指先の巧緻性については,鉛筆の持ち方及び握る,つまむなどの微細な動作に問題はない。イラストの模写ではキャラクターの特徴を見事にとらえており描写能力は高い。しかし,モデルを前にすると各パーツの形,大きさ,位置などのバランスをとることや描写に稚拙さが目立った。これは,輪郭線 (Outline) を意識して描くことは困難であるが,描かれた線を手掛かりにすれば高い描写力を示すことができるという特徴を示す結果となった。考 察 三浦 (2010) によれば,自然界に輪郭線はなく,輪郭線を描写するには,「面」と「面」との色や明るさの異なる境界に生じるエッジの抽出が必要となる。本事例の作品比較の結果より,このエッジの抽出が困難であることから輪郭線や「面」を意識することも困難となっていることが推察される。「面」をもとに立体感や写実性を表現する者が感じる違和感の発生はここにあり,対象生徒がアニメ・漫画のように線で表している作品に関心が向きやすいこと,そしてイラストの模写とモデルのスケッチの描写力の差もエッジ抽出能力の差が背景になっていると考察する。文 献三浦佳世 (2010). 電子情報通信学会 知識ベース 知識の森 感覚・知覚・認識の基礎, 第10章 絵画の知覚・認知, 1-6.
著者
笠井健治 西尾尚倫 下池まゆみ 市川忠
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【はじめに,目的】従来より運動失調症状に対して四肢遠位へ重錘を負荷することで運動の改善が得られることが知られている。その作用機序は固有感覚系からの入力情報の増大とされるが,脳内での反応については明らかになっていない。本研究では近赤外線脳機能イメージング法を用いて重錘負荷が脳血流量変化に及ぼす影響について検討した。【方法】対象者は運動失調患者1名(橋背側海綿状血管腫摘出術後,30歳代女性,SARA9.5点),健常者1名(20歳代男性)であった。課題は両上肢で平行棒を把持した立位で前方の踏み台上へステップ動作を左右交互に繰り返す運動とした。その際,踏み台上面の5cm幅の目印内に足先を収めるように指示した。重錘負荷は0g,500g,1000gの3条件とした。各条件で20秒間の課題と30秒間の休息を6セット繰り返した。計測前に課題練習を行い動作の確認を行った。各条件間で血圧と脈拍を計測し疲労の有無を確認した。課題の成績は各セットでステップが不正確であった割合(以下エラー率)を指標とした。脳血流量変化は光トポグラフィー(日立メディコETG-7100)を用いた。3×5のプローブセットを国際10-05法のC1とC2が,各々左と右のプローブセットの中心に一致するように設定し,運動野と感覚野を中心に左右合計44チャンネルを計測した。ノイズおよびアーチファクトは除外処理を行い,ベースライン補正処理をセット毎に行った。各チャンネルの課題開始5秒から課題終了までの酸素化ヘモグロビン変化量の平均値を算出し(以下oxy-Hb,単位mMmm),脳血流量変化の指標とした。補足運動野および前運動野を反映する領域(以下Pre Motor/Supplmental Motor Area;P/SMA)と体性感覚連合野を反映する領域(以下Somatosensory Association Area;SAA)のoxy-Hbに関して重錘負荷の条件による差を反復測定分散分析およびTukey法を用いて比較した。統計解析はDr.SPSS2を用い,有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は当センター倫理委員会の承認(H25-12)を得て,対象者へ十分な説明をし,書面にて同意を得た上で行われた。【結果】課題のエラー率は運動失調患者では条件0gで40.06±12.78%,500gで19.31±12.85%,1000gで33.33±5.97%であった。0gと比較し,500g%では有意にエラー率が減少した(p<0.05)。健常者では0gで4.17±3.03%,500gで5.63±3.02%,1000gで6.46±3.89%であり,有意な差はなかった。oxy-Hbは運動失調患者では右SAAが0gと比較して500gで有意に増加した(p<0.01)。健常者では左P/SMAで500gより1000g,左右のSAAで0gより1000g,500gより1000gで有意に減少した(p<0.05)。【考察】運動失調患者では重錘負荷条件500gで課題成績の改善を認めたが,健常者では重錘負荷による課題成績の差はなかった。これは重錘負荷による運動失調への効果が本研究でも得られたためと考える。小脳失調患者では課題成績の改善が認められた500g重錘負荷時に右SAAのoxy-Hbが増加した。一方,健常者では重錘負荷により左右のSAAのOxy-Hbが減少した。重錘負荷は筋紡錘から小脳への求心性入力を増大させ,小脳は体性感覚入力をもとに運動の誤差を修正する役割を果たす。この脊髄―小脳ループが障害された場合,大脳皮質による代償的な活動が生じることが予測される。本研究においては失調症患者で課題成績に対応して右SAAのoxy-Hbが増大しており,重錘負荷が大脳皮質感覚領野による小脳機能の代償を生じさせたことを示唆するものと考えられた。【理学療法学研究としての意義】重錘負荷練習に対する科学的根拠の一助となる。また,運動失調患者が運動を行う際に脳のどの機能を利用しているのかを知ることにより機能回復を促進するためのストラテジーの開発につながる。
著者
日下 あかり 内田 由紀 田邊 輝真 世良 俊樹 多田 昌弘 伊関 正彦 竹崎 亨 楠 真二 山野上 敬夫
雑誌
第46回日本集中治療医学会学術集会
巻号頁・発行日
2019-02-04

【背景】2018年7月の西日本豪雨においては、広島県でも各地で土砂崩れ、河川の氾濫などにより甚大な被害が発生した。土砂災害の被災者で軽微な挫創から破傷風を発症した1症例を経験したので報告する。【臨床経過】70歳台、男性。土砂崩れにより自宅が倒壊し、およそ3時間後に土砂の中から救出され当院へ搬送された。全身の土砂を洗浄後に検索を行ったが、大きな外傷を認めず、両膝の約2cmの挫創を洗浄・縫合し、破傷風トキソイドワクチンを投与して救命センターへ入院とした。感染兆候を認めず一般病棟へ転棟し離床を進めていたが、入院10日目に呂律困難および嚥下困難を自覚、入院11日目からは開口障害が出現した。破傷風と診断し、抗破傷風ヒト免疫グロブリン1500単位を投与、ICUへ入室しペニシリンG300万単位×6回/日投与を開始した。その後も開口障害と嚥下障害は進行し、唾液を嚥下できず吐き出すようになり、入院13日目に開口制限は0.5横指まで増悪、経口摂取を中止し経鼻胃管による経腸栄養に切り替えた。入院16日目頃より開口障害は改善傾向となり、21日目に経口摂取を再開し経鼻胃管を抜去、後遺症なく36日目に自宅退院となった。【結論】軽微な創傷からでも、あるいは明らかな外傷がない場合でも、破傷風を発症する可能性があることは知られている。本症例は比較的軽微な挫創であり、受傷後6時間以内に初療がなされ、破傷風トキソイドワクチンが投与されたにもかかわらず破傷風を発症した。土砂災害による外傷患者に対しては、過去の予防接種により十分な抗毒素抗体価が期待できる場合を除き、外傷の程度や受傷からの時間によらず積極的な破傷風予防・治療が必要と考えられた。